FINDERS

「上級国民」は逮捕されない?死亡事故を起こした人が受ける4つの責任【連載】FINDERSビジネス法律相談所(13)
  • BUSINESS
  • 2019.07.08
  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!

「上級国民」は逮捕されない?死亡事故を起こした人が受ける4つの責任【連載】FINDERSビジネス法律相談所(13)

Photo By Shutterstock

過去の連載はこちら

日々仕事を続ける中で、疑問や矛盾を感じる出来事は意外に多い。そこで、ビジネスまわりのお悩みを解決するべく、ワールド法律会計事務所 弁護士の渡邉祐介さんに、ビジネス上の身近な問題の解決策について教えていただいた。

渡邉祐介

ワールド法律会計事務所 弁護士

システムエンジニアとしてI T企業での勤務を経て、弁護士に転身。企業法務を中心に、遺産相続・離婚などの家事事件や刑事事件まで幅広く対応する。お客様第一をモットーに、わかりやすい説明を心がける。第二種情報処理技術者(現 基本情報技術者)。趣味はスポーツ、ドライブ。

(今回のテーマ)
Q.池袋の街中で高齢者が運転する車でブレーキとアクセルの踏み間違えにより、母子が亡くなるという、起こるべくして起こった事故がありました。遺族の気持ちを思うとやりきれない気持ちになりますが、加害者は高齢で逃亡の恐れなしということで逮捕されていません。今後、加害者はどのような罰則や補償の段取りをとるのでしょうか?

「上級国民」は逮捕されないって本当?

先日の池袋の高齢者による交通事故で加害者が逮捕されないことで、ネット上などでは加害者の経歴を理由に「上級国民」だからといって逮捕されないのはおかしいという声が多く挙がっていました。

一般に誤解されやすいのですが、「逮捕」とは、犯罪を犯したが故になされるわけではなく、犯罪を犯した疑いがある(逮捕理由がある)段階の人を捜査するにあたって、身柄拘束の必要性がある場合になされる手続きです。ですから、そもそも犯罪を犯した疑いが濃厚だったり、発生した結果が重大だったりしたからといって、かならず逮捕されるというもわけでもありません

逮捕の必要性については、逃亡や証拠隠滅の恐れがあるかどうかという点で判断されます。判断において考慮される事情としては、被疑者の年齢、境遇、犯罪の軽重・態様その他さまざまな事情から判断することとされており(刑事訴訟法規則143条の3)、考慮要素も定められているのです。

ですから、「上級国民」という言葉はさておき、社会的な立場が高い人の場合、逃亡の恐れは低いだろうということも判断の考慮要素にはなるのです。

この部分だけを取り上げると、「地位が高ければ逮捕されないのはおかしい」という意見にもつながりやすいと思います。でも、そもそも逮捕という手続きは、犯罪の有無を確定させるための過程で必要な場合にされる一時的な身柄拘束にすぎず、被疑者に対する刑罰ではありません。地位が高いと刑罰が軽くなるという話であれば不公平ですが、犯罪や刑が確定しない逮捕手続きの段階であるという理解を前提にすると、また見方は変わってくるのではないでしょうか。

Photo By Shutterstock

本題からは外れますが、誤解の多いところでは保釈金の話があります。ニュースなどで多額の保釈金を支払って身柄解放されたという時に、「多額の金を払える人だけ身柄を解放されるのはおかしい」という声が上がる場合がありますが、そもそも保釈金は担保として預けるだけで、逃亡しなければ後で戻ってくるもので、保釈金の額も被疑者の資産状況によってまちまちなのです。

被疑者がどの程度の金額を担保にとられれば逃亡しないかという観点から金額が決められるものなので、保釈金は資産が多い人であれば担保金は高額になり、少ない人なら少ない額になります。犯罪者として刑が確定したわけではない被疑者の段階では、保釈金によって逃亡の可能性がなくなるといえるならば、そもそも不必要な逮捕はすべきでないのです。

加害者が負うべき責任は?

交通事故で被害者を死亡させてしまった場合、加害者が負う責任には、大きく分けて、「刑事上の責任」「民事上の責任」「行政上の責任」という法的責任に加え、「道義的責任」という社会生活で事実上負うことになる責任があります。その4つについてそれぞれ見ていきましょう。

(1)刑事上の責任
刑事責任とは、刑事事件になって処罰される場合の責任、つまり、検察により裁判にかけられて、有罪判決を受けることです。有罪になれば、罰金や懲役、禁固などの刑罰を受けますし、一生消えない前科がついてしまいます。

交通事故の場合でも、傷害事件や窃盗事件と同じ「前科」がつきます。死亡事故は結果が重大なので、刑事上の責任を問われ裁判に移行する事例が多く、最近では交通事故への厳罰化が進んでいる傾向もあり、重い刑罰が科される可能性もあります。

交通事故で被害者が死亡した場合、通常の交通事故であれば、過失運転致死罪(自動車運転処罰法5条)が適用されます。法定刑は7年以下の懲役または禁錮、100万円以下の罰金刑です。

死亡事故でも、飲酒運転や危険運転などによる場合、危険運転致死罪(自動車運転処罰法2条)が適用される可能性があります。法定刑は1年以上の有期懲役(20年以下)で、これには罰金刑はなくかならず懲役刑になります。

(2)民事上の責任
民事責任とは、被害者に対する損害賠償責任のことです。交通事故で被害者が死亡したら、被害者には多大な損害が発生します。まず、死亡したことによって精神的苦痛を被るので死亡慰謝料が発生しますし、死亡したことによって将来得られるはずだった収入が得られなくなって、逸失利益が発生します。ただし、死亡してしまった被害者本人がこうした逸失利益や慰謝料を損害賠償として請求することは物理的に不可能ですから、実際に加害者に請求するのは、死亡した被害者から請求権を相続する相続人になります。

死亡事故の場合の賠償金は数千万円のケースから場合によっては1億円や2億円を超えるケースまであります。このように加害者は、民事上でも非常に大きな責任を負うことになります。もちろん、死亡した被害者が複数人ともなれば、その賠償金額もそれに応じて大きくなります。

(3)行政上の責任
行政上の責任は、簡単に言うと免許の点数の問題です。日本の免許制度では、道路交通法違反や交通事故を起こすと、免許の点数が加点されていく方式になっています。そして、免許の点数が一定以上になると、免許停止処分や取り消しにより、運転ができなくなります。

死亡事故を起こした場合、免許取り消しは避けられません。この場合、少なくとも1年以上の欠格期間を経なければ再び免許を取ることはできなくなります。

(4)道義的責任
死亡事故を起こした場合、加害者は道義的な責任も負います。たとえば、新聞で報道されて批判をされたり、会社にいづらくなったり、家族が近所で肩身の狭い思いをしたり、子どもが学校でいじめられたりするといったことが挙げられます。池袋の交通事故のケースなどは、逮捕されなかったこともあいまって、さらに注目を浴びることになり、批判の声が大きくなってしまっているようです。

責任追求の流れは?

Photo By Shutterstock

以上のように、死亡事故を引き起こすことで、加害者は色々な責任を負うことになります。それぞれの責任追求の流れを見ていきましょう。

刑事責任の追及については、加害者に対して国が責任追求を行うことになります。具体的には、警察や検察が捜査を進め、加害者を起訴して裁判にかけます。裁判で有罪となって初めて刑罰を受けることになります。

行政上の責任についても、刑事責任と同様に国からの責任追求を受けます。具体的には公安委員会が行政法上の処分として免許取り消しなどの処分を下すことになります。

民事責任の追及は、死亡事故の場合、被害者は死亡しているため相続人が行うことになります。加害者が任意自動車保険に加入している場合であれば、加害者の代わりに保険会社が交渉窓口となって対応することが一般的です。

この場合の保険会社は、あくまで加害者に代わって損害賠償金を支払う立場にありますので、保険会社から示談金として提示してくる金額(以下「保険会社基準額」)は、裁判所が相場的に認める損害賠償額よりもかなり低い金額を出してくることが通常です。「有名な大手保険会社が提示してくる解決金だから適正で妥当な金額のはずだ」と思われがちですが、そうはならないことがほとんどなので注意が必要です。

これは死亡事故に限らずですが、弁護士を間に入れて交渉に入ることで、保険会社としては、「弁護士に訴訟を起こされて裁判基準の損害賠償を払わされるよりは裁判基準に近い金額で早期に示談した方がよい」という経営判断となりやすく、保険会社基準額よりも示談金が増額されることが多いのです。

道義的責任については、インターネットに自由に情報発信できてしまう世の中では、事実上、インターネットなどがなかった時代よりも重くなって来ているといえるでしょう。インターネット上では、まだ刑が確定していない被疑者の経歴や事件をはじめ、プライベートな情報が暴露されたり、事件に乗じて誹謗中傷にさらされたり、引いてはその対象が被疑者本人だけでなく、その家族や親戚にまでおよぶこともあります。

こうした「私刑」ともいえる仕打ちがエスカレートすると犯罪になる場合もありますが、逆にそこまでくるともはや道義的責任として本来負うべき範疇を超えてきてしまいます。このように、死亡事故の加害者となった場合には、以上のようないくつもの重い責任を負うことになるのです。法的責任については加害者が「上級国民」であるかどうかによって変わるものではありませんが、今回の池袋死亡事故のように社会的非難も大きくなれば、事実上、道義的責任については重くなるケースもあります。

悲しい結末を迎えないために

特に死亡事故は、被害者はもちろん、加害者にとっても悲惨な結末となります。殺人犯とは違って、殺そうと思っていたわけでもないのに人を死なせてしまったという事実は非常に重いものです。民事上や刑事上の責任、行政処分を受けたにもかかわらず、一生自分自身を責め続けてしまうこともあり、場合によっては世間からのバッシングに耐えられずに自死してしまうというケースもなくはありません。自動車を運転する人であれば誰しも、こうした死亡事故の加害者の立場になってしまう可能性があるのです。

年齢を重ねて判断能力や反射神経が鈍ってくれば、当然、事故の確率も上がります。実際、高齢ドライバーの死亡事故が続いています。池袋の事故のようなブレーキとアクセルの踏み間違いの発生率は、75歳未満の人に比べて75歳以上の高齢者の場合、約8倍にも増えるといわれており、死亡事故に至りやすい状況も頷けます。

そうした背景を踏まえて、近年では高齢者への運転免許自主返納も推奨され、先日、俳優の杉良太郎が免許を返納したことでも話題になりました。死亡事故という悲しい結末を防ぐ意味では、こうした免許証自主返納の取り組みは、とても重要です。

他方で、自動車が生活に不可欠な地方生活者などの場合、なかなか生活から切り離せません。高齢者というだけで免許証の自主返納を強要する風潮になってしまうとしたら、それはそれで問題かもしれません。

今回の池袋での悲惨な死亡事故にあらためて目を向けると、自動車を運転する人にとって、明日は我が身です。加害者をネットで一生懸命批判したところで何かが変わるわけではありません。

死亡事故の加害者になるのがどういうことなのか、自動車のハンドルを握るということがどういう意味を持つことなのか。こうしたことについて、自動車を運転する1人1人が、今一度立ち止まってじっくり考えてみる機会なのではないかと思います。


過去の連載はこちら

  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!
  • 映画『人間失格』
  • 映画『人間失格』

SERIES

  • オランダ発スロージャーナリズム
  • 添野知生の新作映画を見て考えた
  • FINDERSビジネス法律相談所
  • ブックレビュー
  • 松崎健夫の映画ビジネス考
  • Road to 2020 スポーツ×テックがもたらす未来