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なぜ日本でテレワークが進まない・続かないのか。今回の特集を企画するにあたって、この単刀直入な質問にズバっと答えていただける方を探していた。
読者の皆さんの職場でも「経営陣の頭が固い」「強固に反対する部署・中間管理職がいる」「むしろ現場が出社したいと願い出ている」などさまざまなパターンがあるだろう。そうした数多あるパターンを網羅して構造を解説し、同時に「では何をすれば良いのか?」という解決策を、累計20万部以上売れた「問題地図シリーズ」や最新作『バリューサイクル・マネジメント』など数々の著作や講演、企業コンサルティングで説いているのが沢渡あまね氏だ。
誰もが抱える「あれをこう変えればもっと仕事が効率化できるのにな」というモヤモヤはきっと変えられる。沢渡氏が伝授する「明日から使えるテクニック」をぜひ試してみてほしい。
沢渡あまね
作家/ワークスタイル&組織開発専門家あまねキャリア工房代表・浜松ワークスタイルLab取締役
日産自動車、NTT データなど(情報システム・広報・ネットワークソリューション事業部門などを経験)を経て現職。350以上の企業・自治体・官公庁で、働き方改革、組織変革、マネジメント変革の支援・講演および執筆・メディア出演を行う。主な著書:『バリューサイクル・マネジメント』『職場の科学』『職場の問題地図』『マネージャーの問題地図』『業務デザインの発想法』『仕事ごっこ』
趣味はダムめぐり。#ダム際ワーキング推進者。
聞き手・構成・文:神保勇揮
日本でテレワークが進まない5つの要因
沢渡あまね氏
―― 単刀直入にうかがいますが、日本でテレワークの導入が進まない、定着しないのはなぜでしょうか?
沢渡:私は以下の5つの要因が大きいと思っています。
(1)古い人たちの価値観、コンフォートゾーンから出たくない抵抗感
(2)製造業型統制型文化による横並び主義、「No」と言わない文化
(3)1・2を助長する年功序列の組織構造や評価制度
(4)最新のマネジメントスキル・コミュニケーションスキルの欠如、業務再設計の放棄
(5)ITのような見えにくいものに投資しない文化とマネジメント
その中でも特に強いと感じるのは、(1)の「古い人たちの価値観、コンフォートゾーンから出たくない抵抗感」ですね。
心地いい過去のやり方を手放したくない、だから新しいITツールを使いたがらない、慣れようとしない、緊急事態宣言が解除されたり世論が落ち着いてきたりすると、ここぞとばかりに元のやり方に戻そうとするんですね、理由を付けて。
―― 実際、緊急事態宣言が解除される度に通勤電車が混みますし、Twitterなどでも「また出勤させられるから解除しないでほしい」といった愚痴が大量に見つかります。
沢渡:そうですね。また、トップが「変わりたい」と言っても、現場が理由を付けて今までのやり方を手放そうとしない例も多いです。ただこのケースでは大抵、中間管理職が日々の仕事でものすごく忙しい。目先の仕事で手いっぱいなのに、そこからさらに新しいことを学ばなければいけない、新しいやり方を浸透させなければいけないのは不可能だと悲鳴を上げるのです。ここをきちんと会社として評価する、あるいは一時的に一部の通常業務を止める、スピードダウンすることを許容していかないと、当然変えるモチベーションが中間管理職に働かないんですよ。
「変わらない要因」はまだまだあります。人事が変わろうとしない、総務が変わろうとしない、情報システム部門が変わろうとしないという抵抗もあります。テレワークを導入するとなると、例えば人事部門がテレワークでコミュニケーションできるようなスキルアップ教育を主導したり、人事制度を変えたりする必要があるわけですね。ここでトップにしろ中間管理職にしろ後ろ向きな人がいるともう止まってしまう。
総務部門で言えばテレワークとオフィスワークを併用する場合、ペーパーレス化を完了させておかないと、ハンコを押すため、あるいは総務に資料提出するために輪番で誰かが出社しなければいけないみたいな話があるわけです。経理業務も然り。経費支払いの手続きとか、請求書は必ず紙でもらえみたいな慣習を残しておくとテレワークしようがない。また情報システム部門で言うと、VPN渋滞問題、あるいはパソコンのスペックが低くて自宅で仕事がしにくいなど。情報システム部門が必要な投資したがらない、あるいは予算をよこせと経営陣に要求できない問題もあります。
―― 文字通り、全社一丸となって取り組んでいかなければどこかで綻びが生じてしまうんですね。
沢渡:働き方改革もDXもテレワークも「改善」ではなく「変革」なんです。いち個人や部署単位ではなく、全員が変わらなくては絶対上手くいかないのです。
「半径5メートルの問題」を言語化し発信することが問題解決の第一歩
―― 具体的にどのようなプロセスを経てテレワーク導入という変革を起こせるかについてうかがっていきたいのですが、まずは「社長や上層部が聞く耳を持たない」というケースの場合はどうすれば良いでしょうか?
沢渡:まず最初に、テレワークに限らず今ある問題・課題に名前をつけて共感者を得ていく必要があります。例えば「会社で利用できる通信手段が固定電話・FAX・メールだけで、Zoomなどが一切使用不可な現状では、既にオンライン会議ができる取引先に迷惑をかけてしまっています」というような感じで、ちょっとした身の回り、半径5メートルの問題をまず言語化して名前をつける。それを発信する。
沢渡氏が公開している「沢渡あまね講演資料ダイジェスト_20210629」より(以下すべて同様)
発信のやり方としては例えば年に1回の部内の振り返り会議の中で問題提起をしていく。あるいは昼休みにお弁当を食べながら話題を振ってみるでもいいですし、社内の勉強会でも、イントラネットあるいはグループチャットで問題提起してみるでもいいと思うんです。何かしら発信することによって「実は自分もそう思ってたんだよね」という共感者が見つかるはずです。他部署の部長から「それって僕がやめろと言えば楽になる話? じゃあ次の会議で言っておくよ」と拍子抜けするぐらい簡単に解決してしまうこともよくあります。
その共感者は自社だけではなくて取引先でも良いと思うんです。実際にあったエピソードをお話しすると、私に講演依頼があって「見積書も請求書も紙で郵送してください」と言われた際、「申し訳ないですが私は多拠点生活をしており、印刷環境もありませんし、印刷郵送で執筆などの本来業務の時間や集中力を奪われる余力がありません。電子ファイルのみで許容ください。一度経理とかけあってみてください。同業他社はPDF提出を受け入れていますし税法上も問題ないハズです。」と返答したことがあります。
結果、その通りに経理と交渉してくれ、あっさり「PDFのみでOK」になりましたし、担当者から感謝すらされました。「実は私も郵送のやり方にストレスを感じていた。社内の人間が言っても煙たがられただけだったけれど、外部の人から言ってもらえるとこちらも交渉しやすかった」と。
沢渡氏は資料内で「テレワークよりもデジタルワーク」、つまり「業務でデジタルツールを活用できるようにしていくことが、結果的にテレワーク可能な環境づくりに繋がる」と説明している
―― 課題解決をするためにはさまざまなルートがあるということだと思うのですが、それをより確実に進めていくためのコツみたいなものはあるのでしょうか?
沢渡:5月に出版した『バリューサイクル・マネジメント』も、こうした諸問題に関して現場・中間管理職・経営層が感じていることをそれぞれ解説し、どうそれをつなげて解決していくかということを意識して執筆しました。立場を超えてつながらないと問題は解決しにくいんですよ。
経営層が考えている問題は、実は現場の問題を解決することでクリアできるかもしれないのに、お互いが違う景色を見ている、意見交換して認識や課題をすり合わせる機会がなければ、いつまでも織姫・彦星状態で、天の川をかけようがないのです。私は「経営と現場の景色合わせ」というフレーズで説明していますが、それを試みなければたとえ実践フェーズに入っても上手く回すのは難しいです。
―― 沢渡さんの本に頻出する「経営と現場の景色合わせ」は、必要だろうけれど上手く言語化できずモヤモヤ思っていたことを一言でズバっと言い表してくれる、目からウロコが落ちるような解説でした。
沢渡:ありがとうございます。会社を良くしたい思いが一緒であれば、その問題は理解されやすい、受け入れやすいし、必ず賛同者が見つかるはずなんですね。これがつながらないと単なる愚痴やワガママにしか聞こえなくなってしまう。
例えば昨年4月、1回目の緊急事態宣言の時も、東京を中心にテレワークが進んだわけですけれども、紙の書類やハンコがネックになって出社せざるを得ないというフラストレーションが世の中に噴出したわけです。最初はいち担当者の不平・不満だったかもしれない。ところが、これだけインターネットで声が上がったり、そこに共感する専門家やメディアが取り上げたりすることによって大きな世論になり社会問題になり、そこから脱ハンコに向けて政府が動き始めたわけですね。最初は小さな個人の不平・不満でも、言語化して声を上げていく。共感者が見つかることによって世論になり、それが世の中が変わる原動力になり得るのです。
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