CULTURE | 2018/12/28

テニスでも進む選手の試合データ活用。課題はやはり「人材」【連載】Road to 2020 スポーツ×テックがもたらす未来(3)

Photo By Shutterstock前回はこちら
錦織圭選手、大阪なおみ選手をはじめ、近年日本人選手の活躍が光る...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

Photo By Shutterstock

前回はこちら

錦織圭選手、大阪なおみ選手をはじめ、近年日本人選手の活躍が光るテニス界。日本にもファンが多く、世界4大大会ともなれば、注目度は高い。そんなテニス界では、どのようなテクノロジーが存在し、どのように活用されているのだろうか。そして、今後の課題は――? 慶應大学の神武直彦教授に、具体的なデータ活用の方法や、課題解決の糸口についてお話しいただいた。

取材・構成:飯塚さき

神武直彦

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授

慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。H-IIAロケットの研究開発と打上げに従事。欧州宇宙機関(ESA)研究員を経て、宇宙航空研究開発機構主任開発員。国際宇宙ステーションや人工衛星に搭載するソフトウェアの独立検証・有効性確認の統括およびアメリカ航空宇宙局(NASA)、ESAとの国際連携に従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2013年にSDM研究所スポーツシステムデザイン・マネジメントラボを設立・代表就任。2016年日本スポーツ振興センターマネージャー。2017年同アドバイザー。2018年度より教授。総務省「スポーツ×ICTワーキンググループスポーツデータ利活用タスクフォース」主査。博士(政策・メディア)。

大会で使われる4つのテクノロジー

世界が注目するテニスの各大会では、さまざまなテクノロジーが導入されています。まず1つは、ソニーが開発している「スマートテニスセンサー」です。これは、ラケットのグリップエンドに装着し、打ったボールの振動数から球質を分析するものです。ラケットのどこにどのようなボールが当たったか、うまく打ち返せたかどうかなどがわかります。「サーブのスピード、バックハンド時のインパクト位置、ボールのスピンなど、感覚的であいまいだったプレーを数値化することで、練習目的が明確になる」と謳われています。

1本1本のラケットの特性に合わせてセンサーが対応しないと正しくセンシングできないのですが、このセンサーは実に160本以上のラケットに対応しています。しかも、2万円程度と比較的手の届きやすい価格であるため、トップ選手でなくても取り入れやすいといえるのではないでしょうか。

ノバク・ジョコビッチ選手が出資した、テニス専用の映像解析システム「Smart Court」というサービスもあります。イスラエルのPlaySight社が提供しています。コート上のプレーデータがすべて自動で記録され、ビデオや3DのCG映像ですぐに確認できるのです。カメラで、プレーヤー(最大4人)とボールの動きを捉え、コートサイドの中心に設置したキオスク端末にその映像を送って、プレーを解析します。サーブのスピード、フォアハンドやバックハンドといったスイングの種別、ストロークにおけるボールのスピードや回転、コート上のボールの着地点、そして選手の走行距離や消費カロリーも算出できる優れものです。これによって、感覚に頼りがちな部分でさえも、理論に基づいたコーチングが可能になります。

また、見る人にとって最も身近なのは、チャレンジに使われている映像技術「ホーク・アイ」でしょう。打ったボールがラインを超えているかどうかの判定の際に使われているものです。センサーがラインにボールがかかっているか否かを感知し、それをCGで映し出します。これによって、人間の目では判断できない微妙なジャッジが、かなり正確にできるようになりました。

余談ですが、ホーク・アイ社はもともとイギリスの会社で、ソニーが買収しました。しかし、取得したデータを判断可能な情報に変えて意思決定の材料にするためのノウハウは、ホーク・アイ社にありますから、現在も多くのオペレーションはイギリス人スタッフが担っています。データをただ取得するだけでなく、分析して扱うには専門性が必要です。ソニーがホーク・アイ社を買収したのはテクノロジーのみならず、データを扱う専門性を得ることも目的なのではないかと思います。

テニスに限らずスポーツを「見る」人のためのテクノロジーとして、IBMの「Watson(ワトソン)」も面白いです。これは、データを学習して徐々にいろいろな質問に応答したり、意思決定を支援したりすることができるようになるシステムです。いわゆるAI(Artificial Intelligence:人工知能)のようにも思えますが、IBMではそれをAugmented Intelligence(拡張知能)と定義しています。テニスに応用している例として、試合のにぎわいをオンライン上で集め、選手の動作や観客の反応を分析して、全米オープンやウィンブルドンの名場面を選定したハイライトを自動的に出すことができます。このように、する人だけでなく、見る人のためのテクノロジーも、テニス界では少しずつ広がってきているのです。

最後に、Next Gen ATP Finalsを紹介します。これは、21歳以下の選手を対象にしたATPワールドツアーの公式戦ですが、試合時間の短縮などを目的として様々なテクノロジーが用いられていて、とても先進的です。例えば、線審の代わりにホーク・アイが全て判定し、1セットにつき1回限りですがコーチからヘッドホンを介してコーチングを受けられるといったことを実際に実施しています。これによって、コート上の審判は主審のみです。これらが一般的になれば、試合時間が短縮されるだけでなく、審判の質や数の課題が解消され、レベルの高い練習にも寄与できるかもしれません。テクノロジーを導入すればいいというわけではないですが、未来のテニスを想像する際に知っておくべき取り組みだと思います。

テクノロジーそのものよりも、データ活用人材の育成が急務

紹介したように、テニス業界においてもテクノロジーやデータ活用技術は進んでいますが、日本のテニスではまだそこに追いついていません。テニスは、野球やサッカーに比べるとマーケットが小さく、かつ個人競技なので、テニス専門のテクノロジーやデータ活用のビジネスが成り立ちにくいのだと思います。特に日本ではなかなか人材が育ちにくいという課題があります。

そこで、学生をはじめ意欲のある人材を発掘し、そこで人を育て、ノウハウを蓄積し、テクノロジーやデータの新しい活用方法を生み出していく方法もあるのではないかと、私は感じます。さまざまなテクノロジーが高機能になり、安価になってきているので、廉価なスピードガンなどを駆使し、コーチングに活かすことができます。それすらなくても、コートにカメラを置いておくだけで、選手のポジショニングや動きがわかるので、その映像を分析するだけでも違ってくるでしょう。簡単なデータでも、まだまだ活用できる価値があります。

テニスでは、トップレベルと草の根レベルのテクノロジー活用のギャップが、大きく乖離しているという課題もあります。私が所属する慶應義塾大学の庭球部(テニス部)のレベルは国内ではかなり高いほうなのですが、それでもまだテクノロジーを活用しきれていません。現在は、高精細なカメラなど様々なセンサーが市販されていますのでそれをうまく活用する戦略をまさに立てているところです。

マーケットの大きい野球やサッカーなどからノウハウを学び、テニスに限らずマイナースポーツやパラスポーツにまで広げていくことは、今後の課題であり大きな可能性でもあるでしょう。海外選手に比べ、日本人選手はフィジカルで負けていることが多いですが、データの部分で追いつけば、今後もっと多くの勝利に結びつけられるかもしれません。

スポーツデータは誰のもの?

慶應義塾大学では、「慶應チャレンジャー」という、4大大会への登竜門となる国際トーナメント大会を毎年主催しています。それを主催することのひとつのメリットは出場選手のデータを得ることができるということでしょう。ウィンブルドンや全米オープンで勝手にカメラを設置することはできませんが、主催している大会でならば可能です。選手、コーチ、観客それぞれに取得したデータを還元することで価値を提供することができます。未来ある若い選手たちが世界中から集まるので、将来彼ら・彼女らがトップになったとき、数年前に慶應チャレンジャーではどんなテニスをし、パフォーマンスを発揮していたかがわかります。やはり、継続的にデータを取得して、溜めて、活用するか、ある意味の「したたかさ」は、今後日本にも必要になるのではないでしょうか。

昔は、選手のデータは「支える」人たちのもので、コーチが管理していたのですが、その際の問題は、コーチが変わるとデータにアクセスすることができなくなるという問題がありました。しかし、最近は選手自らが興味をもち、自分のデータは自分で管理するようにもなったので、そういう選手が比較的世界的にも上位に勝ち進んでいるようです。すると、「データはいったい誰のものなのか」という議論が生まれます。データは、選手、コーチ、チーム、いったい誰に属しているのか――。

ただし、いずれにせよ選手が自分のデータを必要とした時には、そのデータを管理している人は選手に提供すべきだと私は考えます。選手が所属する学校やコーチが変わると様々なやり方や仕組みが変わることが多いと思います。それに伴って、必要なデータを利用できなくなるという課題をよく耳にします。現在の選手たちはそれに気づき始めているのではないでしょうか。やはり、今後は選手自身がテクノロジーやスポーツデータに興味をもち、自分で管理する能力も問われてきそうです。


過去の連載はこちら