「握手やハグをしないのは、病気を怖がる弱虫だ」という態度
このようにトランプは「マスク着用拒否」と「白人優越主義」、「愛国主義」をつなげることに成功したのである。このあたりは、やはりマーケティングの天才だと言える。
6月20日にトランプがオクラホマ州タルサで行った政治集会は、このマーケティングの結果を明瞭に見せつけるものだった。マスクを着用しているトランプ支持者はほとんどおらず、「三密」状態のまま実行されていた。メディアの取材に応えた支持者は、パンデミックの報道は大袈裟だと信じており、怖がっている者はいなかった。
筆者も、最近トランプの影響を身近で目撃した。
マサチューセッツ州では6月から経済活動が段階的に再開されているので、私たち夫婦も1992年から所有しているナンタケット島のセカンドハウスを掃除がてら久々に訪問することにした。
滞在中、義弟から連絡があった。普段は夏休みに家族で海外に旅行するのだが、パンデミックでそれができない。そこで、ナンタケット島で1週間過ごすことにしたという。滞在時期が重なるので夕食に誘われたのだが、「三密」になる夕食は断って「裏庭でソーシャルディスタンスを取ったカクテルタイムに参加させていただく」と伝えた。
今年1月のcakesでのコラム「弾劾されたトランプが大統領選に勝つ可能性が高い理由」にも書いたが、ウォール街の投資銀行家である義弟は「高学歴、高所得の白人」であり、トランプ支持者のひとりだ。「貧しい者や弱い者は、本人の努力が足りない」と信じている自己責任論者でもある。
自分たち用のワインとワイングラスを持参し、彼らが週に2万5000ドル(約250万円)で借りている豪華な別荘に到着したところ、義弟夫婦だけでなく、この夏から大学生になる甥と姪3人と甥のガールフレンドがいた。義弟は再婚なので、子どもたちは別の親の家を訪問しているし、それぞれに友人の家を泊まり歩いているらしい。その若者たちは、マスクを着けていないだけでなく、「このアップルサイダー美味しいよ」「試させて」と同じグラスを回し飲みしている。私が座った席から彼らの間の距離は1メートルもない。大声でしゃべる彼らの唾が飛ぶのも見える。島に遊びに来ている友人をSNSで見つけたので、この家に集まってパーティをしているという。
おしゃべりをしている時に義弟の友人家族が夕食にやってきた。彼らが来ることを知らなかったので驚いたのだが、それより驚いたのは、彼らが平気で握手やハグを交わしていることだった。
ナンタケット島は、経済活動が再開されるまで患者数19人、死亡者をゼロに抑えてきた。島の病院にはICUもベンチレーターもないので、感染者が増えると対応できなくなることがわかっている。だから私たち夫婦は、ナンタケット島の住民に迷惑をかけないように、滞在中に必要な食料や日常品は車で持ち込んだ。野菜や卵はときおり無人のファームスタンドで購入したが、それ以外はスーパーマーケットにも行かなかったし、島のルールに従って散歩中もマスクを着用していた。ところが、死亡者が2万人を越えて悲惨な状況にあったニューヨーク市のウォール街で働く投資銀行家の義弟たちは、まるでパンデミックなど自分には関係ない世界での出来事のように振る舞っている。というか、「握手やハグをしないのは、病気を怖がる弱虫だ」という態度なのだ。
マスク着用にせよ、握手やハグを避けることにせよ、それは自分のためだけでなく、他人のためにすることだ。そして、パンデミックを抑える公衆衛生のためである。だが、高学歴の義弟たちですら、それを誤解している。その点では、トランプ大統領のプロパガンダは非常に成功したと言えるだろう。