「納品のない受託開発」を提供するソニックガーデンは、全社員リモートワークで本社オフィスがない。さらには、全社員がセルフマネジメントで管理職もいない。管理をなくして遊ぶように働きながらも、ビジネスは順調に成長することができている。その自由と成果の両立を実現する経営に隠された謎を紐解く。
倉貫義人
株式会社ソニックガーデン代表取締役
大手SIerにてプログラマやマネージャとして経験を積んだのち、2011年に自ら立ち上げた社内ベンチャーのMBOを行い、株式会社ソニックガーデンを設立。ソフトウェア受託開発で、月額定額&成果契約の顧問サービス提供する新しいビジネスモデル「納品のない受託開発」を展開。会社経営においても、全社員リモートワーク、本社オフィスの撤廃、管理のない会社経営など様々な先進的な取り組みを実践。著書に『「納品」をなくせばうまくいく』『リモートチームでうまくいく』など。「心はプログラマ、仕事は経営者」がモットー。
ブログ http://kuranuki.sonicgarden.jp/
新著『管理ゼロで成果はあがる ~「見直す・なくす・やめる」で組織を変えよう』(2019年1月24日発売)
「属人性の排除」は創造性の求められる仕事に向かない
前回は、どんな良い組織であっても秩序が行き過ぎてしまうと、なんでも完璧にしようとして生産性が落ちてしまったり、堅苦しくなって新しいことが生まれなくなってしまう。だから、ある程度の適当さや混沌が大事だという話をしました。
ほかに良い組織をつくるためによく聞くキーワードが「属人性の排除」です。その人がいなければ仕事が進まない、自分しかできないから休むことができないなど、属人化された仕事の問題は多くの職場で起きています。
そうした問題を解決するために、誰でも一定の品質で仕事ができるように、手順や作業の標準化をおこなったり、マニュアルをつくったりします。それが「属人性の排除」です。
私がいたシステム開発の業界でも「属人性」は悪として、徹底的に「属人性の排除」が進められていました。開発工程を定め、ドキュメントのフォーマットを決めて、誰が担当しても同じ生産性や品質となることを重視していました。それは、システム開発が分業制であったこと、プロジェクトごとに人を集めていることなどに起因しています。
しかし、多くのプロジェクトに携わってきましたが、システム開発では標準化することが必ずしも生産性や品質には寄与しないと感じていました。というのも、物理的な製品と違って、どのシステムも一点物であり大量生産することがないからです。
要件定義もデザインもプログラミングも同じことを繰り返すような作業はなく、マニュアル通りに手を動かすような仕事でもなく、新しい技術は日進月歩でプロジェクトごとに取り入れていかないといけません。非常に創造性が求められる仕事なのです。そうなると結局、個人の能力によって大きな差が生まれてしまうのは仕方ありません。
これはシステム開発に限らず、大量生産はロボットやコンピュータに任せるようになり、人には創造性が求められるようになってきた昨今の仕事では「属人性の排除」はあまり効果を発揮しないということです。
「属人性の排除」よりも「単一障害点の排除」をする
むしろ「誰でもできる」ようにする「属人性の排除」は、ともすれば「誰がやっても同じ」となるため、人のモチベーションを大きく損なうこともあります。標準化された手順にのっとるだけの仕事は、誰も面白いとは思えないでしょう。むしろ生産性や品質を下げることになりかねません。
人にはそれぞれ違う強みがあって、その時々で生産性も違ってきます。強すぎる標準化は、そうした多様性を消してしまうし、優れた能力に足かせをすることにもなります。人を交換可能な部品のように扱うと、その人は決して成長することはありません。
私たちが取り組む「納品のない受託開発」のような顧問の仕事は、お客様に満足してもらうことが価値提供であり、そのために何をすれば良いのかは、各自で考えるしかありません。新規事業を生み出すことは、マニュアルや標準があっても実現できません。
そこで、私たちソニックガーデンでは属人性はあっても良いものだと考えるようにしています。それぞれの個性を尊重し、仕事の進め方は自分なりの工夫することが許されています。むしろ決まったやり方はないので、自分で考えて創意工夫することは不可欠です。
しかし、そうすると属人性による問題は残されたままです。個人に依存してしまって、気軽に休むこともできないのは不幸なことです。どうすれば良いのでしょうか。
システム開発の世界では「可用性」という考え方があります。システムが継続して稼働できる性能を示したものです。可用性が高いシステムは、多少の障害が起きたとしても利用者は使い続けることができます。
そのために、システムの構成要素を冗長化するのです。その際に1カ所の障害で全体を止めてしまうような「単一障害点」を作らないように設計することが大事です。
この戦略を組織に当てはめることはできないかと考えました。つまり「属人性の排除」のために全体の足並みを揃えるような標準化をするのではなく、「単一障害点の排除」でたった一人に依存することだけをなくすようにすれば解決するのではないかと。
「単一障害点の排除」をした組織を作るためのポイント
「単一障害点の排除」をすれば、1人だけに依存する仕事はなくなりつつも、標準化によって創造性が失われるようなことはありません。では一体どうすれば実現できるのか。いくつかのポイントを紹介します。
●チーム化すること
全社員で同じようにする標準化ではなく、3〜4人の小さなチームをつくって助け合いや工夫の共有をするようにしています。
たとえば、私たちはそれぞれが 1人で責任を持つ顧問プログラマとして働いていますが、お客様との打ち合わせであれば同じチームのメンバーがサポートに入ります。議事録をとったり、打ち合わせ中の相談相手になるのです。そうすることで、お客様から見ても安心できるし、担当が休みたいときは代わることもできます。
チームの全員が一斉に辞めたり、休んだりすると困りますが、その確率は非常に低いので、これだけでも大きなリスクヘッジになります。
●オープン化すること
社内で流れる情報は、基本的にすべてオープンにしておくことです。これも、きれいなドキュメントや資料にして、全員にちゃんと読ませるというよりも、誰でも見ようと思えば見られるようにするだけで十分です。
私たちの会社で使っているバーチャルオフィスのツールでは、社内で行われている会話や雑談、仕事の相談や報告などがすべて流れて見える機能があります。
●システム化すること
繰り返しの仕事であったり、マニュアル化できそうな仕事は、いっそのことシステム化してしまうのも一つの手です。システム化といっても大層なことではなく、マクロを組んだりなど、ちょっとした工夫で自動化していくだけでも効果はあります。
属人性があっても良いとはいえ、優秀な人が誰でもできるような仕事をずっと抱えておくのは組織にとって損失なのです。
個人を活かすための組織、組織の価値をあげる個人
社員が辞めてしまうのを恐れて「属人性の排除」を徹底し、社員になるのは誰でも良いような組織にするよりも、それぞれ個性を発揮した社員が長く居続けてくれるように、良い会社をつくることに尽力する方が健全です。
「うちの会社では新規事業が生まれない」と嘆くわりに、属人性を気にしすぎて社員の個性を奪ってしまってはいませんか。「接客業ではホスピタリティが大事だ」と思いながらも、マニュアル通りに働くことで評価していませんか。
靴のネット通販を提供するザッポスは、非常にユニークな経営をしており、Amazonに約9億ドルで買収されつつも、独自の企業文化を続けている有名な会社です。そのザッポスには、なんとカスタマーサービスにマニュアルがないというのです。
マニュアルがないからこそ、カスタマーサポート担当は顧客に満足してもらうためには何をしても良いとされています。顧客との会話に何時間もかけて対応することもあれば、自社に見つからない商品は競合サイトで見つけて紹介することもあるそうです。そうすることで顧客は感動してリピーターになってくれます。ザッポスのリピート率は75%を超えるとのことです。
このように、カスタマーサービスでさえマニュアルがなくても、属人性に頼ることで大きな成果に結びつけている企業があるのです。属人的だからこそ、どんな仕事もよりクリエイティブになって、本人たちはより大きなやりがいや喜びを感じることができるようになります。
これからの組織のあり方は、個人の能力をより大きくなるように活かすことで成果をあげることができるし、組織の価値やブランドをあげるのも個人の顔や個性といったものになっていくのではないでしょうか。