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日本政府は「デジタル監・伊藤穰一」に何を期待するのか【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(14)
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  • 2021.08.13
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日本政府は「デジタル監・伊藤穰一」に何を期待するのか【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(14)

MITの生協で売られている「NERD PRIDE(オタクのプライド)」カップ。こうした既存の価値観への挑戦はMITの代名詞でもあるが…(筆者撮影)

デジタル庁への期待は大きい。日本の官僚組織やマネジメントのやり方がデジタル時代、インターネット以後にうまく対応できておらず、社会を巻き込むような大胆な改革が必要なことは間違いない。

だが、デジタル庁の事務方トップ(デジタル監)に伊藤穰一氏が就任しそうだということで筆者は多くの不安と少しの期待を抱いている。

高須正和

Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development

テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks

組織を巻き込んだ不正を行った伊藤穰一

メディアラボは、MIT(マサチューセッツ工科大)の名物研究所の一つだ。伊藤のMITメディアラボでの功績は多くの人が評価している。児童買春や人身売買容疑で有罪判決を受けた大富豪ジェフリー・エプスタインから資金提供を受けた件も、まだ疑惑の段階では、さまざまな立場の多くの研究者が、「伊藤も騙された側だ」として擁護の活動を行った。

内部告発含めて調査が進むにつれ、むしろ伊藤もエプスタインと一緒になって、MITのルールをごまかす形で資金提供を受けるスキームを作っていたことが明らかになるにつれて、擁護していた人たちも意見を変えた。結局、伊藤はMITメディアラボ所長を辞任しただけでなく、理事をしていたMozilla foundationなどほかの組織からも離れることになった(8月13日訂正:ただし、その後のMITの正式な調査では、資金受け取りのプロセスに不正があったことは否定されている。不適切な人物と関係があったことは問題に違いないが、資金受け取りのプロセスはルールに則ったものだったようだ)。

一方でMITメディアラボは2020年12月に新しい所長(元NASA副長官のデイヴァ・ニューマン)を迎え、今も活動を続けている。

研究や学問の範囲を拡張してきた MITメディアラボ

MITメディアラボは表現やコミュニケーションなど、人間を相手にする研究をさまざまな分野で行っている。特長の一つは、ビジネスやアート含めた社会との関わりと科学をうまく融合させたことだ。ビジネスやお金集めを行うし、それまでの学者のバックグラウンドと違う人達とも多くのプロジェクトを行うが、中心になるのはアカデミアの実績ある人達だ。

人間の意思決定には感情も思い込みも多分に含まれる。なので、数式や論文が中心の自然科学と違い、「すごいと思ってもらう」こともゴールの一つになる。初代所長のニコラス・ネグロポンテは「Demo or Die(試作するか去るか)」と、論文から一歩進めて実際に動作するデモと、デモをしないと表現できないような研究の重要性を問いた。伊藤穰一はそれをさらに推し進めて「デプロイ(社会実装)」を旗印にし、研究成果を実際に社会に反映させていくところまでも仕事として捉えた。

MITメディアラボがそれまでの研究・学問の枠やルールを広げ、社会を巻き込む活動を行ったことや、予算のほぼすべてを企業からのスポンサードでまかなっていることは、日本でも目標の一つにしている部分だ。伊藤とジェフ・ハウの共著『9プリンシプルズ』には、変化の激しい時代に、さまざまな人を巻き込んで柔軟にプロジェクトを進めてきた、伊藤のMITメディアラボ運営についての考え方がまとまっている。

その方針は、それまでの研究の枠を外したいくつもの興味深い成果を生んだ。僕の友人ジー・チーは「ハンダ付けなしに電子工作を用いた表現することができるサーキット・ステッカー」を研究し、実際にそれをクラウドファンディングで多くの人に販売し、使ってもらうことを含めて博士論文にしている。ジーはその後スタートアップを起業した。

ジー・チーのサーキット・ステッカー。MITメディアラボはこうした研究と社会実装(ビジネス)の融合を多く手掛けている

ミッチェル・レズニックなどのグループが開発しているブロック型のプログラミング言語「Scratch」は、研究プロジェクトから始まって、現在ではScratch財団が立ち上がり世界中で使われている。MITメディアラボのレズニックたちは、今も共同運営者だ。

成果をわかりやすく世間に発表してお金を集め、さらに社会を巻き込む、同じようなプロセスで論文を発表する、MITメディアラボはこうした流れでは研究機関としてもビジネスの種としても評価を上げてきた。

「すごさ」やビジネスと直結しない、それまでの科学の重要性がなくなったわけではないが、こうした「一般ウケしてわかりやすくなにかの役に立つ科学」も大事だ。

伊藤穰一は自著で、「MITメディアラボの長というのはリーダーでなくて庭師のようなもの」と、創造力ある人達を集めて良い環境を作り、結果を過度にコントロールしないことの重要性を解く。『9プリンシパルズ』で最初の原則として挙げられる「権威より創発」は今も有効な概念だと思う。

MITがリスクを取って、畑の違う実業家でありファンドマネージャだった伊藤を研究所のトップに据えたことや、今回の疑惑できちんと調査をして公表し、体制を刷新したことは評価されるべきだ。

そして、デジタル庁は今回の人選で、伊藤のどういう部分に期待しているのだろう。デジタル庁は研究所ではない。今回の人事は何を目的にしているのだろうか。

次ページ:デジタル庁は伊藤に何を創発させようとしているのだろう?

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