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Jini
ゲームジャーナリスト
はてなブログ「ゲーマー日日新聞」やnote「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、今年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。
チーターだ。チーターがいるぞ!
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見よ、あの恐ろしき獣を。彼奴は今も子供の腹を食いちぎり、大人の脚をもぎ、そしてとてもよく腕の立つ男を、誰もが認めるほど話のうまい女を、食い散らかしている。何ということだ。そしてこの畜生は、緑が美しいスマートシティを、放棄された大闘技場を、それらを創造した偉大な神々さえも、赤い血で染め上げている!このような所業を、どうして許してくれようか。
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何やら誤解されたかもしれないが、私の言う「チーター」とは、無論愛らしいネコ科動物のことではない。(驚くべきことに)我々と同じくたいていは二本足で歩き、我々と同じ社会で生活をしている。そして、愛すべき負けず嫌いたちが銃撃戦、剣激などを繰り広げるオンラインゲームを、闇市で仕入れたツールによってハックし、公平性を害する輩だ。
今まさに、このチーターなる畜生は(繰り返すように、彼らは奇跡的に二足歩行ができる動物である)、『Apex Legends』、『Fortnite』、『Rainbow Six Siege』、『Call of Duty: Warzone』といった日本でも有名なゲームに寄生し、不正にプレイすることによって深刻な打撃を与えている。このままではチーターにより、このゲームの文化、ひいては今話題となりつつあるeスポーツやゲーム実況文化まで死滅しかねない状態にある。
では一体、チーターとは何なのか。なにゆえチーターによりゲームが滅びるのか。チーターを駆逐するには何が必要か。多くのゲーマーが「当たり前」と考えていながら、一方でゲームをプレイしない人々にとってはその脅威が理解しかねる、あるゲーミング害獣たちとの戦いを説明する。
チートとは何か
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あらゆるゲームには、ルールがある。それがアナログゲームであれば、ルールの設定は多くの場合、プレイヤー同士に委ねられる。トランプを使ったゲームであれば、ジョーカーを何枚入れるか、色と数字どちらで揃えるか、数字の順序はペアとして認めるかどうかなど。こうしたルールは公の大会でない場合、当事者同士の相談、了解によって決まっていくことが多いだろう。つまり、状況に応じてルールを調整していくことができるというわけだ。そしてそこには、チート(イカサマ)が介入する余地が生まれる。それを防ぐべくジャッジが立ち会う場合もあるが、それでも物理的なトークンを用いた競技である以上、やはりチートは避けられない。
ビデオゲームであれば、そのルールはゲームの作り手によってほとんどすべてが支配、制御される。例えば第二次世界大戦をモチーフとした銃撃ゲームであれば、「このソ連製の短機関銃は毎分732発もの銃弾を発射可能で、35発打つごとにリロードを必要とする仕様がいい。照準器の焦点をあわせるまでには、0.17秒かかるようにしよう。対して、このアメリカ製のライフルは……」といったように、各銃のステータスはすべて、数名のゲームデザイナーが決める。プレイヤーはこの数字を実戦で観測・分析することは可能でも、短機関銃を改造して発射レートを上げたり、「やい、我々の地元でこの短機関銃は対物ライフル同様の破壊力があったのだ」と主張することは不可能である。
かように、ビデオゲームにおいてプレイヤーはルールに一切触れられない。ゲーム企業が決めたルールは、法も倫理も凌駕してプレイヤーを束縛する。しかるにルールを巡った争いは発生しようがなく、ルールやトークンの穴をついたチート、イカサマはほとんど成立しない(※)。例外的に発生する抜け穴も、インターネットを介するゲームにおいては定期的なアップデートにより“修復”される。
(※ただし『スト2』の「ガイルによる投げハメ」や『CoD:WW2』の「M1ガーランドなど強すぎる銃」の使用禁止といった、一部コミュニティにおいてプレイヤー同士で暗黙の了解のもと新たにローカルルールが作られる場合もあるし、一部ゲームでは重大なバグが発生しそれが“攻略テクニック”として用いられる場合もある)
おそらく、ビデオゲームを愛好する者の多くは、この完全にして全体主義的な世界を愛している。しばしば、ビデオゲームは暴力の象徴だとか、社会の絆を拒絶する虚弱な子供たちの逃避先と評されるが、そういった視点よりも、ゲームクリエイターが天地あまねく支配、制御する世界で、あからさまな不正義による人間同士のディスコミュニケーションがほぼ起きないクリーンな条件のもと、何らかの競技を楽しみたいという欲望に応えることにゲームの本質がある。少なくとも、筆者はおっちょこちょいな神々の作るこの小さなユートピアを愛している。
繰り返すように、ビデオゲームのルールは人の手で構築されるため、不正の余地はほとんどない。そこで外部からビデオゲームをハックし、スクリプトの改竄や、送受信データの抽出によって、予め神により設定された数値や情報を都合よく不正利用してしまうのが、ビデオゲームには本来存在し得なかったチーターである。
問題となるチート行為は、特にFPSというジャンルにおいて多く見られる。FPSの強者に求められる素養は、的確に照準を合わせる反射神経・技術と、マップの位置情報を瞬時に把握する動体視力であり、この2つはチートにより容易に補完できるからだ。
前者には「オートエイム」という、自動で敵に照準を較正する(合わせる)ハックが、後者には「ウォールハック」という、建物など立体的な構造物により視界が遮られた場所から敵の位置を透視するハックが、頻繁に用いられる。他にも自分だけ銃弾の威力を高めたり、意図的に当たり判定を拡大するなど、直接データを改竄するもの、あるいはPS4などのハードウェアにおいて、FPSにおいて有利とされているマウスをコントローラーと誤認させ、通常コントローラーのみにかかるエイミングの較正を引き出す「コンバーター」というデバイスチートもある。
そんなチートによって、具体的にどのような被害が発生するのだろうか。被害者の目線で考えれば、まずチーターが存在する試合はその時点で成立せず、時間の無駄になる。それだけならまだしも、自分の実力をランクポイント(RP)などの数値に置き換え、それを賭けて勝負する「ランクマッチ」ではRPまで不正に奪われることになる。何よりも、チーターが存在するという事実だけで、自分が手に入れた、あるいは手に入れようとする実力、知識、地位の全ての価値が踏み潰され、ゲームをプレイしようという気がなくなる。
言うまでもなく、オンラインゲームにおいてチートは不正であり、発覚した場合はアカウントの利用停止措置が取られる。それどころか刑事と民事の両方で起訴される危険もあり、日本では警視庁が警告文を公開している上に、逮捕者も出ている。中国、韓国、アメリカなどにおいても例外ではない。
加害者の目線で考えるチートの問題性は、麻薬に近いものがあると考えられる。つまり、中毒性である。一度チートを使って勝負をすると、もう二度とチートのない状態で勝負しようとは思えなくなるのではないか。本来、経験によって培われる能力をチートで補い、ルールさえ自分用に改竄しているため、根本的にチーターは全く別のゲームを、いやゲームとさえ言えない、流れ作業に近い「ごっこ遊び」をしている状態にあるからだ。だからチート経験者は、仮に発覚しアカウントが削除されようと、何度でもチートに手を染める。既に彼らは「ゲームを遊ぶ」という当たり前の行為が、できなくなってしまうからだ。
このように、チートは逮捕でもされない限り減らない。そしてチーターの存在は他プレイヤーの努力、経験、工夫、そして勝利の喜びを否定し、ゲームへの意欲を削ぐと同時に、そのゲームを「つまらないもの」と認識させる。次第に、多くのユーザーがプレイをやめ、最終的にそのゲームを作り、維持する企業の収益まで奪うという深刻な問題を、長らくビデオゲーム文化にもたらしている。
今チートが問題視される理由
残念ながら、チートは昨日今日始まった問題ではない。PCゲームにおいては『Counter Strike』や『Quake』といった20世紀のゲームで散見されたし、Wiiの『ポケモンバトルレボリューション』でさえ、DS版の「プロアクションリプレイ」を用いた改造ポケモンが悪用されることもあった。
それでも、今改めてチートが問題となっている理由が『Apex Legends』を中心とした、いわゆる「バトロワ」というゲームジャンルの著しい流行と、コロナ禍においてeスポーツやゲーム実況といった「観る」文化の大きな成長だ。日本のライブ配信者向けのデータやツールを提供する配信技研によれば、2019~20年でゲーム関連コンテンツの視聴時間合計はほぼ2倍増加しており、2020年で最も視聴されたゲームはダントツで『Apex Legends』である。
そしてその『Apex Legends』は、数あるゲームの中で特に甚大な被害をチートにより受けている。中でも伝説的な腕前で人気のあるeスポーツチーム・Crazy Raccoon所属のRas選手が「当分の間ランクはしません チーターがとても多くて一試合に 5パーティーまで見ました。」とツイートしたことは衝撃となり、一時期トレンドに「チーター」という単語が浮上するほどだった。もちろん他の有名プロゲーマー、ストリーマーも配信内外でチートに対する苦々しい思いをこぼしており、実際にプレイせず見ているだけの人までもチートの問題性について怒りを抱いている。
もちろんゲームの運営側もまったく対策をしていないわけでない。さまざまなチートを検出するプログラムを開発するほか、ユーザーの報告に基づいてアカウント停止処分を下すなど試行錯誤しているが、どれもイタチごっこという他ない。チーターという見えない脅威に対して、圧倒的に人員が不足しており、そこに予算を割けば肝心のゲーム開発が進まないという悪循環に陥る。『Apex Legends』は基本プレイ無料でアカウントをいくらでも作れるため、チーターにとってBAN(アカウント停止)は痛手でさえないのも苦しい。
中にはRiot GamesのPCゲーム『VALORANT』のように、ゲームプレイ前に必ずチート対策プログラム「Vanguard」のインストールが求められるといったケースもあり、機関銃でいたちを射殺するような対策も取れないことはない。ただこれも相当なコストと技術力が費やされたものであり、中規模のゲームスタジオでは再現することは難しいだろう。
本格的なチート対策には、やはり国の、それも国際的な枠組みが必要不可欠ではないかと思う。先に述べたとおり、日本を含む各国においてチートはサイバー犯罪とされ、逮捕例もある。そのうえで、ゲームをeスポーツという競技の枠組みで行政が注目しているにも関わらず、チートは他スポーツにおけるドーピングに匹敵する脅威であるという認識が彼らに不足している。今やオリンピックでeスポーツを採用させたいという目標のもと日本eスポーツ連合(JeSU)が動いているが、彼らもチートに対する具体的な対策や成果も出せておらず、チートへの危機感が欠如しているのではないか。
またオンラインゲームで出会うのは同じ日本人だけとは限らず、日本であればアジアサーバーを通じて中国、韓国のチーターとも遭遇する。人気ゲーム『PUBG』のクリエイターである、ブレンダン・グリーンは「チーターの大半は中国から来ている」と発言し、人気配信者のstylishnoobも同じく「中国のサーバーは隔離すべき」という意をツイートした。2021年から中国では全オンラインゲームに実名認証を義務付ける予定のため、少しでも状況が改善されることを祈るしかない。もちろんチーターは国籍問わず存在し、日本でも嬉々としてチートを使う様子を動画で配信する者さえいる。
チートはオンラインゲーム文化において極めて重大な問題である。それはゲームの競技という本質そのものを否定するものでありながら、一度手を出した加害者はやめることができず、従って20年以上も幾多のゲームコミュニティを破壊してきた。それが今、eスポーツやゲーム実況という「観る」文化の大きな障害となっているにも関わらず、ゲーム企業や国が対策をしようにもほとんど成果が得られていない。
そもそもチートがここまで生き延びた理由は、何と言ってもその危険性や問題の深刻さが非ゲームプレイヤーにはわかりにくいことだ。ここがドーピングや麻薬と違うところで、実際にゲームをハックし、都合よく改竄することが今ひとつ想像しづらい。だからチーターへの非難はいつも小規模で、彼らへの社会的制裁も進まなかった。
チート行為とは、ある競技に真剣に挑戦する多くの人間の熱意を否定する暴力そのものである。チートを軽視することは、ゲームそのものを、ひいては競技そのものを軽視することと、何も変わりない。その本質は、仮にゲームを遊ばない人にとっても他人事でもなければ笑い事でもない。本来チートは、社会が一丸となって撲滅するべき社会悪なのだ。