FINDERS

BTS“日本進撃”を支えたプロデューサー、齋藤英介が語る「K-POP世界ヒットの裏側」【連載】アジアのエンタメを世界に広げる方法(1)
  • CULTURE
  • 2021.12.01
  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!

BTS“日本進撃”を支えたプロデューサー、齋藤英介が語る「K-POP世界ヒットの裏側」【連載】アジアのエンタメを世界に広げる方法(1)

Photo by Shutterstock

グラミー賞にも2年連続でノミネートされ、もはや世界中のメディアで毎日のように取り上げられるBTS(防弾少年団)。「なぜ彼らはここまでの人気を得たのか」を分析する書籍や雑誌記事なども多数出ているが、彼らの日本デビュー、そして後の展開に大きく貢献したある日本人プロデューサーが存在することはあまり知られていない。

その人物とは、かつて大手芸能事務所のアミューズで勤務し、サザンオールスターズや浜田麻里などを手掛けた経験もある齋藤英介氏だ。同氏はアミューズ在籍時代から日本人アーティストのアジア進出にも携わり、また退職後も韓国タレントの日本展開を数多く手掛けてもきた。それは韓流ブームが生まれK-POPが国外でも人気を博していく黎明期を業界人として目の当たりにしてきたということでもある。

本稿では同氏に「BTS日本進出の裏側」を語っていただくと同時に、「K-POPが世界で最初にヒットした外国=日本」におけるビジネスモデルの考え方についても披露していただいた。それはすなわち、日本のアーティストによる海外進出の参考にもなる知見であるとも言えるだろう。

聞き手:米田智彦・神保勇揮 文・構成:神保勇揮

齋藤英介

富仕徳投資公司
副総経理

ビクター音楽産業株式会社(現ビクターエンターティメント)洋楽部を経て、邦楽宣伝部に配属。サザンオールスターズ・高橋真梨子・阿川泰子・浜田麻里など多くのアーティストを手掛ける。EZOの全米デビューや、TBS番組『イカスバンド天国』、文化放送「Miss DJ」、フジテレビ『オールナイトフジ』ほか多くの企画も手掛け、宣伝部次長・経営企画・タイシタレーベル(サザンレーベル)・CMタイアップセクションなどを歴任。 1991年、株式会社アミューズ取締役国際部長に就任。「AMUSE香港」「AMUSE台湾」「AMUSE北京」「AMUSE ソウル」を次々に立ち上げ、金城武・BEYOND・林憶蓮・カレンモクなどのマネジメント契約、上海電視台・AMUSE共同制作「全中国オーディション 中華稚星」など数々の企画やプロデュースを行う。
2001年、株式会社イーライセンス(現NEXTONE)取締役、MCJP社長に就任。2005年、株式会社entaxを設立。株式会社アジア・コンテンツ・センターにプロデュサーとして参加し、韓国事業を開始。チャングンソク主演『メリは外泊中』・キム・ナムギル主演『赤と黒』の制作などを行なった。
2013年、台湾に著作権管理会社「ONE ASIA MUSIC」の設立(イーライセンス・SPACESHOWER他出資)と同時に、中国北京に「北京華夏第六視覚公司」を設立。防弾少年団(BTS)の日本でのプロデュースを行う。
2020年、富仕徳投資公司 副総経理に就任し、現在は中国数社のアドバイザーを務めている。

たまたま見かけた1枚の写真。BTSとの衝撃的な出会い

BTSとの出会いの話に入る前に、これまでに僕が韓国エンタメに関して何をしてきたかを簡単に紹介します。僕は2001年にアミューズを退職し、イーライセンス(現NexTone)という音楽著作権エージェント会社の立ち上げに携わっていました。今につながる転機となったのは、ある方に誘われて日本の映像制作会社のプロデューサーとなり、韓国ドラマ『メリは外泊中』や、同作の主演俳優で歌手でもあるチャン・グンソクの日本でのプロモーションを手掛けたことです。

今でこそチャン・グンソクは日本でもスターですが、僕が関わった当初はまだ無名な存在でした。彼の出世作で2010年に日本で放映された『美男(イケメン)ですね』というドラマがあるのですが、2011年に同じく彼の主演作『メリは外泊中』が日本放送されるタイミングで『イケメン〜』の再放送を重ねたところ見事に大人気になりました。

チャン・グンソクが『anan』の表紙になれば完売、『メリは外泊中』のライブイベントを武道館と大阪城ホールで実施すれば大盛況で高価なグッズも次々と売れる。彼のマネジメントは両親がやっていたのですが、一軒家が2階建てになり、車の数が5台になり、マネージャーの腕時計がロレックスになり…という時代でした。その後、いくつかの韓国アーティスト(キム・ナムギル、ノ・ミヌ)も手掛けました。

当時の僕は「これが一段落したら中国での音楽ビジネスを始めたい」と思っていたのですが、韓国の芸能事務所に打ち合わせに行った際、1枚の写真をスタッフが持っているのをたまたま見かけました。4人の男性アイドル候補生がブレザーを着ている写真です。

どんなグループなのかと聞くと「Big Hit Entertainmentという最近できた事務所の研修生です」という返事。そう、彼らが後のBTS(防弾少年団)メンバーでした。

彼らに興味が湧いたので事務所の人間と会ってみたいとアポを取ったところ、翌日か翌々日ぐらいに創業者のパン・シヒョクと会うことができました。彼は日本のアイドルが大好きで特に中森明菜が好きだと。すぐに意気投合してメンバーの7人が揃った練習風景を2、3曲見せてもらったところ、もう一目で才能に溢れていることがわかった。音楽業界人としてそれなりにK-POPアーティストも見ていた立場としても、そのぐらい最初から完璧な存在だったんです。

デビュー前のBTS売り込みに難色を示す日本のレコード会社

そうしてすぐに日本展開のプロデュースをさせてほしいと契約し、日本のレコード会社や芸能事務所を10社回ったんですが、そのうち7社に断られてしまいました。「防弾少年団という名前が良くない」「(大手芸能事務所の)SMエンターテイメントとかYGエンターテイメントのアーティストじゃないんですか?」「韓国で話題になってるんですか?」という反応ばかりだった。結局日本のレコード会社は韓国で話題になっていると群がるし、そうでないと見向きもしない人ばかり。レコード会社にいた人間として、それで良いのかと思ってしまいました。

話を好意的に聞いてくれたうちの一社がフジテレビで、上層部の人間とツテがあったことから持ちかけてみたところ「齋藤さん、これ面白いよ。うちはニッポン放送やポニーキャニオンもあるし、一緒に組んで何かやってみない?」と言ってくれました。

そうしてまずは『めざましテレビ』への出演が決まり、ニッポン放送の当時の専務とも僕がかつて担当していたサザンオールスターズ、浜田麻里、高橋真梨子を応援してくれていた縁で何かやりたいと言ってくれ、ポニーキャニオンでもやりたいという話になりレコード会社も決まり、と体制が整ってきました。イベント会社は韓国系タレントにも強くて長年タッグを組んできたディスクガレージ系列のプロマックスと話がつきました。

日本展開の体制が整い、さて何から仕掛けていこうか。実は一番最初にやったのが、韓国学校(日本の学校教育基本法に基づき認可を受けている私立学校で、仕事などで来日した韓国人の子女が通う例が多い)に通う中高生の女の子グループを10組ぐらい集めてBTS以外も入ったK-POPグループのビデオや楽曲を視聴してもらい、「どう思った?」というグループインタビューでした。結果、BTSはほぼ全員から評判が良く、「やはりこれはイケる!」と確信を強めました。

なぜ日本デビュー直後のK-POPアイドルは多くのファンを集められるのか

Photo by Shutterstock

次に日本でのお披露目イベント「防弾少年団 1st JAPAN SHOWCASE」を組むことになるのですが、韓国でまだ話題になっていない=日本から火がついたアーティストは「日本発」という見方をされてしまうところがあったので(以前はそうでもなかった部分もありますが)、日本デビュー前には韓国人気が確立していなければならないのです。

そうした事情もあり、BTSは韓国デビューから日本での初ライブまで、半年ほどのタイムラグがありました。それだけ本国でも人気を集めているK-POPアイドルを日本デビューさせるとなると、この時点でどんなに少なくても2000人の、現地情報も積極的に集めているような早耳ファンを集めることができます。

音楽業界のセオリーとしては、この時点で2000人〜1万人規模のイベントを大きく打ち出して注目を集めようとします。ただBTSについてはあえてそうせず小さな規模から始めて少しずつ会場を大きくして階段を上っていく流れを考えていました。そうして2013年12月に渋谷のライブハウス「TSUTAYA O-WEST」で昼夜2公演を行ったのですが、キャパシティは600人ほどの会場に約4万6000のチケット応募があった。

なぜデビュー直後からそこまで人気があるのかという話を少しすると、このプロジェクトが(K-POPグループの多くがそうであるように)公開オーディションで始まっているということもありますし、韓国では生ライブや配信番組も含めてとてつもない数のSNS投稿も行いました。そしてテレビはエンタメ系ケーブルテレビ『Mnet』(日本で言うところのスペースシャワーTV的な存在です)の音楽番組にも積極的に出演していました。日本でもMnet主催のK-POPライブイベント「KCON」があると1〜2万人規模の動員があります。

当初、日本ファンのターゲットとして中学生を考えていました。最年少のジョングクはデビュー時15歳でしたし、「お母さんは『冬のソナタ』、お姉ちゃんはBIGBANG、そして私は防弾少年団」という、家族それぞれに「私の世代のスター」があるイメージですね。

国内最初のライブイベントを開催すると同時に、限定特典付きの日本ファンクラブの受付も実施したところ、3000人も開場前に集まってしまいました。ファンクラブも値段を相場並なら1万円とするところ、6000円に設定しました。韓流好きのお母さんも一緒に来てバックアップしてくれる値段はいくらか、ということも綿密に考えていたんです。

ここまでは言ってしまえば他のK-POPアイドルデビューとそう大きく変わらないのですが、何が違うかというとこの時にマスメディア企業の役員クラスをたくさん招待していたんです。2階に招待席を用意していたんですがそこも混雑していてよくわからない。でも彼らの多くはK-POPイベントでこんな光景が広がっているということを知らなかった。すると、この熱量を目の当たりにした彼らが次の会議で「お前ら防弾少年団って知ってるか?」と話して広がっていくんです。これが後々効いてきます。

そうして1stコンサートは大成功。翌月の2014年1月にアンコール公演「防弾少年団 1st JAPAN SHOWCASE -NEXT STAGE-」をZepp Tokyoと大阪なんばHatchで開催してこちらも即完売。同年6月には日本でのデビューシングル「NO MORE DREAM -Japanese Ver.-」を発売してオリコン8位。この頃にはファンクラブ会員数が1万人を超えていたかと思います。

次ページ:ファンと共に育ち、初見の人にも最大のインパクトを与えるプロモ術

1 2 >
  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!
  • FINDERS_twitter

SERIES

  • Z世代の挑戦者たち
  • 阿曽山大噴火のクレージー裁判傍聴|阿曽山大噴火|芸人/裁判ウォッチャー
  • JKA Social Action × FINDERS
  • あたらしい意識高い系をはじめよう|倉本圭造|経営コンサルタント・経済思想家
  • ブックレビュー
  • 高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」|高須正和|Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development