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中川淳一郎
ウェブ編集者、PRプランナー
1997年に博報堂に入社し、CC局(コーポレートコミュニケーション局=現PR戦略局)に配属され企業のPR業務を担当。2001年に退社した後、無職、フリーライターや『TV Bros.』のフリー編集者、企業のPR業務下請け業などを経てウェブ編集者に。『NEWSポストセブン』などをはじめ、さまざまなネットニュースサイトの編集に携わる。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)など。
結局、男女同権を求めても人間の心の中ではどこか差別意識が残り続ける
2022年が開始し、その直後、ネット掲示板「5ちゃんねる」で盛り上がったのが「恋愛経験ゼロの42歳こどおじ、オンラインお見合いで37歳女性にお断りされる」というスレッドだ。1月5日時点でパート数は40に到達し上限まで書き込まれており、4万件の書き込みがされていることになる。
5ちゃんねるのスレタイは通常、話題の対象をバカにするような論調が多いが、元ネタの東海テレビの記事は物流工場で働く、母親と2人暮らしの42歳男性が37歳の女性とオンラインお見合いをしたところ、本来の40分という持ち時間を前に通信を切られてしまったというものだ。
「こどおじ」とは、「子供部屋おじさん」の略で、実家に住む配偶者のいない中年男性のことを指す。当然、5ちゃんねるには「実家住みの男なんて、男と思って貰えないという現実」「いくら未婚中年女性を馬鹿にしても、その女性にすらゴミ扱いされるのがこどおじの惨めな現実なんだよな…」などの書き込みが見られた。基本、論調としてはこの手のこうした属性の男性をバカにするものと、既婚者に対する「どうせATMになるんだから女なんかと一緒に住むのは無意味」といった反発が書かれる。さらには「いろいろ言ってるやついるけど40過ぎたら金だろ 金持ちならモテるし、金ないと土俵に乗れない 家庭あるとか、親抱えてるとかあまり関係ない」といった書き込みもあった。
そもそも、なんでこんな恥ずかしい取材をこの男性は受けてしまったのか……という点がもっとも疑問ではある。
今回考えてみたいのは、無職の実家暮らしを意味する「自宅警備員」、そして働いていても「子供部屋おじさん」としてネットの流行語になる背景も合わせて、なぜ「独身のオッサン」が揶揄の対象になるのか、ということである。
奇妙なのが、「子供部屋おばさん」という言葉は「こどおじ」ほどは流行っていないし、「独身のオバサン」は揶揄の対象にあまりならない点だ。「ハゲ差別」などはある一方で、もしかしたら、独身の中高年女性は差別をしていけない、という最低限のモラルはネットにあるのかもしれない。ただし「ババア」を意味する「BBA」は普通に使われている。例えば「37歳女性、結婚相談所で『私に釣り合う男がいない』」といった話題で「年齢を見ろBBA」などと書かれることは多い。
そういった差別状況はあると前置きをしたうえで、なぜ無職の独身中高年男性(実家住みではない場合も含める)がここまでネットで叩かれるのか、について書いてみる。この属性の人が叩かれた例は以下が名高い。
「京都アニメーション」への放火殺人で知られる青葉真司容疑者(41・当時、以下同)、近所の小学校の児童に対して「うるせえな、ぶっ殺すぞ」と述べた息子(44)の行く末を心配して殺した元キャリア官僚・熊澤英昭容疑者(76)の息子(前述の44歳)。さらには、死者2名、負傷者18人を出した「川崎市登戸通り魔事件」の岩崎隆一容疑者(51・犯行後に自殺)も無職だった。
こうした事件が相次ぐと「無職・中高年・独身・実家暮らしの男」は犯罪者予備軍であり、危険視される傾向がある。
まぁ、その傾向は他の属性と比べたら高いかもしれないが、なぜそこまで「子供部屋おじさん」がバカにされ、危険視されるのだろうか。このことについてはこの10年ほど考えてきたのだが、多分「男たるもの、30歳を過ぎたら結婚をし、定職に就き、立派に子供を育て、親元から離れてその後は親を立派に養え!」という価値観が厳然と存在するからではないだろうか。
未婚の中年女性に対してかつては「いかず後家」という揶揄の用語があったが、今はとんと聞かれない。それは独身女性に対してそうしたことを言ってはいけない、というある程度のモラルが確立したからではないか。一方、男性に対しては令和になっても「子供部屋おじさん」である。
今、「ポリコレ」や「ジェンダー」「男女共同参画」という価値観こそが正義であるという感覚である中、相変わらず「男性差別」がまかり通っているという側面もある。これまでは女性をより強く蔑視する流れがあっただけに「同権」にするのではなく「一旦男性を叩こう」という機運があるのだろう。
そうした風潮に反対したい男性がネット掲示板では「女様」という言葉を書き、不満を撒き散らかす。結局、男女同権を求めても人間の心の中ではどこか差別意識があり、これは何があろうとも解消できないのだ。
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