丹後ちりめんから得た、新たなインスピレーション
―― 何か特別な体験ありきではなく、自家発電的にアイデアの着想につながるのですね。その点、丹後ちりめんという伝統素材との出会いで得た着想はいかがでしたか?
岩谷:丹後ちりめんは基本的に白生地ですが、ファクトリーによって素材感が異なり、とことんきらびやかな素材を作るところもあれば、クラフツマンシップが感じられる素朴なものもあって、実に多種多様です。
基本的に生地は平面の素材ではありますが、丹後ちりめんの場合、平面でも少し立体的に見えるので、立体のプロダクトに仕立ててもそれが魅力として生きてくるのです。
今回の「TANGO OPEN “WHITE COLLECTION”」では、シボの強いもの、ボリュームがあるものなど3種類の丹後ちりめんを使いました。同じ白生地なのに、その時々で見える表情も感じ方も違ってくるのがとても面白くて、楽しんでデザインすることができました。
しかも今回、デザインのイメージを伝えながら、オリジナルで織っていただいた丹後ちりめんの生地を使用しています。
―― これまで岩谷さんが発表した海外のコレクションでは、大胆な色や柄使いが日本人離れしていると評価されています。今回、白一色の丹後ちりめんの生地でデザインしてみていかがでしたか?
岩谷:今回のプロジェクトは僕にとってもチャレンジングでした。これまで海外のコレクションを通じて日本の素材を使い、色や柄を駆使し、“伝統工芸”や“伝統文化”にスポットを当ててきましたが、今回はあえてそうした枠を取り払い、丹後ちりめんの素材とフォルムに真っ向から向き合うことになりました。
―― しかも今回、着物の小幅を生かしたドレスを製作することも課題のひとつとしてありましたが、いかがでしたか?
岩谷:僕自身、和装用に使われてきた生地を洋服用に作り直すのは違うなと思っていて、ありのままの素材を生かして作れないかなという思いは当初からありました。
むしろ伝統的な小幅にこそ、技術が詰まっていると思うんです。たとえば外国の人から、「なぜ30cm幅の生地なのですか?」と訊かれた時に、「元々着物に使われている素材だからです」と答えるストーリーも含めて、素材を生かす方が絶対に面白いと思いました。
以前、海外で丹後ちりめんを使ったアイテムを発表した時も、とても反響が大きかったのですが、丹後ちりめんのようなタッチの素材は海外にはないので、素材感の違いやよさは海外でも伝わったと思っています。
知れば知るほど奥深い日本文化を国内にも世界に伝えたい
―― 今回のプロジェクトを通じてあらためて感じたことはありますか?
岩谷:日本人の遺産として着物文化は受け継ぐべきだと実感しています。ただ、継承者の問題もあって、廃れゆく伝統工芸も多くあります。
でも、今回丹後の産地を訪れてみて、知れば知るほど日本の伝統文化は奥深くて、それでもまだまだ知らないことが多いと思いました。日本の着物の歴史なので、あらためて知っておきたいという気持ちはありますね。
日本のブランドで高級品を作るメーカーは少ないし、丹後ちりめんはシルク製品で高価ではありますが、国際的に見ればシルク製品は機能的なこともあって、種類も豊富にあります。
日本では着物以外の洋装でシルクを用いることはあまり浸透していませんが、実は日本の気候や風土に合っているんです。日本製のシルク生地がとても少ない中で、いざ着物の世界を見てみると、実に幅広く多岐にわたることに驚きました。そうした素材を生かしたいという気持ちが沸き起こりましたね。
―― 最後に、3つのドレスのデザインを製作する上で、岩谷さんなりに今回のドレスに込めたメッセージをお願いします。
岩谷:今回の「TANGO OPEN “WHITE COLLECTION”」で3つのドレスを製作するにあたり、3体合わせたストーリーを作りたいと思いました。近年、日本の結婚式では、キリスト教式や神前式のほか、カジュアルな人前式も増えているようです。
華やかなドレスや着物以外で、格式のある式はもちろん、カジュアルな式やパーティーなどでも着ていただけるような幅広いシチュエーションの提案ができたらいいなと考えました。
結婚式に1回かぎりで着るのではなく、あらゆるパーティーでも着ていただけたら嬉しいですね。多様性を尊重する社会にあって、どのシチュエーションで着るかは、着る人が決められるといいと思うんです。
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長い間、京都の下請けとして目立たず、しかし、着実に伝統工芸の技術を磨いてきた歴史がある、京都・丹後。
今回、岩谷氏がデザインしたドレスは、「丹後ちりめん」のこれまでの300年の歴史を次の100年につなぐ始まりとして、明るく照らす一歩となるに違いない。