CULTURE | 2023/09/29

20周年「Steam」が
PCゲーム業界で大成功するまでの「激闘」を振り返る。
そしてValve社が「次に目指す場所」

今年9月12日、Valveが運営するPCソフトウェアプラットフォーム「Steam(スチーム)」が、リリースから20周年を...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

今年9月12日、Valveが運営するPCソフトウェアプラットフォーム「Steam(スチーム)」が、リリースから20周年を迎えた。

Steamといえば、特にPCゲーム業界においては世界最大のプラットフォームだ。2021年時点で3万4000本ものゲームが販売され、1カ月あたり世界中から1億3200万人のユーザーが利用する。また単にゲームを購入するだけでなく、ユーザー同士がやり取りするソーシャルメディア的な機能も存在し、SteamはPCゲームにおける「首都」そのものと言えるだろう。

しかしSteamの歴史は常に成功の連続だったわけではない。むしろさまざまな苦難の中で生まれたプラットフォームであり、この成功と困難の連続こそがSteamを唯一無二のプラットフォームにしたとさえ言える。そこで今回は20周年を迎えたSteamと、運営会社のValveを中心に、彼らがいかに成長してきたかを振り返り、今後どのような戦略を打ち出していくのか、検討していきたい。

【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(28)

Jini

ゲームジャーナリスト

note「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、2020年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。
ゲームゼミ

『Half-Life』の大成功とPCゲームの問題

『Half-Life』のゲーム画面(Steamより)

Valveは1996年、ゲイブ・ニューウェルとマイク・ハリントンの2名によって、米ワシントン州カークランドで創立された。ニューウェルとハリントンは元マイクロソフトの社員で、長年Windows版ゲームの移植などを手掛けてきたが、次第に大企業の体質に辟易としたために、自分たちで起業することにした。

創業した彼らが最初に手掛けたのは『Half-Life』というFPSゲームだった。本作の特徴は、高い没入感と刺激的な戦闘に、ミステリアスなSFストーリーを見事に融合させた点である。

本作ではアメリカにおける研究施設に赴任してきた主人公が、突如襲撃してきたエイリアンや沈静化を図った米軍との三つ巴の戦いに巻き込まれる様子が描かれるのだが、この間の様子がすべてムービー(カットシーン)ではなくプレイヤーの操作中に展開される。つまり「研究施設に赴任してきた」瞬間も、トラムに乗り込み、座席に座って施設を見学して回るという過程も、実際にプレイヤーは体験することができるのだ。

この高い没入感と、スティーブン・キングの『ミスト』を思わせるホラー演出、そして歯ごたえのある戦闘と相まって『Half-Life』は当時アメリカ国内で高く評価され、まだベンチャー同然だったValveは早くも世界的に知られる企業となった。

しかし、『Half-Life』の予期せぬ成功は、Valveも予想できなかった事態を引き起こした。それが「海賊版」の拡散だ。当時PCゲームは今ほど著作権が厳密には管理されておらず、海賊版が大きな問題となっていた。事実、2016年に行われたゲームメディア「PC Gamer」の調査によれば、PCゲームユーザーの90%が一度は海賊版に手を出したことがあると報道されている。『Half-Life』ほどの人気ゲームとなれば、当然のように恰好の対象となってしまった。

Valve最大の危機とSteamの誕生

Steamより

『Half-Life』の大成功によって一躍脚光を浴びたものの、PCゲーム文化に根付いた海賊版に苦しめられたValveは、ここからさらなる苦難に直面することになる。

『Half-Life』発売の翌年1999年、Valveは早くも続編となる『Half-Life 2』の開発をスタートする。前作の成功を受けて資金面で余裕が生まれたValveは、この続編に「史上最高のPCゲームを作る。そのために予算の制限は設けない」と豪語するほど気合の入れたプロジェクトだった。前作の魅力をそのままに、最新のテクノロジーと最大の予算で開発した本作は、2003年のE3で発表されると、世界中のゲーマーから拍手喝采を受けた。

続編の成功は早くも確定か──そう思われたときに、Valveにとって最大の危機が訪れる。なんと完成間近だった『Half-Life 2』のソースコードが、ドイツ人のハッカーによって盗まれてしまったのだ。そして盗まれた『Half-Life 2』はファイル共有ソフトで瞬く間に拡散。発売すらしていない期待の大作がネットに流出する、ゲーム史において最悪のハッキング事件が起きてしまった。最終的にValveは『Half-Life 2』の一部を再設計することになり、およそ2億5000万ドルの損失となったと見積もられている。

幸いにも、2004年11月に正式版の『Half-Life 2』が発売すると、極めて高い評価を得るとともに、2011年までに1200万本以上の売上を達成。結果的にValveは流出で失った損失以上の成功を収めるのだが、もはや海賊版の問題はValveのみならず、世界中のゲーム企業にとって最大の脅威であることもまた明らかになった。

こうした『Half-Life』から『Half-Life 2』までの海賊版被害を踏まえ、Valveが2002年から現在まで持続的に開発を続けてきたのが「Steam」だ。Steamはインストールしたゲームをサーバーと照合することで、それが海賊版か正式版かを見分ける機能、つまりデジタル著作権管理(DRM)が備わっていることが大きな特徴の一つだ。

DRM自体、当時としては珍しいものではなく、コピープロテクトは1980年代から試行されており、PCゲームにおいてもその例外ではない。しかし往々にしてDRMはハッカーたちに解除され、権利者とハッカーの間でいたちごっこになるのが常だった。また正規版を購入したユーザーには、照合の手間やエラーに対する不満からDRMの評判は良くなかった。

そこでValveは、単にDRMを適用するのみならず、それに付随して「Steamだからこそ得られるさまざまなメリットやサービス」を与えることによって、DRMをPCゲーム文化に根付かせることができるのではないかと考えた。この発想をValve創業者のゲイブは以下のように説明する。

我々が学んだことの一つは、著作権の侵害は価格の問題によって起きるわけではなく、サービスの問題だということだ。単にDRMを適用するのではなく、海賊版以上に優れたサービスを提供することによってのみ、著作権侵害を防止できる

「Gabe Newell: Piracy is an issue of service, not price 」より

こうした考えのもと、Steamにはさまざまな価値が付加されていった。その一つが今ではゲーム流通のスタンダードでもあるダウンロード販売だ。Steamではゲームを買った瞬間からダウンロードして遊べるうえ、定期的に半額から90%オフまで一般的な小売では考えられないセールも実行される。つまりパッケージ版にDRMを紐づけるのではなく、最初から権利的に保護されたダウンロード版を購入させようとユーザーに動機付けを行っているのだ。

Steamでは常時さまざまなタイトルがセール価格で販売されている(スクショは2023年9月27日時点のもの)

他にもSteamにはユーザーが他のユーザーに向けてゲームのレビューを発信したり、撮影したスクリーンショットを共有できる、いわばゲーマー専用のソーシャルメディアが内蔵されている。このためSteamのユーザーは、Steam内で自分の好きなゲームを探せるだけでなく、その情報をもとにすぐゲームをダウンロードして遊べる環境までワンストップで用意されていった。

無論Steamも最初からすべての機能が備わっていたわけではない。当初はバグやエラーも頻発し、強引なDRMへの紐づけにも反発が多かった。しかし、こうした問題を踏まえつつも、Valveは漸次改善を施し、やがてSteamは徐々に海賊版だらけのPCゲーム市場に正規版の流通を取り戻していったのである。

PCゲームの玉座とその後の展望

Photo by ELLA DON on Unsplash

Steamをローンチさせて以降、ValveがPCゲーム市場における巨人へと成長するのにそう時間はかからなかった。

まずValveはSteamを普及させるべく『Half-Life 2』以降も、魅力的なゲームを開発。『Team Fortress 2』(2007年)、『Portal』(2007年)、『Left 4 Dead』(2008年)、『Counter-Strike: Global Offensive』(2012年)、『Dota 2』(2013年)など、いずれも大きなヒットとなった上に、そのヒットによって更にSteamへの流入が増えるという好循環が生まれた。

さらにSteamはValveのゲームのみならず、第三のディベロッパーにも開かれたオンラインストアとして成長した。日本企業を含め大半のゲーム企業がSteamにもゲームを展開した他、零細規模のゲーム企業の作品もデジタルを介して容易に世界で流通させられるようになったことで、現代におけるインディーゲーム文化の萌芽にも繋がっている。

こうした経緯からSteamはPCゲーム市場を圧倒するプラットフォームへと成長し、2017年には約43億ドルの売上を記録したと推測されるほどになった。一方、Steamがプラットフォーマーとして安定するようになると、Valveはゲーム開発には消極的になり、『Half-Life』の開発コアメンバーをレイオフするなど、ディベロッパー(開発企業)からプラットフォーマーへと移行する「成熟期」の様相を見せた。

成熟期に入ったValveが注力したのは、むしろハードウェアだ。2015年には小型化されたゲーミングPCとして「Steam Machine」をリリース。2019年にはトラッキング性能の高いヘッドマウントディスプレイ「Valve Index」もリリースし、VR業界への参入も行った。さらに2022年には「Steam Machine」のコンセプトを携帯ゲーム機に応用した「Steam Deck」をリリースしている。「PCゲーム」という市場や文化に拘泥することなく、他のさまざまな領域に展開しようとする挑戦的な姿勢は未だ衰えていない。

Alianware Steam Machine

Valve Index

Steam Deck

一方、Valveの前に立ちはだかるのは多くの競合だ。とりわけマイクロソフトは近年PCゲーム事業に意欲を見せており、ゲームサブスクリプション「Xbox Game Pass」を筆頭にPCゲームに新たな風を起こしつつある。もはやSteamの独占状態に胡坐をかいてはいられず、従って上述のハードウェア戦略を含めた次善策を求められているのが、Valveの現状と言えるだろう。

かつて海賊版だらけだったPCゲーム市場に、「海賊版より便利なサービスを」という理念のSteamと、『Half-Life』を筆頭とするさまざまな名作ゲームによって、PCゲーム市場の王座を支配したValve。もっとも、さまざまなテックジャイアントが相次いで参戦するゲーム市場において、もはやその立場は絶対的なものではなくなり、新たな革新が求められている。

果たして、このまま巨人たちに埋もれていってしまうのか、それとも新たなフロンティアを発見できるのか。20周年を迎えたSteamと運営するValveは現在、岐路に立たされている。


Steam20周年記念サイト

過去の連載はこちら