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日々仕事を続ける中で、疑問や矛盾を感じる出来事は意外に多い。そこで、ビジネスまわりのお悩みを解決するべく、ワールド法律会計事務所 弁護士の渡邉祐介さんに、ビジネス上の身近な問題の解決策について教えていただいた。
渡邉祐介
ワールド法律会計事務所 弁護士
システムエンジニアとしてI T企業での勤務を経て、弁護士に転身。企業法務を中心に、遺産相続・離婚等の家事事件や刑事事件まで幅広く対応する。お客様第一をモットーに、わかりやすい説明を心がける。第二種情報処理技術者(現 基本情報技術者)。趣味はスポーツ、ドライブ。
(今回のテーマ)
Q.最近、昇進して課長になりました。一応役職手当が付くようにはなりましたが、これまで付いていた残業代が付かなくなってしまったことで、手取りは減ってしまいました。とはいえ、日々残業をしている時間は今も課長昇進前と変わっていません。その分も給料に反映してほしいと思っていますが、会社には請求できますか?
会社や家族のためにがんばって課長に昇進したのに……!
正式に人事から辞令が出され、Aさんは4月から課長となりました。Aさんの家族も喜んでいます。
妻:あなた、よかったわね。4月からお給料も上がるのね!
息子:パパ偉くなったんだね!
喜んだのもつかの間、Aさんの4月の給与明細を見ると、昇進する前よりも給与の手取り額はガクっと減っていました。
Aさんは何年も会社のために残業もいとわずに働いて、ようやく課長に昇進。それなのに、どうしてこのようなことになるのでしょうか?
Aさんの会社からは「役職手当」という名目での手当が支給されているものの、手当がこれまでの残業代よりも少ないために、これまでと同じだけ残業して働いても手取り額で減ってしまっていたのです。
「これでは、何のために一生懸命にがんばってきたのかわからない!」「昇進したのに、かえって待遇が低くなるのでは、何のための昇進かわからない!!」「こんなことなら、課長になんかなりたくない!!!」
Aさんはやるせない気持ちです。きっと、Aさんの立場だったら誰もがそのように思ってしまうでしょう。
「管理職になったら残業代がつかない」といったフレーズは、おそらく誰もが一度は耳にしたことがあるでしょう。では、法律ではどのように定められているのでしょうか?
労働基準法第41条は、「この章(第四章 労働時間,休憩,休日及び年次休暇)、第六章(年少者)及び第六章の二(妊産婦等)で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない」と定め、第2号において「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」と定めています。
つまり、ここでいう「監督若しくは管理の地位にある者」(以下「管理監督者」)にあたる場合には、いわゆる残業代を支給しなくてよいとしているのです。
「管理監督者」とは?
では、会社が「課長」や「部長」といった一般に管理職と呼ばれる職掌を与えさえすれば、法律上の管理監督者ということになるのでしょうか? これについては、必ずしもそうではありません。
行政解釈である通達は、「管理監督者」について、「経営者と一体的な立場にある者」の意味であり、名称にとらわれず、その職務と職責、勤務態度、その地位にふさわしい待遇がなされているか否かなどの実態に即して判断すべきとしています。
さらに、裁判例で必要とされてきた要件は、1.事業主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限を認められていること、2.自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること、3.一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金(基本給、手取、賞与)上の処遇を与えられていることと考えられています。
つまり、たとえ課長や部長、店長といった名称の職掌が付与されていたとしても、実態として上記のような要件を充たしていなければ、管理監督者にはあたらないのです。これを充たしていないにもかかわらず、会社から管理職として扱われてしまうのが、いわゆる「名ばかり管理職」です。
店長に約750万円の残業代が支払われた「日本マクドナルド訴訟」
「名ばかり管理職」が話題になったケースとして、近年では東京地裁において、日本マクドナルドの直営店の店長が会社に対して残業代の支払いを求めた訴訟の判決が有名です(東京地判平成20年1月28日労判935号10頁)。
争点は、同社チェーン店の店長が「管理監督者」にあたるかどうかですが、これについて裁判所は、上記3要件について以下のように判断し、店長が管理監督者とは認められないとしています。
(1)店長の権限等について,「店長の職務、権限は店舗内の事項に限られるものであって、企業経営上の必要から、経営者との一体的な立場において、労働基準法の労働時間等の枠を超えて事業活動することを要請されてもやむを得ないというような重要な職務と権限を付与されているとは認められない」としました。
また、(2)店長の勤務態様については、「店長は、被告の事業全体を経営者と一体的な立場で遂行するような立場になく、各種会議で被告から情報提供された営業方針、営業戦略や、被告から配布されたマニュアルに基づき、店舗の責任者として、店舗従業員の労務管理や店舗運営を行う立場であるにとどまるから、かかる立場にある店長が行う上記職務は、特段、労働基準法が規定する労働時間等の規制になじまないような内容、性質であるとはいえない」としました。
さらに、(3)店長に対する処遇については、「店長のかかる勤務実態を併せ考慮すると、上記検討した店長の賃金は、労働基準法の労働時間等の規定の適用を排除される管理監督者に対する待遇としては、十分であるとは言い難い」としています。
結果、裁判所は原告の主張を認め、過去2年分の未払い残業代など約750万円の支払いを命じました。
課長に昇進したAさんのケースは、「名ばかり管理職」にあたる?
では、冒頭のAさんのケースではどうでしょうか? Aさんは待遇面で従来よりも手取りが減ってしまったということで不満を漏らしています。役職手当の金額がもっと多ければ、もしかするとこのような不満は出なかったかもしれません。冒頭のAさんのケースでは、この会社の中での課長の権限(1)や勤務態様(2)については明らかではありませんが、処遇面(3)では、労働基準法の適用を排除される管理監督者に対する処遇として十分な程度に至っていないと判断される可能性はあるでしょう。
そうすると、Aさんの場合、会社に対する残業代請求が認められる可能性があると言えるでしょう。
上記のような要件を充たすような管理職となると、一般に多くの会社で課長や部長といった名称の役職が付いていたとしても、実際に管理監督者と言えるケースというのは少ないようにも思われます。
会社側として対応するべきことは?
ここまでをお読みになられて、「うちの会社も危ない」と思われた経営者の方々も大勢いるかもしれません。従業員から残業代請求をされる可能性のある一般企業は少なくないと思われます。会社としては、当然、この点はリスクですから、事前に対応しておく必要があります。
1人が「管理監督者性」について争って会社に対して残業代請求をしてきた場合、その請求者だけでなく、ほかの同じ立場の従業員にも飛び火するリスクもあります。
こうした事態を避けるためには、使用者側としては、自社の管理職が「管理監督者」にあたるのかどうかについて、権限、勤怠、処遇という観点から今一度見直して、実態に見合うようにすること。または、現状で管理監督者の実態に見合わない管理職については、一旦管理職から外すなどして残業代を支給する形をとるなどの対応策も考えられます。ただし、この場合は、就業規則の不利益変更の限界を超えないかということにも、注意が必要です。
残業代の支払い義務がない取締役などの役員の場合は?
「それなら、従業員を取締役にしてしまえばいいのでは?」と思われた経営者の方もいるかもしれません。
たしかに、労働基準法により残業代の支払い義務が発生するのは、会社と雇用契約の関係にある「労働者」の場合です。取締役や監査役等の役員の場合、会社との関係は雇用契約ではなく委任契約であって「労働者」ではありませんから、原則として取締役に対して残業を支払う義務は生じません。そうすると、取締役にしてしまえば残業代の支払義務をなくすことができてしまいそうです。
しかしながら、やはりここでの判断においても、実態や実質面が重視されます。肩書きが取締役であっても、実態・実質が労働者と変わらないと判断されてしまうと、残業代が支払われる労働者とみなされるのです。「名ばかり管理職」のように、「名ばかり取締役」という場合にも、残業代の支払い義務は生じ得ます。
そもそも、個人間では契約自由の原則があるため、本来的には契約当事者間では契約内容を自由に決められるのが原則です。他方で、歴史をふり返ると、資本家や使用者によって労働者に対する労働搾取が行われてきた事実があります。法はこれに対する手当てとして、相対的に弱い立場にある労働者を守るために、契約自由の原則を修正する形で労働基準法をはじめとする各種労働関係の法が整備されてきた経緯があるのです。
このような趣旨からすると、残業代などの時間外労働を支払義務が適用されない立場である「管理監督者」にあたるのは、そもそも労働法による保護が不要な人、相対的に弱い立場とは言えないような人。言い換えると、資本家や使用者側と同視できるような人、とも考えられるのです。
前に挙げたような、通達の「経営者と一体的な立場にある者」という基準や、裁判例が求めているような基準(1)事業主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限を認められていること、(2)自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること、(3)一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金(基本給、手取、賞与)上の処遇を与えられていること)は、いずれも使用者側と同視できるような人について具体化したものとも言えるでしょう。
したがって、こうした基準を充たさずに、実態として使用者側と同視できないような人を、肩書きだけを課長や部長としたり、取締役にしたりしても、労働基準法の適用外とすることはできないわけです。
Aさんの運命やいかに……?
Aさんのように残業代の請求をしようと考えたくなるのは、管理監督者の要件の中でも権限の程度や勤怠の自由の有無はもちろん、現状の処遇に対する不満が大きいからにほかなりません。残業が多かったとしても、それに見合うかそれを上回る手当や処遇が支払われていれば、冒頭のAさんが抱いたような不満も出ず、Aさんの家族もハッピーだったかもしれません。
他方で、会社や職場というところは、一緒に働く人が同じ目的・目標に向かって仕事をする「チーム」であり、場合によっては「家族」のようなもの。法的に残業代が請求できるということを知ったとしても、チームメイトや家族に対しては、おいそれと残業代請求なんかできないという人が多いのが現状だと思います。実際、残業代請求をしようという人は、会社を辞めることが決まっている人、会社を辞めた後に行うケースがほとんどです。
Aさんの場合、残業代請求が法的権利として認められても、「今の会社でこれからも働いていきたい」「処遇には不満はあるけど、この会社は好きだ」といった思いがあるなら、会社に対してアクションを起こしづらいという別の悩みは出てくるかもしれません。