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BUSINESS | 2023/10/13

データを使って子供たちの「自己肯定感」を育むスポーツアカデミー・慶應KPAとは?

AIの進化はさまざまな産業に革新をもたらしており、自動運転やロボットなど多くの産業がテクノロジーの進化とともにその姿を変...

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AIの進化はさまざまな産業に革新をもたらしており、自動運転やロボットなど多くの産業がテクノロジーの進化とともにその姿を変えている。スポーツの世界も例外ではなく、それを取り巻くテクノロジーは急速に進化している。

選手のデータをさまざまなセンサーで取得し、ケガの予防や練習の質の向上に役立てることは以前から行われてきたが、得られるデータの質が向上し、量が大幅に増加した現在、それらのデータをどのように保管して活用すればよいのだろうか。また、このデータを選手や指導者だけでなく、観客にとっても役立つものにするためにはどのようなアプローチができるのか。こうした問いに応えるためにAIに代表されるテクノロジーによって「AI時代のスポーツ」を実現するため、ソフトバンク先端技術研究所と慶應義塾大学神武直彦研究室は昨年より「スポーツ×データ」をテーマに研究に取り組んでいる。 4部構成のシリーズ『スポーツ×データ 最先端のその先へ ~AIスタジアム構想~』では、その共同研究の内容を明らかにし、スポーツデータの現在と未来、スポーツ現場におけるデータ活用の実践と成果について議論する。

第3回では、小学生向けのスポーツプログラム、慶應キッズパフォーマンスアカデミーで行われる、子供の成長を促すデータの活用について取り上げる。

文:FINDERS編集部

徹底した「過去の自分との比較」で子供の自信を育む

慶應キッズパフォーマンスアカデミー・通称慶應KPAは、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科と一般社団法人慶應ラグビー倶楽部が連携して運営する、小学生の発育をうながすスポーツクラブ型アカデミーだ。これはさまざまな運動プログラムとそこで取得したデータを通して子供たちの「体」と「心」の成長をサポートするもの。子供が「自分の成長」を実感することで育まれる「自己肯定感」にフォーカスを合わせた取り組みと言えるだろう。

自己肯定感とは自分を肯定できる感覚のことで、こうした感覚の形成が、主体的な行動や集団でのコミュニケーション能力の向上にも繋がっていく。自己肯定感を育てるには、何よりも子供が楽しんで運動に取り組める環境が必要であり、慶應KPAでは「他人と比べるのではなく、過去の自分と比較する」を徹底することでこれを実現している。

慶應KPAのこの活動は、本連載の第1弾で取り上げたデータ収集・活用における課題の一つ「継続的なデータの蓄積がされていない」の解決に繋がっている。幼少期から1人の選手のデータを継続的に取得し、蓄積していくことで、過去のデータと比較し成長を追えるような記録となり、将来プロスポーツで活用できるようになるのだ。

このプログラムの目的は特定の競技に特化した運動能力を育てることではない。慶應KPAでは幼少期に身につけておきたいさまざまな基本動作、「走る・止まる・曲がる・跳ぶ・投げる・捕る・蹴る」をスポーツの動きにそって習得する「マルチスポーツ」という考え方を採用しており、身体や道具を思い通りにコントロールすること、そのための正しい力の強さや動きの要素をスポーツを通して学ぶことを重視している。

プログラムの内容は「走る・飛ぶ」といった基本的な運動トレーニングにはじまり、ボールを使った「蹴る・投げる」の動作練習、こうした動きを組み合わせた複合的な運動、そしてサッカーやラグビーなどのゲームにおける身体操作の習得、という流れで行っている。単純な動きから複雑な動きへ移行し、ゲームを通して体の使い方とコミュニケーションを学ぶ。また、ゲームの終わりには毎回子供たちは輪になってゲームの振り返り(レビュー)と次のゲームでの課題をコーチと共に語り合う。こうしたサイクルを繰り返すことで「体」と「心」の発育を促していく。

慶應KPAでヘッドコーチを務める廣澤崇氏は、このサイクルについて次のように語る。

「『運動神経が良い』とは、自分が主観でイメージしている身体の動きと、実際の身体の動きにズレがない状態です。自分が思い描いている動きを外に出せるかどうか、この力を伸ばすためには反復、つまり行動して振り返ることが大事です。

また、ゲームの終わりには子供たちでゲームの振り返りを行いますが、これも『理想の動き』に近づいていくために有効です。子供たちには能力差があり、特にゲームをするとそれは如実に現れるものですが、優秀な子・ 得意な子はそれを伸ばしていけばいいし、苦手な子でも前回より成長していればそれを評価するのがこのプログラムです」(廣澤)

慶應KPAヘッドコーチ・廣澤崇氏

運動への抵抗感や劣等感といった感情は自己肯定感の育成を阻むものであり、子供がこうした気持ちを抱えないような仕組みが整っていることはこのアカデミーの特筆すべき点である。実際に学校の体育は苦手だが、慶應KPAでは楽しく運動を続けている子供もいるという。

「『みんなで成長』『全力』『ポジティブ』っていう3つのキーワードを軸に、「スポーツが上手いことが偉い」ということではまったくなく、むしろそこには『特定の価値観を持たない』ことを大事にしています」(廣澤)

子供が「データを読みたくなる仕組み」が詰まったプログラム

慶應KPAの最大の特徴とも言えるのが「データ活用」だ。プログラム実施中、子供たちはビブスの中にGPS受信機を装着しており、ここから取得した緯度・経度・高度に関するデータによってその日の走行距離・移動速度・加速度が算出される。これに加えて能力測定も行われ、基礎的な運動能力・バランス感覚・柔軟性・身長・体重・体脂肪率が定期的に記録されている。プログラム終了後にはその日の最大加速度、最高速度、移動距離の3つのデータによって算出された「走る力」と、それを記載した「全力度シート」が配布され、子供は「過去の自分からどの程度成長したか」を客観的な数値によって知ることができる。

またプログラム開始時には、移動式モニターの前に集まり前回の振り返りを行う。前週の最大加速度と最高速度から算出された「全力度」が95%を超えた子供が表彰され、ここでも「他の子供との比較」ではなく、「自分の成長」に子供たちが自然と着目できるような仕組みとなっている。

「子供たちは自分のデータを"知る"ところから始めます。データをふまえて、いろいろな運動を体験し、またデータを振り返る。この経験を通して、子供たちは過去の自分と今の自分を正確に比べることができます。小学生は運動神経が著しく発達する時期なので、『数字は絶対に良くなる』というのもポイントです。前よりも成長した自分を見ることは楽しいですし、やっぱり自分のデータは見たくなるもの。小さい頃からデータを読み解く力を養いながら、子供たちのモチベーション、ひいては自己肯定感の向上につながります」(廣澤)

毎回プログラム終了後に配られる「全力度シート」。子供でも理解しやすい指標で数字を示すことでデータに対するハードルを下げる

データを活かすには、それを読み解いて編集することが重要だ。データが大量に集まっても見方が分からなければ意味がない。その点で慶應KPAの取り組みは画期的で、GPSで取得した子供の移動データを「走る力」「全力度」として編集して明示している。

こうしたデータを配布すると、子供の親が子供のデータを細かく見る機会が生まれることになる。年齢や能力と照らし合わせながら自分の子供の成長を正確に把握できるのは、親にとってもメリットが大きいうえに、子供と一緒にデータを読み解く力が育まれていく。中には「この場合、ここの数字はどう読めばいいのか」と親子で質問にやってくる参加者もいるほどだ。

慶應KPAが取得するデータが、コーチングを変えるかもしれない

慶應KPAでは遊びと運動とコミュニケーションによって、子供たちの心と体を育んでいる。プログラムを企画・プロデュースしている神武直彦教授に、慶應KPA始動のきっかけを伺った。神武教授によれば、日本では4月生まれの子から3月までの子までの学年単位でスポーツを行うことが多いため、一般に"早生まれ"とされる学生は、幼少の頃からスポーツによって自己肯定感を得られることが比較的少ないことが多く、スポーツ離れのきっかけになっているという。例えば、全国大会に出るような高校の選手は4月ごろに生まれた子が多く、3月ごろに生まれた子は少ないという統計的なデータも存在する。生まれた月によってスポーツが好きになれない子が多いというのは仕組みの問題であり、それを解決するアプローチはないか?という問いから生まれたアカデミーが慶應KPAだったという。

「早生まれの子供とそうでない子供とでは同級生だとしても最大で1年近い月齢の差があり、年齢が低いほどそれによる能力の差が顕著に現れます。『早生まれの子はスポーツに取り組む割合が少ない』と言われるのはまさにこういった理由で、『他人と比較して、うまくいかずに途中で辞めてしまっている』からです。『自分はあいつより下手だから』とか、『体が小さいから』という理由で多くの子供がスポーツを諦めている。こうした状況を変えたい。他人と比べるのをやめて、自分の成長を喜び、自己肯定感を高めてスポーツを好きになってもらいたいと思ったんです」(神武)

神武直彦氏

また、慶應KPAは大学の施設で行う教育研究の面を持つプログラムであり、大学として慶應KPAを実施することの狙いと、その意義についても語っていただいた。神武教授によれば、こうしたデータを継続して取得することが子供の、ひいてはスポーツ業界全体に役立つ可能性を持っているという。

「いくつかの目的がありますが、1つ目は『スポーツデータの取得・分析・活用』を実地で行うこと。2つ目はこうしたデータをもとにした『コーチング・指導手法の設計と検証』です。子供の成長を促すプログラムで取得したデータがあれば、コーチング・指導の方法もより進化していくはずですし、これをさらに慶應KPAに還元することができる。3つ目は社会貢献。周辺地域の方や、スポーツに興味があるけれどもその機会を得られてない人にそれを提供しましょうということです」(神武)

特にコーチング技術の進化については、子供に限らず学校体育や部活動、スポーツ界全体にも地続きの課題であると、慶應KPA運営責任者である和田康二氏は語る。

和田康二氏

「たとえば小学校の体育の授業で子供たちが『速く走る方法』を先生に教わるかというと、そういった機会はなかなか無いですよね。どうやったら速く走れるのか分からず、そのまま運動嫌いになってしまうケースもあると思います。また、中学・高校の部活動に目を向けると、学校の教員が顧問と指導者を兼ねていることが多く、一部の強豪校以外は、小学校と同じくスポーツコーチングの専門人材が不在なケースがほとんどではないでしょうか。

慶應KPAの特長は、日本代表やプロチーム、大学トップレベルのチームを日々指導しているプロフェッショナルのスポーツコーチから、走る、投げる、飛ぶなど基礎となる運動について、理論やデータに基づいた指導を子供たちが受けられる点です。また、このような取り組みが小学校教育や地域スポーツクラブ等の現場で広がり、一人でも多くの子供たちがデータや理論に基づいたスポーツコーチングを受けられる未来を作っていきたいというビジョンを持っており、慶應KPAを指導者育成、指導者同士の学びの場にしていきたいと思っています。さらに、毎回取得するデータに基づき慶應KPAのコーチングの成果を評価・検証・改善のサイクルで回していくことで、プログラムをより良いものに進化させていきたいと考えています。将来的には、慶應KPAで学んだ子供たちや指導者が様々な世界で活躍し、学校体育やスポーツ界全体に良い影響を与えられたら理想です」(和田)

取材では慶應KPAの高度な設計とその完成度の高さに終始驚かされた。正確なデータを取得する仕組みや、得たデータを編集する見せ方の巧さ、こうして生まれた評価をポジティブに活用する仕組み、これらを動かす指導者の存在が、「運動を通して子供の自己肯定感を高める」「スポーツデータの取得」「コーチング技術の検討」といった、レイヤーの違う複数の目的を叶えるための要素として揃っており、それぞれがうまく噛み合って実現している画期的な取り組みであると感じた。

幼少期からのデータの取得とその活用で、さらにスポーツにおける学習効果を上げることができる。これはソフトバンクが掲げている「AIスタジアム構想」とマッチする。慶應KPAで仮想AIスタジアムを活用し広くデータを取得していくことで、データ活用と蓄積の入り口となりそうだ。

続く最終回となる第4回では、ラグビー日本代表の専門スタッフを交え、ラグビーワールドカップ2023 フランスに向けて、そしてワールドカップという大舞台で、どのようにデータの活用が行われたのか、その全貌に迫る。


第1回:スタジアムへのAI導入がスポーツの発展を加速する ソフトバンクと慶應大学の共同研究で挑む「スポーツにおけるデータ活用」

第2回:慶應ラグビー部で行われる「データ活用」の実践。「仮想AIスタジアム」は練習にどう活かされるのか?

慶應キッズパフォーマンスアカデミー