EVENT | 2018/10/01

仕事量はそのままに残業規制で年収激減!「持ち帰り残業代」は請求できる?【連載】FINDERSビジネス法律相談所(4)

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日々仕事を続ける中で、疑問や矛盾を感じる出来事は意外に多い。そこで、ビジネスまわりのお悩みを解決するべく、ワールド法律会計事務所 弁護士の渡邉祐介さんに、ビジネス上の身近な問題の解決策について教えていただいた。

渡邉祐介

ワールド法律会計事務所 弁護士

システムエンジニアとしてI T企業での勤務を経て、弁護士に転身。企業法務を中心に、遺産相続・離婚等の家事事件や刑事事件まで幅広く対応する。お客様第一をモットーに、わかりやすい説明を心がける。第二種情報処理技術者(現 基本情報技術者)。趣味はスポーツ、ドライブ。

(今回のテーマ)
Q.最近、時勢もあって会社の残業管理が厳しくなり、21時になると強制的にオフィスの電気が消され、残業ができなくなりました。これまで残業代で高給を得ていたため、その分年収がかなり減ったのですが、仕事量は以前と変わりません。結局自宅に持ち帰って仕事することになるのですが、その分の残業代は会社に請求できますか?

「働き方改革」法案で残業を制限する会社が急増

2018年4月に「働き方改革」法案が施行されました。それによって、ノー残業デーを設けて社員に残業させない日を作ったり、強制退社時間を設けたりするなど、社員の残業時間を制限する取り組みをする会社が増えています。

もっとも、会社から「残業をするな」と言われても、仕事量自体が減らなければ、従業員は仕事を終わらせるために仕事を自宅に持ち帰えらざるを得ません。

「仕事は減らないのに、残業が認められず、その分の残業代ももらえないなんて、そんなことが許されるの?」と思う人はきっと多いことでしょう。従業員は仕事の対価としてお給料をもらっているわけですから、「仕事量が減らないのに給料が減るのはどうなんだ!?」と言うことで、士気が下がるのも当然です。

給料が発生する労働時間とは?

ここで、労働時間について定義してみましょう。法的には、給料が発生する労働時間は、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」のことを指します。

労働時間におけるこれまでの判例や通説では、「労働者の置かれた状態を客観的に見て使用者の指揮命令下にあるかどうかで判断する」という考え方をとっています。つまり、仕事を自宅に持ち帰ったときに、場合によっては会社が残業代として従業員に給与を支払わなければならないこともあるのです。

ケース(1)会社が「持ち帰り残業」を指示した場合

たとえば、会社が「21時には全員帰宅。残った仕事は持ち帰って自宅でやるように」と指示したような場合はどうでしょうか。

この場合、会社でやり残した仕事について、自宅で行うことを会社が指示しているわけです。そうすると、労働者がこの指示に従って自宅で残りの仕事をした場合、労働者の自宅での仕事時間は、客観的にみても、使用者の指揮命令下に置かれているものと言えるでしょう。ですから、このような場合には、会社は労働者に対して自宅労働時間分についての残業代を支給しなければならなくなります。

ケース(2)従業員が自主的に「持ち帰り残業」をした場合

では、従業員が自主的に自宅に仕事を持ち帰った場合はどうでしょうか? 「会社でデスクに向かうよりも、残りの仕事は家で音楽でも聴きつつリラックスしながら片づけよう」などと思う人も多いかもしれません。

この場合、会社からは特に指示はありません。従業員は自主的に仕事を自宅に持ち帰って残業をしているわけです。そうすると、客観的にみても、会社が仕事の持ち帰り指示を出しているわけではないため、会社の指揮命令下にあるとは見なされないでしょう。ですので、このような場合には会社は労働者に対して残業代を支払う必要はないと言えます。

会社から残業指示がない場合でも残業代が発生するケースはある!

上記のケース(1)、(2)のように、会社の指示の有無は、シンプルな判断要素とはいえ、分かりやすいケースです。しかし、会社からの残業指示がなかったとしても、持ち帰り残業に残業代が発生するケースはあります。

法的な解釈としては、明確な会社の指示がなくても、「労働者の置かれた状態を客観的に見て使用者の指揮命令下にある」と言えることも場合によってはあり得るのです。具体的には、下記の状況を指します。

(a)担当業務を期限までに処理しないと会社から不利益な扱いを受けるような状況

(b)自宅に持ち帰って仕事をしなければ、期限までに業務を処理できないような状況

(c)社員が自宅に持ち帰って仕事をしていることを、使用者が認識しているという状況

これらの状況のうち、1つでも当てはまる場合には、会社が明示的に仕事の持ち帰りを指示していなくても、客観的に見て会社の指揮命令下にあると判断される可能性があり、これらに多く該当すれば、会社に残業代の支払い義務が生じる可能性が高まると言えます。

社外での残業代に支払いが生じる具体的なケースは?

たとえば、少なくとも丸3日間はかかるであろう業務を会社から金曜日に振られたにもかかわらず、「何としても週明けまでに仕事を終わらせろ!さもないと…」などという指示をしておきながら、会社側が21時以降の残業や土日出勤を禁止し、従業員が上司に「わかりました、自宅でやります」などと言っていたような場合です。

これは、会社からの明示的な指示はないものの、上記(a)~(c)に該当すると言えます。客観的に見て、会社の指揮命令下にある残業時間とされる可能性は高いでしょう。いわゆる「黙示の業務命令」があったと言えるからです。

「持ち帰り残業」で勝訴した裁判例と敗訴した裁判例

「持ち帰り残業」が認められた裁判例としては、「潤工社事件」(甲府地判平成23年7月26日)があります。これは、持ち帰り残業時間における労災認定をめぐって裁判になった事件です。この訴訟では、短期間ではとても1人では終わらないような業務を会社から押しつけられたため、持ち帰って残業せざるを得なかったケースで、社員は心不全ないし不整脈により死亡しています。この訴訟では、社員の持ち帰り残業が業務上不可欠であり、「使用者の指揮命令下」に置かれていたと見なされました。

一方で、所定始業時間前や残業時の労働時間が認められなかった裁判例としては、「医療法人社団明芳会事件」(東京地判平成26年3月26日)があります。このケースでも従業員が死亡していますが、そもそも時間外労働するほどの作業量ではなかったと見なされたため、損害賠償や残業代の支払いが退けられました。(※編集部注:労働基準監督署長は業務起因性については認め、遺族補償年金などの支給を決定)

冒頭のケースでは、残業代が勝ち取れるか?

では、冒頭のケースではどうでしょうか。この場合は、21時に強制退社させられる上に、仕事量は以前とは変わらないということでした。会社での仕事量が、誰が担当しても到底21時には終わらないような仕事量(たとえば、毎日24時まで残らなければ終わらない量だった)であったとすると、会社は残業代を支払わなければならないことになるでしょう。

会社が従業員の残業代をカットしようとする場合によく使われる方策としては、連載第2回でもとりあげた「名ばかり管理職」などがあります。「名ばかり管理職」も今回の「持ち帰り残業」もそうですが、本来であれば従業員に残業が生じ得る仕事状況であるにもかかわらず、従業員を表面上だけ管理職にしたり、職場での残業を禁止したりするもの。そのことによって従業員が不利益を被ってしまうことは望ましくありません。結局のところ、残業代を請求できるかどうかは、会社側の従業員への役務提供の実態がカギとなりそうです。そうした実態を客観的に見て判断されることになるでしょう。


次回の「FINDERSビジネス法律相談所」は、10月末に更新予定です。