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京都人を悩ませる「外国人観光客が来すぎ問題」。右肩上がりのインバウンド増に潜む課題を『パンクする京都』著者の中井治郎に訊く
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  • 2019.11.22
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京都人を悩ませる「外国人観光客が来すぎ問題」。右肩上がりのインバウンド増に潜む課題を『パンクする京都』著者の中井治郎に訊く

聞き手:米田智彦 構成:平田提 文・写真:神保勇揮

近年、日本でも「オーバーツーリズム(観光公害)」という言葉が使われるようになった。観光地のキャパシティ以上に観光客が訪れてしまい、地元住民の生活に支障をきたす状態のことだ。日本では鎌倉や宮古島など、元々の住民数がそれほど多くない地域に何倍から何十倍もの観光客が訪れ、電車やバスなどの交通機関に乗れない、飲食店に入れないなどの問題が生じ、官民ともに対応を迫られている。

日本で最も有名な観光地のひとつである京都も、神社仏閣に外国人がごった返し、桜や紅葉の季節などの繁忙期にはホテル宿泊価格が何倍にも跳ね上がることから、SNSでは「こんな時期に行くヤツはドM」とまで言われる始末。ヤミ民泊問題に全国で一番怒っているニュースが何度も流れていたことも記憶に新しい。

そんな中、京都に暮らしながら研究を行う若手社会学者、中井治郎氏が初の単著『パンクする京都 オーバーツーリズムと戦う観光都市』(星海社)を出版した。京都でいま何が起こっているのか、話をうかがった。

かやぶき屋根の住人が「まるで人間動物園だ」と嘆く

観光客でごった返す、2019年11月17日の二年坂(二寧坂)。本稿で掲載する京都での写真はすべて中井氏が撮影したもの

―― 社会学者として、中井さんはどんな研究をされてきたんですか?

中井:元々観光よりも、文化遺産の研究をしてきました。それまで何の価値も見出されてなかった風景や建物が、国の文化遺産や世界遺産になっていく現象についてです。文化遺産にしようとするモチベーションのほとんどは「観光に使って地域振興に役立てたい」だったりする。その流れで観光の研究をせざるを得ない状況になり、今までは京都市の中心部からちょっと離れた、美山町という地域のかやぶき屋根の集落の研究などをしていました。

その50戸ほどの小さな集落に、大量の観光客が来るようになりました。住んでいる人があってこそのかやぶき屋根の風景なんですが、観光客はまるで動物園を見るように歩く。その村の人が言うには「まるで『人間動物園』のようだ」と。そういう状況について研究するうち、京都市内がどんどん混み始めて大変になっていることにも問題意識が向いていきました。

―― それが『パンクする京都 オーバーツーリズムと戦う観光都市』を書くきっかけになったんでしょうか。

中井氏の著書『パンクする京都 オーバーツーリズムと戦う観光都市』(星海社)

中井:この春に観光関係の学会でオーバーツーリズムに関するシンポジウムがあったんですが、立ち見のお客さんも出たほど盛況になったんですね。「そうか、みんな今これを考えているんだな」と。それで学会の後に星海社の編集者に、自分自身の研究とオーバーツーリズムについての企画はどうかと伝えたのが出版に至った経緯です。

静かに風景を楽しみたいのに、観光客でごった返す京都

―― 日本の産業が落ち込んでいく中、クールジャパンなど観光立国として日本を打ち出す戦略が進んでいるじゃないですか。その一方で、観光客が来過ぎてしまうのも困る。この状況はどう思われていますか。

中井:実際に問題になるかどうかは、地域性が強く関係しているんですね。例えば京都への観光客が多いと言っても、実際そんなにたくさん来ているのかというと、人口と観光客の割合を考えたら東京とそんなに変わらないか、東京の方が多いかもしれないぐらいです。実際、京都市が毎年発表している「京都観光総合調査」を読んでも、京都市の宿泊者数ってこの10年で200万人ぐらいしか増えていなくて(2008年が1306万人、18年が1582万人)、一方で外国人の数が約4.5倍(2008年が94万人、18年が450万人)になっているので「急激に増えた」と感じるんですね。

平成30年 京都観光総合調査(概要版)より。なお「延べ宿泊客数」とは、同じ人が2泊した際に「2人分」とカウントした際の数値

東京でクールジャパンというと、すぐ思い浮かぶのは秋葉原です。「萌え」がたくさんあるところに観光客がたくさんわーっと行っても、いつも来ている人たちもそんなにがっかりはしないわけです。人混みも秋葉原らしさだったりするから。大阪でも、例えば道頓堀は中国や韓国からの観光客が多いですが、かえってその賑わいが受け入れられていたりもする。

一方、京都のクールジャパンは舞妓さんやお寺とか、伝統工芸ということになるわけですが、観光客を受け入れること自体が資源を毀損してしまうタイプが多い。人混みがあるとその価値が減ってしまうような。

―― 景観が崩れるということですね。

中井:景観もですし、イメージもそうですね。JR東海による「そうだ 京都、行こう」のポスターのイメージも、基本的に静寂で人が少ないことが期待されるわけです。ただ、実際行ってみると人がぎっしりいる。観光客がたくさん訪れることと京都の文化や観光資源は、実はそれほど相性がいいものではないんです。

でも京都に限らず、そして日本人でもそうだと思うんですが、旅慣れてくると「ありきたりの観光スポットじゃない、その国のナマの生活が見たい」となってきますよね。そうした外国人観光客が増えると、地元民の穴場だったような居酒屋にふらっと入れなくなったり、観光客のせいで買えない商品が出てきたりと、量的というよりは質的な問題が生じてくるんです。

実は京都に観光客のお金があまり落ちていない

こちらも中井氏が撮影した、2019年11月17日の清水寺

―― 『パンクする京都』を読んで衝撃だったのは、京都に観光客のお金があまり落ちていないということでした。

中井:観光で一番お金が落ちるのは何よりも宿泊なんですね。お土産や体験はどうしても単価が低いですし。それで、いま京都にたくさんホテルや宿泊施設がオープンしているといっても、東京や海外、特に中国の資本がホテルを建てるためにたくさん入ってきているというのが実態なので、京都に入る税収はそんなに増えていないんです。

―― 観光客が増えても地元の人が儲からないこともあるんですね。

中井:京都市としても、観光客がたくさん来るからバスも増やさなきゃいけないし、道も整備しなきゃいけない、警備員を置かなくちゃいけない。これらは全部税金でやるわけですね。ただ京都市に入るお金はそんなに増えていないので、それを補てんするため、京都市は宿泊税を慌てて2018年から導入しました。

今は外から人間を連れてきて外に帰す「発地型観光」が基本です。例えば大阪の人を大阪の旅行会社が京都に連れて行って、大阪に連れて帰る。すると儲かるのは京都の旅行会社ではなく、大阪の旅行会社なんです。こういう現象は京都だけの話ではなくて、世界的にもそうです。

―― バルセロナの例を著書でも書いていらっしゃいましたね。ツーリストを嫌う言葉があると。

中井:はい。バルセロナは一番激しいですね。「ツーリズムフォビア(Tourism Phobia)」という言葉があります。

バルセロナの場合、地価の高騰が問題になっています。地主が「ホテルや民泊にした方が高く売れる」といって、昔からお店をやっている人や何十年も住んでいた人が追い出しをくらう。

過激にオーバーツーリズムの害が出ているので、バルセロナでは反対運動も過激になってきました。観光バスを襲うとかテロまがいの行為や、街に「観光客は帰れ」と落書きするとか……。

あまりに酷い「舞妓パパラッチ問題」。祇園はそもそも観光地ではないのに…

今年10月下旬から掲示されるようになった、祇園での無断撮影禁止の高札。「許可のない撮影は1万円申し受けます」と書かれたものもある。その背景については中井氏のツイートをまとめたtogetter記事を参照

―― 日本でもそういう観光客への反対運動はあるんですか?

中井:起きていますね。本では極端な例として祇園を挙げました。祇園は街の仕組み自体「一見さんお断り」を売りにしています。観光客は一見さんの最たるものですから、観光客を相手にし始めると祇園がただの小京都のようになってしまう。まったくうまみが得られないのに、観光客はたくさん来ている。

―― つい先日も、祇園で無断撮影したら自治組織が罰金を請求するというニュースが出ていましたね。

中井:実際に私道を撮影すること自体には大して困っていないんです。ただ、なぜこの罰金のアイデアが出てきたかというと、「何をやったら観光客が一番嫌がるだろうか」と考えた結果なんですね。祇園は観光地ではないし、マナーが良かろうが悪かろうが観光客に来てほしくない。

観光客にとって居心地の良くない街に作り変えていくにはどうしたらいいか。今はInstagramとかSNSにアップすることが観光客の強いモチベーションになっていますので、逆に祇園をSNSに上げる写真は撮れない地域にすれば、観光客が来なくなるんじゃないかと。

―― 本でも書かれていた「舞妓パパラッチ」は衝撃的でした。

こんな高札が必要になるほど、迷惑行為が横行しているということでもある

中井:あれには僕もびっくりしました。僕も京都にいますので噂は聞くことがありましたが、歩いている舞妓さんの着物を破るとか、襟にタバコを入れるという感覚がにわかに信じられなくて、どうせ都市伝説だろうと最初は思っていたんです。

でも実際に話を聞き、証拠の写真も見せてもらい、本当に起きていることだと分かった。舞妓さんはお店とお店の間を素早く移動するので、京都に住んでいる人ならその姿を見れば「今はお仕事をしているんだな」と理解するわけです。

でも観光客、特に外国人の方からすると舞妓さんにテーマパークのぬいぐるみのような感覚を抱いて「なんで俺にサービスしないんだ」となる人もいるようです。一緒に写真を撮ってくれと言って、無視したら怒る。舞妓パパラッチには文化の違いもあるんですけど、ここは観光地なのかどうかという認識の違いもあるんじゃないかという気がしますね。

拝観料のキャッシュレス対応、すべきか否か問題

―― 京都は「これ以上観光客は来ないでくれ」という姿勢なんですか? 市民も含めて。

中井:観光産業に関わっている市民以外は、口を開けば観光客の悪口を言ったり「あの土地もまたホテルになる」と愚痴っている印象です(笑)。私の周りでは。観光産業への配慮もあれど、行政も数年前から「さすがにちょっとこれはヤバい」と感じてはいるようなので、観光客の数は抑えて一人当たりの単価、観光消費額を上げていこうとしています。

例えば宿泊事業でも、祇園に帝国ホテル、二寧坂にパークハイアットとか単価の高い宿泊施設ができるのは奨励する。一方で、民泊は徹底的にほとんど京都で営業できないような条例を作る。そうしてできるだけ高いお金を払える観光客だけを選んでいきたいというのが、ここ数年の京都市の方針ですね。

一時期京都市内でよくみられた「民泊反対」の張り紙

―― 「そうだ京都、行こう」とは、なかなか言いにくくなっちゃいましたね(笑)。

中井:そうですね。ただ京都市民も観光客を一括りで見ないようにはなってきているように思います。

例えば本の中では「サムライ塾」という日本刀の試し切り体験を提供している河田晃彦さんという方のインタビューを掲載しました。英語でレクチャーするサムライ塾となるとお客さんは自然と外国人の方が多くなるだろうから、最初は地域の住人も心配している様子があったらしいんです。でもオープンしてしばらく経つと、おとなしいお客さんが多いことが分かって。日本文化を1、2時間学びたいような人というのは高学歴の富裕層が多いので、落ち着いた人が多かった。それで少しずつ地域の人たちにも受け入れられるようになった。

京都が観光都市であること自体は昔から変わらないことなので、観光客相手の商売なら何が何でも反対というわけでもなくて、お客さんの質を見極めて判断するという感覚の人も多いようです。

―― 嵐山・天龍寺の総務部長さんの苦闘ぶりがうかがえるインタビューもすごく面白かったです。拝観料をキャッシュレス決済できるようにするか否かという問題は現代的ですね(笑)。

天龍寺で庭園から柵を超えて直接お堂に入ってこないよう、注意を促す立て札

中井:同じようにお寺でお金を支払うといっても、精進料理や絵葉書の支払いをキャッシュレス対応することは問題ないのに、「拝観料や浄財をPayPay払いしたらポイント還元」というのは宗教観的にダメと言われても、素人の我々が外国人にその違いを説明するのは難しいですよね(笑)。

行政はオーバーツーリズム状態を認めていない?

―― 行政にもオーバーツーリズムへの問題意識はあるんですか?

中井:各国で問題になっていますし、日本としても観光庁が「持続可能な観光推進本部」などを立ち上げて話し合いはする問題意識はあるんですけど、「対策は各自治体でやってください」とか、国としてはまだ本腰を入れて対策に動いているとまではいえない状況ですね。

オーバーツーリズムの対策には地元にお金を還元するということも大事ですが、そうなると現在、利益を得ている誰かの取り分が減るわけです。そのあたりも国としては恐らく判断が難しいところではないかと思います。「オーバーツーリズム」という言葉自体も、あまり使いたくない雰囲気が行政にあるようで、実は今回もめっちゃ怒られたんですけれども……。

―― 思いきりサブタイトルに書いているじゃないですか(笑)。

中井:そうなんです(笑)。書籍では京都市産業観光局の観光戦略担当部長さんのインタビューも掲載しているんですが、京都市としては「京都はまだオーバーツーリズムじゃない」という立場なんですね。確かに何人以上ならオーバーツーリズムだと定義が決まっているわけではないし、繁忙期の紅葉シーズン(11月)の観光客数をみても、15年前から比べるとむしろ200万人ぐらい減っています(2003年の666万人から18年の471万人へ)。もちろん行政はさまざまな対策しているけれども、これはあくまでオーバーツーリズムに陥らないための予防である、という立場のようです。恐らく2020年の東京五輪までは、京都以外も含めて、政府や行政としては「我が国ではまだオーバーツーリズムはありません」というスタンスでいきそうですね。

―― でも観光はすごく水ものだと言われることがありますよね。中国人、韓国人の観光客が一時的に増えても関係性が悪化すると急に来なくなったりとか、観光だけに頼るのには怖さがあると思うんです。

中井:そうですね。よく地域振興というときに「観光で町おこし」と聞きますが、実際には観光は最後の手段といわれます。ほかに一次産業、二次産業でできることがあればまずそっちから試して、全部ダメな地域が最後は観光にすがりつく。みんな「観光は水もの」ということは分かっているので、本音を言うとどこの地域でも観光を主にして食っていくことは怖いはずなんですね。

だから本当は各自治体、恐らく日本全体としても他に頼りになる産業があるのであれば観光にすがりつくことはなかったと思うんです。逆に言うと、観光立国と言い始めているということは、他に希望を託せるような産業がなくなってきたということでもあります。

今は日韓関係が悪化して韓国人の旅行者が減っているという話もあります。日本に来る外国人観光客が多いのは中国と韓国、つまり常に日本と外交で揉めている国なんですねどうしても近い国だからこそ揉めるし、近いからこそ観光に来てくれる。その関係性によって大きくダメージを受けることがあるので、観光産業だけに頼っていくのはすごく危ういことです。

市民レベルのまなざしで街を見つめ直す

―― 京都の観光産業は、今後どうしたらいいんでしょうか。

中井:そうですね。本の中では「観光のまなざし」という言葉を使っていましたけれども、京都は観光客目線で、外から来る人が何を欲しているのかを、ある種過剰に内面化しながら街を作ってきたところがあります。日本で一番厳しい都市景観条例があるのも有名です。ただ誰のために街を作り変えていくのかということについて、もう少し考えるべきではないかと思います。街は観光客のためだけにあるわけではないですし。

景観条例などで言われる「京都らしさ」というのは、あくまでも外部から見る京都らしさであって、自分たちが見ている京都らしさはまた別なんじゃないか、ときちんと考えないと。そこを考えずに観光客のニーズにだけ合わせていても、行く末はもはやテーマパークでしかないでしょう。

一方で、外から来た人の方が京都の町家らしさをよく残すという話もあります。京都や関西の資本が宿泊施設をやろうとすると予算に余裕がなくて普通のホテルになっちゃうところが、海外資本が入ると予算に余裕があることも多いので京都らしい外観を残した町家風の宿泊施設が建つ。もちろん、見た目は町家らしいですけど、果たしてそれは京都文化と言えるのかどうかはまた考える必要はありますが。

たとえば有名な話ではあるんですけれど、京都は一人あたりのパンの消費量が日本で一番なんですね。中華料理も盛んです。最先端のハイカラなものが好きだし、京都の西陣織もそうですが、実は京都人は派手好きなんです。味付けも京都の庶民料理は濃い。薄味は観光客向けの味なんです。観光客が期待するような外部からの古都のイメージだけが強調されていくと、そういう元々京都人が持っていた好みがどんどん捨象されていくわけですね。

京都のオーバーツーリズムをめぐる問題には、「京都らしさ」がどんどん外からのまなざしに乗っ取られていく状況もあると思うので、もう少し生活者の実感に立ち返った京都らしさをきちんと議論して、固めて、外からのイメージに対してぶつけていくことが必要ではないかと思います。

「いけず」なイメージが京都にはプラスに働いた

―― そうは言っても今の京都ブランドは強いですよね。あと1000年は続く気がします。

中井:京都にいるとピンとこないけど、東京にいる人のほうが京都を買いかぶっているというか、良いイメージで捉えていると思うんです。京都はブランドの維持と発信の仕方が、非常にうまいんでしょうね。例えば伝統でいうなら、奈良の方が長いんです。

―― 確かにそうですね。

中井:でも、奈良はオーバーツーリズムどころか、たとえば県内宿泊施設の客室数が全国で最下位だったりします。長い歴史も伝統もあるのに、それをうまくブランド化できなかったし、観光産業に落とし込めていない。そういうことを考えると、京都は単に天皇がいたからだけではない、ある種のブランディングをやって、一つの成功したスタイルを地域文化として作ったんじゃないかと思います。

京都の「いけず」イメージも、京都の格の高さをイメージしていますよね。観光はおもてなしの文化なので「いけず」と聞くと、観光産業に対してはすごくマイナスに思えます。でも逆に、いけずなイメージを持つことで、そこに入っていく旅行者が、「京都に迎え入れてもらった、自分は選ばれた存在だ」という感覚を持たせることにもつながった。

あと、京都は首都じゃなくなったのが良かったと思うんです。首都というのは、つねに気を抜けない競争の場です。きっと京都も、300年前、400年前は今みたいな感じじゃなかったんじゃないか。京都がバリバリの首都であった時期というのは、権力者が交代するたびに多くの人が殺されたり、街が焼かれたり、そんなことが何度も何度も繰り返されていますよね。きっともっと騒がしくてガチャガチャした街だったと思うんです。京都は首都じゃなくなって初めて、文化的で、静かで、落ち着いていて、厳かな気持ちになれる場所というイメージの街になったんじゃないかという気がします。

―― 最後に、この本を出されて、一番伝えたいことは何ですか?

中井:一番伝えたいのは京都という街を考えるということです。オーバーツーリズムの問題を通して、日本文化と京都との関わり、日本の歴史の中で京都がどういう位置付けなのか、いま世界中からやってくる人々が京都という都市にどんな夢を見ているのか、そういうことを考えるきっかけにこの本がなれば、と思っています。


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