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「震災を経験するまで、誰もわかっていなかった」。アイリスオーヤマが語る防災用品開発の歴史と東北の復興【特集】3.11あれから10年
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  • 2021.03.11
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「震災を経験するまで、誰もわかっていなかった」。アイリスオーヤマが語る防災用品開発の歴史と東北の復興【特集】3.11あれから10年

「3.11あれから10年」特集ページはこちら

聞き手・文:赤井大祐 画像提供:アイリスオーヤマ

FINDERSでは「3.11 あれから10年」と題し、節目である今年改めて東日本大震災を振り返る特集を行う。「防災用品」に焦点を当てた本稿では、当時甚大な被害を受けた宮城県・仙台市に本社を置く生活用品メーカー「アイリスオーヤマ」にて防災用品の取り扱いなどを担当する手代木 厚志(てしろぎ・あつし)さんへインタビューを行った。

時代とともに移り変わる「防災用品」はどのように生まれるのか。震災を経験した同社だからこそ持ち得た視点。そして、人々の日常を支える生活用品メーカーとしての真摯な姿勢と、それを形にするマネジメント体制や、東北地方に根付く企業としての自覚について話を訊いた。

震災直撃するも10日で復旧

――手代木さんはアイリスオーヤマのハード事業部という部署で副事業部長をされているとのことですね。

手代木:はい、主に防災用品や、DIY用品、資材、作業照明、高圧洗浄機などの企画、開発、販売などを担当しています。

――いきなり脱線で恐縮ですが、ハード事業部があるということはソフトウェアを扱う事業部もあるのしょうか? あまりイメージがないのですが……。

手代木:ソフト事業部もありますよ。と言っても、ハードウェア、ソフトウェアではないんですよ。ソフト事業部は収納やペット用品を扱う部署です。それぞれハード、ソフトな感じがしませんか?(笑)。

アイリスオーヤマ ホーム事業部 ハード事業部副事業部長 手代木 厚志さん

――なるほど、そういう分類だったんですね(笑)。本題に戻ります。今回は2011年、東日本大震災が起こったタイミングからお話を振り返っていければと思うのですが、当時のことはどのように覚えていらっしゃいますか?

手代木:2011年はアイリスの東京オフィスで営業職として働いて、入社6、7年目の頃ですかね。ちょうど会社にいるタイミングで地震がありました。揺れのすごさは言うまでもないと思いますが、テレビやネットから情報が入ってくるたびにこれはただごとではないな、という感覚があったのをよく覚えています。私は出身が宮城県なので、実家の心配もありました。

――見たことないような光景がテレビで流れていましたね。業務への打撃はどういったものだったのでしょう?

手代木:本社が宮城県・仙台市にあるので、停電、断水、と大きなダメージがありました。確か会社のサーバーもやられてしまって。さらに主力の倉庫が宮城県内に2箇所あったので、各地へ商品が正常に供給できないという状況もあって、営業としてはまずこの問題に当たらなければいけないなと。

東日本大震災発生後の角田I.T.P./角田工場の様子

――ということは業務はすぐに再開されたんですか?

手代木:3月11日はたしか金曜日だったので、月曜日から出社してましたね。やはりこのタイミングで東北地域への物資を途絶えさせてはいけない、という思いもあり、社員一丸となって急ピッチで復旧をしていきました。自宅よりも会社の復旧を優先する社員もいたなんて話も聞いています。そのお陰もあって、10日後の3月21日には倉庫の稼働を再開することができて、これは相当早かったんじゃないかなと思います。

次ページ:震災を契機に大きく変わる商品開発

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