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テクノロジーに使われるのでなく、使いこなそう「スマホ脳」【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(20)
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  • 2022.01.21
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テクノロジーに使われるのでなく、使いこなそう「スマホ脳」【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(20)

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高須正和

Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development

テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks

新しいものが嫌いな人、変化が嫌いな人はいつの時代もいる。変化は面倒くさいので、新しいものを否定すれば一定の共感を得られる。なので「xxが劣化した原因はスマホだ」という言説が世の中にはあふれている。

アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』(新潮新書)はそうした多くの言説のネタ元になっている本だが、この本そのものはオカルトではなく、テクノロジーをより使いこなす方法について脳科学の知見から真面目に踏み込んだ面白い一冊だ。

目先の出来事に惹かれるのは人間の本能だ

スマホが時間泥棒であることは有名で、多くの人は直感的に理解できるだろう。

著者のアンデシュ・ハンセンは脳の発達を研究してきた立場から、生物としての歴史では大半を狩猟採集生活に最適化して進化してきた人間の本能が、中長期的に大事な目標よりも、目先の関心事により強く引っ張られるようにできていることに注目する。

毎日きちんと睡眠を取ることや、長期的なトレーニングは大事だが、狩猟生活では目の前の獲物や、自分が狙われていることの方がより重要だ。危険から生き延びることが生物としての人間の最重要事項なので、脳はポジティブな情報よりもネガティブな情報に強く惹かれる。ネガティブな情報に晒され続けると、うつ病などにより慢性的な不眠を招くのは、危険から逃れるための本能の一部だ。眠気は健康な生活のための大事なシグナルだが、そうした緊急事態では眠気がおきないように、人間の本能はデザインされている。

また、脳は常に「なにか新しい刺激」に飢えている。中長期で大事なこと、たとえば政治経済や環境問題といった大きいテーマの勉強やしっかりした本を読むことよりも、ショッキングなニュースや知人のSNS投稿に強く惹かれてしまう。答えの出ない細切れのアテンションに、脳は強く刺激され、中長期的な目標はあとまわしにされる。

こうした人間の本能はそのまま、「ベッドでスマホをいじっていたら寝る時間が足りなくなった」という話に直結する。実際にスマホが普及してから睡眠時間は減っていて、スマホにふれる時間が多い人ほど睡眠時間が短くなっている統計データがある。

スマホのサービスは本能を刺激して、長期的な目標から目をそらさせる

スマホが睡眠時間を減らすのは、ニュースサイト、SNS、ゲーム、ショッピングといったアプリが、それぞれ人間の本能を刺激して利用時間を伸ばす工夫をしているからだ。

刻々と入れ替わるニュースやSNSで飛び込んでくる知人の投稿はいずれも短期的な注意を惹くようにサービスを改良している。ユーザーインターフェースもAIによるレコメンデーションもますます短期的な注意を惹くように進化する。

ユーザを惹きつけることに成功したサービスはますます高速な回線や優れたコンテンツ、インターフェースにリソースを注ぎ込み、そうでないサイトやサービスとの差は日々広がって決定的なものになってしまう。そうやってインターネットが少数のパワープレーヤーに収斂していく様子は『デジタルエコノミーの罠』という本に詳しい。

『デジタルエコノミーの罠』にあるようなサービスの寡占化は、PCよりも画面スペースの限られたスマホの方がより極端に進む。『スマホ脳』にも、PCよりもスマホの方がより短期的な注意を惹くようにサービスが進化している様子について、特にSNSと脳とのかかわりについて警鐘を鳴らしている。

安易な文明否定ではなく、むしろ価値あるアウトプットを出すための提言

Photo by Shutterstock

僕はコンピュータオタクのギークなので、新しいものは何でも好きだし、多少面倒くさくてもなるべく生活を新しいものに寄せていこうと思っている。この「スマホ脳」というタイトルをだけを見ると、ゲーム脳などと同種の“新しいものヘイト”に見えるが、本書に文明否定のニュアンスはない。

むしろ著者の提言の中心は、「文明社会を築いてきた、時間をかけた知の積み重ねを更に強化しよう」というものだ。そのための最大の力は集中力、そして集中力を磨くために必要なのは運動だ。

文明のほとんどは時間をかけた積み重ねでできている。人間は本能を知性で覆い隠して発展してきた。学校教育の第一の役割はトレーニングによって本能を抑え込み、中長期的な思考をできるようにすることだ。

そして、適度な運動は集中力を強化する。体と脳はどちらも生物としての機関で、体を動かすことは脳にも良い影響を与える。アンデシュ・ハンセンのTEDトークでも、スマホの害よりむしろ運動の効能を強く訴えている。

脳科学者アンデシュ・ハンセンとしてのTEDトーク。テーマは「なぜ運動のために脳が作られているのか」

テクノロジーに使われるのでなく、使いこなそう

本書の5章で触れられている「ハードウェアとしてのスマホによる生物学的な害(電磁波やブルーライトがどうこうとか)」については本書の発表後いくつか反証もでてきて、まだハッキリしていない部分がある。しかしその分を間引いて純粋な機能だけの話に限定しても、ベッドにまでスマホを持ち込むことが睡眠時間を縮め、長期的な目標への集中力を阻害して、アウトプットを損なうことは統計上も機序の上でも現れている。

そして、適度な運動をすることや、集中が必要な時にスマホなどの短期でアテンションを刺激するものを遠ざけることは、安易なテクノロジーの否定でなく、むしろテクノロジーをより上手く使いこなし、価値あるアウトプットを生むことにつながる。

インターネットでは「簡単にスキルアップする方法」のようなコンテンツが溢れているが、価値あるスキルを身につけ、質の高いアウトプットを生んでいくために、本書を読んで集中力について意識しながら生活していくべきだろう。


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