CULTURE | 2020/11/05

「対案なき野党」では自民党に一生勝てない。「リベラルな改憲」を目指す弁護士・倉持麟太郎が語る、健全なオルタナティブ政治のあり方

弁護士の倉持麟太郎氏の初単著『リベラルの敵はリベラルにあり』は、その内容をかいつまんで説明しようとするのが意外と難しい。...

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野党は「対案が出せる」のに、重要なところでだけ「出していない」

―― 今の政策のお話も含め、この本の一番のテーマは「法律・憲法の信頼を取り戻すこと」であり、それを国民が作る・変える・守らせることができるということを信じられる環境にすることが政治の再生につながるのだという主張だと感じました。そうした活動が具体的なエピソードとして出てくるのが、安保法制国会での失敗や、皇室典範改正の話です。これらをもっと詳しくお聞きしたいです。

倉持:安保法制の時は日弁連の憲法問題対策本部のメンバーに選ばれ、約4カ月間の国会をウォッチして法的な論点整理をし、地方公聴会では違憲の立場で陳述にも立ちました。当時はまだウブだったので、「国会論戦に勝てればこの動きは止まる」と思っていたんです。議論で勝とうが多数決に持ち込まれてしまえば終わりなのに、そうはしないだろうと高をくくっていたところが正直ありました。

当時の反省点としては、野党側から「この法律はもっとこうすべきじゃないでしょうか」というような、条文化して目に見えるかたちで対案を出せなかったということです。当時は反対派も盛り上がっていたこともあって気づかなかったというのもありますし、最後の最後で着手しようとはしたものの時間不足でした。

国会での議論で中谷防衛相(当時)は、法文上では核兵器の輸送もできると言っていましたが(※より正確には「法案としてその可能性は排除していないが、非核三原則があるのでありえない」と答弁)、やる・やらないがその時の政治家の意思で決まってしまうのは問題でしょうと。だったら法文に「核は持てない」と書くべきだということを明確にし、かつそれを示さないとダメじゃないですか。

―― 「野党は批判ばかりで対案がない」というイメージが一般に広く伝わっていますが、例えば立憲民主党は約8割の法律案に賛成したというデータがあったり、そもそも議員立法の成立率が2割弱に留まり、野党提出の法案は審議すらされないことも多いというデータもあったりします。そうした実情を無視して「野党は対案を出さず反対ばかり」とだけ言っておけば「リアリストな大人の意見」にように見える風潮も強いですが、具体的に何がどう問題なのかはあまり知られていないのではないでしょうか。

倉持:おっしゃる通り、ほとんどの法案で野党は賛成するか修正案を出しています。ただ、テレビが注目するような重要法案は基本的に反対だけで修正案も出さないことが多いです。野党のコアな支持者(上顧客)は「政府が提出した法案はそもそもダメなんだから通すべきではない!」という意見が主流なので、上顧客にアピールするために、つまり選挙で議席を確保するために対決イメージを作る必要があるということではないでしょうか。共謀罪も入管法も安保法制も全部そうです。とても勿体ないと思います。

―― つまり「能力が無いからできないということではない」ということでしょうか。

倉持:はい。衆参両院には法制局というものがあって、議員立法を手伝うためのめちゃくちゃ優秀な官僚が揃っているんです。その人たちと議論していけば野党議員であってもどんな法案でもできます。たとえば、国民民主党から出す憲法の全面改定案も法制局の人と議論しながら進めているでしょうし、本で書いた皇室典範の改正案作成でも多大な協力をいただきました。

政府の提案に対してなぜ対案・修正案を用意しなければいけないかというと、まずは、対案を示すことで争点がどこか明確に見えるようになるとともに、争点を野党から形成できます。それをしないと論戦が後手後手で場当たり的になってしまうからです。安保法制は2014年の7月1日に閣議決定されています。その約1年後に国会で議論が始まっているのに、野党はそれまで一切の準備をしていない。法律家であれば対案の準備含めてあらゆる想定と準備を進めますし、大抵の物事は0か100かではなく50や70で決まったりするじゃないですか。ですがこの戦術だと、負ければ0になってしまう。「もし負けてもこの意見だけは通そう」という“肉を切らせて骨を断つ”的なプランがあるのかなと思ったら持っていない。

国会議員の「週末は地元に帰る」という選挙対策がよく問題視されますが、平日は朝から晩まで非効率的な会議ばかり。夜は毎日マスコミや関係者との飲み会や会食が入っている。こんなことばかりしていたら立法者としての研究・調査はできるわけないですよね。そうした選挙を至上目的とした代議制民主主義に過度に縛られ、しかも、政党の奴隷化している議員はまったくプロとしての仕事ができていないとしか言えません。

―― では、皇室典範の改正ではどのようにそうした状況を打破できたのでしょうか?

倉持:これは特殊事情があって、皇室典範の改正には全会一致が必要だったからです。政権側にも「さすがにこればかりは多数決で押し切ってはいけない」というコンセンサスがあった。自民党の大島理森さんという衆議院議長もそういう運営をした。

2016年の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」を受け、生前退位を認めるか公務軽減のみに留めるかという議論があったわけですが、私は恒常的な譲位制度を皇室典範に盛り込む必要があると確信したため、条文をいくつ作ったかわからないぐらい作りました。結果、政府の有識者会議よりも先んじて民進党の「中間論点整理」として世に出すことができたのです。

当時の自民党の交渉相手は当時副総裁の高村正彦さんと、政調会長の茂木敏充さん、こちらサイドは野田佳彦さんと馬淵澄夫さんでした。実務としては山尾志桜里さんが動いてもいた。野田さんは最初から落としどころを探るような引いたところがありましたが、腹にいくつも条文案とオプションがあるということを理解してからは、かなり強気に交渉され、最終的に当時の民進党が提案した退位の3要件のエッセンスが特例法に盛り込まれました。それは成功体験の1つですね。

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