オンライン本会議の妨げとなる憲法と地方自治法
Photo by Shutterstock
同じように根性至上主義でDXを乗り切れるのかという心配をしなければならないのは、地方議会である。新型コロナウイルスが変異を繰り返し、ワクチンや特効薬の網をすり抜けながら自己保存を目的に増殖するのであれば、人間社会もそれに合わせて生活様式を変えていかなければならない。そのための武器のひとつがDXである。ウイルスは人と人の接触を介して感染を広げる。非接触がウィズコロナの時代の必須作法なのだ。しかし、地方自治の世界ではいまだに接触が好まれる傾向が残っている。
議会をIT化する試みはこれまでも重ねられてきた。古くは速記者が手書きで作成していた議事録も、テープ起こしをワードプロセッサで行う人力対応の進化から、近年ではAIによる自動文字起こしという最新技術が導入されている。また、有権者との対話という観点からはその議事録についても紙ベースでの議事録の閲覧という場所や時間を限定される方法から、ホームページへのアップだけでなく検索機能の強化で欲しい情報を役所や図書館に行かなくてもどこでも入手できるようになってきた。
さらには、タブレットの導入により議会で審議される膨大な議案や資料類もペーパーレスとなり、議員が必要とする情報が瞬時に手許に揃う議会も増えてきている。なかには障がいのある議員の議会活動をITが支援している事例も常態化してきた。これらは全国一斉にではなく、個別の地方議会の努力の結果として普及してきたものである。地方自治なのでそれぞれが自主的に取り組むことが大事なのだ。
しかし、そこまで来ても、議会そのもののオンライン化には致命的なハードルが存在する。それが国会の場合は憲法と国会法、地方議会の場合は地方自治法である。
憲法には国会の議事と議決には議員の「出席」が必要であると書かれている。
この他にも議員の「出席」が書き込まれた条文があるが、わが国のような成文憲法、しかも硬性憲法の場合、いったん条文に書き込まれてしまった以上、改正することは容易ではない。議事法については国会に委ねればよいところを憲法典に書き込んでしまっていることから、この「出席」は戦争放棄や基本的人権と同じくらい動かしがたいものになっている。
一方、国会は議会の運営方法を自ら決められる議院自律権があり、衆参両院の議院規則を改正すれば対応できるのではないかという声が与野党問わず若手議員から上がっているが、その変更を憲法違反と捉えるかどうかは学者の間でも意見が別れているようだ。
そもそもオンライン会議は現行の日本国憲法や地方自治法が施行された当時には夢想もできないような技術であった。
美濃部達吉は1950年の『新憲法概論』(有斐閣)で「此の點は舊憲法に於けると全く同様である」としているから、明治以来ルールが変わっていないことがわかる。宮澤俊義も1955年の『日本国憲法』(日本評論社)で「出席は、各議員が議員として活動することの必要條件」とし、「『出席議員』とは、議場に出席しており」とし、近年に至っても佐藤幸治が2011年に『日本国憲法論』(成文堂)で「出席議員」については出席形態ではなく「棄権者、無効票、白票が含まれるか」を論じているところからも、国会の本会議における「出席」概念は自明のものとされている。
他方、全国で1800近い地方議会(一部事務組合や広域連合を加えるとさらに増える)の運営方法は地方自治法により規定される。地方自治法にも議員の「出席」が必要である規定はそこかしこにある。例えばメインの条文は次の通り。
法の有権解釈権を持つ総務省は地方議会を国会と完全に同じルールで運営すべきだと捉えている節があり、国会同様にオンライン開催はできないとしてきたが、新型インフルエンザ感染症で緊急事態宣言が発出された最中の2020年4月30日、突然行政課長名で「新型コロナウイルス感染症対策に係る地方公共団体における議会の委員会の開催方法について」を通知した。
そこでは、委員会をオンライン会議で開催することは「各団体の条例や会議規則等について必要に応じて改正等の措置を講じ」れば差支えないと「考えられる」としたのだ。そうは言いながらも、本会議への「出席」については「現に議場にいることと解されている」と付け加えることを忘れていない。
その結果、100以上の地方議会では委員会条例や会議規則を改正して委員会でオンライン会議ができるようになった。そうは言っても、あくまでもオンライン会議ができるようになったのは委員会までで、予算や条例の議決などを行う本会議でのオンライン活用は認められていないというのが公式見解となる。しかし、議会の意思決定は本会議で行われることから、結局は中途半端な対応でしかない。
こんなところで、もし強力な感染症が次にまん延した場合、せっかく会社の仕事も大学の講義も小中学校の授業もオンラインでできる社会になったのに、地方議会だけはリアル社会に取り残されなければならないのだろうか。しかも、新型コロナウイルスの認知以来700日になろうとしているのに未だに解決策が示されていないのは異常であるとしか言えまい。
感染症対策としてだけでなく、平常時でも議会をオンラインで補完することができれば、移動という時間と空間の無駄を大きく削減することができるばかりか、子育てや介護、障がいなどでフルタイムの参加ができない人へも議会への門戸を開くことが可能となり、多様性を目指すSDGsの推進にも資することができるのに、である。
オンライン本会議に対する挑戦は、とりわけ東の茨城県取手市議会、西の滋賀県大津市議会で活発になっている。
それぞれ実証実験を重ねながら、国に対してオンライン本会議の実現に向けた法改正を働きかけている。一方、政府により年内に閣議決定が予定されている新しい「デジタル社会の実現に向けた重点計画(新重点計画)」は、11月5日から18日という短い期間でデジタル庁が国民の声を集めたことになっている。
しかし、その素案の内容はほぼ行政手続のデジタル化とそのシステムの導入であり、デジタル人材の育成も含まれてはいるが、デジタル運用を阻害している法改正についての記載はない。鳴り物入りのデジタル庁が閣議決定に持ち込もうとするデジタル社会では、どうやら意思決定のデジタル化は対象外のようである。ルーチンには何とか対応するが、イレギュラーなものに対しては、想像力を働かせて事前にシステムを構築するのではなく、個別の事案に根性至上主義で当たればよい、という最初の課題に戻ってしまっているのである。
そして、11月30日、地方議会のオンライン本会議について結論が出ないまま、感染力の強いオミクロン株がついに日本国内でも確認された。いつになれば国会も地方議会も真剣に感染症に備えることができるのだろうか。