加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち。これまでの常識を打ち破る一発逆転アイデアから、壮大なる社会変革の提言まで。彼らは何故リスクを冒してまで、前例のないゲームチェンジに挑むのか。進化の大爆発のごとく多様なビジョンを開花させ、時代の先端へと躍り出た“異能なる星々”にファインダーを定め、その息吹と人間像を伝える連載インタビュー。
マンガ『ゴールデンカムイ』や2020年東京五輪の開会式など、今熱い注目を集めるアイヌ文化。その宇宙観とデジタルアートが融合した作品「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」が、北海道・阿寒湖のアイヌコタンで上演されている。アイヌ史上初にして革新的な試みは、いかなる背景の下に実現したのか。企画を主導したクリエイティブディレクターの坂本大輔(JTBコミュニケーションデザイン)と映像演出を手がけたWOWの於保浩介が語る、制作の舞台裏と知られざる世界、日本人とアイヌ民族を巡る新たな光明のストーリー。
聞き手・文:深沢慶太 写真:増永彩子
坂本大輔(さかもと・だいすけ)
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コピーライター、 プランナー、 クリエイティブディレクターとしてアーティストのブランディングや映像制作、グラフィック、インスタレーションなど、枠にとらわれないフィールドで活躍中。 北海道・阿寒湖アイヌコタンで開催されている阿寒ユーカラ「ロストカムイ」、「KAMUY LUMINA」の企画・原作・クリエイティブディレクションを担う。JTBコミュニケーションデザイン所属。
JTBコミュニケーションデザイン
於保浩介(おほ・こうすけ)
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ビジュアルデザインスタジオ「WOW」クリエイティブディレクター。多摩美術大学グラフィックデザイン科を卒業後、大手広告代理店を経てWOWに参加。広告を中心とした映像全般(CM、VI、PV)のプランニング及びクリエイティブディレクションを手がける。近年は空間を意識した映像表現に力を入れ、様々なインスタレーション映像のディレクションを国内外で手がけるなど、活動領域を広げている。
WOW
JTBコミュニケーションデザインの坂本大輔(左)と、WOWの於保浩介(右)。
ヨシダナギ撮影『ロストカムイ』のキービジュアルより。©︎nagi yoshida
注目を集めるアイヌ文化、その前に知っておくべきこと
—— 「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」は、アイヌ古式舞踊をデジタルアートと融合させた初めての試みとして、今年3月に上演が開始されました。折しもマンガ『ゴールデンカムイ』が人気を呼び、その主要キャラクターが大英博物館で開催された「Manga展」(2019年5〜8月)のキービジュアルに抜擢されるなど、アイヌ文化への注目が高まっています。伝統を受け継ぐ阿寒湖アイヌコタン(アイヌ民族の集落)発の革新的な試みとして話題を集める『ロストカムイ』ですが、お二人はどんな経緯でプロジェクトに携わることになったのでしょう?
「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」のトレーラー映像。
坂本:阿寒の観光協会やホテルが立ち上げた、観光で地域振興を図るための事業会社「阿寒アドベンチャーツーリズム」から依頼を受けたのがきっかけです。僕は元々はコピーライターで、制作会社を経て外資系の広告代理店で「レッドブル、翼を授ける」キャンペーンなどを手がけた後、電通の系列会社でプランナー、クリエイティブディレクターとしてBoA、東方神起、EXOなど、韓国系の子を中心にエンターテイメントの仕事に携わりました。でもずっと広告の世界に共感が持てず、特に「メディアがあるからクリエイティブが食える」という仕組みに違和感があり、社会の中でクリエイターやクリエイションの価値を底上げしたいと考えるようになったんです。現在は、阿寒アドベンチャーツーリズムの出資元でもあるJTBグループのJTBコミュニケーションデザインに所属しつつも、社内ではほぼ一人でアイヌとのプロジェクトに関わっています。
於保:坂本さんの言う“広告嫌い”というマインドなら、僕も一緒です(笑)。その点は、今回のプロジェクトに関わる上でも大きなポイントかもしれませんね。WOWの活動は元々は映像制作が中心でしたが、空間的なインスタレーション作品から日本の地場産業とのものづくりまで活動領域を広げています。その中でも本作はこれまでとはまったく性質の異なる、“仕事”という意識さえも超えたプロジェクトになりました。
ヨシダナギ撮影『ロストカムイ』のキービジュアルより。©︎nagi yoshida
坂本:作品について触れる前に、まずはアイヌ民族の置かれた立場についてお話ししなければなりません。僕自身、札幌で生まれ育ったこともあり、アイヌ文化には安易な気持ちでは関われないことは知っていました。住む場所を追われ、漁労採集生活を禁じられてきた彼らが日本の法律上、先住民族だと明記されたのは今年4月に至ってのことですし(アイヌ新法)、就職や結婚などで差別されることを恐れて出自を明かさない人も多い。彼らにはれっきとした固有の文化がありますが、アイヌから見た僕ら日本人こと「和人(わじん)」が彼らの伝統文化をいわば見世物にして、搾取し続けてきたわけです。そうした背景もあって、僕もアイヌの方々と深く関わるのは初めてでしたし、最初に阿寒湖アイヌの方々と話した時はすごく距離感がありました。
於保:僕らが制作に参加したのは、坂本さんが書き上げたストーリーをどう具現化していくかという段階からですが、その時点ですでに坂本さんが約1年もの時間をかけてしっかりと信頼関係を築いてくれていた。それでもやっぱり、最初は緊張感がありましたね。
阿寒湖アイヌコタンの町並み。 Photo: Tomoaki Okuyama
坂本:制作スタッフを呼んでからも、何を考えているのか、どんな姿勢で来たのかを見定めている感じがありました。何回かの打ち合わせ後に一緒にお酒を飲んだら一気に打ち解けて、心を開いてくれた。実は僕が阿寒に呼ばれた最初のプロジェクトは、カナダのデジタルアート集団のモーメント・ファクトリーが阿寒湖畔でこの7〜11月にかけて開催したナイトエンタテイメント『カムイルミナ』だったんですが、僕にとってはアイヌ古式舞踊を取り入れた『ロストカムイ』の方が、初めは一人で彼らと接していたこともあり、打ち解けるきっかけになりました。
デジタルアートで「カムイ」の姿をビジュアライズする
—— 『カムイルミナ』は阿寒湖畔の森の中にプロジェクションされたコンテンツを訪ね歩く作品ですが、一方で『ロストカムイ』は、阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」の公演作品として、アイヌ古式舞踊と現代舞踊、音響やデジタルアートを融合させた作品になっています。阿寒アイヌ工芸協同組合で理事を務め、イコㇿの舞台監督として本作品に関わった床州生(とこ・しゅうせい)さんも、先日のWOW主催の現地訪問ツアーの際に、「集まってくれたスタッフの本気度がわかって初めて、『彼らに自分たちの踊りを預けても大丈夫だ』と思えた」と話していました。
阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」舞台監督を務める床州生氏。WOW主催の現地訪問ツアーにて。 Photo: Tomoaki Okuyama
坂本:イコㇿではもともと、阿寒湖アイヌコタン(居住地)の人々による古式舞踊や人形劇などの演目が上演されていました。そこで新しい演目をやるにあたり、最初はアイヌの叙事詩である「ユーカラ」から題材を取ろうと思っていたのですが、それでは彼らの文化の盗用になってしまう。アイヌと和人が手を取り合って作り上げることに意味があると思い、彼らのカムイ(神/精霊)の中でも高位の存在だったエゾオオカミ(ホㇿケウカムイ/狩猟の神)をテーマに、新たな物語を書き下ろしました。実はエゾオオカミは和人のせいで絶滅してしまったのですが、その事実すら知られていない。先住民であるアイヌと向き合い、新しい時代へ進むにはどうするべきかを考えるきっかけを作りたいと考えたのです。
キャスティングにあたっては、キービジュアルはヨシダナギさんで決めていたのですが、アイヌの世界観をビジュアル化するにはWOWさんしかいないと思い、東京と札幌に拠点のある映像機材会社のプリズムを通じて連絡を取りました。プリズムの深津修一社長の奥様は、札幌大学でアイヌの研究をされている本田優子先生で、その流れからのお話だったことも関係しています。
於保:深津さんとは僕らも長い付き合いになりますし、「まずは話を聞いてみよう」ということになった。それで阿寒湖を訪れたのですが、その時点ではまさか、ここまで深く関わることになるとは思ってもみませんでしたね。よくよく話を聞くうちに、「これは生半可な気持ちでは済まされない」という実感が湧き上がってきて。
『ロストカムイ』より、ダンサーとエゾオオカミのカムイ。 Photo: Tomoaki Okuyama
ーー アイヌにとっていわば“神”である存在を表現する以上、相当な緊張感があったのではないでしょうか。床さんのお話では、他の地域のアイヌ部族から「何故アイヌがデジタルアートをやる必要があるんだ?」という声も上がったとか。
WOWの於保浩介。
於保:確かに、僕も当初はかなり心配でした。というのも、アイヌは文字を持たない民族のため、カムイとはいわば口伝の存在で、誰もその姿を具現化したことがない。そこで、阿寒湖アイヌの方々にそれぞれのイメージするカムイ像について話を聞き、それを元にオーラをまとった姿や動きの表現を決めていったのですが、「オーラなんてなかった」という人もいれば、「目を青くしちゃダメだ」という意見もあり…。でも床さんが「誰もカムイを形にできていない以上、そこは自由のはずです」と背中を押してくれたんです。
『ロストカムイ』より。 Photo: Tomoaki Okuyama
坂本:床さんも「他の地域と比べて、僕らは相当オープンだ」と言っていました。実は阿寒湖アイヌは、北海道各地から移住してきた人々の子孫で、それだけに様々な土地の風習が集まっている。一方で歴史的なコタンの場合、「自分たちの文化はこうあるべきだ」という決まりが根強くて、必ずしも新しい形で表現する必要性を感じていないのかもしれません。でもアイヌ文化に限らず、伝統を守ることを重要視し過ぎると、外の人が興味を持ちにくくなってしまう。同じことが今、日本全国の祭りや伝統工芸などで問題になっていますよね。
於保:WOWとしても、会社のルーツである仙台をはじめ、東北地方の民俗芸能をモチーフにした作品『BAKERU』などを手がけた経験はありました。それと同じく阿寒湖アイヌの人々にも、風光明媚な阿寒湖の眺めや温泉を訪ねて来る若者たちがアイヌの古式舞踊を見に来てくれないという悩みがあった。であれば、みんなが興味を持ってくれるような形に落とし込むのも、文化を守る方法になるはず。カムイの姿を可視化することで、そのメッセージが子どもや外国人にも伝わりやすくなるのであれば、大きな意味があるはずだと考えました。
東北地方に古くから伝わる祭りや伝統行事をモチーフにした、WOWの体験型インスタレーション作品『BAKERU』。今年7〜10月にJAPAN HOUSE LAで展示された際のトレーラー映像。
積年の問題を、クリエイティブの力で突破する試み
ーー アイヌには先住民族を巡る日本の政治的・社会的な問題があり、それをメディアが取り上げようとしないこともまた、彼らの存在を見えにくくしている。それに対してこのプロジェクトは“クリエイティブ”というフィルターを通してアプローチすることで、人々がアイヌ文化について知り、関心を持つことができる新たな経路を切り拓いたのではないでしょうか。
ヨシダナギ撮影『ロストカムイ』のキービジュアルより。©︎nagi yoshida
坂本:その意味では、ヨシダナギちゃんの写真のインパクトは大きかったですね。でも撮影は本当に大変でした。衣装にしても、明治時代以前のアイヌが来ていたようなものは北海道全体でも数着しか残っていなくて、各地を回って頼み込んでも、博物館に入っているものは貸してもらえないし、1着作るのにも1年以上かかる。オヒョウという木の皮をお湯に何度も浸けて柔らかい繊維にして、それを編んでいくんです。サケの皮を使った靴も、スーパーで売っているものではダメで、産卵のために川を遡上して皮が厚くなったサケを探すところから始めたり。
於保:坂本さんはプロジェクト全体に携わっている立場だから、いつも駆け回っている様子を見るにつけ、大変だろうな……と思っていました。
アイヌ伝統の木彫り工芸によるペンダント。(坂本大輔所蔵)
坂本:大変だったけれど、楽しかったですね。問題はアイヌではなく、その周りにいる和人たちとのしがらみです。実はこのプロジェクトは5年計画の構想で、まずはアイヌと和人が協力し合ってコンテンツを作り、メッセージを発信する。その第1弾が『ロストカムイ』です。そして、その先に見据えているのがアイヌのクリエイターの地位向上。というのも、彼らがユーカラ劇を1公演やったとしても、出演料は微々たるもの。伝統的な木彫りの作品だってそう。僕が今着けているペンダントだって、こんなに精緻な彫り物が3千円とかで売られていて、本当にあり得ない。彼ら自身の文化であり、彼らにしかできないことをやっているのに、正当な評価がまったくなされていない。でも、アイヌの人たちはそれを声高には言えない立場に置かれているから、「この状況を変えよう、自分たちから変わっていこう」と言い続けてきたわけです。
『ロストカムイ』より、男性による剣舞のシーン。 Photo: Tomoaki Okuyama
於保:僕たちがこの作品にコミットした理由も、まさにそこです。お金ではなく、自分たちや関わる人すべてにとっても前向きなものがあるからこそ、力を注ぐことができた。これまでのように、文化を安く買い叩いて搾取するようなプロジェクトであれば、僕らも絶対に参加しなかったと思います。
坂本:WOWさんをはじめ、ダンサーで振付師のUNOさん、サウンドデザイナーのKuniyuki Takahashiさんなどとも直接会って話をして、まずは共感をしてもらうところから始めました。というのも、コマーシャルワークに根っこまでどっぷり浸かっている人には決して務まらない話だと思ったから。スタッフ全員の共感をベースに、ギャランティを度外視して生まれた作品だからこそ、阿寒湖アイヌの人々や、見てくれる方々の心に響く作品になったと実感しています。
『ロストカムイ』より、女性たちによる円舞のシーン。 Photo: Tomoaki Okuyama
ブームを超え、“日本人”として共に生きる社会へ
JTBコミュニケーションデザインの坂本大輔。
ーー こうした努力が実り、今年3月の上演開始から半年で公演の入場客数が1万人を突破するなど、これまでアイヌ文化と接点がなかった人々の間で大きな話題を呼ぶ作品になりました。マンガ『ゴールデンカムイ』のブームをはじめ、世界的な少数民族の地位向上の流れを背景に、2020年東京オリンピック・パラリンピック大会の開会式でもアイヌ舞踊を披露する計画も進んでいます。こうした動きも追い風になっているのではないでしょうか。
坂本:ところが……これでアイヌ文化がまた見世物にされて、ブームが終わってしまっては元も子もない。一部で「アイヌバブルが来た」と言われている一方で、当のアイヌの人たちが貧しいままなのは明らかにおかしいですよね。だからこれを機に、アイヌ文化専門のコンサルティング会社を設立して、アイヌの人々が自分たちで補助金などを管理できるよう、仕組み作りのサポートをしているところです。
於保:そう考えればこそ、他の地域から『ロストカムイ』を観に来て「自分もこのステージで踊りたい」と手を挙げるアイヌの若者が出てきたのは、彼らにとって大きな意味があることですね。床さんも話していましたが、演者たちにきちんとした報酬を払う仕組みが整ったなら、表現のレベルや外からの評価もさらに高まって、文化的にも経済的にも好循環が生まれていくはずだと思います。
『ロストカムイ』より、演者と観客が火を囲んで一緒に踊る。 Photo: Tomoaki Okuyama
ーー 床さんはこの作品の目的について、「決してアイヌ文化の考え方を押し付けるつもりはない。最後に演者とお客さんが一緒に輪になって踊ることで、まずは何より楽しかったと感じてもらうこと、そこから興味を持ってくれる人が少しでも出てくれば」と話していましたが、まずはクリエイティブ表現として楽しめるものになっていることが大切ですね。そしてそれが、自分たちが何気なく考えている“日本人”という概念や、アイヌ民族と彼らのいう和人ーー大和民族とのよりよい関係を考えるきっかけになればいい。『ロストカムイ』はそのための第一歩ということですが、今後はどのような展開を予定していますか。
坂本:ぜひ上演を続けていきたいという声が上がっているので、まずは内容をさらに磨き上げたいと思っています。映像化もしたいし、阿寒湖の自然の中で上演するなど発展形のアイデアも温めているところです。それ以外にも来春には、阿寒湖の氷の上でアイヌの音楽家と和人のアーティストたちが一緒にアイヌの音楽を拡張する、新しいお祭りのプロジェクトが進行しています。そこから先は、地域や社会の構造を変える話になる以上、もちろん一筋縄ではいかないと思いますが……WOWさんも、今後もぜひ参加してくれたらいいなと(笑)。
於保:もちろんです(笑)。僕らにとってもクライアントと下請けの関係ではなく、人間同士の信頼関係から新たな境地を切り拓いていけるような場所をまた一つ、見つけることができたと感じています。ぜひここから、新しい未来につながる大きな動きを起こしていけたら嬉しいですね。
『ロストカムイ』のキービジュアル。©︎nagi yoshida
「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」
期間:開催中〜2020年3月(予定)
開催場所:阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」
住所:北海道釧路市阿寒町阿寒湖温泉4-7-84
公演時間/毎日21:15〜の1公演(2019年11月〜2020年2月)
上演時間/約40分
観覧料/大人¥2,200、小学生¥600(当日)