LIFE STYLE | 2022/03/25

「超格差社会アメリカ」に移民が怒らないワケ。生まれ変わり続けるアメリカンドリーム

トニー・ロビンズのイベントで講演するデイヴィッド(筆者の夫)と、セルフィーに入りたくてステージに上ってきたファンたち
...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

アメリカンドリームが滅びない理由

ロビンズのセミナーを支えているのは、膨大な数のボランティアだ。以前このセミナーに参加して人生を大きく変えた人たちが、会場係などで無料奉仕をしているのだ。彼らは、チケット代を払って参加した人たちに、あちこちで「私はこうやって人生を変えた」、「セミナーに参加したときには無一文だったのに、事業を始めて今では年商数百万ドル」という体験談をシェアしている。

参加者にランダムに声をかけて尋ねたところ、参加の動機は「キャリアを変える勇気を得たい」「中だるみしている事業を活性化させたい」「ぎくしゃくしている夫婦仲を改善したい」といった具体的なものから、漠然と「成功したい」というものまでいろいろあった。でも、ここに来ることで「人生を変えたい」という渇望は同じだ。

会場の熱気には宗教的な雰囲気もある。ロビンズが実現した「アメリカンドリーム」を実現するために約8万円から30万円(音楽コンサートのように席や特典によってチケット代は異なる)払って参加した人は、ロックファンのようなものであり、ロビンズ教の信者といえるかもしれない。「ここに来る前は奇妙な宗教じゃないかと眉唾だったが、想像とはまったく異なり、得るものが多かった」と答えた人がいる一方で、「こんなに払ったのに何も得るものはなかった。損をした」という人には会わなかった。個人的には、ここが最も興味深かった。

ロビンズのセミナーに象徴される「誰でも努力すれば成功する可能性がある」という「アメリカンドリーム」は、アメリカ合衆国を根底から支える成功の概念だ。

アメリカ建国前後のヨーロッパでは階級制度や国の抑圧がり、多くの人には宗教や職業を選ぶ権利、土地を有する権利がなかった。どんなに才能があっても生まれついた階級から這い上がることができなかった人々にとって、アメリカはリスクを取って移住するに値する新世界だったのだ。

移民を魅了し、アメリカ合衆国を経済大国に育てる推進力になったアメリカンドリームだが、最近では「アメリカンドリームは死んだ」という説をよく目にするようになった。大富豪が富を独占して貧富の差が広がり、中流階級が空洞化し、教育の機会の均等がなくなったために成功の機会もなくなったというものだ。ベストセラーとなったピケティの『21世紀の資本』(みすず書房)でもそういった主張が展開されている。

だが、私は「アメリカンドリームは死んだ」とは思わない。アメリカンドリームは神様や妖精のようなものだと思っているからだ。

学者や政治家がデータや数字を使って「アメリカンドリームはもはや存在しない。死んだ」と説明しても、アメリカ人そのものが「いや、そんなことない。がんばれば成功できる」と信じている限り、アメリカンドリームは存在し続ける。女子高生の母から生まれて世界一の大富豪になったジェフ・ベゾスや、離婚と再婚を繰り返した母親に育てられて大学に行かずして世界一の人生コーチになったトニー・ロビンズがいるではないか。これらの神や妖精を信じるから、ロビンズのTEDトークのビューは歴代トップであり、彼の入門編セミナーには毎年1万5千人が新たに参加する。

アメリカンドリームは死んではいないが、それを信じる人たちが変わってきたのは事実だろう。アメリカでは、恵まれない環境から地理的に脱出してきた人のほうが「チャンスさえ与えてもらえれば、自分は必ず才能を発揮する」と信じる傾向があるようだ。かつて栄えた産業が衰えたラストベルトに住む白人よりも、貧しい国から来た移民のほうが将来に楽観的であることが世論調査でもわかっている。アメリカンドリームが死なないのは、将来に楽観的な移民が新しい血を送り込むことで新陳代謝を続けているからかもしれない。


渡辺由佳里さんのFINDERSでの連載「幻想と創造の大国、アメリカ」はこちら

prev