EVENT | 2019/11/25

巨額脱税でもチュート徳井はなぜ捕まらない?【連載】FINDERSビジネス法律相談所(17)

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日々仕事を続ける中で、疑問や矛盾を感じる出来事は意外に多い。そこで、ビジネスまわりのお悩みを解決するべく、ワールド法律会計事務所 弁護士の渡邉祐介さんに、ビジネス上の身近な問題の解決策について教えていただいた。

渡邉祐介

ワールド法律会計事務所 弁護士

システムエンジニアとしてI T企業での勤務を経て、弁護士に転身。企業法務を中心に、遺産相続・離婚などの家事事件や刑事事件まで幅広く対応する。お客様第一をモットーに、わかりやすい説明を心がける。第二種情報処理技術者(現 基本情報技術者)。趣味はスポーツ、ドライブ。

(今回のテーマ)
Q.チュートリアル・徳井義実さんの巨額脱税が報道され、逮捕や起訴には至らなかったものの、事態を重く見て活動自粛になりました。過去に有名人が逮捕・起訴された脱税事件はいくつかありますが、今回の徳井さんのケースは、なぜ逮捕・起訴されなかったのですか?

申告漏れでも逮捕されない?

先月、お笑い芸人・チュートリアルの徳井義実氏が、巨額の申告漏れがあったことが報道され、活動を自粛する事態となりました。一方で、巨額の申告漏れにもかかわらず、徳井氏が逮捕・起訴されず、刑事事件として処理されずに、追徴課税だけで済んだことも注目されています。

刑事事件の被疑者となったからといって、逮捕の必要性がなければ逮捕されるとは限らないことは、池袋母子死亡事故をテーマにした第13回の「「上級国民」は逮捕されない?死亡事故を起こした人が受ける4つの責任」でもご紹介しました。

しかし、今回はそもそも徳井氏が刑事事件としての脱税事件の被疑者としては扱われなかったので、身柄拘束を受けるかどうかという話とはまた違った論点になっています。それでは、なぜ徳井氏のケースでは刑事事件化されなかったのか、説明していきましょう。

これまでに脱税で逮捕された有名人

これまでに脱税で逮捕・起訴され、刑事事件として有罪判決を受けた有名人の例をいくつか振り返ってみましょう。2001年には、タレントの故・野村沙知代氏が逮捕されています。野村氏は前夫との間の次男であるケニー氏に、野村氏の会社の役員報酬を支払っていると見せかけ、所得を少なく見積もる架空計上が指摘されました。

そもそもこのケースでは、当時、野村氏とケニー氏が絶縁状態にあったこと、さらに、野村氏からケニー氏に口止めをした際の録音がケニー氏から捜査機関に提供されたといわれいます。証拠もあることから不正は明らかであり、捜査機関としても立証しやすいケースといえるでしょう。

さらにさかのぼり、1996年には、ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」のプロデューサーである石井ふく子氏も、架空の経費を計上したとして、所得隠しで東京国税局の告発を受けて、東京地検特捜部の捜査で法人税法違反の罪で起訴されています。

他方で、逮捕までには至らなかった有名人としては、元プロ野球選手でタレントの板東英二氏が2013年に東京国税局から所得隠しを指摘されています。この時、「カツラ代は経費になるが、植毛代は美容整形に入るので経費にならないというのを知らなかった」などという弁解が面白おかしく取り上げられました。

脱税で逮捕された政治家といえば

政治家の脱税事例も振り返ってみましょう。1993年、当時の自民党副総裁・金丸信氏が所得税法違反で逮捕・起訴されています。

国税局は内偵で金丸氏が政治資金を流用して、日本債券信用銀行の割引金融債「ワリシン」を購入していた事実をつかみ、この事件を突破口に逮捕までこぎつけました。

この事件では、国税局がつかんでいたワリシン以外にも、家宅捜索により次々と申告していない蓄財が見つかります。金丸氏は東京地検特捜部により、約18億4000万円の所得を隠し、約10億4000万円を脱税したとして、所得税法違反の罪で起訴されました。しかし、金丸氏は公判中に死去したため、結局公訴は棄却されました。

「脱税」の方法は大きく分けて2つ

税金とは、売上から経費などを差し引いた額に対して課せられるものなので、その税金を免れる脱税の方法としては、大きく分けると2つになります。

ひとつ目は、「売上を減らす」方法です。具体例としては、売上の数字自体をごまかし、過少申告する行為です。2つ目は、「経費を増やす」方法です。具体例としては、領収証などを偽装・改ざんして経費を水増しする、架空の人物の人件費をプールする行為などが挙げられます。野村氏のケースがこれにあたります。

メディアでは、悪質性の程度に応じて「申告漏れ」「所得隠し」「脱税」といった用語が使い分けられることが多いです。

「申告漏れ」は、経理上の計算ミスや計上処理間違いなどがこれに当たります。「旅行費や被服費が経費にはあたらない」といった処理の間違いは、これに当たるといえます。この場合の追徴課税は、「過少申告加算税」「無申告加算税」「不納付加算税」のいずれか、「延滞税」が課されることになります。

「所得隠し」は、申告漏れとは異なり、悪質とみられます。「収入を申告しなかった」などはこれにあたります。所得を隠蔽しようと工作することや、架空の経費を計上して所得を減らすなどもこれにあたります。この場合の追徴課税は、申告漏れの場合の追徴課税のほか、「重加算税」と「延滞税」が課されることになります。

徳井氏のケースは、「脱税」ではなく「申告漏れ」?

「脱税」とは、条文においては「偽りその他不正の行為」(所得税法第238条、法人税法第159条)により税を免れ又は税の還付を受ける行為とされています。

実際の行為としては「申告漏れ」や「所得隠し」で行われるものと同類の行為がほとんどですが、これらのうち、メディアで「脱税」と呼ばれるのは、「悪質行為」として告発されたものを指しているようです。

今回の徳井氏のケースでは、多くの報道が「申告漏れ」としています。本人の会見での「想像を絶するルーズさ」「面倒くさかった」「自分が馬鹿だった」といった言葉からもわかるように、争う姿勢を見せず、同時に故意ではないことをアピールしているようにも思われます。

当局としてはそうした状況から「脱税」を完全に立証しきるほどの証拠関係を得られていなかった可能性もあります。

そのほかにも、徳井氏の所属事務所である吉本興業が裏で動いた云々といったさまざまな憶測が飛び交っています。確かに、検察の判断にはさまざまな要因が影響する可能性もあり、そうした可能性のすべてを否定できないとはいえ、憶測の域は超えません。

なぜ「脱税」はバレるのか?

それにしても、どうして脱税はバレてしまうのでしょうか? 脱税は、主に税務署による税務調査、または国税局査察部(通称・マルサ)による査察調査により発覚します。

税務署も国税局も、数々の脱税の手口については熟知しています。その判別方法についても精通しているので、調査が入ったら最後、脱税がバレないということはほとんどありません。

たとえば、脱税の方法にあった「売上の過少申告」などは、取引先の請求書を調べることで売上と対応していないことを確認することで明らかになります。また、架空の人件費については、実際にその人物がいるかを会社に確認すれば明らかです。

脱税後の逮捕までの流れ

そもそも逮捕とは捜査機関が行うものであり、税務署も国税局も逮捕権限はありません。そのため、税務署による税務調査やマルサによる査察調査をされたら、その最中に突然逮捕されるという事態にはなりません。

調査当局が、悪質な脱税だと判断した場合、国税局により捜査機関に告発されることがあります。いかなる場合に悪質と判断され、告発されるかは、ケースによって異なります。

以前は、脱税額が過去3年間で1億円以上というのがひとつの目安とされていました。しかし、最近ではその額が下がってきた傾向にあります。徳井氏のケースでは追徴課税額が3400万円と言われており、脱税額として1億円を下回っているケースでした。

告発された後は、主に検察や警察が脱税に関する証拠収集を行います。その際、必要性があれば逮捕・勾留されることになります。逮捕・勾留が必要かどうかの判断は、主に逃亡または罪証隠滅(証拠隠滅)の恐れがあるかどうかです。

脱税を告発されるのは、ある程度社会的身分が高い人によるケースが多いのが現状です。存在や情報を社会に知られているため、逃亡の可能性が少ないと見なされる傾向にあります。そうしたことから、逃亡についてはあまり懸念材料になることはなく、逮捕のジャッジの上では、むしろ証拠隠滅の恐れの有無が特に問題になります。

法に触れて脱税で逮捕されないために

上述したように、脱税事件として逮捕起訴される事例というのは、徳井氏が主張するような、意図せず生じてしまった税務上のミスや処理間違いで追徴課税されるケースではありません。本人が意図的に売上を減らしたり、意図的に存在しない経費を計上する工作をしたりするなど、故意があり悪質性があることが明らかなケースです。

悪質な不正行為をしないことはもちろん、税法や経理処理の仕組みは複雑ですから、正しい税務処理をすることが極めて重要です。そのためには、信頼できる税理士に、いつでも相談できる体制にしておくことが大切ではないかと思います。

近年は、会社経営者や個人事業主の方に限らず、会社勤めのビジネスパーソンの中にも、副業をしたり、不動産投資をしたりする人も増えています。どういう場合に確定申告が必要になるのかという基本知識をおさえ、税務処理の理解を深めておくことも、身を守る上では重要です。


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