LIFE STYLE | 2020/07/27

「自由を愛する勇敢なアメリカ人はマスクなんかしない」と信じるトランプ支持者が引き起こす「マスク紛争」【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(17)

今年4月にカリフォルニアで行われた反ロックダウン派による抗議の様子。Photo by Shutterstock
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今年4月にカリフォルニアで行われた反ロックダウン派による抗議の様子。Photo by Shutterstock

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渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott

エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者

兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)など著書多数。翻訳書には糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経ビジネス人文庫)、レベッカ・ソルニット著『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)など。最新刊は『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)。
連載:Cakes(ケイクス)ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。

「アンチ・マスク」のトランプ支持者が多い州で感染者が激増

アメリカで初期に新型コロナウイルス(COVID-19)が蔓延したのはニューヨーク、ニュージャージー、コネチカット、ロードアイランド、マサチューセッツなど東海岸北部の州の都市だった。これらの州では知事が3月あたりから緊急事態宣言を出し、通称「ロックダウン」と呼ばれる自宅待機、経済活動の制限、ソーシャルディスタンスの確保などの命令を下した。

最初は懐疑的な態度だったアメリカでもマスク着用がパンデミックの拡大抑制にすることが判明し、CDC(アメリカ疾病予防センター)は4月3日にマスク着用のガイドラインを発表した。そして、ニュージャージーを除く前述の州はソーシャルディスタンスが取れない場所でのマスク着用を義務化した。

これらの対策が功を奏し、東海岸北部での感染者数は減ってきている。その一方で、初期には感染者数が少なかったアリゾナ、フロリダ、テキサス、アラバマといった南部や西部の州で感染者数と死亡者数が激増している。これらは2016年の大統領選挙でトランプが勝った州でもある。ヒラリー・クリントンが勝ったカリフォルニア州でも感染者数と死亡者数が増えているが、感染者が激増しているカーン郡とコルサ郡に絞ると、どちらもトランプが53%の得票率で勝った地域だ。

この現象は偶然のことではない。

トランプ大統領はCOVID-19感染を「風邪のようなもの」と軽視し、記者会見で「漂白剤を注射する」といった危険な治療方法を提案するなど、感染症対策の専門家やCDCの指導を台無しにするような発言を繰り返してきた。また、マスク着用を勧めるどころか、積極的に「アンチ・マスク」の立場も取ってきた。加えて、裏付けとなる証拠がないのにウィルスが中国科学院武漢病毒研究所から漏洩したものだと主張し、COVID-19ではなく「中国ウィルス」、「カンフル―(カンフーとインフルエンザの通称フルーを使った造語)」と呼び続けた。

トランプは自分自身がマスクを着用しないだけでなく、大統領選の対立候補であるジョー・バイデンが公の場でマスクを着用していることを嘲笑してきた。医療従事者用のN95マスクは着用する者を守るためのものだが、そのほかのマスクは他人に感染させないよう着けるものだ。それを国民に説明して協力を求めるのが国のリーダーの役割なのに、トランプはその逆だ。マスクを着用するのは「病気になるのが怖い弱虫がやること」というイメージを広め、ホワイトハウスや保守系メディアのフォックス・ニュースもこの嘲笑に加わった。そのために、トランプ支持者の間に「マスクを着けるのは弱虫のリベラルがやること」という感覚が浸透した。

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