LIFE STYLE | 2019/10/08

インドのバンクシー、ストリートアートをバズらせて道路の修繕を次々実現

©Baadal Nanjundaswamy
取材・文:6PAC

バーダル・ナンジュンダスワミー(Baa...

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©Baadal Nanjundaswamy

取材・文:6PAC

バーダル・ナンジュンダスワミー(Baadal Nanjundaswamy)

ストリートアーティスト

インド・カルナータカ州のバンガロール在住。カルナータカ州マイソールのChamarajendra Academy of Visual Arts卒業。

 

政治的・社会的な問題を解決しようという動きが世界中で活発化

今回紹介する「インドのバンクシー」ことバーダル・ナンジュンダスワミー氏
©Baadal Nanjundaswamy

ここ最近、政治的な問題や社会的な問題を解決しようという動きが、世界中で活発化している。アメリカでは「銃規制強化」を求める若者たちによるデモ、ヨーロッパを中心とした世界各地では「地球温暖化対策」を訴える学生たちによるストライキなどが、日本のメディアでも報道されている。

こうした問題を訴えるために取られる手段は、デモ・演説・集会ばかりではない。ノーベル平和賞を受賞したパキスタン人女性のマララ・ユスフザイ氏は、国連平和大使としての顔も持ちながら、自身が設立した基金で女性が教育を受けられる学校建設を推し進めている。イギリスを拠点として活動している匿名ストリートアーティストのバンクシーは、政治や社会問題を批判・風刺したメッセージ性の強いアート作品を発表し続けている。

政治的または社会的な問題を訴求する際、威力を発揮しているのがSNSだ。若者たちはSNSを通じてデモへの参加を呼びかけ、現場の様子もSNSでライブ中継する。たった一人で地球温暖化対策を訴え始めたグレタ・トゥーンベリ氏のTwitterには200万人以上のフォロワーが存在している。彼女のツイートに対する注目度は日本の政治家のそれの何百倍も上回ることもあるし、バンクシーが新しいアート作品を発表すればSNSを通じて瞬く間に世界中で話題となる。

未舗装の悪路を月面に見立てた動画がバズり、道路工事が実現 

インドにもアートの力で社会的な問題を解決しようとしているアーティストがいるのをご存じだろうか。SNSで発信される彼のアート作品も、バンクシーのように度々話題になっているので名前は知らなくとも、見聞きしたことがある人は多いであろう。最近では、舗装が行き届いていない道路の修繕を訴えるため、まるで宇宙飛行士が月面でも歩いているかのような動画を公開し、行政当局に素早い道路工事を実現させた。イギリスのBBCガーディアン紙が、この件を報じたため世界中で知られることとなった。

「アートは重要であり、アートは変化をもたらすことができます」

こうした活動を通じ、インド中至るところにある悪路の改善に寄与してきたのが、“インドのバンクシー”と呼ばれるバーダル・ナンジュンダスワミー(Baadal Nanjundaswamy)氏だ。「アートは重要であり、変化をもたらすことができます」という同氏のストリートアートは、3D、壁画、彫刻、インスタレーションといった手法をとっている。

タバコの害を訴えるインスタレーション。

ゴミの不法投棄を訴える「Garbage Thrower」という壁画。

自身のアーティスト活動の一環として放置されている悪路の状況を訴えるようになったきっかけについては、「大学時代から、私は常にアートを通じて自分の意見を伝え、社会的な議論に応えてきました。 数年前の深夜、仕事から自宅に帰る途中で、中央分離帯が機能していなかったため、軽度の事故に遭いました。こうした社会問題を伝えたいとき、私が唯一持っていたコミュニケーション手段はビジュアルアートだけでした。このことをきっかけに、社会問題に光を当てるアートを制作するようになりました」と話す。

パワフルなアートワーク1つで世の中を変えられる

©Baadal Nanjundaswamy

2015年には、道路にぽっかりと開いた穴の状況を訴えるためワニの模型を置き、行政当局に迅速な工事を訴えたところ、インド国外にもこのニュースは報道されることとなった。その後も悪路を見つけては、ストリートアートに仕立て上げ、行政当局の目を引くことで工事を促す活動を継続している。同氏は、「パワフルなアートワーク1つで、多くのことを始めることが可能です。注目を集めることで、修繕が必要な他の道路のことを代弁することもできます」と語る。

大きな水たまりができた道路に人魚が出現。

道路から浮き出したコンクリートの板をクロスワードパズルに。

「何かを伝えたかったら、あなたのクリエイティブな限界を押し広げてみてください」

穴が開いてむき出しになった鉄筋を楽譜に見立てる
©Baadal Nanjundaswamy

「多くの人が私のことを“インドのバンクシー”と呼びます。彼の作品は非常に影響力があります」という同氏に、インド国内だけでなく日本などの国外で、なにか社会的な問題に遭遇したら同じようにストリートでのアート活動をするか訊いてみると、「わかりませんが、チャレンジはすると思います」という答えが返ってきた。ストリートアートではなく、1アーティストとして国外での個展や展示会などに出展する話はないのか訊ねてみると、「いまのところ予定はありません。将来的にチャンスがあればやってみたいです」という。

以前紹介した365ブンノイチのように、日本にも社会問題解決のためにアートを活用する人たちは存在している。こうした人たちに向けてのメッセージをお願いしたところ、「問題があるのは日本だけではありません。自分のアートに正直になってください。何かを伝えたかったら、あなたのクリエイティブな限界を押し広げてみてください。アートは私たちの言葉で、視覚言語です」という言葉が返ってきた。

余談だが、同氏の顔を見てなぜかマーヴィン・ゲイを思い出した。奇しくも、マーヴィン・ゲイの曲にはアメリカの社会問題を題材にしたものも多い。最近、彼の名曲「ホワッツ・ゴーイン・オン」の2019年版MVが公開された。MVで取り上げているミシガン州フリントの水汚染公害、銃乱射事件、警察とアフリカ系アメリカ人の間に横たわる相互不信、医療制度の不公平など、「ホワッツ・ゴーイン・オン」がリリースされてから50年近く経とうというのに、いまだにこの世は問題だらけだ。

MVの冒頭で彼がつぶやいた「一つ聞きたいことがある。誰もこの絶望に満ちた世界を救おうとしないのか?」という言葉は名言として知られている。いつの世も政治や社会には問題が山積みだ。しかし、世界を救おうと立ち上がる若者やアーティストがいる限り、未来に絶望することなどないと思えてくる。