CAREER | 2026/02/16

“未来をつくる”修了生たちのチャレンジ
「修了生対談」

特集:慶應SDM神武研究室「オープンラボ2025」開催レポート
2025年7月11日・12日、スペース中目黒にて開催

文・構成:カトウワタル(FINDERS編集部) 写真:菅 健太(株式会社DALIFILMS )

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2025年7月11日(金)・12日(土)、東京・中目黒の 「スペース中目黒」 で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM) 神武直彦研究室による「オープンラボ2025:世の中、きっとシステムデザインでなんとかなる!」が開催された。学生や教員、修了生、企業や自治体の関係者、さらには小中高生までが集い、世代を超えにぎやかな雰囲気の中行われた。

SDM研究科は、技術・社会・人の関係を“システム”としてとらえ、複雑な課題をデザインとマネジメントの力で解決していくことを目指す大学院。システムズエンジニアリングやデザイン思考、プロジェクトマネジメントを基盤に、文理や世代を越えた多様な人々が集まり、現実社会に新しい価値を生み出す実践的な研究・教育を行っている。

本特集では、2日間で行われた8つのトークセッションを一つずつ取り上げ、現場で交わされたリアルな言葉や気づきを紹介していく。  

特集:慶應SDM神武研究室 「オープンラボ2025」 開催レポートhttps://finders.me/series/kqJTU8QICbtvF0wYpZU

大学卒業後にSDMを選択する理由

2日間にわたり開催された神武研究室オープンラボ2025の最後を飾るトークセッションは、前日にも行われた 「修了生対談」 だ。前日は自身の研究をビジネスへとつなげる社会人学生が中心だったが、2日目のセッションでは学部からの進学先としてSDMを選択した修了生も登壇、会場には将来的にSDMへの進学も視野に入れる学生の姿も見られた。

最初にモデレーターを務める特任教員の西野瑛彦さんが、自己紹介を行った。西野さんは教員のほか、大学発のスタートアップが加盟する宇宙サービスイノベーションラボ事業協同組(SSIL)でも活動。デジタル地図上での位置情報や衛星データの解析といった地理空間情報が専門で、日本版GPS 「みちびき」 を活用した災害時の情報配信の設計・検証など、「防災」 に関する研究に長年取り組んできた。防災の研究においては、衛星や通信だけでなく、地上の仕組みや制度も考慮し、「どのように運用、社会実装するのか」 まで含めて組み上げていく必要があり、これこそがまさに “システムデザイン” そのものだと強調した。

モデレーターを務めた特任教員の西野瑛彦さん

また自身も大学卒業後に修士課程と博士課程をSDMで修了しており、今回のセッションでは、修了生の立場でコメントしたいとして、登壇者の自己紹介を促した。

次に、電気通信大学で情報系を学びつつ 「技術そのものを極めるよりも、技術をどう世の中で活かせるか」 と考えSDMへの進学を決めた増間智昭さん。国立の学部から私立の大学院へ進む選択は当時きわめて異例だったが、「その思い切った選択は本当に良かったと思っています」 と語った。現在はシスコシステムズにおいて、エンジニアとして活躍している。

続いて、社会人からSDMへと進学した高橋真さん。「AIを使った部屋探し」 という新規事業に取り組むほか、複数の大学で教鞭をとるほか社会活動にも関わっている。SDMを選んだ理由として、ダウン症と中度難聴、ADHDがある子の母としての視点を語る。

最後に、沖縄出身でレスリング日本一15回の実績を持ち、現在は起業家・大学講師として活動する与那覇竜太さん。「神武先生が育てた中で “一番賢いゴリラ”」 と笑いを取りつつ、研究室で叩き込まれた 「問題定義」 と合言葉 「Enjoy & Good Luck」 が今も拠り所になっていると語った。

個人と社会をつなぐためのシステムデザイン

続いて、各修了生が神武研究室でどんな研究に取り組み、その内容や成果、そこで得た学びが現在の仕事や活動にどのようにつながっているか紹介していった。

最初に研究内容を紹介したのは高橋さん、修士論文のタイトルを 「特別な支援が必要な幼児を持つ保護者のための自律的小学校選択支援システムの設計と評価」 を一息に言い切ると、「私、覚えてた」 と会場を笑わせたが、研究の目的は 「誰でもその人らしく生きられるインクルーシブな社会の実現のきっかけをつくる」 こと。

ここで高橋さんは会場に質問を投げかける、「田中さん、高橋さん、鈴木さん、加藤さん・・・といった名字で仲の良いお友達がいる方、手を挙げてください」 ―当然のようにほぼ全員が手を挙げた。高橋さんは続ける。「はい、では次にいま思い浮かべた友達と同じぐらい仲の良い “障害を持った友達” がいる方、手を挙げてください」 ―今度は一転して会場が静まりかえる。

高橋さんによると、日本で名字の多い数ランキングの上位9位の人口は約1,140万人。
一方障害を持つ人の数は約1,160万人だといい、「なぜ高橋さんや佐藤さんといった名字の友達はいるのに、障害を持った人の友達はいないのでしょうか?」 と疑問を投げかける。
高橋さんの研究テーマの設定は、修士2年生へ進むタイミングと、娘が小学校へ入学するタイミングが重なった際に、こうした 「健常者と障害者の分離」 やそこから生まれる日本社会の 「いびつさ」 に疑問を持ったことが背景にあり、その分岐点ともいえる小学校選択の支援 (地域校/支援級/特別支援学校など) を研究テーマに据えた。

さらに高橋さんは研究の社会実装の例として、オープンラボでの “1分スピーチ” をきっかけにNPO法人Issue+Designと協働、日本財団の助成を経て 「みんなで就学活動」 という取り組みにまとめあげ、終了後書籍化 (障がいのある子と親のための小学校就学サポートBOOK) したことを成果として挙げた。

西野さんも自身の中学時代の親友との記憶を重ね、「就学以降の分断」 を身をもって経験したことを明かした。

障害を持つお子さんの小学校選択の支援する活動を行う高橋真さん

続いて、スポーツチームにおける、「キャプテン個人に依存せず、メンバー一人ひとりがチームの目標を “自分事化” できるようにするための設計」 を研究テーマに、修士論文  (「大学運動部での集団凝集性向上のための自律的動機認識行動支援システムの設計と評価」) をまとめた与那覇さん。負荷の高いキャプテンに依存せずに、みんながチームの目標達成に向かって自分でモチベーションを持てるようにするにはどうしたらいいか。その方法と検証の研究だ。

また神武研究室や研究を通じて学んだこととして、神武教授が日々口にしていた “Enjoy & Good Luck” という言葉を挙げ、修了後の仕事や独立・企業における拠り所になったことを語った。

沖縄出身でレスリング日本一15回の実績を持つ与那覇竜太さん

そして増間さん。研究テーマは 「人工衛星による高精度測量を使ったパームヤシ・プランテーションの植樹最適化」 だ。2年間で10回もマレーシアを訪れ、地平線まで続くプランテーションを、40℃を超える気温の中で作業者がロープで一本一本測って植える ― そんな “超アナログな現実” に向き合った。経営層や共同研究企業の担当者は 「収穫量の増加」 「効率化」 を望む一方で、現場の作業者は 「無関心」 どころかスマートフォンを触ったこともなく英語も通じない。そんな状況下の中で、誰もが使え、全員がハッピーになるシステムを徹底的に考えたという。

当初、「2年で終わらせるなんて絶対無理」 と悩んでいた増間さんの研究を推し進めたのは、「とにかく現地の人と仲良くなる」 「現地の人たちが何をやりたいのかを理解する」 と、何度も現地を訪れて積極的にコミュニケーションを取ったことがきっかけだ。システムデザインの研究において重視される “人とのつながり” を実感した経験を語った。

パームヤシ・プランテーションの研究で、2年間に10回もマレーシアを訪れた増間智昭さん

3人の研究や活動は、それぞれフィールドは異なりながらも、いずれも 「個人と社会をつなぐためのシステムデザイン」 を軸に据えていると思えた。

社会実装してこそ分かるアカデミアの価値や役割

続いて西野さんは、当時研究や学びを進める上で、「これは想像以上に大変だった」 こと、そしてそれらを 「どう乗り越えたのか」 という質問が投げかけられた。

高橋さんは 「お作法」 と即答。章立てから表記、引用まで、カンマ一つの位置を外さない学術のフォーマットに自分を合わせ切る苦行だったという。「社会人の修羅場体験があっても、100ページ規模の論文を理路整然と編み上げるのは別物。だからこそ 「研究」 という枠組みを通じ、学びを形にすることがいかに難しいかを痛感しましたし、逆にそれをやりきれたことが大きな学びになったなと思っています。」 と振り返った。

増間さんも、8年前なので記憶が薄れてきたとはするものの、「仕事でどんなに大変なことがあっても、“修論に比べたら” “SDMの2年間に比べたら大したことない”って思います」 と語るとともに、「SDMではシステムデザインをきちんと学んで、それを研究に活かしていくため授業取らなければなりません。ただ授業は大変面白く、全部取りたくなり、M1の夏に “あれ、研究は?” と青ざめたこともあり、タイムマネジメントとやりたいことの優先度付けも学ぶことができました」 と続けた。

考え込んでいた与那覇さんは次の三つを挙げた。一つ目は入学直後、周囲が新プロジェクトで走り出すなか自分はひたすら本を読み続けて、「何がしたかったのか分からなくなった」 と時期。二つ目は半年間ほど続いた 「問題定義できていない」 との往復で心が折れかけた時間。そして三つ目は、「こうしたオープンラボの運営」 と会場を笑わせた。「でも全部が糧になった。“イエスかハイ”で腹をくくると道はできる」 とまとめた。

ここで会場からの質問を受け付けた。現役の大学生からは、「大学での学びはSDMでも活かすことができるのか」 の問いに、与那覇さんは 「方法より背中。神武直彦の“やればできる”を全身で学ぶ」 と即答。教授としての業務だけでなく、小学校校長の兼務、次々に立ち上がるプロジェクトに取り組む姿に、“実は神武教授は3人いるのでは” と思うほどだったといい、それを “童心を忘れず夢を実装し続ける姿” が最大の教材だったと説いた。

神武教授も 「悩んで泣きながら修了する人もいるが、皆さん不思議と “鮭” のように戻ってくる」 と補足し、在学時の与那覇さんについても 「いつも怒っていた」 と笑う。増間さんも質問に対し 「学部の学びは意外なところで効く。SDMは異分野の仲間と組めるから、接続点が爆発的に増える」 と実務者目線で助言し、高橋さんも 「突き止めたいテーマを早めに持つと、2年間濃密な時間を過ごせる」 と背中を押した。

また会場からは、大企業で新規事業の開発を担う参加者が高橋さんへ 「高橋さんのようにお仕事されている方であれば、入学しなくても社会実装できたのでは?」 との質問があがった。これに対する高橋さんの答えは明快だ。

「研究して良かったと思うことは、社会に対し何か発信する際に『障害のある子のお母さんが言っていることでしょ』と言われるのと、『慶應の大学院で修士を修めた人が言っていることでしょ』と言われるのでは全然違う。“枕詞” として信頼性があるんです」 と、日々の活動の中で実感している言葉に会場は大きくうなずいた。

そしてセッションの締めくくりに 「これから未来に向けてどんなチャレンジをしていきたいのか」 というお題が西野さんから出された。

高橋さんは、共生社会をポジティブに体験できるカード教材 「ワンダーワールドツアーゲーム」 を大学・企業で展開中と紹介。慶應SDMの授業 「ヒューマンリレーションズ」 でも扱われ、直近では京都先端科学大学でも実施予定だという。「言葉の説得から、体験の納得へ、DE&Iやチームビルディングの文脈で、このゲームを会社の中で取り入れていただければ、共生社会への理解や気持ちを持つ人がどんどん増えていく。それを未来のチャレンジにしていきたいと考えています。」 と語った。

与那覇さんは 「2045年までに『未来は明るい。明日は最高だ』と誰もが確信できる社会」 を掲げる。鍵は 「人と場と地球」 の循環。人が場をつくり、場が思いを生み、思いが社会と地球を良くする。その循環を事業と教育の両輪で具体に落としていくと誓った。

増間は入学から10年を区切りに 「コンフォートゾーンからの再起動」 を宣言。海外やアカデミアとしての新たな挑戦も視野に入れつつ、「先生より年取った?」 と茶化されないよう(笑)、ギアを一段上げる覚悟を見せた。「より良い社会のために “何か一つ” 良いものを残す。物でもサービスでも、現場に効く形で」 と決意を語った。

本セッションでは、華やかな成功体験だけでなく、戸惑い、迷い、試行錯誤を重ねた末にようやくたどり着いた実装のリアルな体験談が語られた。

また、異なった分野の研究であっても、人間を中心に据えたシステムデザインの実践が、社会を少しずつ変える可能性を示したセッションであった。

2日間にわたり開催された慶應SDM神武研究室 「オープンラボ2025」。会場には現役学生だけでなく、卒業生や共同研究を行う企業関係者、小学生から中学生、高校生、大学生まで、幅広い層の人々が集い、「世の中、きっとシステムデザインでなんとかなる!」 をともに考え、ポジティブで明るい未来を考えるきっかけとなった。

来年の開催が今から楽しみだ。


特集:慶應SDM神武研究室 「オープンラボ2025」 開催レポートhttps://finders.me/series/kqJTU8QICbtvF0wYpZU

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM)
神武直彦研究室「オープンラボ2025:世の中、きっとシステムデザインでなんとかなる!」 
https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/openlab2025/

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM) 神武直彦研究室
https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/