LIFE STYLE | 2019/02/25

「いきなり!ステーキ」がNYで苦戦する理由を考える【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(11)

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渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott
エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家...

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渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott

エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者

兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)。ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。
連載:Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。

「NY市民はステーキに非日常を求める」ってホント?

米ニューヨークに進出していた日本発のステーキチェーン『いきなり!ステーキ』が、現地11店舗のうち7店を近く閉店することになった」(朝日新聞2019年2月15日付け)というニュースがソーシャルメディアで話題になっていた。

私が見かけたソーシャルメディアでの論争は、「いきなり!ステーキ(以降「いきなり」と省略)がニューヨークで7店を閉じる」という事実よりも、記事内の “ニューヨークの顧客はステーキに非日常的な特別感を求めており、「安く売れば客が入るわけではない」(一瀬邦夫社長)”という原因分析の下線部分だった。日本に住んでいる日本人がこのまま事実として受け取ったのに対し、アメリカ在住の日本人たちが「アメリカではステーキは日常的なものであり、特別感なんか求めていない」と反論していたのだ。

ただ上記の下線部分は記者の認識で、「いきなり」の社長の発言そのままの引用ではない可能性もある。だが、どちらにしても日本に住んでいる人には現状が見えにくい記事だと感じた。

「いきなり」がどのようにして米国進出を決め、どのような調査をし、準備をしたのかはネットで入手できる情報が少なすぎてわからないが、この記事を読んで疑問に感じたことがいくつかある。

それらをアメリカ在住者の肌感覚と、マーケティングの視点を組み合わせて説明してみたい。

1.アメリカの「安くて気軽なレストラン」で進む細分化

食事提供スピードは落とさずに、食材の質やメニューを向上させた「ファスト・カジュアルダイニング」に属するShake Shack。日本にも東京・大阪に進出している。
Photo by Shutterstock

一瀬社長の「安く売れば客が入るわけではない」というコメントからも、アメリカでの「いきなり」のポジショニングが「安いステーキをアメリカ人に提供する店」であったことは事実だろう。最初の店がオープンした時にも立ち食いだけだったらしい(今ではイスがあるとのこと)。

「いきなり」は、日本では「本格的なステーキを安く早く手軽に食べられるチェーン店」という立ち位置で差別化に成功したのだろう。だが、アメリカ人はそんな文脈は知らない。彼らの視点で新参者の「いきなり」を見てみよう。

まず、派手な外装と「立ち食いだけ」という点からは「安い・早い」という「ファストフード」のメッセージは伝わってくる。

「ファストフード」の代表格はマクドナルドのようなチェーンだ。大都市のすべての街角から高速道路の休憩所、そして田舎町までありとあらゆる場所にあり、「ほとんどお金を使わずにすぐにお腹を満たしたい」というアメリカ人の要望にいつでも応えてくれる。だが、マクドナルドではビッグマックのセットを5.99ドル(660円)で買えてイスにも座れる。

そしてアメリカでは「ファストフード」の食材のクオリティが低すぎることや、カロリーが高くて健康に良くないイメージが強いことから数年前から客離れが起こっている。そこで需要ができたのが、ひとつ格上の「ファスト・カジュアルダイニング」だ。

食事提供のスピードはさほど落とさずに、食材の質やメニューを向上させたものであり、オーガニックの野菜や契約農家からの直送など工夫をしている。内装もモダンですっきりしており、サービスもマクドナルドより良い。ハンバーガーのShake Shack(シェイクシャック)Five Guys(ファイブガイズ)、メキシコ料理のChipotle Mexican Grill(チポトレ・メキシカン・グリル)など、アメリカで急成長しているのがこのカテゴリだ。いずれも10ドル(1,100円)あればランチには十分だ。

そして、最近ではここに「ファスト・ファインダイニング」というレベルが加わった。これは、「高級レストラン(ファインダイニング)のような味は楽しみたいけれども、夕食に3時間もかけたくない」という人のために、「高級レストランの味を、高級レストランのような雰囲気の店で、ファストフードに近いスピードと価格で提供する」というものだ。高級レストランなら1品20ドルのクリエイティブなメニューが、ここでは10ドル程度になるので魅力的だ。

「いきなり」が与える印象は「ファストフード」だが、価格は(食材がステーキ肉だから仕方がないことだが)「ファスト・ファインダイニング」レベルで高すぎる。通常のアメリカ人はまずここに違和感を覚えるだろう

2.アメリカ人にとっての牛肉は、日本人にとっての米かもしれない

Photo by Shutterstock

次はソーシャルメディアで話題になっていた「アメリカ人はステーキに非日常的な特別感を求めるかどうか」について考えてみよう。

牛肉はアメリカ人のアイデンティティに深く関わっている食材である。食肉業界情報サイト「Beef2Live」の掲載した2018年のデータ(米国農務省の統計を基にしている)では、消費量では世界全体の20%以上を占める堂々たる1位であり、宗教の問題で肉を食べない人口が結構あるというのに、国民年間1人当たりの牛肉供給量(2016年のデータ)は世界で第3位である。アメリカ人の牛肉好きは世界でもトップクラスだ。

アメリカ人にとっての牛肉は、日本人にとっての「日本のお米」のようなものかもしれない。日本の「おにぎり」と「寿司」が、アメリカの「ハンバーガー」と「ステーキ」だと考えるとわかりやすいだろうか。

おにぎりとハンバーガーが日常的だということは同じだが、寿司にも「回転寿司」から「カウンター寿司」の3万円のおまかせコースまで多様なレベルがある。家庭でちらし寿司を作る人でも職場のお昼ご飯に京樽でテイクアウトすることはあるし、銀座の高級寿司屋で大枚を叩くことはある。テイクアウトの寿司は「日常」で、銀座の高級寿司屋は「非日常」である。

アメリカのステーキも同じだ。アメリカ人にとってコストコなどの大型スーパーで安いステーキ肉を買って自宅の裏庭にあるバーベキューグリルでさっと焼くのは日常である。そして、そういう人でもステーキ専門レストランに行く。

日米では対象が異なるが、心理はそう変わらない。日本人にとって家庭のちらし寿司、テイクアウトの寿司、高級寿司屋に対する異なる期待感があるように、アメリカ人にとっても、異なるレベルのステーキに対する異なる期待感がある。

「いきなり」は、アメリカ人の「期待感」を混乱させてしまったところに問題があるのではないかと思ったので、次はそれについて語ろう。

3.そもそも高くなりがちなステーキで「安くて早くておいしい」は成立するのか

値段と客の期待度にはレストランの雰囲気も含まれている

アメリカではステーキ専門レストランのことを「ステーキハウス」と呼ぶ。ここでの「いきなり」のポジションを利用者の視点から考えてみよう。

日本人が「今日は外で寿司を食べよう」と思う時、頭の中には店と食べる寿司のイメージがある。どれくらいの値段で、どれくらいのレベルの寿司を食べるのかすでに決めていて、出かけてから「回転寿司」か「高級寿司屋」の間で選択を迷ったりはしない。そこには予算と(予約や足を運ぶ)労力に見合う味や雰囲気の「期待感」がある。その期待に応えるかどうかで店の評価と「また行きたい!」と思うかどうかが決まる。

アメリカのステーキハウスにも多様なレベルがある。旅行客が旅先で「ステーキを食べたい」と思った時、TripAdvisorやYelpなどの口コミ情報で探すことが多い。その時の検索に使う重要な要素は、場所と食事のタイプに加えて、「cheap eats(安い店)$」、「Mid-range(中間レベル)$$~$$$」、「Fine Dining(高級レストラン)$$$$」というレストランの位置づけ(値段を示す$)だ。

肉そのものが高いので、ステーキハウスには$ がひとつの安い店があまりない。また、「いきなり」が参入したニューヨークは家賃そのものが高いので価格を抑えるのは難しい。ニューヨークで最も有名な格安ステーキハウスは「労働者階級のためのステーキハウス」として60年の歴史を持つTad's Broiled Steaksだ。ここでは7オンス(200グラム)のヒレ肉にサラダとベイクドポテトをつけたものが20ドル(2,200円)程度で食べられる。

全米にはステーキハウスのチェーンが50近くあり、「中間レベル」の代表格であるアウトバック(Outback)やロングホーン(LongHorn)は(大都市に比べると家賃がさほど高くない)郊外のショッピングモールにあることが多い。ロングホーンのランチでは、ヒレ肉8オンス(227g)にサラダやポテトなどのサイドとパンを加えたものが22.49ドルであり、家賃と物価が高いニューヨークのTad’s Broiled Steaksの値段とほとんど変わらない。そのうえ、デートするカップルや家族連れが雰囲気を楽しめる内装になっている。

高級レベルになると、ランチ時に店を開けていないものも多いし、価格も高い。神戸牛のリブアイステーキが56グラムごとに150ドル(1万6,600円)で、付け合せの野生のキノコが12ドル(1,300円)もするラスベガスのCUTのような店もある。これが日本の「高級寿司屋」に匹敵するものだ。このレベルのステーキハウスでは、味だけでなく雰囲気やサービスが少しでも劣っていると「いったい何のためにこれだけの金を払っていると思うのだ?」と客は怒る。これも高級寿司屋と同じだろう。

利用者の満足度は、期待との比較で決まる。「いきなり」が「安い店」だと客が期待して利用した場合、たとえ味が良くても値段が予想以上だった場合に客は不満を抱く。ニューヨークの「いきなり」では同じ量のヒレ肉は21ドルなので、Tad’s Broiled Steaksと同じくらいに感じるが、サラダとポテトをつけると27ドル(3,000円)になってしまう。そして、値段が上がるたびに税金とチップの額も増えるので、それほど「安い」という感じがない。

実際に、口コミ情報には「リーバイステーキに付け合せを3つつけたら、チップと合わせて40ドル(4,400円)になってしまった。付け合せの量はちょっとしかなかった」とか「外食のステーキを試してみたけれど、コストコで買った肉を自分で焼く方法に戻ることにする」といった内容の評価があった。

価格の上では「いきなり」はロングホーンのような中間レベルに属すると思うのだが、このレベルはすでに多くの競合がいる飽和状態だ。しかも、競合たちの店には「安くても、特別な外食をしている」という満足感を与える雰囲気やサービスがある。

60年の歴史を持ち、観光客がわざわざ来るTad’s Broiled Steaksでさえ、いっときはチェーンとして勢いを持っていたのに現在では小さな1店を残すだけであり、最後の店が閉じるのは時間の問題だとすら言われている状態だ。「いきなり」の「安くて早くておいしい」という立ち位置は、アメリカの、特にニューヨークでは難しいと想像できる。

4.「健康×ソーシャルグッド」が現在の外食トレンド

もうひとつ疑問に思ったのは、「いきなり」がアメリカに進出したタイミングだ。

アメリカの若者(ミレニアル世代)は「外食に特別な体験を求める」と分析されている。また、環境問題に関心があり、健康志向も強い。動物好きでベジタリアンになる人もいるが、地球温暖化や世界の食糧供給問題を懸念するといった理由でベジタリアンになる若者が増えている。

高級スーパーマーケットのWholeFoodsなどでは、そういった人々の要望に応えるために、植物で作られた肉やソーセージが売られていて、これが結構売れている。

また、小麦粉に含まれているグルテンも、セリアック病やアレルギー、不耐症、肥満などの原因として健康志向のアメリカで「悪者」になっている。

高級スーパーマーケットで販売されているハンバーガー用の「植物ひき肉」

旧石器時代ごろの食生活(野生動物と野草中心)を参考にした「パレオダイエット」用の穀物抜きグラノーラ

痩せるためのダイエット方法にもトレンドがあるが、現在は「糖質カット+プロテイン摂取」が主流だ。環境問題や健康志向から「植物から作られたプロテイン」を強調するものが多い。

残留農薬や成長ホルモンの害についても知られるようになっており、経済的に余裕がある中産階級以上の家庭では、野菜や果物はオーガニック、卵やチキンはオーガニックの餌だけを食べた放し飼いのものを食べるようになっている。

牛肉に関しても、経済的に余裕がある人は、成長ホルモンを与えず、安い飼料のとうもろこしではなく放牧で草だけを食べさせた牛の肉(grass fed)を求める。

こういった傾向に加え、日本の「団塊の世代」に匹敵するベビーブーマー世代でも、アメリカでは成功して忙しいビジネスマンになればなるほど健康維持のためにコレステロールが高い牛肉を避けるようになっている。ビジネスでのディナーの席で、同席した50歳以上のアメリカ人男性が誰ひとりとしてビーフステーキを注文しないということは珍しくなくなった。

このようなアメリカの食のトレンドに敏感な「ファスト・カジュアルダイニング」や「ファスト・ファインダイニング」のチェーンたちは、農家直送のオーガニック野菜やグルテンなしのメニューを提供して工夫しており、公式サイトでカロリーやコレステロール、栄養素を計算できるようにもしている。

たとえば、ミレニアル世代とベビーブーマー世代の支持を得て人気が出た「ファスト・カジュアル・ダイニング」がChipotle Mexican Grill(チポトレ・メキシカン・グリル)だ。マクドナルドだと控えたつもりでも1,000カロリーは軽く摂ってしまうし、コレステロールも上がる。だが、チポトレのブリトーボウルだとトマトやアボカド、豆といった栄養価が高くてコレステロールがほとんどない食材を自分で選ぶことができるし、600カロリーくらいでお腹がいっぱいになる。

やや裕福な郊外のショッピングモールや学生街に多いチポトレ・メキシカン・グリル

5.「いきなり」がアメリカ人に提供できる特別なバリューとは何か?

私が抱いた最も大きな疑問は、「『いきなり』が想定しているバイヤーペルソナは誰なのか?」という部分だ。

Tad’s Broiled Steaksのもともとのバイヤーペルソナは、お金に余裕がなくて普通のステーキハウスに行けなかった労働者階級のニューヨーカーであり、ニューヨーク訪問中の出張費用があまり出ないビジネスマンだった。かつてあった勢いを失っているのは、これらのバイヤーペルソナと彼らのニーズが変化したこともあるだろう。

都市部近郊のショッピングモールにあるアウトバックは、中産階級の家族連れが重要なバイヤーペルソナだ。「Joey Menu」という子供用のメニューがあるのは、「お子さん連れ大歓迎!」という姿勢を見せているのである。

現時点では「いきなり」の店はニューヨークのマンハッタンにしかない。マンハッタンはアメリカでも特殊な場所であり、地元の住人よりもそこで働いている人や観光客が対象になる。だが、その中で「いきなり」はどんなバイヤーペルソナを想定しているのだろう? バイヤーペルソナはどんな仕事に就き、どれほどの収入があるのか? 結婚しているのか? 普段はどんな食生活をしているのか? どんな趣味があるのか? そして、どうやって食べる店を探しているのか? 彼らが求めているのは何なのか?

それらがまったく見えてこないのだが、おそらくそこが問題なのだろう。バイヤーペルソナにとって「いきなり」に食べに行く特別な理由が見つからないのだ

アメリカのステーキハウスはすでに飽和状態にある。とはいえ、だから参入が不可能だとは思わない。

「お片付け」が大好きで片付け本がすでに山程存在していたアメリカで、日本人の近藤麻理恵(こんまり)さんの本がベストセラーになり、人気番組までできたほどなのだから。「こんまり」のようにアメリカ人にとって「開眼的!」と思わせるような、これまでになかったバリューをバイヤーペルソナにわかりやすい形で提供できれば、「いきなり」にも十分可能性はある

きっと、現在のアメリカのステーキハウスに対してなんとなく不満を抱いており、行きたくないと思っている客はいるだろう。そういった不満や渇望にこれまで他の人が与えなかった回答を提供するのが「バリュー」である。「いきなり」が日本で成功したのは、そのバリューを与えてあげたからだろう。だから今度はアメリカ独自のバリューを見つけるのが課題なのだと思う。

だがそれは「安く売ればよい」というものではないし、CUTのような高級ステーキハウスが与える「非日常的な特別感」でもないことだけは確かだ。