CULTURE | 2022/03/26

間違ってるけど愛おしい「COFFEE&PIZA」の文字。いかりやレストラン デミタス(相模湖)【連載】印南敦史の「キになる食堂」(8)


印南敦史
作家、書評家
1962年東京生まれ。 広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、 音楽雑誌の編集長を経て...

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印南敦史

作家、書評家

1962年東京生まれ。 広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、 音楽雑誌の編集長を経て独立。一般誌を中心に活動したのち、2012年8月より書評を書き始める。現在は「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「ニューズウィーク日本版」「マイナビニュース」「サライ.JP」「ニュースクランチ」など複数のメディアに、月間40本以上の書評を寄稿。
新刊は、『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)。他にも『読書に学んだライフハック』(サンガ)、『書評の仕事』(ワニブックスplus新書)、『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』 (星海社新書)、『音楽の記憶 僕をつくったポップ・ミュージックの話』(自由国民社)など著書多数。

絶対に直してほしくない「COFFEE & PIZA」

ときどき、JR中央本線に乗って西へ進んでみることがある。行きたい場所があるわけではなく、少しずつ山深くなっていく景色を眺めたいからだ。それだけで、気持ちがなんとなく落ち着くのである。

もう何年も続けているのだが、ずっと気になっていることがあった。高尾駅の次、神奈川県に入る相模湖駅を通り過ぎる時、駅前のレストランっぽい店が一瞬だけ見えるのだ。そもそも降りたことのない駅だったので、時間が経てば経つほどその店のことを知りたくなっていった。

ある日ネットで調べてみたら、やはりレストランらしい。「いかりやレストラン デミタス」という名称も、どことなく昭和っぽくていい感じだ。

いつまでも気にしているだけでは仕方ないので、ある平日の午後に訪ねてみることにした。

相模湖駅を出ると、目の前にはバスターミナルと駐車スペース。車が何台か停まっていてバスも見えるが、それ以外にはなにもなく、必要以上に広く感じられる。

視線を少し右に移すと、「相模湖 ようこそ SAGAMIKO」と文字が3行で配列されたアーチ。お目当ての店は、どうやらそのすぐ左にある3階建てビルの2階にあるらしい。建物自体は古いが、1階の商店も営業中だ。

その商店には「名物 酒まんじゅう」という看板が立てかけてあり、横には「各種 肥料」の文字も見える。近隣には店も少ないことだし、地元の人に欠かせない店としてしっかり機能していそうだ。

そのすぐ左に、「いかりやレストラン デミタス」と書かれた看板が立っている。料理のサンプルがずらりと並んだショーウィンドウの上には「碇屋」の文字。レトロな書体がたまらなく気分だ。

間違いない。ここはいい店だ。そう確信しながら横の階段を上がろうとした瞬間、「碇屋」の文字の上の記述に目を奪われた。

「COFFEE & PIZA」

ピザの「Z」がひとつ足りない。おそらく店ができた当初は、「PIZZA」というスペリングも一般的ではなかったのだろう。でも、こういうところがたまらなくいい。ミスではあるが絶対に修正してほしくない。なぜって、開店当初から続く時の流れが見て取れるからである。

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