CULTURE | 2021/11/09

新しい社会システム「Society5.0」は日本で実現するか?【連載】ウィズコロナの地方自治(1)

新型コロナウイルス感染症はこれまでの地方自治のあり方を大きく変えていく可能性を秘めている。何よりも接触することで絆をつむ...

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新型コロナウイルス感染症はこれまでの地方自治のあり方を大きく変えていく可能性を秘めている。何よりも接触することで絆をつむいできた地方自治の文化は立ち行かなくなりつつある。地方自治体を悩ませる問題は人口減少に限ったことではない。DX(デジタル・トランスフォーメーション)や地域循環型社会への転換、地域共生型福祉システムの構築など、さまざまなシステムの変革期に差しかかり、地方自治はどのように変わろうとしているのか。直面する課題とその対応策を本連載ではレポートしていく。

谷畑 英吾

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前滋賀県湖南市長。前全国市長会相談役。京都大学大学院法学研究科修士課程修了、修士(法学)。滋賀県職員から36歳で旧甲西町長、38歳で合併後の初代湖南市長(4期)。湖南市の発達支援システムがそのまま発達障害者支援法に。多文化共生のまちづくりや地域自然エネルギーを地域固有の資源とする条例を制定。糸賀一雄の発達保障の思想を社会・経済・環境に実装する取組で令和2年度SDGs未来都市に選定。

社会システムは四半世紀で書き換えられる

まず私が感じる地方行政における課題で気になる点をつらつらと挙げてみたい。役所の申請書っていちいち書かないといけないのだろうか?なぜ地方議会はオンラインにならないのだろう?お役所ことばって何なんだ?地域循環共生圏がこれからの地域づくりのキーワードなのか?地域経営に民営化って不可欠なの?大規模災害に自治体はどう備えているの?AIなんか導入されちゃったら自治体の職員はいらなくなっちゃうんじゃない?地域に飛び出す公務員っていったい何?などなど、普段耳にしない役所用語もわざと織り交ぜながら数え上げてみた。こうした課題に役所は対応しきれているのだろうか。 

役所の申請書っていちいち書かないといけないの?

私は最近、社会システムが25年周期で書き換えられるという考え方に魅了されている。これは歴史学者の成田龍一が『近現代日本史との対話』(集英社、2019年)で主張しているもので、歴史は複数の社会システムの構築と交代で説明され、<いま>がシステムの切れ目であると指摘する。2020年から21年に生じた新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、世界を物理的に分断し、経済を強制的に停止するとともに、行政システムを機能不全に追い込んだ。とりわけ、非接触が社会の常識となり、濃厚な絆で構成された社会に解体を求めているようにも見える。

おりしも、成田が通史を編む中で直近の社会システムとするものが、1995年の阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件をきっかけとする安全安心を重視した数値化効率化社会システムである。そして、そこから25年を経て2020年には新しいシステムの構築が始まることになる。それが、新型コロナウイルス感染症がわれわれに届けた非接触の社会、デジタルを活用した便利で一人ひとりにやさしい社会、成長一辺倒でなく共生を眼目とした社会、環境を重視しながらも持続可能な社会ということであろう。これは、それ以前の社会システムとは異なるシステムであるが、ここに至るまでに社会システム転換につながる萌芽はあちこちに確認できる。

2008年には未曽有の人口減少社会へ転換し、2011年の原子力発電所事故の処理如何においては東日本が壊滅しかねない危機を乗り切り、加速化する少子高齢化に対応しつつ、東京一極集中と地方の疲弊という閉塞した状況を打破すべく、2014年以降地方創生の掛け声のもとで全国の地方自治体が呻吟を続けてきた。一方でAIを汎用活用技術とし、ビッグデータやIoTやロボティクスなどの技術革新により、不定型でカスタマイズされた生産・サービスの効果的な提供、既存資源・資産の効率的な活用、そしてサービス業の肉体労働の軽減可能性が見えてきた。進行中の第四次産業革命は人口減少時代に地域で不足が予想される労働力の代替や集約化への貢献が期待された。

2020年から本格化する新しい社会システム「Society5.0」

そうした水面下での動きが一気に噴き出すのが、まさに2020年を始まりとする新しい社会システムだ。とりわけこのシステムでは、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会を築こうとするSociety5.0が展開される。高齢化や地域間格差、環境破壊などの社会問題を、AI、IoT、ビッグデータを用いて持続可能な社会を目指そうとするSociety5.0は、2016年から始まった『第5次科学技術基本計画』で野心的に提示された日本には珍しい技術と物語を融合させたビジョンでもある。2021年から新しいバージョンとなる『第6次科学技術・イノベーション基本計画』にも引き継がれたSociety5.0により、非接触でカスタマイズ化されたサービスの提供ができるようになれば、東京一極だけでなく身近な地域社会においても経済発展と社会的課題解決の両立を図ることができる。

考えてもみるがいい。今から四半世紀前の役所の状況を。その前夜、文書は手書きが最上とされ、「浄書」と呼ばれる和文タイプがカーボン紙を挟んだ枚数だけ作成され、原稿とタイプは「読み合わせ」をして誤植を修正するのが日常風景であった。複写は湿式事務用複写機で「青焼き」するか、高価な乾式複写機で「ゼロックス」するものだった。「ワープロ」の使用は厳禁とされていたが、外国人登録事務には重宝された。少しずつ市民権を得始めたワープロもOASYS、書院、文豪、RUPOと相互に互換性がなく、それぞれの機種に合ったフロッピーディスクを何枚も揃えていた。そして、FORTRAやCOBOLなどのプログラミング言語を職人芸のように使っていたところに汎用パソコンが持ち込まれ、シングルタスクのMS-DOSからあれよあれよという間にマルチタスクのMicrosoft Windowsが一気に広がっていった。

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