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頭脳で価値を生成せよと、新しい写真の神は告げている。アーティスト・杉本博司【連載】ビジョナリーズ(3)
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  • 2019.04.19
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頭脳で価値を生成せよと、新しい写真の神は告げている。アーティスト・杉本博司【連載】ビジョナリーズ(3)

杉本博司というアーティストの出現は、我々にどんな未来を予告しているのだろうか?

彼は70年代に活動拠点をニューヨークに置き、写真をメディアとして使用するコンセプチュアルアーティストとして活動してきた。そしてグローバルな成功を手にした、アートワールドの巨匠である。

しかし、決して間違ってはいけないのは、彼は真実や決定的瞬間を追求する「写真家」とはまったく思考のシフトした、アップデートしたアーティストであるということだ。

写真が発明され約200年が経とうとしている。光をケミカルなプロセスで定着し、人間が見ている映像を物質化させることで、視覚を客観的に扱うことができるようになる画期的なものだった。

そればかりではない。杉本博司は極論して言う。「写真が発明されるまで、人間は世界を認識することができなかったのだ」と。

先見的な哲学者であるヴィレム・フルッサーも言うように、写真はグーテンベルクの「活字」以上に、人類文化を変えた事件であったと言ってよいだろう。さらに90年代から始まった視覚情報のデジタル化は、写真そのものを再定義させ、Instagramは人類を視覚情報の爆発的な増殖へと導いた。

そのような大変換期の中で、古い写真史に囚われることなく、視覚を使って価値生成を行っている戦略的アーティストが、杉本博司であると、捉えるべきなのだ。

AIの時代を迎え、ますます単純作業は価値失墜してゆくだろう。その一方で、コンセプチュアルな価値生成は、人間の本質的なものであり、高い価値を生成するものとして、ますます重要になるだろう。

今、野心的な起業家たちが、コンテンポラリーアートに興味を持ち急接近しているのは、単なる投資的な価値がアートにあるだけでなく、アートシンキングが、破壊的イノベーションを引き起こす重要なものであることを感知したからに他ならない。

杉本博司の出現が予告的である、という問いかけは、まさにこのことを意味する。

スティーブ・ジョブズが東洋思想に傾倒していたからといって、アップルの製品はエキゾチックではない。同じように、杉本博司の作品にも、日本や東洋の時間や人、意識についての知見が込められているにもかかわらず、ボーダレスでタイムレスである。

ここに重要なヒントがある。

杉本博司の思考の流れとビジョンを、4月に『現代写真アート原論』を発刊(共著)した後藤繁雄が解剖する。

杉本博司(すぎもと・ひろし)

1948年、東京都出身の現代美術作家。1970年に渡米、1974年よりニューヨーク在住。活動分野は、写真、彫刻、インスタレーション、演劇、建築、造園、執筆、料理、と多岐に渡る。2017年、小田原に文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所」を開館。また、2018年10月から2019年2月までヴェルサイユ宮殿にて個展『SUGIMOTO VERSAILLES Surface of Revolution』を開催した。

後藤繁雄(ごとう・しげお)

1954年、大阪府出身の編集者、クリエイティブディレクター、アートプロデューサー、京都造形芸術大学教授。数々のアーティストブック、写真集を編集。また『エスクァイア日本版』『ハイファッション』『花椿』などの媒体でのアーティストインタビューは1,000人に及ぶ。現在、来春出版予定の名和晃平の作品集『metamorphosis』の編集も手がけている。

時間をコンセプチュアルアートとして捉え、その表現媒体として写真を使うという戦略的な意図

後藤:今年2019年、パリのオペラ座で、アイルランドの詩人ウィリアム・バトラー・イェーツ作の『鷹の井戸』の舞台演出をやられますね。音楽は池田亮司さんと組まれます。

僕は杉本さんのアーティストとしての活動を、80年代の終わり頃から大変興味をもって並走しながら拝見してきました。また、インタビューも何度もやらせていただきました。改めて振り返ってみますと、時代のせいもあり、最初はコンセプチュアルな「写真家」というニュアンスが強かったと思います。

しかし、世紀末を経て新世紀に入った途端に、ニューヨークで9.11が起こります。杉本さんは偶然ニューヨークのディアセンターで、個展のタイミングでした。あの時、初めてお能をやられた。

杉本:『屋島』だね。

後藤:そう『屋島』をやられました。修羅物の『屋島』です。そのあと、護王神社のプロジェクトでも『屋島』をやられました。

Appropriate Proportion "Go-Oh Shrine", 2002
護王神社 アプロプリエイトプロポーション
© Hiroshi Sugimoto

杉本:護王神社は、2002年ですね。

後藤:だから、それ以前のコンセプチュアルアーティストとしての「デュシャンピアン 杉本博司」に、新しく「能」の持つ時間が加わるでしょう。

杉本:パフォーマンス性でもあるね。

後藤:その後の活動を振り返っても、能によって喚起された時間が、杉本さんの作品の中で、だんだん中心的になってきた感すらあります。

パリのオペラ座、これはどうして『鷹の井戸』なんですか?

杉本:『鷹の井戸』は、フェノロサの能のスタディをエズラ・パウンドが持っていて、それをイェイツに教えたことで作品化された。しかしこの100年、翻案された『鷹姫』ばかりが世界中で上演されてきたわけです。今回のパリでの公演はもう一度、イェイツの原作に基づいたものに戻し公開することを考えた。オリジナルは舞踏曲としてつくられたわけで、パリのオペラ座ではダンスとしてやります。音楽は池田さんで、舞台衣裳はリック・オウエンス。彼の初めての舞台衣裳。

後藤:リック・オウエンスがやるんですか。それは楽しみです。

杉本:振付は、比較的新人なんだけれども、アレッシオ・シルベストリン。彼は日本に住んでいて、ウィリアム・フォーサイスが、「あいつしかいない」とリコメンデーションしています。能も勉強しているんですよ。

後藤:『鷹姫』だと梅若玄祥が演じたり、やはりお能の人がとりあげる場合が多かったけれど、今回は違いますね。

杉本:オリジナル『鷹の井戸』としては、1916年の伊藤道郎のロンドンの初演、18年のニューヨーク以来上演されていない。

能舞台の寸法を基本として制作された石舞台。
© Odawara Art Foundation

後藤:小田原の江之浦測候所にも、お能ができる舞台装置があります。杉本さんに舞台はなくてはならないものになった。杉本さん本人の中ではどんな推移があるんですか?

杉本:僕の場合、写真から始まったけれど、元々時間を観念的に、コンセプチュアルアートとして捉えて、その表現媒体として写真を使おうという戦略的な意図、企みが最初からあった。

「気がついたら写真を撮っていた」みたいな自然発生的なことを一度清算しようと、1974年にニューヨークへ行って、自分の身の振り方を現代美術で行こうと決めた。メディアを選ぶ際に、やっぱり自分が一番得意とするものが有利だというわけで写真を選んだんです。

じゃあ写真というのは一体何かと考えてみた。ちょうど今のネット革命みたいに、写真発明以前と以後どのように社会が変わったか。写真が出現したことによって、人間の時間に対する意識がどう変わったのか? 時間の証拠が生まれたわけだよね。

また、絵の世界も完全に変えてしまった。絵より、写真の方がリアリティを表現できることになったときに、初めて絵画は、抽象表現主義とか、シュルレアリスムとかいう方向に行かざるを得なくなった。

写真を時間の装置であると捉え、コンセプチュアルアーティストとしていかに作品をつくるか

後藤:当時アメリカに行って受けたコンセプチュアルアート体験は強力でしたか。

杉本:それは強力だったね。

後藤:具体的にメインは誰だったんですか? 

杉本:ジャッドフレイヴィンだろうね。

後藤:ですか、やはり。

杉本:カリフォルニアの大学にいる時は、コマーシャルなトレーニングを受ける学校だったから、その体験は強力でした。

後藤:なるほど。マルセル・デュシャンの、最初の回顧展をアメリカでやったのは西海岸。1963年にパサデナ美術館でウォルター・ホッブスがキュレーションしてます。西のほうがコンセプチュアルアートを受け入れる土壌があったんですけどね。

杉本:パサデナ美術館だね。だけども僕は70年代は、フラワーチルドレンだったし、カリフォルニアは、そっちのほうが圧倒的に面白かった。

後藤:ヒッピーだったんですね(笑)。コンセプチュアルアートとも違う形で、時間へのヒントがあったのかもしれません。瞬間と永遠とか、永劫回帰する時間とか。

杉本:インド哲学の本をやっている吉福伸逸という友だちがいた。彼は僕よりも一回り上だったけれど、渡米してすぐ知り合った。それから、見田宗介さんを紹介されたり。そのときに、いわゆるコンセプチュアルアートみたいなものの下地は培ったね。

後藤:コンセプチュアルアートとスピリチュアリズムですよね。

杉本:うん。西洋風のね。

後藤:その後、ニューヨークで古美術を商うようになったり。そこでも、時間とのつながりが色濃く出てきます。

杉本:そうだね。古美術をやるようになってから、能面とか衣裳に触れるようになった。そこには、ある種の即物主義みたいなことがある。モノから教わる。血肉化していく。

一方で、写真も結局は、時間の装置であると捉え、コンセプチュアルアーティストとしていかに作品をつくるかを考える。例えば映画館のシリーズも、フラットなディメンションの画面の中に、映画1本分2時間の光を集積させ、それが白く飛んでしまう。白く発光したブランクを見ていると、時間の堆積が見えることになる。

後藤:時間を含めた4Dのアートですね。

杉本:そう、4Dになる。デュシャンが言及した4次元ともつながっていく。平面的にもかかわらず、写真は、異次元を感じさせる装置だということ。「ジオラマ」にしても、物質である蝋人形や剥製が、生きているように見えるということにより、人間の「見えることの構造」を問題にできる。異次元を探索するための装置としての写真。時間を融通無碍にすることが、写真でできるんじゃないか。

それに比べたらシュルレアリスムなんていうのは、絵に描いた餅でしかなくてね。

後藤:あれはレトリカルな側面があります。画像合成やファンタジーというイメージ編集術ですね。

杉本:そう、編集だね。

後藤:イメージの「水平的」なエディット、想像力の使い方です。でも杉本さんは写真を非常に「垂直的」に使うことに気がついた。すごく珍しいですね。他にいなかった。

杉本:いそうでいないね。

後藤 : 特異です。シンディ・シャーマンは70年代からコンセプチュアルアートの影響もあり、ロールプレイに行く。一種の異化ですね。ジェフ・ウォールはバンクーバー派で、いわゆるコンセプチュアルアートから来ましたが、写真合成に行く。だから、杉本さんだけが唯一、コンセプチュアルアートが提起したものを、写真を深堀してやるわけですね。

杉本:杉本博司論的というのは、あまり出てこないね(笑)。

後藤:杉本さんもそうですが、シンディ・シャーマン、ジェフ・ウォール、ベッヒャーシューレ。皆、マーケット的にも成功しました。

杉本:しかし、マーケット的な評価基準というものも、歴史的に淘汰されていくだろう。現象として何が高くなり、何がそうでないのか。なぜなのか? 不思議なものだからね。そんなことで一喜一憂しちゃいけない。

後藤:その点、デュシャンというのは、作品をあまり売らなかったせいもありますが、マーケットにも全然出てこない。ものがないから値段の話題にならない。

杉本:デュシャンがつくった債権であるモンテルカルロ・ボンドが額面を超えたという話も面白いね。

後藤:お金による価値は虚ろなものです。でもその一方で、歴史的な時間の中で、価値あるものとして残っていくものがあります。杉本さんは、古美術のモノを通して、時間と価値について修養してきた。例えば、江之浦の庭の石みたいなものも興味深い事例です。まさに苔のむすまで。そして、それがどこの寺にあり、持ち主を経て巡ってきたか。

杉本:由緒だね。石は石で、もともとは、ただの石なんだけれど、そこに、人間がちょっと鑿を使って形をつくる。そうすると時代の形が現れてくる。

カメラレンズの素材である光学硝子から作られた舞台。
© Odawara Art Foundation

後藤:江之浦測候所に行った時、すごくそれを感じました。別々の由緒のものが、杉本博司というアーティスト=数寄者(すきもの)によって集まっているわけです。石造の鳥居、亀石。古墳石室の石、笹川良一邸の踏込石、京都市電の軌道敷石まで。

杉本:だから礎石にしても、やはり若草伽藍の法隆寺の跡がいちばん美しい。白鳳の川原寺になるとちょっと機能的にフラットになってくる。元興寺の天平になると、かなり、合理的になり、形はその代わりに崩れていく。

後藤:石にも、真行草があるわけですからね。お寺の格式に従い、真の石組みをやるか、行にやるか、草にするかがあるぐらいです。とても深い、でも石です。

杉本:法隆寺がいちばん美しいね。実は、五重塔は木造で、耐震性能が現行基準に満たしていないから違法建築。しかし基本的には、飛鳥時代にすでに地震に耐えられる構造をつくっているんだから驚きだね。

後藤:江之浦に集められているものは、さまざまな由来や縁があって集まっていて、とても感慨深いですね。

杉本:とても不思議だね。要するに、日本人で他に愛してくれる人がいなくなってしまったこともある。昔は数寄者が、自分の庭にこんなものがあったらいいなと思う歴史があったけど、今は廃れてしまった。本来は、ただの物質としての石ではないわけです。

大社の関係の古い家から出てきた。モノがモノを呼ぶ不思議な縁

Caribbean Sea, Jamaica, 1980
カリブ海、ジャマイカ
© Hiroshi Sugimoto

後藤:杉本さんが、10年かけてつくった江之浦に初めて行ったときに、「海景」や能や、杉本博司の作品が全てコンバインされ生成され続ける装置だと思いました。杉本さんはまだ生きているけれど、なんだか、マルセル・デュシャンがつくり続けていた「遺作」のようなものなんだなあと思いましたね。

杉本:デュシャンは非公開にしていたけど、杉本は公開しちゃった(笑)。

後藤:公開された、公然たる秘密になっているわけですが(笑)。

杉本:今度また拡張したんですよ。

後藤:さっそく行きました。化石を集めた東屋もありましたね。

杉本:そうそう。そこの裏手を掘ってみたら、磐座が発見されちゃった。つくったわけじゃなくて、木を全部切り開墾していたら発見した。見つけたときはすごいなあと思ったよね。

後藤:次々に因縁が連なっていくというか。泉も湧いていましたね。

杉本:常に濡れている。雨が降ったらどんなに暑い日でも3日4日ずっと濡れている。そんなことがあり、日本の古代信仰の形として磐座信仰について改めて考えていたら、今度は隠岐の島の宗像神社の古代遺跡から発掘されたものを、うちでコレクションすることになった。宗像神社の宝物は国宝になっているんですが、それ以前に伝承したものが来ちゃった。

後藤:何でそんなことが(笑)。

杉本:ははは(笑)。おかしなことが起きるね。国宝指定以前に伝生したものが、大社の関係の古い家から出てきた。モノがモノを呼ぶ。不思議な縁だよ。

後藤:江之浦測候所の紹介ビデオの中で話されてもいますが、杉本さんは自分を含めて現代文明の一切がなくなり、ここが一体何だったのか、すべてがわからなくなったときをイメージして、つくっていると。

杉本:ええ。

後藤:人間のタイムスケールではない。

杉本:ピラミッドがどんなものだったのか。パンテオンはどういう神殿だったのか。それと同じような眼差しで見てもらいたいね。

壁は石だから残る。ガラスは全部飛んじゃうし、屋根も飛んじゃうだろう。そうすると、100メートルの石の壁が立っていて、その地下に冬至と夏至の角度で太陽の光が抜けるトンネルが残る。トンネルの入り口は、蔦で覆われていたりしてね(笑)。

後藤:江之浦は、いわばジェームス・タレルの『ローデン・クレーター』みたいなランドアートでもありますしね。タレルは一種の古代天文台。杉本さんの場合は古墳的なイマジネーションや、磐座信仰などの古代です。

杉本:僕にとって、護王神社が建築を始めるきっかけになった。先日、久しぶりに行きましたが、なかなかいい味になってきている。コンクリートが染みついてね。近代化の遺跡というのは、コンクリートが劣化したときに美しいかどうかだと思うね。

パンテオンなんかも、要するにコンクリートみたいな目地も使っている。コンクリートってものは、実は長い歴史がある。中世以前から使われているものね。ただ今のコンクリートでは、長持ちしないんじゃないの。

後藤:近代の象徴ですね。ちなみに僕の家の家業は、そのコンクリート屋だったんですが(笑)。

杉本:コンクリートが手を抜くためのものになってしまった。野面積みでも何でも、うしろにかなり掘って、そこに小石を全部詰める。そうすると排水がうまくいって、長持ちする。面倒くさいとコンクリートで固めちゃうと、動かなくなって、排水も悪くなり、結局は水の道が変なところにできて、崩れるっていうことになる。

Appropriate Proportion "Go-Oh Shrine", 2002
護王神社 アプロプリエイトプロポーション
© Hiroshi Sugimoto

後藤:護王神社ではコンクリートを使っていないんですか?

杉本:護王神社は使っていない。重機が入る搬入路がなかったので、あれは手掘り。

後藤:図面もなかったそうですね。

杉本:おおかたの図面だけ。手掘りだから、崩れたら下にいる人が死んでしまう。建設会社にすごく嫌がられたね。崩壊、崩落防止の鉄板みたいなものを打ち込むんだけど、最後は本当に危険覚悟だった。雨が降ると危ないから作業は中止。ある日大雨が降り、次の日行ったら崩落していた。でもそこに美しい岩盤が現れた。

後藤:ラッキーですね。

杉本:あんなにうまくいくとは思っていなかった。だから現れるべくして現れたんだろうね。

後藤:江之浦も新しいものが次々と出てくるでしょうね。

皮膜であり、虚ろ。表面だけがあって中が空。人間の観念もそうかもしれない。

杉本さんの化石コレクションを展示している「化石窟」。2018年10月に新たに拡張されたスペースの1つ。
© Odawara Art Foundation

杉本:まあ生きている間はどんどんやろうとね。なにせ全体敷地のうち、まだ未開発の部分が半分もある。さて、どこまでいくか。

先日、サントリーホールで天皇陛下ご臨席のもと、小澤征爾のコンサートを観たけれど、彼は最後のサン・サーンスの1曲だけやった。なかなかの気力充実だったね。最晩年まであれほどまで活動できるというのはいいなあと思うね。僕も気力の続く限り。

後藤:どうやるか。

杉本:江之浦がどこまで行けるか。70歳ったって、まだ若い。あと10年できたら結構面白いところまでいくんじゃないかな。

後藤:話は去年のベルサイユ宮殿になりますが、ルイ14世をモチーフにするのではなくて、革命よりに解釈したでしょう。そこが面白いと思ったんです。レボリューションっていうコトバを浮かびあがらせた。

杉本:ところがルイ14世が「ちょっと俺を忘れていないか」って、出てきちゃった(笑)。ベルサイユの人と話していたら、「そういえばルイ14世のレリーフがあります」と言われて、見に行った。

後藤:小さいんですね。

杉本:そう、額に入っていた。それは、彼の死の10年前に直接型を取ったと言うんだよね。マリー・アントワネット以前の7、80年前にそういう技術があったわけ。

後藤:どうして「サーフェイス」というタイトルがついているのですか?

杉本:それは双曲線関数の数理模型の正式なタイトルなんだよ。「サーフェイス・オブ・レボリューション・コンスタント・ネガティヴ・カーヴェチュア」という。非ユークリッド幾何学であるから、点の集積がサーフェイスとなる。数学的な位置を確定するための数式であって、それを回転すると、こういう形になりますよって。だからサーフェイス・オブ・レボリューション。

後藤:アイデュアルモデルを、可視化する。

杉本:そう。完全に頭の中だけで考えた形なのであって、点を指示してもダメなんだよね。点がどういうふうに連なっていくか。それを回転すると、面になる。そうすると、こういう形になると。だから内実は空なんだ。何もない。表面だけなんだ。

後藤:虚ろだけれど、表面だけはある。

杉本:そう。皮膜なんだよ。

後藤:皮膜であり、虚ろ。帝国を支えているのも「虚ろ」というわけですか。

杉本:実質的に何かがあるんじゃなくて、表面だけがあって、中が空。人間の観念なんかも、そうかもしれない。

農業法人で「植物と人間」という組織をつくった

後藤:でもロジカルなコンセプチュアルアートに行かず、表面と中空や虚ろとかっていう方向に進んだところが、杉本さんの面白さですね。

杉本:デュシャンもやっぱり、4次元とか、時間の問題とか、チェスの偶然性とか、禅に影響を受けていただろうね。そう言えば、デュシャンの本が日本で出たね。

後藤:『マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ』ですね。面白かったですね。僕も読みました。

杉本:僕は帯を書いたよ。

後藤:アーティストのポール・チャンがカルヴィン・トムキンスにしたインタヴューも入っていました。

杉本:そうそう。

後藤:ポール・チャンは賢明です。嗅覚が。すごくいいと思いました。

杉本:カルヴィン・トムキンスは時代の生き証人だからね。

後藤:デュシャンはたくさん謎や問いを残しました。さあ杉本さんは、江之浦測候所をどのような装置にするか、見ものですね。この間何かで読んだのですが、杉本さんは、もう他で写真は撮らないのでしょうか? 江之浦だけで撮るのですか?

杉本:江之浦で撮るための、お立ち台みたいな場所をつくった。そこから撮れるように。

後藤:それは「海景」ですか?

杉本:そう、「海景」が撮れる。あの作品は、なかなか撮れるようで撮りにくい。ちょっと人が行かないような崖下のほうで、林を切り拓いて、撮れるようにした。まだ撮っていないけどね。

後藤:トンネルからは撮らないんですか?

杉本:画角がやっぱり相当開いていないと撮れないから。あと定置網とかが入ったりする。

後藤:定置網(笑)。

杉本:そう、漁船が多いからね。だから、唯一撮れるのは早朝。早朝に撮るには宿泊しないといけないけれど、そうなると、寝る場所をつくらなくてはいけない。

後藤:寝るところはないんですか。

杉本:公益財団法人だから、私的利用は無理なんですよ、残念ながら。

後藤:そうか、杉本邸化するとまずいわけですね。なるほど。

杉本:だから敷地外につくればいいんだけど、敷地外は農地だから。農地に住宅をつくるとは何事かと言われる。そこで、今度は農家になる。

後藤:農民(笑)。

杉本:いや、農家じゃないと農地は買えないわけだよ。だから農業法人で、「植物と人間」という組織をつくったの。

後藤:また抜け道を(笑)。

杉本:弟を社長にして。

後藤:植物と人間。いいじゃないですか!

杉本:いいでしょう。植物と人間の関係を考える、農業法人です。「と」が入っているところがいいんだよね。

モノが吸い込まれていくような、ブラックホールみたいなものがつくりたい

カメラレンズの素材である光学硝子から作られた舞台。
© Odawara Art Foundation

後藤:話を再び写真に戻しますが、杉本さんは江之浦という固有の場所を作品化していくわけですが、写真の歴史は「新規なもの」を見つけるっていうことで進化してきましたよね。

杉本:被写体を見つけることでね。

後藤:写真はやっぱり旅をしたわけです。でも今度はもうしなくなるわけですよ。

杉本:そう。それにタイミング良くっていうか、悪くっていうか、フィルムの生産が、中止されたでしょう。

後藤:あと1年半分くらいしかない。

杉本:富士フイルムが突然、中止した。最初から言ってくれって感じだよ。あと、紙も生産が中止された。体力も弱ってきて、あんまり旅行もしたくないし、ちょうどよいのです。

8×10なんて、自分で持って歩いていたら次の日肩が痛くてもうダメだね、もう動き回るのは。でも江之浦の敷地を上がり下りして一日1周したら充分な旅。だからまあ、何が出てくるか。

何かをつくると、またモノが寄ってくるだろう。吸引力がどんどん強くなり、磁場ができあがるだろう。

後藤:数寄ですね。

杉本:そう数寄。寄ってくる。そこにモノが吸い込まれていくような、ブラックホールみたいなものがつくりたいね。

ダークマターっていうのもあるけれど、ダークフォトンっていうのがあるらしい。暗黒光子っていう。

後藤:虚数みたいなことですか。

杉本:暗黒光子が実際に偏在しているらしい。それが存在することを証明すること、これが物理学の中で今の1つの究極の目標みたいになっているらしくて。それをどうやって、感知するか。その方法を考えているね。

後藤:江之浦が暗黒光子の観測所に。

杉本:あとは今、とある宇宙開発機構と仕事が進みそうで。人工衛星っていうのが小型化してきて、1億円以内でできるようになるらしい。それで、いよいよアーティストとのコラボレーションを始めることになって「第1回に杉本さんやりませんか?」とアプローチしてきた。「何がやりたいですか?」って言うから、杉本の個人衛星を打ち上げてくれって言ってるんだ。

後藤:それは素晴らしい。

杉本:じゃあ、「海景」シリーズで月の海のシリーズをやらせてほしいと。衛星が月の回周に乗って、自分でコントロールしながら、「あっ、ここはいいな」と、カチャと撮るという。

後藤:なるほど、いいアイデアですね。

杉本:ところがね、月の軌道に乗るのが結構遠くて、お金がかかりすぎる。じゃあ地球の回周から始めましょうと。でも月のほうがいいんだけどね。豊穣の海とかさ。

後藤:三島由紀夫ですね。

杉本:(笑)。豊穣の海を本当に撮ってこようと。

後藤:それを江之浦からコントロールする。

杉本:コンピューターで見える、そういう装置をつくってね。それが実現する前に死んじゃったら、骨を乗せて、不定期的に信号を送ってくるとかね。

後藤:河原温は死んじゃって終わってしまった。プログラムをちゃんと死後も継続できるようにつくっておけばよかったのに。

杉本:そうだよね。

後藤:永遠にデイト・ペインティングできたのに。

杉本:それもあって最近は、月のことをよく考えるようになったね。月の表面に立って地球を見ると、地球は静止して見えることを初めて知ったんだよ。地球から見ると、月は片側しか見えない、裏側は見えない。太古にはスピンしていたと思うんだけど、なんかハンマー投げのボールみたいにブンブン投げられちゃって、今は、確実に静止しているね。

ということは、月の表面に立って、地球を見ると、真上に地球があって動かない。それで、地球が回っている。静止状態で回っていて、だから地球から見ると月は昇るけれども、月から見ると地球は静止しているんだよ。

宇宙船から見ると、地球が昇るのが見えるけれども、月のエッジのところに行くと、水平。地球が月の水平線すれすれにある。

後藤:そういうことですよね。

杉本:裏へ行っちゃうと見えない。知っているようで知らなかったね。

後藤:またつながっていって、新たな作品になるんでしょうね。

人口が減り、植物と人間が生きていくようにするのが理想的な調和となるモデル

後藤:さて、今日の最後の質問ですが。江之浦測候所をつくったわけですが、江之浦は自分のお墓にはならないんですか?

杉本:まだ考えていないね。

後藤:普通だったらお墓でしょう。

杉本:香川にあるイサム・ノグチの庭には自分の塚みたいなものがあって、そこに入っているらしいけれどね。

後藤:今まで磐座、墳墓などスタディしてきたじゃないですか。三角塚のところはどうですか?

杉本:三角塚のところは、あれは古墳もどきだからね。どっちかと言うと、鎌倉時代の鉄の宝塔の中のほうが、居心地がいいような。

後藤:おー、パッケージされている方がいいですか?

杉本:そうそう。

後藤:中は闇ですよ。

杉本:隙間からちょっと光が入ってきたりしてね。どうしようかこれから考えなくちゃいけないね。

後藤:ただのお墓ではなくて、死を先取りした作品を、墓の代わりに成立させることを、杉本さんは考えるかもしれません。

杉本:まあ、墓穴(ぼけつ)を掘ったりね(笑)。古代なら皇帝が今までの自分の妻や愛人を全員殺したりしてきたね。

後藤:スキタイやピラミッドとか、秦の始皇帝。

杉本:殉死を伴う。

後藤:殉死。

杉本:まあ乃木大将ですよ。

後藤:切腹して死んじゃいました。

杉本:あれは当時でも相当なアナクロニズムとして見られていた。信じ難いと。

後藤:殉死ですからね。杉本さんは、記憶の古層っていうかな、生命が誕生し、人類が類人猿が誕生し、文化が発生する。その生成過程をずっと追いかけて作品化してきたでしょう?

杉本:意識の発生。心の発生だね。

後藤:でも現代に生きる我々が考えるスパンはどんどん短くなるし、大したヴィジョンがなくなるわけですよね。

杉本:文明が始まって1万年弱だからね。

後藤:つまり、人間ごときが、地球の未来だ宇宙の未来だってことを言うのはおこがましいっていうところがあるわけじゃないですか。

杉本:そうよね。地球の歴史が1人の人間の80年だとすると、生まれたての赤子がなんか1日2日目で考えているような時間のスパンだから。

だから、何十億年っていう地球の歴史の中で、5、6,000年の文明が徒花みたいに花咲いても、短期的な現象じゃないかなと、非常に強く感じるよね。

後藤:ブッダにしても、シュタイナーにしても、近代的な神秘主義者にしても、ビジョンを考えたでしょう。目に見えないもの。果てのこと。そういうことを杉本さんは、考えたりしないんですか?

杉本:果てのことね。そういうドイツロマン主義みたいなことは面白いね。最近は、いわゆるアポカリプスの代わりに、「アホカリプス」と。

後藤:考えるだけムダっていうことですか(笑)。

杉本:まあ「色即是空」とは言い得て妙だなと思うね。若い頃にもすごいなと思ったけれど。

後藤:それが、「アホカリプス」ですか。

杉本:色即是空、訳すと「アホカリプス」。人間の人智が考えた生産のシステムで、資本主義は、自動的に選択不可能な感じでわれわれの現前にある。人口の増加とか、どんどん成長しなくちゃいけないっていうオブセッションが植えつけられていて、今年よりも来年の方が、経済成長しなくちゃいけない。でもそんなことは、絶対にシステムが壊れるに決まっている。

後藤:そうですよね。

杉本:それは誰が考えたって当たり前だよ。それをまたアホな大統領が煽ってね。

後藤:トランプですか。

杉本:だから、マイナス成長における、資本主義的生産様式のあり方みたいなのを経済学者は考えないといけない。そのことは、政治的にもリアルに考えないといけないと思う。

成長社会においては、日本のように人口が減少するのは当たり前だよ。人口減少が毎年2パーセントで、経済成長をマイナス1パーセントにすることにより、1人当たりは、0.5、1パーセントになっていく。そういうシステムがいいんじゃないかと思うんだけどね。

後藤:面白いことを言いますね。

杉本:だんだんだんだん生産性は縮小していけば、自然は戻ってくるわけ。

後藤:植物と人間ですね。

杉本:そうそう。これで近代以前くらいの、人口レベルになったところで、並行的に植物と人間が生きていくようにするのが、理想的な調和となるモデルを人類は考え、それを維持していくと。

後藤:せっかく人口が減っているんだから、それを利点にすべきだと。コミュニティを小さくすればいい。

杉本:建物なんて建てなくてよい。空き家はますます増えていくんだから、隣の空き家を安く取得し空き家を壊して庭にしよう。そうすると都会でも自然と対応できる、前近代の生活に戻そう、心が豊かな時代に戻ろうと。

後藤:それは賛成(笑)。僕も結構そういう派です。とてもいい話です。

杉本:やっぱり、マルクスの資本論やエンゲルスの理論は素晴らしい哲学的なものだと思うけれど、結局実験したら、とんでもないことになって100年経った。

後藤:共産主義も失敗しちゃったわけですからね。でもマルクスは自分をマルキストだと思っていなかったわけですし。

杉本:俺はマルキストじゃないって言っているしね。だからあれ以後、ケインズとか色々小手先でなんかしようとするやつが出てきたけれど、マルクス以後、大きな意味での人類と地球環境とか政治を、大掛かりに考えた人間はいないんじゃないかと。そろそろ出てきてもいいと思う。

後藤:いい話でした。今日は、ちょうど時間となりました。


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