元プロたちの心からの声援に思わず感動するミラー配信
今年5月7〜8日に行われたVALORANTの有観客イベント「RAGE VALORANT 2022 Spring」での様子。ZETA DIVISIONの面々に加え、配信に参加したSHAKAやStylishNoobも登場。会場の観客人数は6500人超となった。
ここまで41万人もの視聴者を集めることに成功したのは、ストリーマーと呼ばれるインフルエンサーたちの放映権を認める英断に基づくものだったと論じてきた。だがいくらミラー配信を許諾したとしても、もしストリーマーがその大会に興味がなければ、配慮をしながらミラー配信をしたところで、視聴者はそこまで盛り上がらなかっただろう。
今年4月、自身もSNSで絶大な影響力を持つきゃりーぱみゅぱみゅが「インフルエンサーの闇に迫るわよ」と題し、フォロワー数などインフルエンサーが持つ「数字」に便乗するような粗悪なSNSマーケティングを痛烈に批判したことからも明らかなように、現在、「有名な人に宣伝してもらえれば売れる」という見え透いたインフルエンサーマーケティングは嘲笑の対象でしかない。インフルエンサー本人の心から「好きだ」という気持ちが伝わればこそ、ファンはその対象に関心を抱くのであり、そうしたファンの信頼を消費するようなマーケティングはむしろ、対象の価値を貶める結果になる。
その点において、『VALORANT』のミラー配信はいずれも、ストリーマーたちの心から応援する気持ちに何度も心が揺さぶられるものだった。
普段は淡々としたトークが魅力的なshakaすら、日本チームのcrowが放ったショックダーツが全く見えない設置中の敵セージを狙撃した瞬間などは「完璧すぎるわ!」と感嘆し、普段ハイテンションな配信が魅力のJasperに至っては、同じく日本チームのLazがヴァンダルで完璧という他ないリコイルコントロールによってBに迫る敵チームからエースをもぎとった瞬間に「Lazゥゥゥゥゥ!!!」とまるで自分がプレイヤーかのような勝鬨をあげた。
このようなストリーマーたちの姿を見れば、彼らの心境に普段から寄り添っているファンたちはもちろんのこと、ストリーマーもゲームもよく知らない人でさえ「今とてつもなくすごいことが起きていて、自分はその場に立ち会っているのだ」という事実を悟り、あっという間にその空気に呑まれていったに違いない。
ストリーマーたちがここまで真剣に試合を観戦し、自分ごとのように盛り上がっていたのには理由がある。実はshakaは『Alliance of Valiant Arms』で4回国際大会に出場し、jasperは『Overwatch』で2017年のワールドカップに日本代表として出場、stylishnoobも『PUBG』の「PUBG Invitational」にshakaとともに出場するなど、彼らは以前プロゲーマーとして活躍し、日本代表としてファンの期待を背負っていたのだ。
まだまだ世間的にビデオゲームそのものが肯定的に評価されない、むしろ嘲笑の対象でしかなかった時代に、プロゲーマーとしての世界に挑戦していった彼らは、アイスランドという異邦の地で戦うZETAの若き才能たちが経験した、敗北と挫折、 喪失と悲嘆、苦悩と絶望に恐らく誰よりも共感できたはずである。だからこそ、そうした一切の重圧さえも跳ね除け、海外は無論日本国内ですら全く予想できなかった栄光を勝ち取った瞬間(彼らは3位の結果にさえ「悔しい」と言うが)、心から彼らを祝福したに違いない。
プロゲーマーとして活動する/していたストリーマーはもちろんこの3人に限らないし、もっと言えば、プロでなかったとしても、今多くのストリーマーは自主的に大会を開き、優勝を巡って相争う関係にある。つまりストリーマーとは根っからの競技的なゲーマーであり、どうしようもないほどに負けず嫌いが多いのである。だからこそ、ミラー配信を通じて応援する彼らは視聴者の誰よりも限りなく当事者に近い立場であり、その熱量に多くの視聴者は圧倒され、彼らを通じてZETAの戦いがいかに偉大で、素晴らしいものであったかを知りえたのだ。
次世代のスポーツ観戦の在り方
今回はZETA DIVISIONの3位到達という日本のesports史に残る歴史的な快挙から、彼らプロゲーマーではなく、その様子を見守った41万人の「証人」がどのように集まったのかを論じてきた。それは、放映権をストリーマーたちに託す「ミラー配信」文化を構築し、さらにストリーマーたち自身がエンターテイナーでありながら競技者でもあるキャリアによって無関心層をも引き込んだ、まさにソーシャル・ネットワークの時代ならではの「祭り」だと言えるだろう。
この「3位 × 41万人」の熱狂は、ZETA DivisionのFPSに対する途方もない情熱と才能を持ち合わせる若者たちの努力と、彼らの努力をソーシャルな時代に応じて拡張させていった運営RAGEの英断、さらに日々若者たちを配信活動で楽しませながらもミラー配信にあっては自らの闘志を惜しみなく声援に乗せたストリーマーたちの魅力、全てが合わさって実現したものだ。それらは限りなく従来のスポーツの文脈とは異なるが、だからこそビデオゲーム競技への愛が漕ぎ着けた新しい次元のスポーツ文化と言える。
もちろん、今後この事例は他のesportsやインターネット上のコンテンツにも波及するだろうし、あるいは従来的な興行文化にも応用可能なものかもしれない。パターナリスティックな慣習に囚われることなく、現代のテクノロジーとカルチャーを融合させた新たな興行の可能性は、今後も拡げていく余地は大いにあるはずだ。