文:神保勇揮(FINDERS編集部)
産業観光PR、子どもたちへの地元企業知名度アップを目的に企画
『匠の守護者』公式サイトより
2020年、新潟県三条市の商工会議所(三条商工会議所)の青年部が、トレーディングカードゲーム『匠の守護者』を発表した。
同県で隣り合う三条市、燕市は洋食器や金物づくりに定評がある「燕三条地域」として全国的に知られており、『匠の守護者』は地域のものづくり企業の産業観光PR、地域内の子どもたちへの地元企業知名度アップを目的として企画された。
新潟市にある専門学校「日本アニメ・マンガ専門学校(JAM)」の現役学生が、プロジェクト参加企業の擬人化キャラクターイラストを制作し、トレーディングカードゲームとして販売。2023年8月時点では全92種類のカードがラインナップされており、さらに現在は第5回目となる参加企業募集を終え制作中で、第5弾がリリースされると総カード数が120枚を超えるという。
また今年4月には、Tales & Tokens社とタッグを組んで開発したNFT版も販売開始。独自のゲームが遊べるだけでなく、NFT版を保有しているとプロジェクト参加企業の飲食店の割引を受けられる、工場見学や各種イベントへの参加ができるといった特典もあり、三条市・燕市のふるさと納税の返礼品としても採用されている。
本プロジェクトの優れたクリエイティビティはどこにあるのか。本稿執筆にあたって関連記事などにざっと目を通したものの、一言で「ここが一番の強みです!」と説明するのがなかなか難しい。
「子どもから絶大な人気を獲得!」あるいは「観光客が◯万人増加!」といったわかりやすい成果があればそこを切り口の起点にするのだが(※)、外部からの支持を集めるだけでなく、地元市民が楽しんで使えるツールを提供し、故郷への愛をより深めることも重視したプロジェクトなのではないか?という考えが頭によぎった。つまり、ポケモンカードや遊戯王を筆頭に、あまりに強大な競合ひしめくトレーディングカードゲーム界でのプレゼンス獲得とは違う方向を向いているのではないか、という話である。
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※本プロジェクトとは全く別の話だが、三条市は2021年に元Netflixの澤正史さんを市のチーフマーケティングオフィサー(CMO)として迎え、ふるさと納税の獲得額を1年半で7億円から50億円へと大幅増加させた実績が話題となった。なお澤さんは『匠の守護者』NFT化プロジェクトの実現にあたって大きな貢献を果たしている
そこで今回、プロジェクト中心人物の一人である株式会社燕三条 代表取締役の結城靖博さんと、プロジェクトに参加した企業・学生イラストレーター2組に話をうかがった。
「子どもはポケカ・遊戯王と並べてもフラットに評価してくれるんですよ」
結城靖博さん
先述の通り、『匠の守護者』プロジェクトの目的は地域のものづくり企業の産業観光PR、地域内の子どもたちへの地元企業知名度アップである。燕三条地域には約3000社ほどの町工場が集積し、有名所としてはアウトドアブランドのスノーピークも同地域で創業している。
約10年ほど前から産業観光が積極的に推進されるようになり、燕三条地域でも工場見学・ものづくり体験、ショップなどで構成されるオープンファクトリーを整備している町工場が多数存在しているようだ。特に高付加価値・高単価な製品を実際に手に取ってもらい、企業の思いを伝える中で徐々に売上も伸びてきたという。
結城さんは明治元年創業の老舗割烹「遊亀楼 魚兵(ゆうきろう うおひょう)」の代表を務めながら、2012年に三条商工会議所青年部に加入。まちづくり会社の株式会社燕三条も立ち上げ、青年部のメンバーたちとともにご当地ヒーローの「燕三条戦隊カジレンジャー」、江戸時代から続く凧揚げ合戦の「三条凧合戦(いかがっせん)」、まちづくりについて気軽にDiscordで話せる「燕三条DAO」の設立など、あの手この手で地域を盛り上げる取り組みを手掛けてきた。
そうした中で「産業観光におけるナナメ上の何かができないか」と考えた末に誕生したのが『匠の守護者』だったという。
「燕三条地域の町工場は大手企業のOEMを請け負っているところも多く、そうしたところは営業職の人数がゼロということも珍しくありません。世界に通用する技術を持っているところが多いにもかかわらず、公式サイトがないところも少なくないので、地元の人すら知らない。このプロジェクトをきっかけに地元で就職する子の選択肢になってくれたらいいなと思っていましたし、同時にそうした町工場のPRツールのひとつにできたらと思ったんです。プロジェクト初期には刀剣乱舞に影響を受けて、女性ファンからの人気も獲得できるかもしれないと思いイケメンキャラを多めに登場させていました」(結城さん)
だが、蓋を開けてみれば人気の出たキャラクターは王道デザインの美少女系キャラだったということで、徐々に方向性を変えていったという。2022年の第4弾リリース時には大幅なリニューアルを行い、「小5の子でも問題なく遊べるように」を念頭にルールをより簡単に遊べるように変更もした。
プロジェクトの反響も徐々に現れてきており、擬人化キャラクターを知ることがきっかけで地元企業への就職を決めた若者も登場し、児童クラブなどでの子ども向けのカード大会の開催を依頼されることも増えてきたという。
「子どもは素直なので、ポケモン・遊戯王と並べてもフラットに評価してくれるんですよ。衒いなくこのキャラいいよねと言ってくれるというか。だからこそ気楽に『テレビアニメはやらないの?』とか言われるんですが(笑)。ただそれ自体は結構芯を食った意見だと思っていて、去年、三条市を舞台に女子高校生がDIYに挑戦するアニメ『Do It Yourself!! -どぅー・いっと・ゆあせるふ』が放送され、さらに今年は実写ドラマ版も放送されているんですが、反響としては『地元を盛り上げてくれて嬉しい!』というのが大半なんですよ。ここまで力を入れられれば全然できるんだ、キャラものだから、サブカルだからダメというわけじゃないんだと改めて痛感しました」(結城さん)
また一風変わった盛り上がり方としては、三条市にある「カレーキッチンPandora」にて、カードパックをおまけにつけたコラボカレーを販売し、同店の擬人化キャラである「スパイスロック・パンドラ」が出た際は100円引きになるというプロモーションを行ったところ匠の守護者ファンが集うコミュニティとなり、結城さんいわく「トレーディングカードを一番売っているのはこの店なんじゃないか」というほど発展しているという。
『匠の守護者』のPRは、地元での講習会やゲーム大会だけでなく、地方創生関連のイベントで自治体や商工会議所のブース内に共同出展することも多い。また今年は日本アニメ・マンガ専門学校と共同で東京ゲームショウにも出展するという。
「ウチみたいな中小企業でもキャラを描いてもらえる」企業・学生イラストレーターの手応え
それでは『匠の守護者』を通じて擬人化をしてもらった企業、イラストを手掛けた日本アニメ・マンガ専門学校(JAM)の学生はどう感じているのか。ここでは2組の企業・学生の話をうかがった。
プロジェクト参加にあたって企業が支払うのは5万円(うち2万円が学生のイラスト報酬として支払われる)。ほぼ実費レベルと言って差し支えないだろう。参加企業が出揃った段階でJAM内で説明会が開かれ、学生の立候補をベースにしてマッチングが決まる。学生は企業や工場を見学して担当社員の説明を受け、クライアントの要望に沿ってキャラクターを創造する。
機械の設計・制作・加工などを手掛ける丸山製作所は、左手に持つ巨大ドリルが特徴的な風属性の守護者「マシニカ」として擬人化されている。
同社専務取締役の丸山鉄兵さんは、結城さんが出演するポッドキャスト番組「お昼の放送委員会」の編集も手伝っていることもありプロジェクトの存在は以前から把握していたことから、地域外での会社の認知度アップに少しでも繋がればと考えて参加を決めた。「どんなキャラを描いてもらうか」という会議を行ったところポップなイメージを想起させるのが良いのではということで、最初から女性キャラを描いてもらいたいと指定していたとのこと。
イラストを担当したのはしらぬゐさん。普段はイラストをpixivなどにアップしているが、こういったBtoB案件の経験は少なかったこともあり最初は緊張したものの、マシニカが風属性であることから躍動感のあるイメージを添えつつ、丸山製作所の「機械」の要素をキャラクターが立つネジや彼女が持つドリルとして落とし込むことができ、やりがいがあったと語った。ちなみにベルトのバックルはよく見ると同社のロゴが用いられているといった細部へのこだわりもある。
イラスト完成後、丸山製作所として大々的にキャラクターを用いたプロモーションなどは現在まだ展開していないものの、取引先からは「御社もキャラクターを作ってもらったんですね」と反応は上々で、今後機会がある度に協力していきたいとしている。
「匠の守護者関連ではないですが、他の企画で学生とコラボしたプロジェクトに参加したときにはそれがきっかけで仕事につながったこともあるので、匠の守護者もうまく活用していきたいですね。結城さんは若い人の間でムーブメントになっていることのキャッチアップ力、実行力がものすごいと常々感じており、かつ燕三条地域を非常に愛している彼の企画は毎回参加したいと思わせてくれます」(丸山さん)
関庭苑の関義倫さん、関恵さんと、同社擬人化キャラクターの聖輝帝イェン
また土属性の守護者「聖輝帝(せいきてい)イェン」の基になったのは、三条市で造園業を営む関庭苑。同社代表取締役社長の関義倫さんはガンダムやドラクエ、Fate、グラブル、原神などを愛する自他ともに認めるオタクで、妻や娘ともこのプロジェクトを楽しんでいるとのこと。
担当イラストレーターのあるりれさんも「他の企業と比べてもキャラクターデザインの要望がものすごく細かく書かれていて、一見してこの人はオタクだろうなとわかりました(笑)」と語る。
関さんとしてはずっと自社のマスコットキャラクターが欲しいと考えており、以前から『匠の守護者』のことも知っていたが、「うちみたいな小さい造園業者じゃ参加できないだろうな…」と尻込みしてしまっていたという。だが知り合いの同業他社が参加していることを知って参加を決めた。
「他社さんのキャラは男性で和風というテイストで、一番最初のイラスト案も同様のデザインだったのですが、せっかくならもうちょっと違う雰囲気でいきたかったんですよね。私たちは結婚式場の造園も手掛けていたこともあり、ウェディングドレスをベースにした白い衣装で、祝福・聖なる存在といったイメージのキャラデザインをお願いしました」(関さん)
「学生としてもカードイラスト、ゲームイラストなどに関わりたいと多くの人が思っている中で、匠の守護者に携わるモチベーションは高い人が多いです。性格を知っていれば立ち絵の表情イメージもしやすいですし、関さんは毎回明確な要望を出してくれるありがたいクライアントでした」(あるりれさん)
完成した「聖輝帝イェン」のイラストは好評で、『匠の守護者』公式サイトのトップページに掲載されている(23年8月末現在)ほか、関係者の名刺にも掲載される、アクリルスタンド化されるキャラのひとつに選ばれているといった横展開もなされている。
また関庭園とあるりれさんとの関係はこれに留まることなく続いており、独自に別のキャライラストも発注したという。
「1枚のキャラ画像が完成するまでにすごい枚数のデザイン画を描いてもらったのですが、表に出るのは1枚だけ。衣装なども含めた設定画もちゃんとあるので、設定資料集などもっと幅広く展開していきたいと思っています。自分の会社の仕事を増やしたいというより、燕三条の存在や、この取り組みをもっと広く伝えていきたいという気持ちの方が大きいですね」(関さん)
擬人化しただけでは終わりではないし大変。だからこそやりがいも大きい
『匠の守護者』は今後どこへ向かっていくのか。結城さんは取材中に、プロジェクトを思いつくきっかけとなったジャパンエキスポのエピソードを話してくれた。
「2016年にパリのジャパンエキスポに三条商工会議所として出展したのですが、基本はオタクカルチャー関連の出展がメインになる中で僕らは爪切り、包丁、フライパンなんかを持って行ったところ、『サブカルじゃない』とは言われつつそれはそれで参加者が面白がってくれてメディアに取り上げられたんです。ただ他の出展者が自社キャラクター入りの袋を配布しているのが参加者からものすごく好評なのを目にして、じゃあ僕らも企業を擬人化したらもっとウケるのでは?と感じたのが最初でした」
「とはいえ日本だと行政でも観光地でも擬人化プロジェクトがかなり増えてきましたよね。運営している実感としても、単にキャラクターを作るだけでは何にもならなくて、むしろそこからが苦労の連続です。コツコツといろんなイベントに出展したり、参加企業を増やすために営業したり。だからこそやりがいもあります。いつか匠の守護者でジャパンエキスポにも出展したいです」
ここまで見てきてもわかる通り、『匠の守護者』は誰かのお膳立てを待っていても仕方ないプロジェクトである。主催者だけでなく、参加企業や学生イラストレーターにとっても、各人の立場で求められる以上のコミットが求められることもしばしばなのだろう。ただ、地元の魅力をアピールする活動であり、どんなに小さなイベントだったとしても、そこには次世代へと受け継がれる何かがきっと存在するという手応えがあり、だからこそ前のめりになって楽しめるプロジェクトになっているのだと思う。
単にキャラクタービジネスとしての枠組みだけでは捉えきれないし、一方で自治体を中心とする地方創生プロジェクトとするにはエンタメ部分も大きく作り込んでおりそれだけとは言い切れない。今後、どのようなかたちで花開き、定着していくのか、行く末が気になるプロジェクトだ。