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CULTURE | 2023/09/08

スタジアムへのAI導入がスポーツの発展を加速する ソフトバンクと慶應大学の共同研究で挑む「スポーツにおけるデータ活用」

AIの進化はさまざまな産業に革新をもたらしており、自動運転やロボットなど多くの産業がテクノロジーの進化とともにその姿を変...

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AIの進化はさまざまな産業に革新をもたらしており、自動運転やロボットなど多くの産業がテクノロジーの進化とともにその姿を変えている。スポーツの世界も例外ではなく、プロスポーツを取り巻くテクノロジーは急速に進化している。

選手のデータをさまざまなセンサーで計測し、技術の向上に役立てることは以前から行われてきたが、得られるデータの質と量が大幅に向上した現在、この大量のデータをどのように保管して活用すればよいのだろうか。また、このデータを選手や指導者だけでなく、観客にとっても役立つものにするためにはどのようなアプローチができるのだろうか。こうした課題をAIに代表されるテクノロジーで解決し、「AI時代のスポーツ」を実現するため、ソフトバンク先端技術研究所と慶應義塾大学神武直彦研究室は昨年より「スポーツ×データ」をテーマに研究に取り組んでいる。 4部構成のシリーズ『スポーツ×データ 最先端のその先へ ~AIスタジアム構想~』では、本共同研究の内容を明らかにし、スポーツデータの現在と未来、スポーツ現場におけるデータ活用の実践と成果について議論する。

文:FINDERS編集部

ソフトバンクと慶應義塾大学がスポーツ分野でのデータ活用で提携

スポーツ×テクノロジーのアプローチをいち早く実践したのが、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の神武直彦教授だ。

システムズエンジニアリングやデザイン思考、そして宇宙工学のプロフェッショナルであり、同大学の蹴球部(ラグビー部)や野球部ではシステムデザインアドバイザーを務める。彼が取り組む子供たちに向けたデータ活用スポーツプログラム「慶應キッズパフォーマンスアカデミー(慶應KPA)」は今年で4年目を迎える。センサーやドローンを使って子どもたちの運動を計測し、過去のデータなどを踏まえながら能力の向上を促進するほか、こうしたデータをもとに身長、体重の変化に伴う運動能力の変化を研究し、その成果を受講生に還元するという取り組みだ。プログラムのデザインは高い評価を受けており、2022年にはグッドデザイン賞も受賞している。

神武直彦教授

「近年、スポーツの世界におけるテクノロジーの高機能化とコモディティ化によって利活用が促進されています。スポーツの国際大会でも、スタジアムに設置されたトラッキングカメラとボールに内蔵されたセンサーの情報をもとにAIがプレーを解析する技術で、審判の目視による判断よりも正確なジャッジが可能になってきています」(神武)

そして昨年から始まったのが、「スポーツ x データ」をテーマとしたソフトバンク先端技術研究所との共同研究だ。

ソフトバンク先端技術研究所は「新しい技術を社会実装するための研究・開発を行う組織」として活動している。 通信の研究にとどまらず、自動運転のような「通信で高度化されるサービス」の研究開発も進めている。スポーツにおけるデータは、センサーや映像、そしてネットワークを駆使して収集し、それを高度にAI分析し、選手や戦術にフィードバックをかけることになる。ソフトバンクが持つ通信インフラと、AIのデータ分析基盤を生かせる、スポーツ×データにも積極的に取り組んでいるのである。ソフトバンク先端技術研究所 所長の湧川隆次氏はこの取り組みについてこう語る。

湧川隆次氏

「スポーツにおける通信やデジタル技術の応用は昔から検討されていましたが、実際はとてもハードルが高いものです。データを集めるセンサーの設置、データを管理し、取り出すためのネットワーク化、データの解析や戦術への応用の検討など、やらないといけないことが多岐にわたります。そこで、ソフトバンクの研究所が持つセンサー、ネットワーク、AI分析の最先端技術を持ち込み、専門家である神武先生とラグビーの監督、コーチ、選手と連携して今までにないデータの収集・分析・活用を行う「AIスタジアム」という構想を考えています。AIによってデータのインフラを変革していくことは現在のソフトバンクの重要なミッションであり、スポーツにおけるデータの活用も例外ではありません。選手や監督、あるいは観戦者のそれぞれの目的に対してデータとテクノロジーを使用し、今よりもさらにスポーツを高度化・効率化させることがこの共同研究のモチベーションです」

データ活用における3つの課題とそれを乗り越える“AIスタジアム構想”

AIスタジアム構想イメージ

スポーツの世界におけるテクノロジーの利活用はカメラやセンサーなどのデバイス、それを設置したスタジアムなど、データを取得する「設備(ハードウェア)」と、そこで得られたデータを解析・活用する「アプリケーションやAI(ソフトウェア)」が両輪となって進行する。昨今はハード・ソフトがいずれも安価になっており、プロの世界だけでなく学校の部活動などでも試合の動画をレビューしながら練習に取り組むのは当たり前になりつつある。ラグビーやサッカーのように広いフィールドで走り回るスポーツではGPSデバイスを使って選手の位置情報や、走行距離・加速度などの運動量データを取得したり、録画した映像にタグをつけながらパフォーマンスを記録してアプリで共有することなども広く行われている。

しかし、こうしたデータの収集・活用には3つの課題がつきまとう。それは、

1.データの利用用途が限られている
2.データをリアルタイムで活用できていない
3.継続的なデータの蓄積がされていない

というものだ。順に説明していこう。

1.データの利用用途が限られている
世の中にあるサービスは、必要なデータを個別に取得してアプリケーション内で利用する。データを取得するデバイスとデータを利用するアプリケーションごとに保持するデータ形式や方法がバラバラな場合もあり、外部からデータを取り出せないことも多い。同じデータを使いたい複数のサービスがあると、同じデータをとるセンサーを複数つける必要が出てくる。

2.データをリアルタイムで活用できていない
実際にデータを収集・分析・活用する際の技術的な問題だ。たとえばラグビーチームが試合を行うシチュエーションでは、基本的にデータの収集や分析ツールはチームのエンジニアが持ち込み、必要なデータをスタジアム内のいろいろな場所から収集することになる。こうした状況ではデバイス間の通信環境も自前となり、あらゆるデータが非同期で集まってしまう。

データはセンサーで取得されてからネットワークを通じてクラウドなどに蓄積されて、そこで初めて分析などで利用できるようになる。試合中にリアルタイムデータを集めて戦術に活かすためには、様々なセンサーから上がってくるデータを同期させ、AIなどで解析していくことになる。リアルタイムに低遅延で処理するためには、ネットワークの通信遅延や分析処理時間を徹底的に最適化していかないといけない。プロスポーツでない限り、これらを実現するのは容易ではないだろう。

3.継続的なデータの蓄積がされていない
これはデータ管理にまつわる問題だ。本来、選手にまつわるデータはヘルスケアデータのように個人に帰属する性質を含むものだが、こうしたデータが選手個人によって管理されるケースは少ない。一般的にはチームやコーチのPCで管理されており、選手がチームから去るとデータは放置・削除されてしまうのが現状となっている。

たとえば幼少期から1人の選手のデータを取り溜めることで、過去のデータと比較し成長を追えるような記録として統計データができる。しかし1人の選手が生涯生み出すであろうデータ量はテラバイトクラスを超えることが予想され、これを管理するだけでもコストが膨大である。また、特に映像などのデータは個人情報にあたり、著作権や肖像権保護などプライバシーの管理が必須となる。取得したデータを共有して活用するには、これらを整理ししっかりと管理することも重要な要素となる。

このように現状では複数種のデータが非リアルタイム収集され、チーム間やサービス間での連携もできていないため、基本的にスポーツデータは分断されてしまっている。先に述べたソフトバンクの先端技術研究所が掲げている「AIスタジアム」構想は、スポーツにおけるデータ活用に必要なハードウェアとソフトウェアの機能をスタジアム自体に備えることで、既存の課題を一手に解決してしまおうというものだ。

「研究所では、スポーツデータ自体の価値はもちろん、こうしたデータの統合・連携にも目を向けています。競技を中心に様々な属性の人々に対してデータを提供できるプラットフォームが必要です。『そこに行けばデータを取れる』という場を用意し、統一的な収集基盤を設けて競技で生まれるデータを集め、AIを活用して様々なユースケースに展開することが、競技自体のレベル向上や、新たな観戦体験の創出に繋がると考えています」(湧川)

データプラットフォーム

スタジアムにカメラやセンサーを設置、通信環境を整備し、データ収集のプラットフォームとしたうえで、収集したデータの汎用性を活かし、競技者や観戦者のニーズに応じた形でこのデータを活用する。スタジアムのインフラをしっかりと整備すれば、収集したデータをリアルタイムで参照することも可能になる。こうした「プラットフォームとしてのスタジアム」を実現するために選ばれた実験設備が、慶應義塾大学が所有する「日吉ラグビーグラウンド」だ。現在グラウンドには6台のカメラとLiDARセンサーが設置されており、実際に同大学の蹴球部などで活用されている(この活用事例については次回以降の連載で詳しく取り上げたい)。

データ活用における更なる課題

データを取得するのはデバイスがあれば容易にできることだが、今後増えていくであろうデバイスの数、種類などを考えると大容量データを処理・管理しなければならないことになる。

たとえばスタジアム内に20台の4Kカメラを設置する場合、映像データを60fps※で伝送するためのネットワーク、データ量、データを格納するストレージ、それをリアルタイムに処理するためのサーバーリソース、サーバーの電源容量、サーバーを並べておく場所の確保など、大容量データを処理するために用意し管理すべきことは山のようにある。

※Frames Per Secondの略で、1秒間の動画が何枚の画像で構成されているかを示す単位

仮にラグビーで年間100試合実施した場合、ざっと計算しただけでもデータ量はおよそ150TB必要になる。クラウドで処理するサービスとして事業化しようとすると、サーバー代、ストレージ代、データ伝送代、映像処理代でおよそ3600万円を超えることが予測され、担当者は頭を悩ませることになるだろう。

また、複数デバイスのデータを連携させ活用するには「時刻同期」の課題が出てくる。これは次回のソフトバンクと慶應義塾大学の共同研究内容を紹介する際に、詳しく取り上げるが、このように多くのデバイスを活用することで発生してしまう難しい課題も含めて、AIスタジアムでは解決するべく、取り組みを進めているということだ。

データ活用が進めば、スポーツ観戦がもっと楽しくなる

Photo by Gustavo Ferreira on Unsplash

ソフトバンク先端技術研究所と慶應義塾大学神武直彦研究室の取り組みは、競技スポーツの参加者以外、一般層の人々のスポーツ観戦にも大きな変化をもたらす。カメラやセンサーを用いた解析は、審判だけでは把握しきれなかった試合の状況を客観的に読み取り、人間にわかりやすい形で表してくれる。また試合の映像データをリアルタイムに観客と共有する仕組みが整えば、ハイライトの振り返りなどにおいても、観戦者はフィールド上のデータを瞬時に参照でき、より個人個人の要望に応える試合観戦を提供できるようになるはずだ。

「この領域の変革が進めば、選手だけでなく観戦者、つまりスポーツ観戦を楽しむ多くの人々にも様々な恩恵があるでしょう。魅力的なプレーを手元のスマートフォンですぐにリプレーしたり、3D空間で自由な角度で観戦するような仕組みも生まれるかもしれません」(湧川)

また、AIスタジアムにデータを蓄積すれば、いずれは過去のデータを参照することにも価値が生まれるだろう。選手が学生時代の自分のデータを参照したり、データを元に次のスポーツキャリアへ繋げていくこともできるはずだ。プロや社会人・大学チームがデータにアクセスできる環境を作れば、オフラインで開催されるクリニックなどの幅を広げることもできるし、その後のスカウト・推薦に繋がる材料としても活用できる。スポーツごとに特性が異なるため、デバイスやデータを統一的に管理するのは容易ではないが、ラグビーに限らず分野を横断した活用にも期待が持てる取り組みだ。

スポーツに関わる人々をリアルタイムに繋ぐ「ヨコ」のデータと、継続的なトラッキングにより蓄積される「タテ」のデータ。こうした相互連携により、AIスタジアムを中心にスポーツを進化・促進するエコシステムが形成される。今回の共同研究は、そんな将来像を見据えて進められているものだ。このシリーズでは、引き続きこの研究について掘り下げていく。次回は、日吉ラグビーグラウンドでの具体的な取り組みを取り上げる。 


第2回:慶應ラグビー部で行われる「データ活用」の実践。「仮想AIスタジアム」は練習にどう活かされるのか?