EVENT | 2023/03/03

任天堂やスクエニが今、何よりも「IP活用」に注力する理由

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ビデオゲームはもはや、ただゲームとして遊ばれるだけではない。映画として観ら...

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ビデオゲームはもはや、ただゲームとして遊ばれるだけではない。映画として観られる、小説として読まれる、音楽として聴かれる、こうしたメディアミックス展開の「原作」として、ビデオゲームの“IP”が注目されている。

例えば、スクウェア・エニックスは2022年の決算説明会において、「新規領域への挑戦」「Withコロナ時代に対応した事業構造の最適化」といった課題よりも先に「IPエコシステムの強化」を並べた。さらに任天堂は同年、社長メッセージとして「任天堂IPに触れる人口の拡大」を基本戦略に掲げ、特例的に発信するなど、やはりIP展開を重要なものと位置づけられていることが読み取れる。

さらにビデオゲームのIP活用の成功例も近年多数生まれている。映像方面では日本のアニメ制作会社TRIGGERとNetflix、そしてポーランドのCD Projektが協同制作した『サイバーパンク・エッジランナーズ』が国際的な賞賛を浴び、リアルイベントとして大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンに誕生した「スーパー・ニンテンドー・ワールド」は早くも2024年にエリア拡張が決定するほどの盛況ぶりだ。今、ゲーム業界は出版業界・映像業界に引けを取らない「原作」の地位を占めている。

故に、今こそビデオゲームのビジネスを論ずる上では、ハードやソフトの売上だけではなく、「原作」としてのビデオゲーム、ビデオゲームのメディアミックス展開についても考慮する必要が生まれたといえる。本稿ではビデオゲームのIP活用のトレンドを再確認しつつ、特にどのようなメディアミックスが成功となるのかの分析まで行いたい。

【連載】ゲーム・ジャーナル・クロッシング(21)

Jini

ゲームジャーナリスト

note「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、2020年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。
ゲームゼミ

今になってゲーム企業が「IP」に注目する理由

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まず初歩的なポイントとして、「IP」という言葉について改めて確認したい。

IPとは本来、「Intellectual Property」、つまり「知的財産権」という法的概念を指すものである。しかしエンタメ業界ではやや通俗的な意味で用いられることが多い。

ゲームデザイナーのイシイジロウによれば、IPとは「作品や物語、キャラクターを包括した」概念で、より厳密には「知的創作物」と「営業上の標識」を混ぜたものと定義している(※)。そしてメディアミックスはこの「IP」を、ゲーム、映像、書籍など異なるメディア間で越境的に共有し、活用する試みを指す。

※「知的創作物 」= 産業上の創作・文化的な創作・生物資源における創作、「営業上の標識」= 商標・商号などの識別情報・イメージ等を含む商品形態 イシイジロウ著 『IPのつくりかたとひろげかた』(星海社) より

この定義で言えば、ビデオゲームをメディアミックスする試み自体は新しいものではない。その最たる例が現在、株式会社ポケモンがライセンス管理を行う「ポケットモンスター」シリーズだ。1996年に『ポケットモンスター 赤・緑』が発売されて以降、1997年には『ポケットモンスター』としてアニメが放送開始。26年も続く長寿番組にまで成長した。その他、トレーディングカードゲームの「ポケモンカードゲーム」、書籍、グッズにまで展開された今、もはや「ポケモン」という言葉を聞いてゲームのみ連想する人は少数派であろう。

このようにビデオゲームとIP、メディアミックスの関係は今に始まったものではなく、むしろ古典的でさえある。では何故、今になってわざわざスクウェア・エニックスや任天堂のような大企業が、わざわざ「IP」というお題目を他のトレンドと並べて掲げるのか。

その理由はまず、従来のメディアミックスがやや「ビジネスとして確立された今だから言える結果論」であるのに対して、現在のメディアミックスがより「慎重」にビジネスとして組み込まれ、さらに「グローバル」かつ「汎プラットフォーム的」であることが特徴にもっているからではないかと思われる。

従来のゲームのIP戦略には成功例が多数あるものの、『ポケモン』にせよ『ドラクエ』にせよ、そもそも20世紀後半のコンソールゲームビジネスの多くが小規模なプロジェクトとしてスタートし、そのうち「結果的に」生き残った少数の成功例が現在のIP的価値を評価され、現代に至っている。

一方現代では、ゲーム開発費の増大によって1本ごとの確実な売上が求められるようになった。その代わり、グローバル市場が活性化し、さらにスマートフォンの登場によって日常のデジタル化が進むことで、プラットフォームがより広範に人々の関心を包括するようになった……無論、将来的なXR、メタバースなどWeb3時代において、この傾向はますます顕著になるだろう。

こうした背景を踏まえ、ゲーム企業はより慎重になりつつも、グローバルかつゲーム専用ハード以外のプラットフォームに適応する必然性が生じたのである。よってゲームを「原作」として他の媒体へメディアミックスをする試みは、必然のものとなったのだ。

さて、ここまでゲーム企業のIPの再評価と、ゲームビジネスにおけるIPの重要性を確認した。今後、ゲームビジネスを理解する上ではただゲームだけではなく、ゲームIPを軸にしたさまざまなメディアミックスさえも視野に入れる必要がある、というのはご理解いただけたと思う。ではここから気になるのは、「実際にどのようなIPが成功し得るのか?」という点だろう。ここからは、これまで任天堂が展開してきた「マリオ」を例に、従来型、現代型の事例を紹介しつつ、ゲームIPのポテンシャルとトレンドについて考えたい。

あくまで「ゲーム」を中核に見る任天堂

小学館コミック より 

いうまでもなく、ゲームとIPの関係性を鑑みるうえで、任天堂ほど古典的な成功者はいないだろう。任天堂のビデオゲームのハード・ソフト両面での成功はいうに及ばずだが、IPの活用という点でも任天堂は早くから注目し、大きな成功を収めている。

とりわけ任天堂の顔でもある「マリオ」シリーズは、同じゲームでも『マリオカート』のような派生作品に、『スーパーマリオRPG』のような社外コラボ、1990年から「月刊コロコロコミック」で30年以上にわたって連載される(同誌連載作として最長)『スーパーマリオくん』(沢田ユキオ著)のような漫画、アニメ、映画、あるいは(名前のみ借りた)バラエティ番組など、八面六臂のIP活用ぶりだ。

では任天堂はいかにIP展開を成功させてきたのか、そのポイントは「従属的」かつ「自己完結的」であると筆者は考えている。

そもそも、現代のエンタメ業界でいう「IP活用」は、複数のメディアで同時に作品を展開する古典的なメディアミックス戦略を狙ったものが多い。角川春樹が映画から音楽、出版、映像などを膨大な予算を投じて幅広く展開し、そこにマスコミと広告代理店を巻き込んだ「角川映画」はその最たる例だろう。だが任天堂は角川と異なり、あくまでビデオゲームを主とする「遊び」「娯楽」が中心であり、それを補完・拡張する「従属的」なものとしてIPを活用している点が、対照的である。

事実、任天堂の代表取締役社長、古川俊太郎は「この独自の娯楽体験を実現するために、ハード・ソフト一体型のゲーム専用機ビジネスを経営の中核に置き(中略)この中核ビジネスを持続的に成長させるために、『「任天堂IPに触れる人口の拡大』を基本戦略として掲げ(中略)、ゲーム専用機以外の分野でもお客様と任天堂IPとの接点を広げていきたい」と述べる。つまりIPを活用したメディアミックスは、あくまで「中核」たるゲーム専用機ビジネスのための「接点」に留まれば十分、と見ているのだ。

そもそも任天堂は、IPを活用しているものの、それでもまだ経営の中心となりうるだけの利益をもたらしているわけでない。2022年3月期の決算によれば、連結販売実績1兆6953億円のうち、モバイル・IP関連収入は533億円に留まっている。実際に数字を見ても、中核たるゲーム事業の従属的な「接点」に留まっているのだ。

マリオに興味がなくても楽しめる「マリオの世界」

では「接点」にとどまるIP戦略とはどのようなものか、任天堂のIP活用の特徴として「自己完結的」であることが挙げられる。

先ほど述べた角川映画の場合、その性質は相互補完的である。つまり、映画、書籍、音楽など共通のIPで様々なコンテンツを展開しながら、それぞれに物語の行間を埋めるような独自の展開や、キャラクターの魅力を訴える脇道が用意され、ファンにそれらを網羅させることで総合的な売上を増やしていく。

しかし現代の任天堂によるメディアミックスは自己完結的だ。2021年3月にオープンしたUSJの「スーパー・ニンテンドー・ワールド」など顕著で、魅力的なアトラクションは数多くあれど、実はどれを取ってもマリオ原作の知識が一切なくとも楽しめるし、ゲーム版の世界観への理解を深める要素も一切ない。そもそもキャッチコピーが「WE ARE MARIO」、自分自身がマリオになりきって楽しもうという主観的なものだ。「スーパー・ニンテンドー・ワールド」はそれだけで楽しめる自己完結アトラクションであり、だからこそハリウッド映画の文脈を一切持たなかった「マリオ」がUSJに唯一常設エリアを展開できているのだろう。

さらに今年4月28日公開を予定している映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』も原作ゲームから独立したものとして作られているようで、主人公マリオ役の声優におなじみのチャールズ・マーティネーでなく、自身のキャラクターが確立された俳優であるクリス・プラットを選んだのも、実に自己完結的といえるだろう。いずれにせよ、任天堂作品を「名前ぐらいは知ってる」程度に認知する人でも興味を持つような設計であり、古典的メディアミックスのような相互補完的な構造ではなく、それぞれ単独で楽しめるスタンドアロンな設計なのである。

こうした自己完結的なメディアミックスは、仮に任天堂ファンでなくとも(むしろ任天堂に関心のない人ほど)触れやすく、しかもテーマパークや映画館など通常のゲーム(プラットフォーム)ではリーチできない範囲に展開し、さらに複数の言語でグローバルに展開することで、古川社長の唱える「接点を作る」という目的を達成できる。一方、相互補完的なメディアミックスと異なり、「いずれのメディアも網羅したい」というファンの動機を作りにくい分、それ単独で売上を伸ばすことは難しいだろう。その代わり、「接点」からビデオゲームの魅力に少しでも触れてもらい、それをゲーム事業の売上にコンバージョンすることこそ、任天堂IP戦略の狙いといえるのではないだろうか。

ゲームならではのIP戦略

「ARCANE」より

ここまで任天堂のIP戦略を紹介してきたが、いうまでもなく、これは任天堂が長年築いてきた独自の経営理念やノウハウに立脚するものであり、他社が必ずしも模倣できるものではない。企業によっては、角川映画のような相互補完的メディアミックスが正しいかもしれないし、いずれにも属さない第三のメディアミックス戦略も考えられる。

ただ、ことビデオゲームのIP戦略に限って言えば、やはり任天堂の自己完結的なメディアミックスがベターになりやすい、というのは他社の事例を見てもうかがえる。

例えば、2021年に公開された『リーグ・オブ・レジェンド』を原作とするドラマ『Arcane』は批評的にも視聴数的にもゲーム原作のメディアミックス作品として異例の大成功をおさめたが、内容としては原作のキャラクターを引用しながらも独自の物語を展開し、それによって非ゲーマーの心を掴んだ。また現在、日本ではU-NEXTで展開されているHBO版『The Last of Us』も、原作の大筋をなぞりつつも、総指揮クレイグ・メイジンの大胆なアレンジが評価され、こちらも批評的・視聴数的に大きな話題を呼んでいる。

いずれもビデオゲーム原作でありながら、映像なら映像ならではの、またグッズならグッズならではの、それぞれ自己完結的に作品の質を研鑽した末に評価されており、それが結果的にゲームの売上へコンバージョンされるという点では、任天堂の「接点を作る」戦略はある程度普遍的なものではないかと考えられる。

ビデオゲームは「インタラクティブ・メディア(双方向媒体)」といわれるように、ビデオゲームの出力とプレイヤーの入力が一つの体験を作る媒体だ。だからこそ、これを従来の一方的な媒体に無理やり落とし込もうとすると、どうしても原作とメディアミックス作品、どちらの魅力も失われやすい。だからこそ、それぞれの媒体で独自に作品を作り、自己完結させてしまうことが、結局のところ最もIPの価値へ還元されやすいのではないか、と考えられる。