EVENT | 2023/07/12

米国から制裁されてもソニー、日立並みの売上を維持…ファーウェイを支える「地味なR&D」を見学した

本社ホールで撮影した1枚。天井にスワロフスキーのクリスタルが輝き、欧米調でまとめられているが、同じようなデザインコンセプ...

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本社ホールで撮影した1枚。天井にスワロフスキーのクリスタルが輝き、欧米調でまとめられているが、同じようなデザインコンセプトはファーウェイ製品に見られない

【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(36)

筆者は2023年6月5日〜11日にわたって行われた「Innovation City Camp」に参加した。深圳政府がバルセロナ、ミュンヘンなど世界各地のスマートシティに呼びかけて開催したイベントで、精華大学深圳キャンパスでの研究内容や、深圳企業のスマートシティへの取り組みを紹介しつつ、各都市の状況をシェアするものだ。

プログラムの中にファーウェイ深圳本社への見学が含まれていて、各国の代表団や精華大学の研究者たちと一緒に2時間ほど見学してきた。米国の制裁でスマホ事業、スマホ向けチップ製造などの事業が停止しているファーウェイは、制裁後も大企業でありつづけ、2022年の決算でも年間6423億元(1元20円として12兆8460億円)の売上を計上している。

これは30兆超えのトヨタには遠く及ばないが、ソニーグループ(約11兆5400億)や日立(10兆8811億)などに匹敵する規模だ。ただしファーウェイの純利益は前年比69%減の356億元(約7000億)で、11年ぶりの減益となっているが、純利益で見てもソニーグループが9371億、日立が6491億なので日立とは同等レベルと言える。

会社の稼ぎ頭は通信業界向けのインフラ事業だが、企業相手のB2Bソリューション事業が伸びていて、本社ではソリューション事業のショーケースが展示されていた。

高須正和

Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development

テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks

ファーウェイが目指すのは既存事業のデジタルトランスフォーメーション

ファーウェイ本社を見学した各都市からの代表団と精華大学の研究者。写真撮影ができたのはロビーだけで、ソリューション事業を紹介するエリアの撮影は禁止されていた

今もファーウェイの核はR&Dにあり、20万人を超える社員のうち、半分以上が従事している。今回見学したソリューション事業は、港湾や鉱山、工場や空港向けのシステム、鉄道や道路などの交通システムなど、社会インフラになるような大きなシステムが対象だ。

手法はシンプルで、港湾のクレーンであれ、交通信号のON/OFFであれ、なんでもデータをインターネットにアップロードできるようにし、逆にクレーンや交通信号をネットワーク経由で動作できるようにしよう、とするものだ。

これらは対応できればメリットは大きい。それまで集計表などで管理していた大型機械から、連続的なデータが自動で取れるようになれば効率は大きく上がる。保守などもしやすくなる。たとえば港湾のガントリークレーンや射出成形の金型などに、内部の動作音や音響検査を絶え間なく行ってAI解析することで、故障の兆候を早めに見つけたり、定期メンテの工数を削減したりすることができる。

デモルームで見た事例では、鉱山の地上に一定間隔で5G端末と太陽光発電設備を組み合わせたステーションをメッシュ状に配置し、地上で車や人が通行する際の反響を解析することで、地下の様子の変化をリアルタイムに計測するものもあった。

ファーウェイはクラウドやAIといったデータの蓄積や解析、5Gほか通信関係の技術、情報を取得するセンサーやマイクロコントローラなど、関連する技術がフルに揃っているので、配線が難しければ無線、無線の到達距離や応答速度に問題があればさらに別の解決方法…といったオプションを豊富に揃えている。

デジタル化していないものをデジタル化し、情報処理で扱えるようになるのは強力なアプローチだ。Googleが世界中を検索可能にし、METAが人のつながりをデジタル化することで大きな価値を産んでいる。情報処理が価値を生むことは間違いない。

では、なぜ世の中にデジタル化していないものが、まだまだたくさん残っているのだろう?

開発速度が違うものとの連携、必要なのは地味なR&Dの集積

採用する手法がシンプルなものであったとしても、実際の開発は複雑だ。インターネットにつながるIoT機器はムーアの法則の恩恵を受けて、急速に性能が向上する。個々の機器だけでなく、通信規格なども急速にアップデートされる。日本では2001年から始まった3Gのデータ通信は、20年経って停波までのスケジュールが組まれ始めた。おそらく4G、5Gといった規格は、より急速に次の技術に入れ替わるだろう。

その前の技術である2G(GSM)は、日本ではすでに停波されているが、標準化されたのは1987年だ。規格そのものが20年程度しか想定されておらず、それぞれの通信機器は短いものだと1〜2年でアップグレードされていくIoT機器と違い、船舶や港湾で使われるシステムや、作業機械などはもっと長い期間使われることが多い。

戦艦大和の主砲を作るのに使われたドイツ製の旋盤は1938年から稼働を開始し、2013年まで使われていた。ここまで極端な例でなくても、港湾で使われるガントリークレーンは法定耐用期間が17年とされているし、船舶などは50年以上にわたって使われることもある。そうした機械とIoTとの間のやりとりを整備するのは、果てしなく地道で膨大な調整が必要になる。

説明してくれたファーウェイ社員にこの点を聞いたところ、「その通りで、新しい港湾や鉱山、工場などができるときに最初から関わらせてもらうのが一番簡単で効果も大きい。それは中国国内や、中国と関係の深い新興国が多い」と語ってくれた。実際、既存設備への適用はなかなか進まないのだろう。

ビジョン不要のR&D。遠い未来でなく、「今より良く」を積み重ねる

一緒にファーウェイを訪れた精華大学の研究者と二人で展示を回りながら、「どれも、絶対にやった方がいいし効果もあるけど、世界がガラッと変わるようなものではないね」と話した。彼は気候変動や未来の生活が専門分野だ。データを基に気候変動を考えるアプローチはファーウェイのエンジニアたちと共通するが、研究テーマは今と違う前提に立った未来の生活、たとえばゼロカーボンを実現した都市で、人間はどう生活するかなど、SF的な想像力も含まれる仕事だ。

一方で、ガントリークレーンの運用がデジタル化されても、今よりさまざまな効率は上がるが、世界が一変することはない。

20万人の社員のうち、半分の10万人のエンジニア集団というのは、GoogleやMETA、マイクロソフトなどに匹敵する規模だ。アメリカ企業であれば、その技術力を背景に何かしら世界をまるごと革新するようなプロダクトを作り始めそうなものだが、今回の説明で遠い未来の話は一切出なかった。そもそもファーウェイ本社やホールも、「お金をかけて良いものを揃えた」以外のビジョンを見出しづらいものだ。

筆者はさまざまな深圳企業を訪れるが、どの企業も未来の計画でなくて現在の製品と、せいぜい開発中の新規製品の話、具体的なことしか言わない。銀行金利も高く、従業員の給料を筆頭に各種コストも上がり続ける深圳では、長期的なビジョンよりも毎日のサバイバルに注力することが最重要だからだが、ファーウェイのスタイルもそれらと大きく変わらないと感じた。とはいえ未来のビジョンでなく「いま不便なものを、デジタル化によりマシにする」ところに注力し続けるのは、これはこれで企業の価値と言える。


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