CULTURE | 2019/04/18

「渋谷の巨大アート」が制作1年後に突如大注目。仕掛け人のNPO、365ブンノイチが考える、社会貢献としてのストリートアートとは

今年3月に突如としてバズを巻き起こした、高さ3メートル・全長200メートルにも及ぶアート作品「A day in the ...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

今年3月に突如としてバズを巻き起こした、高さ3メートル・全長200メートルにも及ぶアート作品「A day in the life shibuya」
©特定非営利活動法人 365ブンノイチ

取材・文:6PAC

「落書き」と「壁画アート」の違い

アメリカ東部に“兄弟愛の町(City of Brotherly Love)”として知られるフィラデルフィアという街がある。独立記念館(Independence Hall)や、自由の鐘(Liberty Bell)といったアメリカ建国の歴史を感じられる観光スポットの多い街でもある。日本人にとっては映画『ロッキー』の舞台となった街と言えば話が早いだろう。また、スタイリスティックス、デルフォニックス、パティ・ラベル、ウィル・スミス、ボーイズIIメンといったアーティストや、ビル・コスビーやケヴィン・ハートといったコメディアンなどを輩出した芸術色の強い街でもある。

この街はまた壁画アート(mural art)の街としても名高い。1984年に始まった落書きに反対する活動をきっかけに街中に壁画アートが広まっていった。落書き反対活動は、今では非営利法人Mural Arts Philadelphiaとして活動を続けている。地域に暮らす住民とアーティストがコミュニケーションを取り、どういった想いやメッセージを壁画アートとして表現するのかを絞り込んでいく。街の景観を壊す落書きではなく、住民も楽しめる壁画アートにすることに成功し、地域の活性化にもつなげているのがフィラデルフィアでの事例だ。

野球を通じて人種の壁を壊す先駆者となったジャッキー・ロビンソン生誕100周年を記念した壁画アート

キング牧師記念日を祝した壁画アート

ストリートアートを社会貢献の「手段」として活用するため、NPOを設立

日本にも落書き問題を発端に、「ストリートアートからソーシャルエンタテインメントへ」を掲げて活動する365ブンノイチという特定非営利活動法人(NPO)が存在する。365ブンノイチは、エンタテインメントのアプローチを用いて企画・制作することで、地域住民や通行人を励ましたり、癒したりすることや、街に付加価値を与えたり、地域問題解決のきっかけを作ることを「ソーシャルエンタテインメント」と位置付けている。そして、プロデュースした作品が街の名所になることを目標としている。ストリートアートを社会貢献の「手段」として活用したいと思い、NPOとして365ブンノイチを立ち上げた田村勇気氏を直撃した。

田村勇気氏
©特定非営利活動法人 365ブンノイチ

365ブンノイチの名が世に広まったきっかけは、「渋谷の工事中のシャッターの絵 普通に道歩いてて泣いてしまった」というツイートと共に投稿された動画だ。動画は、再開発が進む渋谷の宮下公園の仮囲いに描かれた、全長200メートルにも及ぶ「A day in the life shibuya」と銘打たれたアート作品。愛犬とはぐれてしまった少女が、多種多様な人々に助けられ、無事愛犬と再会を果たすというストーリー仕立てのものとなっている。制作には著名なイラストレーターや、美術系の大学生など総勢200名が参加した。

365ブンノイチでは、かねてから被害者が一方的に経済的・精神的に消耗する構造になっている落書きに対する問題意識を持っており、抑止力も兼ねた作品を作ることで、なんらかの問題提起をしたいと思っていたそうだ。「落書きと言えば渋谷ということで、当初制作希望の場所があり、渋谷区の上層部の方に相談に行きましたが、その場所が区の管轄の及ばない民間所有地であるため、再開発工事が始まった渋谷区立宮下公園の工事用の仮囲いをご提案頂きました」と同氏は事の発端を語る。

2018年2月~4月にかけて制作されたこの作品が上記ツイートで広まり、話題になったのは19年3月のことだ。このバズがきっかけとなり、テレビ番組などからの取材も舞い込んだ。「1年も渋谷に存在していたので、このタイミングで?なんで?なんで?という感じでした。同じことは二度とできないくらい大変な苦労をして制作した作品だったので、200メートルを端から端まで撮影してくれ、作品が物語になっていること、すべて手描きなことまでTwitterで伝えてくれた投稿者の方、およびそれを好意的に受け止めてくれた皆さんに感謝の気持ちでいっぱいになりました。一方で、200メートルという距離の途中には交差点で壁が途切れていることもあり、端から端まで全部見る人はそういなかったことも1年経って改めて実感しました」と率直に語ってくれた。「ほっこり癒し系の作品を作ったつもりでしたので、“泣ける”という反響はまったくの想定外で驚きました」とも言う。

「自分が気づかなかった視点」を与えてもらう重要性

©特定非営利活動法人 365ブンノイチ

「A day in the life shibuya」は、「ダイバーシティ(多様性)」を意識した作品となっているが、具体的には社会的マイノリティと言われている人々の描写が印象的だ。田村氏は、「LGBT、視聴覚障害、パラアスリートなどが登場しますが、僕自身そのようなみなさんと交流させて頂き感じたのは、誰にでもそのようになる可能性はあり、マジョリティと言われる人と紙一重ほどの違いしかないということです。彼・彼女らはハンディキャップを抱えているのではなく、僕らが気づかないことに気づき、僕らが持っていない感受性をお持ちだと思いました。その個性や視点を否定するのではなく、むしろ助けてもらえるようになれば、より優しい社会になると思っています」と話す。

365ブンノイチの活動を企業という形ではなくNPOで行っている理由については、「大企業は株主への要望に応えるために、成長が期待され、すぐに結果が出る事業を優先します。まだ根付いていない文化を時間をかけて普及させる我々の活動は、企業活動としてスタートを切るまでの社内説得に相当の時間を要してしまいますし、自分たちの思い通りに実現できるかの保証もありません。僕たちの目標はブームを作ることではなく、活動を継続させることです。そのためにはNPOとして取り組む方が、自分たちの理念を実現しやすいと考えました。一方で、ヒト・モノ・カネを全て独力で調達することは想像以上に困難で、会社の資産で仕事ができる会社員がいかに恵まれているかも改めて実感しました」と説明してくれた。

落書きには否定的だが、一方で「バンクシーは大好き」という同氏。風刺などメッセージ性がありながら、ユニークでインテリジェント、何より弱者に寄り添う愛情と、権力や権威にも物申すブレないハートが気にいっているとのことだ。「彼の発想と行動力は、何をするうえでも、参考になる」という同氏が率いるチームは、現在中目黒で「なかめエンノシターズ」という壁画を制作中だ。

©特定非営利活動法人 365ブンノイチ

「美術館のように自分の意思で鑑賞するアートと異なり、ストリートアートは公道に制作されるため、興味や関心がない人にも、ある意味強制的に鑑賞させてしまいます。場合によっては作品がなかった方がいいという方もいるかもしれません。そういう人の気持ちをできるだけ汲み取れるように、意識しています」とした上で、東京都や目黒区、地域の合意を得て、80メートルの巨大な落書きをアートに塗り替えている。これは、社会や地域を人知れず縁の下で支えている人たちに光を当て、彼らに感謝の気持ちを送るメッセージとなっている。

「看過できない大きなうねり」を産み出す第一歩

最後にアメリカではすでに当り前となった“ソーシャルエンタテインメント”が、日本でも当たり前の存在となるにはどういった課題があるのか訊いてみた。

「ユーモアを許容する精神性が広がって欲しいと思います。正しいことだけでなく、楽しいことも人の心を動かすこともあります。前例がなかったり、各所への調整の手間などで、良いこととわかっていてもまず否定してしまう空気が、まだまだ根強く存在することを活動を通して実感しました。最初のリスクを冒すファーストペンギンに誰もがなれるわけではないと思うので、まずはファーストペンギンになる人を受け入れ、応援し、面白いと思ったら積極的に参加するセカンドペンギンになる人がどんどん増えていけば、やがて社会として看過できない大きなうねりになると思っています」。 

日本にもフィラデルフィアのような“兄弟愛の町”があってもいい。それを作るのは彼らかもしれない。