加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち。
これまでの常識を打ち破る一発逆転アイデアから、壮大なる社会変革の提言まで。彼らは何故リスクを冒してまで、前例のないゲームチェンジに挑むのか。
進化の大爆発のごとく多様なビジョンを開花させ、時代の先端へと躍り出た“異能なる星々”にファインダーを定め、その息吹と人間像を伝える連載インタビュー。
2017の結成以来、人工生命や共感覚、死生観などの深遠なるコンセプトと、確かな表現力に基づく作品群で脚光を浴びる先鋭クリエイティブレーベル「nor」。
彼らはいかなる思想のもとに、表現の未踏領域を切り拓いていくのか。メンバーのうち、板垣和宏、林重義、福地諒の3氏を訪問。日本のクリエイティブへの危機意識とともに、創造と実験の新たな地平が見えてくる。
聞き手・文:深沢慶太 写真:松島徹
nor(ノア)
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クリエイティブレーベル。2017年、建築家、デザイナー、音楽家、エンジニアなど多様なバックグラウンドを持つメンバー7名によって発足。テクノロジーを活用し、一般化された定義では補足しきれない領域へアプローチを行う。空間設計、インスタレーション、プロダクト開発など多彩な表現手法を通して、科学などの研究で扱われるテーマをより多くの人が体験できる形へと変換し、社会的な価値や可能性をアップデートしていく。
https://nor.tokyo/
突如現れた“謎のテクノロジー×クリエイティブ集団”
norのプランナー/コンセプター、福地諒氏。
―― norといえば、2017年に突如として現れ、にわかには作れないようなハイクオリティな作品を矢継ぎ早に展開している“謎のクリエイティブ集団”という印象です。公式サイトには「定義が曖昧な領域へ、テクノロジーでアプローチする」という言葉が掲げられていますが、参加メンバーはそれぞれに本業を持ちながら、より実験的なクリエイションの場としてnorでも活動している……ということでしょうか?
福地:はい。僕らの作品づくりのコンセプトは、自然現象や人間の感覚など科学的研究で扱われるようなテーマを、メンバーの知見を結集することによって新たな形へ変換し、より幅広い人たちに伝えること。いわば机上の研究だったものを、norというフィルターを通すことで体験という形に変換し、見る人に新しい視点を提示していきたいと考えています。また作品は全員の感性のぶつかり合いでつくられるため、作品のクレジットには「creative direction by nor」と表記するのも特徴です。
norのプロデューサー、林重義氏。
林:メンバーは全部で7人ですが、プロジェクトごとに関わり方は変化します。肩書きについても、例えば自分は所属先のPARTYではテクニカルディレクター/プロジェクトマネージャーですが、norではプロデューサーになる。同じく福地は普段はプロデューサーですが、norではプランナー/コンセプター。他にも建築家、デザイナー、音楽家、エンジニアなどが参加していますが、従来の組織とは違い、メンバー全員が臨機応変に担当を受け持つことで、中央集権主義的な従来の制作体制ではなく、分散型の組織を心がけています。
norの建築家/エクスペリエンスデザイナー、板垣和宏氏。
板垣:例えば僕の肩書きは建築家/エクスペリエンスデザイナーで、空間構成やインスタレーションの筐体を作る場面では、僕やハードウェアエンジニアの中根智史が主導していきます。でもこうした担当分野に限らず、プロジェクトの最初は必ず全員での話し合いからスタートする。一人のリーダーに従うのではなく、全員がクリエイティブディレクターとしてディスカッションを重ね、最終的な形へ落とし込んでいくイメージですね。
福地:通常の仕事のように、誰かに委ねてリードするやり方は、決められた期間で、与えられた課題に対する解を導くのには適していると思います。しかしアート作品をつくる上では、作品のコアとなる問い自体を見つけ出した上で、その問いに対して全員が同じ方向を向くことができているかどうかが一番重要となる。その状態にたどり着くまで徹底的に時間をかける点が、通常の仕事の進め方との大きな違いかもしれません。
「六本木アートナイト2017」で初公開されたnorの作品『dyebirth』(2018年、「Media Ambition Tokyo 2018」での展示風景)。インクなどの液体を電子制御に基づいて滴下することで、有機的な模様を生み出し続けるインスタレーション。
―― 例えば意見が衝突した場合など、コミュニケーション上の齟齬をどう解決しているのでしょう?
林:それは……齟齬しかありません(笑)。世代も20代から40代までバラけていて、面白いと思うポイントも全員バラバラ。でも、齟齬があるからこそ、面白いことができると考えています。言うなれば、激流の川の中の石みたいにみんなのイメージがどんどん磨かれていって、最終形が生み出されていくイメージです。どこかに妥協点があるわけじゃなく、いびつだけれども偏愛で磨き上げていく感じ。
福地:納得するまで会話をする中で余計なことが削ぎ落とされて、核心的な部分が見えてきたら後は一気に作り上げるだけなので、そこからは早いです。
板垣:その際に意識しているのは、伝えたいことと表現や演出のバランスです。アートリテラシーが高い人に評価される作品はどうしても難解になりがちです。かと言って、今の日本のデジタルアートの状況のように万人受けするものは「底が浅い」「これってアート?」と批判的な評価に晒されてしまう。そのなかで、より多くの人に受け入れられるテーマや見栄えは大事にしながらも、背景にしっかりとした内容を伴った表現を生み出したい。そう考えています。
『dyebirth』(2018年、「Media Ambition Tokyo 2018」での展示風景より)。プログラミングにもとづくインクの滴下と物理法則が生み出す液体の現象が、美しい模様を描き出す。
ハッカソンでの出会いから一躍、メディアアートの最前線へ
―― ちなみに、結成のきっかけはArt Hack Dayが主催するハッカソン「3331α Art Hack Day 2016」だったそうですが、そもそもは会場でたまたま結成されたチームだったということでしょうか?
板垣:その会場に集まった偶然という意味ではそうですが、会場でアイデアソンを行い、チームビルディングを行う中で自然と集まったのがこの7人です。今考えれば、ものづくりに対する思想や波長が合うという理由で、互いに引き寄せられる部分があったのかもしれません。
林:その時に作った作品『SHOES OR』がアートに特化したハッカソンとして最優秀賞を受賞しました。「生命体としてのテクノロジー」というテーマのもと、鑑賞者が無意識のうちに生命現象に通じる要素を感じてしまうようなコミュニケーションを、無機物である靴との間に作り出そうとした作品です。ハッカソンで審査員を務めていた池上高志先生(東京大学大学院情報学環教授、人工生命研究者)が、ご自身の研究と通じるアプローチを感じてくださったことが受賞理由につながりました。その背景にあったのは、AIのような「知性とは何か」という問いではなく、「人間とは何か?生命とは何か?」というより大義な視点の問いやA-Life(artifical life/人工生命)に対する興味でした。
nor結成のきっかけとなったハッカソン「3331α Art Hack Day 2016」受賞作、『SHOES OR』(2016年)のコンセプトムービー。審査員を務めた人工生命研究者の池上高志氏が同作について語っている。
福地:靴の中には振動モーターしか入っていないにもかかわらず、見る側はそこに不思議と生命のような営みを見いだしてしまうんです。この受賞を受けて、2017年春に3331 Arts Chiyodaで『SHOES OR』を展示する機会をいただいたのですが、せっかくなら既存の作品を展示するのではなく、同じメンバーで新作を作ろうという話になりました。「nor(ノア)」というチーム名が決まったのは、じつはこの時のことです。そして、その時の作品『herering』がNTTインターコミュニケーション・センター [ICC] の主任学芸員である畠中実さんの目に留まり、5月にはICCでも展示させていただきました。
『herering』(2017年、ICCでの展示風景)。音と色の共感覚を示す「色聴」にインスパイアされた、体感型の3Dインスタレーション作品。
―― まさに走りながらチームとして自己組織化を遂げていったわけですが、「nor」というレーベル名の由来は?
福地:3つの意味を込めているのですが、一つ目は「n+or」。「or」の語には視点を定めず、「もしかしてこういう可能性もあるかもしれない」と模索する意味を込め、そこに任意の数を表す「n」を付加しています。次に「not or」。論理演算子で集合を表す際に用いられる考え方で、AとBの領域があった時、その外側にあたるAでもBでもない領域が「not or」の領域。定義付けられていることだけではなく、あやふやなものに対して自らアプローチしていこうという意図を込めています。そして最後は、「ノアの方舟」。まわりから何と言われようと神の啓示を信じて方舟を作り上げたノアのように、信じて作り続けることで新たな視野を切り拓き、社会的価値や可能性のアップデートにつなげていきたいという意味を込めています。
norの公式サイト画面
https://nor.tokyo/
―― いずれの意味にも、新たな見方を提示し、価値観を更新するというビジョンが込められていますね。作品自体にも、アートとデザイン、テクノロジーを橋渡しながら、共感覚や人工生命などの奥深いテーマを追求することで、より超越的な視点を目指そうとする意図が感じられます。
林:「最先端は保守」だと思っています。何故なら、単純に「技術的に最先端だからすごいだろう」という評価軸で作ってしまうと、すぐに陳腐化していってしまいますから。そうではなく、コンセプトや技術の新しい使い方、発見されていなかった可能性を探っていく作業をしたいなと。「イノベーション」ではなく、「インベンション(発明)」をしていきたいと思っています。
板垣:僕らがやりたいのは、頭で理解するだけでなく感情も動かすような感覚的な経験や体験に落としこんだ作品作りです。その上でテクノロジーはあくまで手段であって、かつて芸術家たちが油彩や彫刻で表現したのと同じように、僕らはセンサーやプログラミングといった今の技術を使っている。ただそれだけのことだと思います。
『herering』(2017年)のコンセプトムービー。鑑賞者の動きによって色と音が生成され、色聴現象を体感することができる。
日頃のプロ意識×飽くなき実験精神が生み出すもの
――ICCでの展示の3〜4カ月後には次の作品『dyebirth』を「六本木アートナイト2017」で発表されていますが、まさに矢継ぎ早の展開ですね。本業あっての活動ですから、かなり過酷な毎日だったのではと思います。
板垣:週末のたびに実験に明け暮れましたね。最初の段階では「油滴実験」という、シャーレの中に落とした油が動き回る様子を見せようかと考えていたものの、すぐに壁にぶち当たりました。そこで、流体や液体などを扱うソフトマター物理学者の菱田真史先生(筑波大学助教)に協力していただきながら、一つひとつ手探りで進めていきました。
林 :粘性のある液体の濃度のパーセンテージを少しずつ変えて、混ぜ合わせる液体の組み合わせをひたすら試していくのですが、最初はぜんぜん上手くいかなくて。でも、コンセプトは明確でした。ある動きが誕生し、複雑に混ざり合い、やがて黒くなっていくことで死ぬ。そして再び生まれるという“生命の循環”や存在感をどう作り出すか、ひたすら実験を繰り返しました。その結果、粘性の大きく異なる二つの液体が混ざった時に葉っぱのように広がっていく樹状突起形成という模様のパターンを通して、科学的にも新しい組み合わせを発見したんです。そのことがこの作品の表現のコアになっています。
『dyebirth』制作に向けた実験中の一コマ。液体同士が織りなす樹状パターンに注目し、インクやローションなど、無数の液体の組み合わせや滴下装置のメカニズムについて試行錯誤を重ねていった。
―― この作品は、毎年開催されるテクノロジーカルチャーの祭典「Media Ambition Tokyo」にも出展されていますが、物理現象を扱いながら、非常に高い完成度を実現していることに驚かされました。メディアアート作品の中には実験性を謳う反面、クオリティは二の次という印象のものも少なくありませんが……短期間でこの完成度を達成できた理由は何でしょう?
福地:それは……普段から表現を研ぎ澄ますプロとして仕事をしているからかもしれないですね(笑)。作品である以上、鑑賞者にメッセージが伝わらなければ意味がない。そのために何をすべきかを突き詰めていくと、自ずと完成度は上がっていきます。
林:テクノロジーや物理的な現象をそのまま見せるのではなく、逆に技術的な側面をいかに隠すか、それによって作品それ自体にいかに没入してもらうかという意識が、作品の完成度にもつながっているのかもしれません。例えば『dyebirth』はきれいなだけじゃなくて、自然界にあるような儚さ、濁り、劣化、毒々しさ、混沌といった、ある意味で生命の危機感につながるような要素を盛り込み、二度と同じ表現が現れない刹那性をパッケージ化して体験を重層化しています。アートの視点から問いただしていくアプローチによって、サイエンスの領域に対しても新しい価値を提供できたと思っています。
板垣:この作品はメディアアートの枠を超えて科学的に新しい発見につながりましたが、分野を横断してさまざまな領域と行き来できるようになれば、それはnorの活動の理想形の一つだと思います。
『dyebirth』(2018年、「Media Ambition Tokyo 2018」での展示風景より)。規則的なデジタル制御と予測不能な自然現象の狭間でさまざまな色が生まれ、やがて無個性な黒となり死んでいく様子を通して“生命の循環”を表現した。
テクノロジー×サイエンス×表現で導く、エコシステムの新地平
―― 最近では、ミュージシャンの降谷建志さんのステージ作品を制作されています。ついにメディアアートという分野を超えて、活動を広げ始めたということでしょうか?
板垣:制作会社として発注を受けたわけではなく、あくまで異なる分野の表現者同士のコラボレーションという形でした。商業的なプロジェクトではなく、あくまでアーティスト同士の実験という意味合いですね。
林:日本ではアートマーケットが成熟しておらず、自分たちでビジネス的なプロデュースができないと、資金的な面で制作活動を継続できません。アートワールドのマーケットの価値だけではなく、民主的な経済圏を勝ち取っていきたい。
だからこそ僕たちは他のアーティストとともに、アートのマーケットを活性化していきたい。ICCの畠中さんやライゾマティクスの齋藤精一さんをお呼びして、ライブストリーミングサイト「DOMMUNE」で配信されたトーク番組「Art Hack Day ~テクノロジー×アートの未来~」や、「Media Ambition Tokyo 2018」のトークイベントを企画・キュレーションし、モデレーターを務めたのも、そうしたセルフプロデュースの一環です。
福地:例えば『dyebirth』の次の展開として、液体が作り出した表情をアクリルに特殊なUVプリントで印刷した作品を制作しています。3Dプリントや超高精細印刷など、高い技術力を持つ印刷会社とともに『dyebirth』の世界観をどう再現できるか……この秋のデザインとアートの祭典「DESIGNART」での展示を目指しているところです。
『dyebirth』(2017年)のコンセプトムービー。科学的見地に基づく表現の原理と可能性が、norの制作姿勢とともに語られる。
―― クリエイターが往々にして陥りがちな自己充足的な表現ではなく、技術や科学の知見をどのようにして人々の新たな気づきや新しい価値観につなげるか。テクノロジーの進歩に隷従することなく未来を見据え、創造の可能性を主体的にアップデートしていこうという、確かな意志を感じます。その姿勢の先にあるもの、究極的な目標や野望があれば、教えてください。
福地:ものづくりに関わる人たちが100%以上の力を発揮できるよう、プロジェクトごとにもっと自由にチームを組むことができるような新しい制作のシステムを作りたい。そしてそれが、アートとビジネスを循環させる新しいエコシステムのあり方へとつながっていったなら、嬉しいですね。
板垣:norのメンバーの多くは広告や制作の現場に関わっていますが、そうした立場のクリエイターの実力がより評価されるような道筋を切り拓いていきたい。そのためには、作っている僕ら自身が楽しく幸せにものづくりを追求する姿勢が大前提。これに尽きますね。
林:あとは海外展開。現時点でシンガポールから展示の話や、中国のキュレーターからイベントへの声がけをもらったりしています。世界の第一線を目指すことで、日本のクリエイターがアートの文脈で評価されるようになり、アート・ビジネス・アカデミックの新しい価値を生み出し、発見していくきっかけにつなげたい。そう考えています。
次回展示情報
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MUTEK.JP 『Digi Salon -nor×MUTEK.JP×USN-』
期間:2018年10月19日(金)〜11月1日(木)(10月21、28日は休廊)
時間:10:00~19:00
開催場所:UltraSuperNew Gallery
入場料:無料
住所:東京都渋谷区神宮前1-1-3
TEL:03-6432-9350
https://gallery.ultrasupernew.com/tokyo/ja/exhibition/digi-salon/
https://mutek.jp/