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南房総で暮らし、新宿で働く。シェアオフィス「HAPON」・永森昌志氏が語るデュアルライフのクリエイティビティ
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  • 2018.05.08
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南房総で暮らし、新宿で働く。シェアオフィス「HAPON」・永森昌志氏が語るデュアルライフのクリエイティビティ

開放感あふれるオープンスペースの真ん中には日本列島型共有テーブルが置かれ、畳のミーティングスペースでは茶道教室や書道教室が開催されるなど、先進性と日本らしさが融合した独特の雰囲気が人気のシェアオフィス「HAPON新宿」。その共同創設者である永森昌志氏は、生活の拠点を東京から南房総の“ど田舎”に移し、シェア里山プロジェクト「ヤマナハウス」の運営にも仲間と取り組んでいる。東京生まれ、東京育ちで、シェアオフィス運営やウェブプロデュースという都会的な仕事をする永森さんが、なぜ南房総へ完全移住し、里山プロジェクトまで始めるに至ったのか。その経緯を「ヤマナハウス」への滞在経験もあるFINDERS編集長の米田智彦がうかがった。

聞き手・文:米田智彦 写真:神保勇揮 構成:伊藤僑

永森昌志(ながもり・まさし)

合同会社HAPON共同創設者。シェアオフィス運営のほかウェブプロデュース、地域プロモーションも手がける。東京都武蔵野市出身。東京での多忙な日々を送る中で、週末にエスケープできる場所の必要性を痛感。探し歩くうちに南房総に行き着く。仲間とシェアハウスを運営しながら東京との二拠点生活を送った後に、南房総へ完全移住。現在は、シェア里山「ヤマナハウス」を運営する。

HAPON新宿 南房総のシェア里山プロジェクト「ヤマナハウス」 

東京からエスケープできる場所を求めて

−− そもそも永森さんと南房総との関わりはどこから始まったんですか?

永森:館山に家賃3万円の1Kのアパートを借りて、東京との二拠点生活を始めたのが2007年でした。

当時、「社会で意義のあることをしたい」という思いで、kurkkuという環境系のプロジェクトに参画していたのですが、日々仕事の充実感を感じるとともに、自分自身の生活自体を振り返ってみると、夜遅くまで働き、忙しさのつづく状況があった。その反動で、東京からエスケープできる場所が欲しくなりました。環境問題を扱うなら、まず自分自身が良い環境に身を置こうと。いろいろと見て歩く中で、「半島」という魅惑的な響きに惹かれて房総の先っぽに行ったら、館山があったわけです。

−− いわゆる「デュアルライフ」ですね。

永森:はい。その1Kにいたのは2年ぐらいですね。最初は休みになるとそこへ行き、1人で過ごしていました。サーフィンをしたり、座禅をしたり、移住コミュニティに参加したり。東京とは違う環境で過ごすことで、リフレッシュすることができました。

その後、友達が遊びに来るような状態が続いたので、千倉にある海沿いの別荘エリアにある一軒家を「週末二拠点シェアハウス」として借りることにしました。6万円の家賃を4人で割ると、1人で借りるよりリーズナブルかつ楽しいと気付いたのです。2009年のことです。

シェアハウスのメンバーには、後にシェアオフィス「HAPON新宿」の共同経営者になる栗原雄平君のようにサーフィンをやりたい人もいれば、アトリエみたいな感じで使いたいという木工作家の人もいました。編集者で東京ピストル代表の草なぎ洋平君たちがよく訪れていたのもそのころのことです。

しばらくして、「あわ地球村」というNPOによる田んぼの共同オーナーになって、田植えや除草、収穫などを仲間とともに楽しむようになりました。不思議なことに、ローカルにはあまり興味のない人でも、「米作り」というと、誘いに乗るんですよね。

−− シェアという言葉も概念もあまり浸透していなかったころですね。ベストセラーになったレイチェル・ボッツマン/ルー・ロジャース『シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略』(NHK出版)という本が出たのが2010年の暮れぐらいでしたから。

永森:特に先駆けたいと思っていたわけではないんですけどね。

2年ぐらいで栗原君は抜けてしまったのですが、その後、彼から声がかかって、東京の新宿でシェアオフィスをやろうという話になりました。同時にウェブの制作会社も立ち上げています。

東京に仕事を抱えたまま南房総へ移住する

シェアオフィス「HAPON 新宿」のオープンスペース。日本列島の形をしたテーブルが広がるユニークなスペースとなっている。

−− そして誕生したのがシェアオフィス「HAPON新宿」ですね。

永森:栗原君と僕の他に、手銭和加子さんというアートマネジメントの女性と、彫刻家の大平龍一さんが加わって4人で始めました。

日本列島の形をしたテーブルが広がるこのスペースの一風変わった造形は、大平さんが手がけました。合理性だけを優先したら出てこない、彫刻家ならでは発想といえるでしょう。

−− その間、房総のシェアハウスはどうしていたんですか?

永森:メンバーの入れ替えはありましたが、ブックピックオーケストラ の選書家・川上洋平君や、起業家の伊藤肇さんなどもメンバーになりながら続けていました。

ただ、シェアハウスと言っても築3、40年ぐらいの昭和な感じの普通の家だったんですね。あまり拡張性がなくて悩んでいたら、「じろえむ」という農家レストランを経営する地元有力者が「裏山と庭と畑付きの古民家があるんだけど、使う?」と言ってくれて。

そして実現したのが南房総三芳の「ヤマナハウス」です。家だけなら「シェア古民家」とでも呼ぶのですが、裏山も畑もあってそこだけで2,500坪くらいある里山なので「シェア里山」と呼んでいます。その前後で自分の住まいも平群というところに借りて、いよいよ南房総に完全移住することになりました。

ヤマナハウスの外観。

その後、木や竹の伐採も始めましたが、今はタイ武者修行という山岳民族に教わって竹の高床式建築を建てるワークショップをやっているナリワイの伊藤洋志君に、地元の竹で小屋をつくるワークショップをやってもらっています。

竹を使って家を作るワークショップの一コマ。

ヤマナハウスは築300年の古民家を改装している。

−− ヤマナハウスの古民家は築何年くらいですか? リノベーションが大変そうですね。

永森:築300年、江戸時代の中期といわれていますが、正確な築年数が分からないくらい古いです。

−− 300年、すごい!

永森:改修して釘が出てくるときに、釘が江戸時代の釘なんです。普通のと違うんですよ(笑)。大工さんが来て「これは江戸の釘だよ!」と言って。

改修は、基本的には自分たちでやっています。ただ、床張りの技法を地元の大工さんに教わったり、土間にコンクリを打つ際の最終仕上げを左官屋さんに頼んだりと、要所要所で地元の専門家やDIY通の力も借りています。

市の助成金が取れないかと南房総市の市役所にも行きました。結果的には取れませんでしたが、それでつながりができて、市からもヤマナハウスをフィーチャーしてもらえるようになりました。今週末も市のPR担当と連携して、大学生たちと南房総市をぐるっと回るツアーを実施する予定です。

−− なぜ、東京に仕事を抱えたまま南房総へ移住することを決意したのですか?

永森:以前は東京の神楽坂でもルームシェアをしていたのですが、2014年ごろには引き払ってしまいました。

二拠点生活から完全に移住するまでに時間がかかったのは、「移住するのか? しないのか?」という二者択一を迫るのではなく、仕事と生活のバランスを見ながら、自分に合った形にカスタマイズしていったからです。こうすべきといった既成の枠から自由になって、「オーダーメイドの生活」を作り上げていく。おかげで、仕事ふくめ自分の生活を見つめ直すこともできました。

南房総には、そんなオーダーメイドを受け入れる器の大きさがあると感じています。

南房総の「際感」に魅せられた

永森氏の自宅から見た南房総の風景。

−− 南房総の良さはどの辺にあると感じてますか?

永森:それを改めて考えてみると、「際(きわ)」みたいなことかなと。

地形的に、ここは半島だから海と山が近い。距離的には東京にも近く、かなり影響を受けてはいるけれど、超ど田舎でもある。ビジネス的な側面でも関わっていけるし、自分の住まいでもある。そんな、異なるものの「際」みたいなのが、割と共存していたり近接している場所なんだなあと。東北のど田舎とかも面白いと思いますが、そういったところにはない「際感」があるというのが南房総の一番の魅力ですかね。

米田がヤマナハウスを訪れた際の一枚。

−−  昨年、僕もヤマナハウスに伺いましたが、あそこに永森さんは住んでいないんですよね。

永森:別に住まいがあります。なぜかというと、人が住んでしまうと生活感が出るし、その人の色が付くので公共の場にならないからです。

−−  ヤマナハウスは、企業などの研修にも貸しているのですか?

永森:これまで明治大学や早稲田大学のゼミ合宿や、総務省のお試しサテライトオフィス事業の施設として使ってもらってきました。来年度はもうちょっと露出を増やすため、スペースマーケットへの登録も考えています。すでにロケ地登録をしていますが、映画やTVの撮影に利用してもらってもいいですね。

FINDERSでは「クリエイティブ×ビジネス」をコンセプトに掲げているそうですね。その視点で見ると、僕たちはこの3年ぐらい「里山クリエイティブ」みたいなことをやってきたのですが、そんな活動に興味を持った人からビジネス化の話、例えば「里山でウエディングをできないか」とか「里山で自由にドローンを飛ばせないか」といった相談をされたことがあったりもしました。今後はその方向にも広げていけるかなと考えているところです。

−−  房総の人たちならではの特徴ってありますか?

永森:「房州人はろっ骨が1本ない」という地元では有名な言葉があるんです。

−−  初めて聞きました(笑)。

永森:諸説あるんですけど、一番分かりやすいのは、肋骨が1本なくても生きていかれるぐらい、よく言えば大らかで、悪く言えば間抜けという(笑)。おっとりしている人が多くて、移住者からすると楽ですね。

古民家でもWi-Fiや50インチTVは完備

−− 昨年、僕もご自宅に行って、お庭で薪割りをやりましたよね(笑)。来てくれた人の感想はどういう感じですか?

永森:訪問者の9割以上が都市生活者なので、まず驚きますね、「何だ、ここは?」と。

−− ガスがないんですよね。電気は通っているんですか?

永森:熱源は、全部薪でまかなっています。お風呂とかお湯を出すのに。でも、基本的にはすごく近代的な生活をしていて、電気はもちろんWi-Fiもあります。50インチのテレビだってあるし、週末はそれでファミコンやったりもします(笑)。

薪を使ってガスはすべてまかなっている。

熱源に薪を使うのは、もともと借りた家が薪ボイラーだったからです。スイッチ一つでお湯は出ませんが、意外に慣れますよ。お湯を使うには、いつ火をつければいいか、明日の朝に何度ぐらいになっているかとか、薪を使っているとエネルギーというものに対して敏感になります。

−−  太陽光パネルは入れないんですか?

永森:一応ありますが、普段はイノシシの侵入を防止する電気柵用の発電として使っています(笑)。ピリッとくるやつ。僕の家は何百坪もあるんですけど、そこに全部張り巡らしています。それを使えば、携帯電話やちょっとした照明くらいは賄えるかな。震災が起きて全部ライフラインが止まっても、これがあるので取りあえずどうにか数日は生き長らえられる(笑)。

今のローカルにはクリエイティブなさまざまなジャンルの人が集う

−− 永森さんは東京出身・東京育ちで田舎を知らなかったわけですよね。30歳をすぎてから完全に田舎暮らしになって、メンタルは変わりましたか。

永森:変化ってグラデーションなんです。だから、たぶん10年前に会っていた人と、今いきなり会ったら変化を見い出すかもしれないですけど、同時に加齢もしているじゃないですか。その変化もある。

ただ、クリエイティブというものに対する定義は変わりましたね。クリエイティブというと、広告、デザイン、映像あたりをイメージしがちですが、里山をデザインするクリエイティブもあるし、農作業やDIYのクリエイティブもある。獣害や廃校といったネガティブを反転させるクリエイティブもあれば、それこそ生活様式自体のクリエイティブもあると感じています。

−− クリエイティブの定義が広くなったと僕も思います。

永森:「クリエイティブという概念が拡張した」という感触は、すごくありますね。最近は「すごい!」と思う対象も拡張してきていて、田舎の爺さんが、実はすごいなと。クリエイティブだし、野生的だなと思います。かたや自分はというと、以前は自然のことにはまったく疎くて、この木が針葉樹なのか広葉樹なのかも分からなかった。

−− 東京との往復は苦にならないですか?

永森:慣れちゃいました。毎日じゃないですし。1時間半ぐらいかかりますが、1回バスに乗ったら座っていられるので。都会で毎日電車で30分立ち続ける方がしんどいですよね。夜に帰れなければカプセルホテルに泊まればいい。

自然豊かな住環境に身を置くと心もからだも健康に

−− 圧倒的に、健康になったんじゃないですか。

永森:南房総では暮らすための行為がそのまま体づくりになるので直接的ですよね。筋トレのためにお金を払ってジムに通う必要がない。野良仕事で高低差のあるところを歩くだけで足腰が強くなるし、薪割りだっていい運動になる。精神面でも、以前の生活に比べてストレスを感じても元に戻るのが早くなりました。 

豊かな自然環境に身を置くと、心も豊かになっていくような気がします。人々はよく、昨夜や今朝の風の話をしている。「風の歌を聴け」なんて小説もありましたが、彼らは本当に風の歌を聴いて日々暮らしているんですね。東京の感覚からすると普通の会話もときに詩的に映ります。

僕も季節を旅するような日常にいることで、以前のように変化を求めて頻繁に旅行に行くことは減りました。

ローカルには総合格闘技のようなさまざまな技を持つ人が集う

永森氏の自宅の庭

−− 僕が2017年に出版した『いきたい場所で生きる 僕らの時代の移住地図』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本の中で、33人の移住者にインタビューしていることもあって、「デュアルライフ(二拠点生活)を成功させるコツにはどんなことがありますか?」と最近よく訊かれるようになりました。僕がそのときに言うのは「まず、地元のキーパーソンと出会え」ということなんです。

永森:それはありますね。僕も地元のキーパーソンと繋がることでヤマナハウスを借りることが出来たし、居心地のいい自宅も見つかりました。僕の大家さんは代々の土地で製材所を経営している方で、価値観もまるで違うと思うのですが、お互いを認めつつ、ちょうどよい距離で仲良くさせていただいています。

これまでは出会う機会のなかった人たちを結びつける場になっている今のローカルって、黎明期の総合格闘技みたいな感じがするんですよね。総合格闘技好きな人には伝わるかな(笑)

−− 総合格闘技がバーリトゥード(Vale Tudo=なんでもあり)と呼ばれた時代ですね。

永森:そうそう、今は房総がクリエイティブの異種格闘技戦の場になっている感じですね。僕はもともと広告とかWEBとかそっち系の人間ですが、建築やまちづくり系のNPO南房総リパブリックの馬場未織さんや、農業系の人などが思い思いの活動をして入り混じった状況になっている。ヤマナハウスにも、テキスタイルデザインやIT、飲食、法律など多様な職種の人たちが出入りしています。自分の得意技があるとローカルに入り込みやすいんですよね。

ローカルには、違いを掛け合わせていく面白さがあると思います。

千葉はイタリアみたいな南北格差がある

−−  千葉でも、上総一宮のほうには東京R不動産・Open Aの馬場正尊さんがいたり、いすみ市のほうにはGreenz.jp編集長の鈴木菜央さんがいたりするじゃないですか。千葉の中でもいろいろ違うわけですね、東西南北に広いから。

永森:東京から見るとどちらも千葉の田舎ですが、いすみから南房総市へは車で1時間以上かかります。東京へ行くのと同じぐらいの距離があるので、だいぶ違いますね。南房総市は広くてスペースもあるので、様々な試みをできる余地がまだまだあります。

−− 鴨川や銚子にも違うテイストを感じます。

永森:鴨川には「大地を守る会」を始めた歌手の加藤登紀子さん達がいらっしゃいますね。コミューンに近いものがあって、ヒッピーテイストが強い。銚子もおもしろいですよ、海の文化や醤油づくりの歴史もあって。

−− それから同じ千葉でも津田沼や市川くらいまで来ると「千葉都民」になる(笑)。

永森:市川から東京へは簡単に行けますが、南房総へ行くには相当時間がかかります。千葉は東西の移動は楽ですけど、北から南に行くのはめちゃくちゃ大変なんですよね、電車だと。そう考えると、千葉はイタリアみたいなもので、南北の差がありますね。

−− 「千葉はイタリア」という見出しができますね(笑)。

永森:(笑)。千葉では南北間の平均年収の差も大きいですね。下手したらゼロが1個違うかもしれません。イタリアで言うなら、市川はミラノあたりでしょうか(笑)。

都市もあるし山もあるし海もあるし、国際空港だってある。農業もあれば工業地帯もある。飛び抜けたものはあまりなくて地味ではありますが、実は千葉には多様性があるんです。

神奈川とはまた違った南房総への移住の醍醐味

−− 東京を起点とするデュアルライフというと、鎌倉・湘南エリアが定番になっていますね。

永森:ありますね。

−− 南房総へ行く人とは、まったく違いますよね。

永森:海を渡る開拓民みたいなものです、南房総への移住者は(笑)。東京に電車で通うのも無理ですしね。

鎌倉や逗子葉山は、もう街が出来上がっているイメージです。出来上がっているところにジョインするのは、少し窮屈かもしれない。良質なお店が多いというのはあると思いますけど、それは東京でいいかなと。自然と街の両方を併せ持っているから、鎌倉がいいということであれば、僕の場合は、両方を東京と房総で味わうほうが楽しいですね。

葉山とかは東京まで陸続きですが、南房総は海を越えるんです。その切り替え、パラレルワールド感がありますね。

−− 街が出来上がっちゃっているから。

永森:古都鎌倉の価値は頼朝がつくっているじゃないですか(笑)。

自由な発想で多様なつながりをつくることができる南房総

−− 地方創生が叫ばれていますが、市役所とか地元の人の意識はどんな感じですか。

永森:直接携わっている分、市役所のほうが、地元の人より危機感がありますね。少子高齢化による人口減少や空き家問題の解決策として移住者に期待が集まっていますが、まだまだ足りないと言っています。自治体の合併による補助金や地方交付金も、あと数年で入らなくなるからやばいと。

−− 南房総に足りないものは何でしょう。

永森:いわゆる観光名所が少ないですね。でも、名所旧跡というよりは、人をひきつける魅力を持った、これまでに無かったものが欲しい。僕は、そのキーワードは「違和感」ではないかと思っています。

竹で作っている小屋。

この前、伊藤君に里山でタイ直伝の竹の小屋をつくるワークショップをやってもらったんですが、日本のものとは違うんですね、たたずまいが。里山の中にそれがあると、馴染んでいるようで、ちょっと違和感がある。そういった、馴染みながらも違和感を持ち込むことが大事じゃないかと思っています。

−− それからヤマナハウスは、外国人が喜びそうですね。

永森:南房総自体がインバウンドに力をいれていますし、ヤマナハウスにも外国人が何回か来てくれています。

−− 今後の展望はありますか。こういうことをやってみたいな、とか。

永森:今はそれぞれに活動を進めていますが、今後はその自由さは残しつつ、馬場さんたちといった南房総のキーパーソンと連携していくことも考えています。東京で南房総に触れられるサロンのような場を設けたり、移住とは直結しなくても、とにかく来てもらって、この土地を楽しんでもらうようなことができればいいですね。

老若男女や多業種が混ざり合った新たな形のコミュニティなど南房総では自由な発想でつながりをつくることができます。都市生活者にとってのサードプレイスのような場を作りやすいのは、いま都市よりもむしろローカルなのではないかと思います。少しでもローカルに興味がわいてきたら、南房総へ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。


HAPON新宿

ヤマナハウス

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