「うんちちょうだい」の努力から、革新的プロダクトが誕生
香川大学との共同研究拠点にて、数百名のアスリートから採取した腸内細菌のDNAを保存する専用冷凍庫とともに。
ーー そうしたご自身の知見を、事業として社会へ広げていきたいと考えたわけですね。
鈴木:ビジネスチャンスを見出したということではなくて、自分がやってきたことが世の中に役立てばいいな、という感覚でした。便を研究している大学の研究者の方々と話をする中で気付いたのは、食事や体調をチェックし続ける特殊な環境下で生活しているアスリートの腸内環境が、一つの“教師データ”として有効かもしれないということ。「アスリート特有の菌が見つかるかもしれない」と、大いにロマンを感じましたね。
そこから会社を設立する流れになったものの、代表を務めることまでは考えていなかったのが、翌年に引退が決まった際に周囲からの推薦もあり、覚悟を決めて代表取締役に就任することになったのです。とはいえ、今でこそ社会レベルで“腸活”に注目が集まる状況になり、便はイノベーションをもたらす“茶色いダイヤ”と言われるようになりましたが、設立当初は「なんでサッカー選手がそんなことをやるんだ?」とか、「うんちでスポーツの成績を伸ばすなんて無理だろう」と言われました。でも、みんなが「いいよね」と言っていることからは新しいイノベーションは生まれない。大半が予期しないことだからこそ、逆にチャンスがあるはずだと信じていましたね。
ーー その上で、鈴木さんには“体のプロ”ともいうべきアスリートの方々への人脈があった。これは大きな武器だと思いますが、どうやって彼らを巻き込んでいったのでしょう?
鈴木:一人ひとり会いに行って「君のコンディションをサポートさせてほしい」と伝えました。最初に便の提供をお願いしたのはラグビーワールドカップ日本代表を務めた松島幸太朗さんでしたが、最初は「なんで?」と驚かれましたね(笑)。今でも「うんちで何がわかるんですか?」と良く聞かれますが、食事量を増やしているのに体が大きくならなかったり、同じ量を食べているのに太りやすかったりと、選手にはそれぞれ、自分の体の課題がある。それを解決するとともに、その知見を自分のためだけでなく、次世代の若者たちにつなげていこうと。そう話し合って、多くの選手たちから協力を得ることができました。
具体的には便を提供してもらい、その腸内細菌のデータを分析して、効果的な食事のバランスなどをアドバイスします。それによって、個人ごとに目指すべき体作りやコンディショニングに反映していく仕組みです。スポーツは競争の世界ですから、これまでは自分が発見したことは外に出したくない風潮があったはず。でも、これからは情報をシェアすることでお互いに高め合っていくことができる。そういう時代が訪れつつあるという手応えを感じています。
元オリンピック選手の腸内環境から発見された、新種のビフィズス菌「AuB-001」の電子顕微鏡写真。天然の糖質の一種・ソルビトールを栄養源にできる特性を持ち、ヒトの免疫機能を整える作用を持つ酢酸を同種の一般的な菌と比べて約11倍も多く産生する。
ーー そうして集まったデータを独自のシステムで解析し、特徴を解析していったわけですが、700人以上ものトップ選手のデータを分析できるのは、共同研究者の先生方にとっても得がたいことだと思います。どんな成果が上がっていますか?
鈴木:便のDNA解析によって、アスリートの腸内環境の特徴や、筋肉の形成やメンタルに影響を与えている可能性の高い菌の特定、競技ごとの傾向もわかってきました。また、元オリンピック選手の腸内環境から高機能な新種のビフィズス菌株を発見し、「AuB-001」と名付けて国際特許も出願しています。
こうした中で、アスリートの健康な腸内環境のデータを元に、一般の方々の体調を整えたり、疲れを早く回復させたりするなど、社会実装の方法を導き出すべく取り組んできました。19年には独自の「アスリート菌ミックス」を配合したサプリメント「AuB BASE」を、今年1月には“筋肉と腸と栄養の関係”に着目したプロテイン「AuB MAKE」を発売しています。これらのフードテック商品には、健康的な腸内細菌バランスのカギを握る酪酸菌の多さや菌の多様性に関する知見が活かされています。
AuB発、筋肉と腸と栄養の関係性に着目した新しいタイプのプロテイン「AuB MAKE」。サプリメントの「AuB BASE」同様、29種類の菌を配合した「アスリート菌ミックス」で腸内環境を整え、筋肉をはじめとする体作りにも新たな効果を発揮する。
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