本多カツヒロ
ライター
1977年神奈川県生まれ、東京都育ち。都内の私大理工学部を経てニートになる。31歳の時に、一念発起しライターに。サイゾー系のメディアでの執筆を経たのち、WEDGE infnity、東洋経済オンライン、週刊実話など多数の媒体で著者インタビューを担当。その後、Forbes JAPAN WEBやダイヤモンド・オンラインなどのビジネス系メディアでも執筆。現在、QJ Web (クイック・ジャパンウェブ)や週刊誌などで執筆中。また、自身の病気の経験から、闘病記を気が向いたら公開している。https://note.com/honda52
「令和元年に起こったテロ」の背景や推移を深堀りするルポ
テロリズム──。2001年のアメリカ同時多発テロ以降、ニュース番組からこの言葉が聞こえても「またか」という程度にしか思わないくらい我々の感覚は麻痺している。毎日のように世界のどこかで起きているテロに驚くことなんて別にない。それは9.11から連綿と連なる毎日を生きている証拠でもある。
しかしながら、それは自分の住む場所ではないどこか遠くの世界で起きている、という感覚があるのもまた確かだ。ニュース番組で映し出される自爆テロや爆破テロの悲惨な映像を見る度に既視感と自分が生きている社会との距離を感じる。
だから磯部涼の『令和元年のテロリズム』(新潮社)という書名を聞いた時、「日本で同様の爆破テロが起こったか?」と思った。が、読み進めていくうちに合点がいった。たとえば、元号が「平成」から「令和」に改元された2019年5月、川崎市登戸駅近くで起きた川崎殺傷事件。「(犯人の)岩崎隆一による無差別殺傷事件は“引きこもり” “高齢化社会” “7040/8050問題”といった政治的問題を社会に叩きつけたという点でテロリズムだったと言えないだろうか」(P49)と著者の磯部は問う。
同書は、令和元年に起きた川崎殺傷事件、元農林水産省事務次官長男殺害事件、京都アニメーション放火殺傷事件の3つの殺人事件を追ったノンフィクション本だ。現代は犯罪関連のニュースだけでなく、誹謗中傷やバイトテロなどSNSで「こんな酷い出来事がありました」という訴えが毎日のようにバズっては消費され忘れ去られる時代だが、容疑者や被害者、事件の背景や推移を深堀りし、じっくり向き合うことができる貴重な書籍だ。
それぞれの事件について振り返っておこう。川崎殺傷事件とは、スクールバスを待っていた小学生らが襲われ、20人が死傷した事件。犯行後、岩崎は自死した。同書によれば、犯人の岩崎は、幼い頃に両親が離婚し、父親に親権が渡る。祖父母、叔父夫婦、従兄弟との生活が始まるも、父親が蒸発。その後、祖父母も亡くなり、叔父夫婦が事件直前まで引きこもりだった岩崎の面倒を見ていたという。
元農林水産省事務次官長男殺害事件は、農水省のエリート官僚だった熊澤英昭が長年引きこもり状態であった長男を殺害。熊澤には、2021年2月、懲役6年の実刑判決が下されている。
京都アニメーション放火殺人事件は、2019年7月、京都アニメーションのスタジオに青葉真司容疑者が放火し、36人を殺害。青葉自身も重度の火傷を負い約10カ月の入院治療を受けた。
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