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『アス』が描く1980年代のアメリカ社会【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(15)
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  • 2019.09.12
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『アス』が描く1980年代のアメリカ社会【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(15)

©Universal Pictures

1986年5月25日、ロサンゼルスからニューヨークまでの約6600kmを15分間、600万人の握手で結ぶチャリティ・イベントが開催された。あれから33年、“ハンズ・アクロス・アメリカ”と呼ばれた、この史上空前のビッグイベントに対する記憶は、人々の間でかなり薄らいだ感がある。筆者もその1人だったが、最近になって、その記憶が久しぶりに甦る出来事があったのだ。それは、現在公開中の映画『アス』(19)の冒頭。幼少期の主人公が“ハンズ・アクロス・アメリカ”の映像をテレビで見ているという場面を観たからだった。

『アス』は、『ゲット・アウト』(17)を手がけたジョーダン・ピール監督の最新作。アフリカ系アメリカ人の青年が白人の恋人の実家を訪れたことをきっかけに、想像を絶する体験に見舞われるという奇想天外なストーリーが話題となった『ゲット・アウト』は、初監督作品ながらジョーダン・ピールが製作・脚本・監督を兼任し、アカデミー賞では脚本賞を受賞。また、450万ドルという、ハリウッド作品として低予算の部類に入る製作費ながら、北米で1億7600万ドルの興行収入を記録するヒットとなった。そのジョーダン・ピール監督は、なぜ『アス』の中で“ハンズ・アクロス・アメリカ”をモチーフにしたのか? 連載第15回目では、「『アス』が描く1980年代のアメリカ社会」と題して、この映画が描こうとしているテーマについて考えてゆく。

(※ネタバレを含みますので、気になる方は鑑賞後の通読を推奨いたします)

松崎健夫

映画評論家

東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコ生)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』誌ではREVIEWを担当し、『ELLE』、『SFマガジン』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを現在務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

1985年の音楽界でブームとなったチャリティ・ソング

©Universal Pictures

“ハンズ・アクロス・アメリカ”を知るためには、まず「ウィ・アー・ザ・ワールド」をはじめとする、チャリティ・ソングの簡単な流れについて知っておく必要がある。なぜならば、“ハンズ・アクロス・アメリカ”にもチャリティ・ソングが存在するからだ。

昨年大ヒットした映画『ボヘミアン・ラプソディ』(18)のクライマックスは、“ライヴ・エイド”でのパフォーマンスを再現した場面だった。この“ライヴ・エイド”は、アフリカ難民救済を目的として、1985年7月13日に開催されたチャリティ・コンサート。コンサートの模様は、全世界84カ国で同時衛星中継され、日本でも放送されている。主催したミュージシャンのボブ・ゲルドフは、前年に“バンド・エイド”を提唱した人物。当時、イギリスで活躍していた、フィル・コリンズやデュラン・デュラン、U2やスティングなどの人気ミュージシャンたちに声をかけ、チャリティ・ソング「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」をレコーディングしたのだ。1984年12月3日にリリースされたシングルレコードは全英チャートで1位となり、300万枚を売り上げる大ヒットを記録。この成功に刺激を受けて、アメリカの音楽界で結成されたのが“USAフォー・アフリカ”だった。

当時のアメリカ音楽界では、レコード会社やマネジメントとの権利が複雑で、“バンド・エイド”のようにミュージシャンが自由な慈善活動に参加するのは不可能だとされていた。そこに尽力したのが、歌手のハリー・ベラフォンテ。有色人種の地位向上を提唱してきたベラフォンテにとって、アフリカの飢餓問題は他人事ではなく、自身のルーツにつながる重要な問題でもあったからだ。ボブ・ゲルドフが若い白人のミュージシャンであった一方で、アフリカ系の父とジャマイカ系の母の間に生まれた大御所ミュージシャンのハリー・ベラフォンテが“USAフォー・アフリカ”を提唱したことは、“バンド・エイド”と比較して、人種・宗教・性別・年齢という面で幅広いバックグラウンドを持った45名の有名ミュージシャンが参加した由縁にもなっている。

“USAフォー・アフリカ”による「ウィ・アー・ザ・ワールド」は、1985年3月8日にリリースされ、全米チャート4週連続1位を記録。シングルレコードが730万枚、アルバムレコードも440万枚を売上げている。その成功の後、国を越えて開催されたチャリティ・コンサートが、先述の“ライヴ・エイド”だった。このムーブメントに触発されて、デヴィッド・フォスターやブライアン・アダムスなどカナダのミュージシャンが集まった“ノーザン・ライツ”、NENAやアルファヴィルなどドイツのミュージシャンが集まった“バンド・フォー・アフリカ”、さらには南アフリカのアパルトヘイト政策に反対するアーティストによる楽曲「サン・シティ」なども発表され、チャリティ・ソングは1985年に一種のブームのようになっていた(すべては挙げられないので割愛)。

これらのプロジェクトの共通点は、フットワークが軽く、即効性があったことだ。例えば、“バンド・エイド”は1984年11月25日にレコーディングされ、12月3日には店頭にレコードが並んでいる。レコーディングやミックス作業の手間、レコードのプレス作業といった当時の事情を考慮すれば、驚くべき速さであることが推し量れる。「考える時間があれば即行動」という姿勢が、今から思えばチャリティの精神にも適っていたと感じさせるのだ。そんなムーブメントの中、遅れて1986年5月に開催されたのが、“ハンズ・アクロス・アメリカ”なのである。主催したのは、“USAフォー・アフリカ”の発起人の1人でもある、音楽プロデューサーのケン・クレイガンだった。

ハンズ・アクロス・アメリカ”は有料イベントだった

©Universal Pictures

“ハンズ・アクロス・アメリカ”が、それまでのチャリティ・ソングと異なっていた点がいくつかある。まず、アフリカの飢餓救済が目的ではなく、アメリカ国内のホームレス問題・貧困問題に対するものであった点。また、参加ミュージシャンにも違いを見出せる。当時日本でも発売されたシングルレコードのクレジットには、TOTOのジェフ・ポーカロやスティーヴ・ルカサーなどがセッション・ミュージシャンとして記載されているが、ヴォーカルは“VOICE OF AMERICA”とあるだけで、詳細が記載されていない。ライナーノーツには「参加ミュージシャンに関しては、バックのミュージシャンにTOTOが加わっている他は、誰がヴォーカルをとっているかは今の時点でまったく不明である」と書かれてある。

後に判明することだが、残念ながらこの楽曲には有名ミュージシャンがヴォーカルとして一切参加していない。代わりに、楽曲のPVには次のような面々が参加している。

ケニー・ロジャース、ドン・ジョンソンとフィリップ・マイケル・トーマス、マイケル・ダグラス、ロビン・ウィリアムズ、C3-PO、リリー・トムリン、キャスリン・ターナー、オノ・ヨーコとショーン・レノン、ジェーン・フォンダとラウル・ジュリア、バーブラ・ストライサンド、ニコール・リッチー、アンディ・ウォーホル、ミッキー・マウスとウーピー・ゴールドバーグ、グレン・クロース、ミハイル・バリシニコフ、ダイアン・キャノン、ジェフ・ブリッジス、スーザン・アントン、シャーリー・ベラフォンテ、オプラ・ウィンフリー、ケヴィン・ベーコン(登場順)

個人的な目視による確認なので、参加者の漏れがあるかも知れないが、重要なのは、ミュージシャンがほとんどいない点にある。PVに参加し、口パクで楽曲を歌っている人物たちの多くは、これまでチャリティ・ソングに縁のなかったハリウッドの俳優たちなのだ。チャリティ・ソングとして弱い点は、これまでの楽曲のように、有名ミュージシャンが参加していないことが挙げられるだろう。結果的に、VOICE OF AMERICAによる「ハンズ・アクロス・アメリカ」のシングルレコード(なんとB面は「ウィ・アー・ザ・ワールド」だった!)は、全米チャートで最高位65位とまったく振るわなかった。では、600万人を巻き込んだ史上空前のイベント自体はどうだったのか? ここにも残念な結果が待ち構えていた。

実は、“ハンズ・アクロス・アメリカ”は有料のイベントだった。人と人が手をつないでアメリカ大陸を“人間の鎖”でユナイトするために、募金という名目の金銭が発生したのだ。ロサンゼルスからニューヨークへのルートは事前に決められ、ルート沿いの主要都市には前述のPV参加者のほかに、マイケル・ジャクソンや、当時アーカンソー州知事だったビル・クリントンなどが立ち会っている。一般の参加者は10〜35ドルを寄付することで参加スポットを指定され、記念Tシャツを受け取るという仕組みだった。ところが1億ドルの寄付金を目標としていたこのイベントは、3400万ドルの収益に留まり、慈善団体に分配された寄付金は僅か1500万ドルだったのだ。アメリカの大地は広大だ。都市部では参加者が集まったものの、一方で、閑散な地方都市や砂漠地帯(なるべくルートを回避したとはいえ)では参加者が思うように集まらなかったのだ。

当時“ハンズ・アクロス・アメリカ”の模様は、日本のニュース番組でも報道されたが、筆者の記憶では最終的に寄付していない人たちも参加することで、断絶的ではあるけれど“人間の鎖”が実践されたとのことだった。アフリカの飢えに代わって、アメリカの飢えを救うという考え方は、何も悪いものではない。しかし、問題意識が国外ではなく国内に向いている点、あるいは、参加者が(当時の)10ドルを払えるような中産階級に限られる点で、これまでのチャリティ・イベントやチャリティ・ソングとは、姿勢や意図が微妙に異なっていたのだ。このことに関する違和感を、『アス』のジョーダン・ピール監督は「悪夢的な印象を持った」と語っている。目の前で困っている人たちに対して“即刻性を持って”助けるのではなく、計画的に「人々が連帯する」というイメージを持たせるということに対する違和感。それが、『アス』のモチーフとして“ハンズ・アクロス・アメリカ”が用いられている理由の一つなのだと解せる。

映画のファーストカットでテーマを宣言している

©Universal Pictures

(※ここからは完全にネタバレです)
映画のファーストカットには、幾通りもの選択肢がある。例えば、風景なのか、人物なのか、あるいは寄った画なのか、引いた画なのか。つまり、どのようなショットで映画をスタートさせるのかということは、監督にとって作品のテーマを提示する上で、とても重要なのである。

『アス』は、テレビに映る映像ではじまる。ブラウン管には幼少期の主人公の姿が、うっすらと映り込んでいるのも確認できる。カメラは徐々にテレビ受像器に近づいてゆき、そこに“ハンズ・アクロス・アメリカ”のCMが流れるのだ。つまり、ここに『アス』のテーマが隠されている。ちなみに映画の冒頭でテーマを宣言していることが、単なる偶然ではないのには理由がある。映画の冒頭に映し出されるテレビ受像器の横にはビデオカセットが乱雑に並べられている。そのタイトルを注視すると、『グーニーズ』(85)、『ライトスタッフ』(83)、『チャド』(84)、『2つの頭脳を持つ男』(83)だということがわかる。これら80年代に製作された映画の各々の粗筋を確認すれば、実はこれらの映画によって『アス』のストーリー自体を説明し、どのような展開になるのかを既に宣言して見せていることが判る仕掛けになっているのだ。

やがて『アス』の物語は、1986年から現代へと時間が経過する。そして、自分たちにそっくりの“もう1人の自分”=“ドッペルゲンガー”と遭遇することになるのだ。この映画では“もう1人の自分”を映像的に示唆するため、例えば、<鏡>に映ったもう1つの像が度々挿入されていることが窺える。そして“左右対称”のモチーフも散見できる。例えば、ハサミは2つの刃が結合して1つの鋏を形成しているし、テレビの野球中継のスコアや時計が示す時間、救急車の屋根に書かれたナンバーが「1111」という“左右対称”の数字だったりする。映画に登場するウサギは、「不思議の国のアリス」と同様に地下の異界へと導く存在であり、実験や繁殖(クローン=もう1人の自分)のメタファーでもある。つまり“もう1人の自分”は、この映画において、1986年と現代で分岐した2つの自分”、あるいは、“こうなっていたかもしれないもう1人の自分”なのだ。

©Universal Pictures

2つの価値観が衝突することに対して、白人と黒人のハーフであるジョーダン・ピール監督は「どちらの側からもイジメられた」という経験が基になっていると述懐している。『アス』の原題は『US』=「私たち」という意味だが、『US』=「UNITED STATES」はアメリカのことでもある。この映画では、主人公のアデレードが“もう1人の自分”と格闘するが、“あの時、ああしていれば”という後悔が描かれていることも終盤で判ってくる。1980年代、レーガン政権だったアメリカは“レーガノミクス”と呼ばれる経済政策で自由競争を促進。富裕層や企業に対する減税を推進した結果、目先の好景気を生んだ一方で、財政赤字を増大させたという功罪がある。また、社会的な経済格差を生んだことは、現在の格差社会を招いた元凶だとも論じられている。つまり『アス』=『US』は、「UNITED STATES」=「アメリカ」という国自体を風刺した作品でもあるのだ。

映画のラストでは“ハンズ・アクロス・アメリカ”が“もう1人の自分”たちによって、33年の時を経て実践されている。しかし、そこに映し出されているのは、“連帯”ではなく、むしろ“分断”だ。ある背景を理由に他者を排斥することで結束した“人間の鎖”は、まるで国と国とを隔てる“壁”のようにも見えるからだ。1980年代のアメリカで起こった“レーガノミクス”の功罪は、どこか日本の現状にも似ている。つまり『アス』では、あの時の選択は正しかったのか?という社会的な考察が、ホラー映画の形を借りて描かれているのだ。この映画で描かれる“分断”、そして“あの時ああしていれば”という選択に対する後悔は、何もアメリカだけの問題ではない。


過去の連載はこちら

参考文献
「HANDS ACROSS AMERICA」ライナーノーツ
『ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い』西寺郷太(NHK出版新書)
『We Are The World THE STORY BEHIND THE SONG 20TH ANNIVERSARY SPECIAL EDITION』DVD
『Get Out』(Box Office Mojo)
Why Hands Across America Is So Vital to Jordan Peele's Us(esquire)

『アス』
9/6(金)TOHOシネマズ 日比谷他、全国公開中
監督・脚本・製作:ジョーダン・ピール
製作:ジェイソン・ブラム
出演:ルピタ・ニョンゴ、ウィンストン・デューク、エリザベス・モス、ティム・ハイデッカー
シャハディ・ライト・ジョセフ、エヴァン・アレックス、カリ・シェルドン、ノエル・シェルドン
製作年:2019年/製作国:アメリカ/上映時間:116分/原題:Us/英語/R15+
ユニバーサル映画 配給:東宝東和
公式WEBサイト

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