「マスクをしない自由」を求め、暴行事件も発生
Photo by Shutterstock
このようにして、「マスクを着用しない」ことを含めたCOVID-19とパンデミックに対するトランプ大統領の態度は、トランプ支持者の行動指針になり、政治表現になった。
日本ではかなり初期からマスクを着用して「三密(密閉・密集・密接)」を避けることの重要性が浸透していたようだし、それに強く反対する人をインターネットで見かけたことがない。ところが、アメリカでは、ロックダウンに反対する住民が自動小銃などで武装して州議会議事堂で抗議をしたり、マスクの着用を求める店員に暴言を吐いたり、暴力を振るったりする事件が多発している。マスクなしでの入店を断った店員が射殺された事件もあった。また、アジア系の医療従事者への暴力的な言動や、アジア系レストランを攻撃する事件も広まっている。
彼らに共通する言い分は、「かつて私にはアメリカ国民としての自由があったのに、(リベラルの)政治家のために自由を奪われた。私は、マスクを着用しない権利を行使する。マスクを着けないのは、憲法で保証された抗議運動だ」というものだ。
「マスク着用」のイメージをさらに政治的にしたのは、パンデミックの最中に全米に広まったBLM(#BlackLivesMatter、ブラック・ライブス・マター)の抗議デモと、それを批判し、抑圧しようとするトランプ大統領の強硬な姿勢だった。トランプは、ツイッターと記者会見の発言の数々で、自分の支持者がこの抗議デモとマスクのネガティブなイメージをつなげることにも成功した。そして、オレゴン州のポートランド市のデモでは、大統領が正体不明の連邦職員(のちに国土安全保障省の職員だと判明)を送り込み、デモ参加者に暴力を振るったり、逮捕したりしている。
これは、前代未聞の出来事なのだが、こういったことが起こっても世論調査によるとアメリカ人の4割がいまだにトランプ大統領を支持している。その背景には、アメリカでマイノリティになりつつある白人が抱いている不安と恐怖があると筆者は考える。
アメリカは、建国時代から現在までヨーロッパから移住した白人の子孫が司る国だった。政治、経済、教育のすべても、白人をデフォルトとして設定されていた。だが、1940年代にアメリカの人口の90%近くを占めた白人は、2018年には60%ほどに減少してしまった。あと25年もすれば50%を切ると予測されている。そうなると、票数も少なくなり、自分の利益を優先してくれる議員を選出するパワーも衰える。自分たちがマイノリティになったら、これまで馴染みある世界が変わる。トランプは2016年の大統領選挙のスローガンに「Make America Great Again(アメリカを再び偉大にしよう)」を使ったが、これはアメリカの多くの白人男性たちが密かに抱いている「白人男性が支配していたかつてのアメリカは偉大だった」、「民主党がもたらした過剰なポリコレのおかげで、現在のアメリカでは言いたいことも言えず、やりたいこともできなくなってしまった」という心情を見事に言語化したものだ。
この苦々しさは「黒人や移民、女が優先されるせいで、良い大学に入りにくくなり、就職もしにくくなった」という被害者意識にもなっている。そして、それが「マイノリティを優先するリベラル」への嫌悪感にもつながっている。「ブラック・ライブス・マター(黒人の命も重要だ)」は、武器を持っていない黒人が、黒人だというだけで警察官に殺されるような事件が多発しているからこそ生まれたスローガンであり、抗議運動なのだが、それに対して「ホワイト・ライブス・マター(白人の命も重要だ)」と反論する白人がいるのは、この歪んだ被害者意識があるからだ。