FOXニュースや共和党重鎮までもが公然とトランプを批判
ところが、そのトランプ大統領が、マスク着用に対する態度をがらりと変えた。7月20日に突然マスクを着用した写真つきで「われわれは目に見えない中国ウィルスを撲滅する努力で一致団結しており、ソーシャルディスタンスが取れない場合にはマスクを着用するのは愛国的だと多くの人が言っている。君たちが大好きな大統領の私よりも愛国心がある者はいない!」と「マスク着用」を勧めるツイートをし、その翌日には記者会見で「ソーシャルディスタンスを取れないときにはマスクを着用するよう、すべての人に要望する」と声明文を読んだのだ。
トランプ大統領が突然態度を変えた直接の原因と思われているのが、直前の7月19日に放映された「FOXニュース・サンデー」という政治番組のインタビューだ。
FOXニュースは、トランプのプロパガンダをそのまま報じる番組が多いことで知られているのだが、以前から大統領に批判的な司会のクリス・ウォレスはインタビューでパンデミックに関するトランプの虚言や放言に鋭く切り込んでいった。たとえば、トランプはこれまで何度も「ウィルスは消えてなくなる」「奇跡的に消える」と主張してきたが、アメリカではこの時点で370万人以上が感染し、14万人以上が死亡している。それをウォレスに指摘されても、トランプは「最終的には消える」「私が正しかったということがわかるだろう」と持論を曲げなかった。また、CDCが4月にマスク着用を呼びかけたときに自らマスクを着けなかったことを後悔しているかどうか尋ねられたときには、「私は国民にある程度の(選択の)自由を持っていてほしい」と答え、マスク着用の効果についても「信じない」と言った。
それよりもソーシャルメディアで反響が大きかったのが、インタビューでの「認知症診断テスト」の部分だ。トランプ陣営は、高齢のジョー・バイデンの精神的な健全さを疑う説を流しているが、最近では発話や歩行の危うさからトランプの心身の健康を危ぶむ説のほうが目立つようになっている。FOXニュースの世論調査で「候補が大統領として効果的に任務を果たす精神的な健全さを持っていると思うか?」という質問に対してバイデンのほうが健全だと思う人が多かった結果をウォレスが見せたとき、「それでは、私が受けたテストを(バイデンに)受けさせようじゃないか」と答えた。この認知症診断テストについては、「非常に難しいもの」だったが「自分は満点を取った」とトランプは自慢したが、ウォレスは「私も受けたけれどそんなに難しいものではないですよ」とテスト内容を見せた。
保守系スーパーPAC(特別政治行動委員会。候補者から独立した政治団体)のリンカーンプロジェクト(The Lincoln Project)は、このシーンの映像に「トランプは、ゾウの絵を識別できたことでアメリカの投票者に感心してもらいたいのだ」というコメントをつけてツイートし、それがまたたく間に広まった。
リンカーンプロジェクトを運営しているのは、トランプの大統領顧問ケリーアン・コンウェイの夫であるジョージ・コンウェイ、ジョージ・W・ブッシュ元大統領や元大統領候補ジョン・マケインの側近だったスティーブ・シュミット、かつてニューハンプシャー州共和党の委員長だったジェニファー・ホーンなど旧来の共和党の重鎮たちだ。彼らは、トランプとトランプを支持する政治家が信じるのは保守主義ではなく「トランピズム(トランプ主義)」と「トランピアン(トランプ主義者)」だと言う。従来の保守主義と共和党を生き返らせるためには、まずこのトランピズムを撲滅するべきだという考え方で、彼らはアンチ・トランプ活動を行っている。
リンカーンプロジェクトがなぜこれほど効果をあげているのかというと、「他人の弱点を強調し、嘲笑する」というトランプが得意にしてきた手法でトランプを攻撃しているからだ。
最新の世論調査でバイデンが2桁の差をつけてリードしていることに、FOXニュース・サンデーとリンカーンプロジェクトの大きな反響が加わり、トランプは再選のために「マスク着用」の戦略に切り替えたようだ。しかし、マスクを着けないことを自由と愛国心の象徴にする自分自身のマーケティングとPRがすでに効果をあげてしまっているいま、彼の方向転換がどれほどポジティブな効果を上げるのかは不明だ。どちらかというと、マスクやソーシャルディスタンスについて、今後どうすればよいのか混乱する支持者が出てくるのではないか。
もしリンカーンプロジェクトがトランプの手法でトランピズムの撲滅に成功したとしたら、その後の保守主義と共和党はどのようなものになるのだろうか? また、アメリカの政治情勢と政治に関するマーケティングとPRはどう変わっていくのか、興味深いものだ。