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日本の電力問題の議論が混乱を続け、電気代の高騰や時々の電力不足の節電要請などがなされるようになってしまっている理由について、初心者にもわかりやすく解説し、今後どうしていけばいいのか?を考える連続記事の3回目です。
まず初回記事では、
・「脱原発のドイツ」はむしろ特殊例であり、世界のトレンドは明らかに「原発も再エネも」に向かっていること
を確認し、2回目記事において、
・世界が「原発も再エネも」に向かう理由
について初心者にもわかるようにざっくりとした説明をする記事を書きました。
日本においては「再エネ」と「原発」は相対立するものと捉えられがちであり、「再エネ推進なら脱原発」だし、「原発推進なら反再エネ」だと考えられてしまいがちですが、世界の大勢はもうそんな時代ではありません。
日本においても、「電力業界のプロ」の間では、東電などの「旧一電(旧一般電気事業者)」と呼ばれる電力会社も含めて再エネに積極的になっている時代であり、「原子力ムラが再エネを邪魔している」というような陰謀論は成り立たなくなっている。
第1回でも第2回の記事でも大きなメッセージとして伝えたかったことは、今の日本の電力関連の問題では、科学的で合理性のある冷静な議論が「20世紀的イデオロギー対立で全力の綱引きをする議論」に歪められてしまっていることが、混乱の原因となっているのだということです。
今回の第3回記事では、総まとめとして、ここまで述べてきたような
SNSで「敵」を攻撃すること事だけが生きがいで、実際の日本がどうなろうとどうでもいいような「すべてが右か左か」で見えるビョーキの人たちから「現実の支配権を取り戻す戦い」
…を実際に行っていくためにはどうすればいいのか?を考える記事を書きます。
倉本圭造
経営コンサルタント・経済思想家
1978年生まれ。京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感。その探求のため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、カルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働く、社会の「上から下まで全部見る」フィールドワークの後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングで『10年で150万円平均給与を上げる』などの成果をだす一方、文通を通じた「個人の人生戦略コンサルティング」の中で幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。著書に『日本人のための議論と対話の教科書(ワニブックスPLUS新書)』『みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか(アマゾンKDP)』など多数。
1:再エネ普及は「宗教家」から「実務家」の時代へ
SNSを検索していると再エネ派の人がよく引用している、2017年公開のドキュメンタリー映画『日本と再生』があるのですが、これは確かに良い部分もあるし希望を持たせてはくれますが、全てをそのまま信じて再エネを推進するには少し問題がある内容だと思います。
例えば、どうやって再エネの変動を吸収するプランなのかな?と思ってみていると
「いろんな場所に風車なり太陽光なりを置けば、全体として均されて変動がなくなるから大丈夫なんです!」(27分20秒ごろから)
みたいなことを力説していて、
いやいやいや、理論はわかるが現実はそうならんから皆苦労してるんじゃないですか!
…という感じで脱力しました。
あまりにも社会が「再エネ」に懐疑的だった時期にはこのレベルの暴論も意味があったかもしれませんが、国家レベルでかなり野心的な再エネ導入目標が掲げられた今となっては、「このレベルの再エネ推進者」はむしろ申し訳ないですが「邪魔」になっている側面があると思います。
実際、第2回記事で紹介したバークレー研究所のプランのように、再エネに本当に真剣な人たちは変動のバックアップの方法についても大真面目に考えているもので、そういう人たちと「当局者」が具体的な細部の積み上げを行っていくべき段階に既に入っているわけです。
よく、物事が成し遂げられるには
1:宗教家(思想家)
2:革命家
3:実務家
の間の受け渡しが必要だ…という話があります。
再エネなんて金持ちの趣味のようなものだとして、誰も真剣には考えられていなかった時期には、「宗教/思想」レベルの情熱と夢物語を語る人が必要でしたし、次はそれを政府のプランにねじ込むべく強引な行動力でゴリ押しする「革命家」が必要でした。
しかし、いざ政府のエネルギー基本計画にかなり野心的な再エネ目標が盛り込まれた今となっては、宗教家の夢想も革命家の強引さも、再エネの普及にはむしろ邪魔になる情勢になりつつあると言えるでしょう。
例えば多くの人が誤解しているのですが、2022年3月ごろに起きた首都圏大停電の危機など、昨今の日本の電力事情が不安定なのは、直接的には再エネのせいでも原発が停止しているせいでもありません。
詳しくは昨年のこの連載の記事で書きましたが、単純に言えば
…という構造で起きています(SNSでは結局いつもの“敵が全部悪い”の罵り合いでかき消されてしまいましたが)。
さすがにこのままでは持たないだろうということで、2024年から「容量市場」という仕組みを通じて、「不安定な再エネのバックアップ用電源の維持費用を担保し、再エネの主力電源化に役立てる」制度がはじまります。
これは長らく「再エネ推進派」から「再エネ事業者への負担増となって導入推進が遅れる」「石炭火力の温存につながる制度は脱炭素化の目標に逆行する」などの理由から徹底的に反対されて実現してこなかったのですが、私はこういう制度は必要だったと思います。
「熱心な再エネ推進者」の人は、自分たちが作る電力のバックアップを受け持ってくれるいわゆる「旧一電」にその分の費用を払うことすら徹底的に「原子力ムラの陰謀」かのように考えている人がいます(上記の映画にもそういう発想の人が出てきます)。
しかし、そういう「公正さを欠いた投資案件」にはちゃんと安定してお金を集めることができません。
私の経営コンサル業のクライアント企業で、太陽光発電事業に参入している会社があります。しかし、FIT(固定価格買取制度)によって投資案件としても大きく注目されたことから日本中で急速に開発が進み、かつ「安定化費用」への負担も再エネ事業者はしなくていい構造にあったことから、
こんな構造が続くはずがない
と言って新規投資を停止してしまいました。
実際に「安定的な投資を呼び込む」には、
変動の安定化費用を全部東電などの旧電力会社に押し付けて自分はおいしい利益だけをかすめとる、濡れ手に粟のウハウハの案件
にするよりも、
社会的責任を果たしているので将来突然条件が変更される心配がない、投資額に対して一定の利益が見込みやすい案件
にすることが大事です。
「変動安定化費用」を古い電力会社に丸投げして自分たちは美味しいところだけを取るような構造を放置していると、マトモな事業者はむしろ逃げ出してしまいます。
「こういう無理がある構造が続くわけはないから、どこかで揺り戻しが来るに違いない。投資回収が危なくなる水準にまで環境が激変してしまう可能性がある」というカンが働くのが「マトモな事業者」というところがあるからです。
そういう事情を薄々知りつつも再エネの理想を信じて投資する会社も当然あるでしょうが、結果として「そんなこと知ったこっちゃねえ、儲かりゃいいんだよぉ!」的な投資の割合は、特に売電価格が高く設定されていた2010年代前半には少なからずあり国から問題視もされてきました。
これまでに投資詐欺での逮捕案件がいくつもありましたし、太陽光関連会社の倒産も相次いでいます(とはいえFITの導入は、最近で言えばコロナ禍対策の各種補助金バラマキに近いところがあり「多少悪いヤツが入ってこようと、後で逮捕するなり規制強化するなりできる」という前提で、まずは何よりも多くの人が使いたくなる制度にしていたからこそ実際急速に太陽光の普及が進んだ面はあるとは言えます)。
加えてメガソーラーを建設するために山地を乱開発する問題も指摘されるようになり、そういう杜撰な計画や詐欺案件の横行を放置していると再エネ自体に対する国民の信任がゆらぎ、余計に普及が遠のいてしまいます。
もちろん、「旧一電」の要求を言い値で飲むべきという話ではありません。お互いギリギリの交渉をする意味はある。
今必要なのは、再エネ導入最初期の「宗教家の時代」には必要だったかもしれない
・「大量に作れば変動安定化費用なんてかからないんだ!それを必要だと言うのは原子力ムラの陰謀だ!」というような“陰謀論”
をそろそろ卒業していくことで、逆に
・「容量市場の設計をどうすれば、再エネ事業者と旧電力も含めて安定化費用をフェアに負担できるだろうか?」という詳細な制度設計をちゃんとやること
こそが重要な段階になってきていると言えるでしょう。
2:安定化の心配がなくなればこそ、再エネもアクセル全開にできる
ドイツの脱原発について、
というSNSでよくある全く無意味な議論があって、『日本と再生』でも1パートを使ってその話を解説しています。
「原発推進派」が「フランスから電力を買いまくってるくせに!」という指摘は確かに事実としては間違っていて、むしろ総計で見るとドイツは電力をフランスに輸出している。だから「買いまくってる」は間違いではある。
しかし、「ほら見ろ!原発推進派のヤツらは事実を見ていないバカどもだ!」と断じるのも全くもって間違っていて、問題は全然そこじゃないことが多くの読者にもわかるはずです。
変動する再エネの比率が高いドイツは、再エネの調子が良い時間・季節には当然余るわけで、まわりに輸出していてむしろ当然だと言える。
しかし「原発推進派」が言いたいのはそんな些末なエネルギー収支の問題ではなくて、ドイツはまわりの欧州諸国と一体化したグリッドを持っているので、
・余ったら売ればいいし、もし足りなくなったら買えばいい
という、日本とは全然違う条件を有しているということですよね?
「余ったら売れる」というのも非常に重要な違いを持っているのですが、特に「もし足りなくなったら買えばいい」の方はもっとさらに天と地のような条件の差を生み出します。
日本は分断された島国だから、そんな状況に陥っても決して誰も助けてくれません。というか誰も助けようがありません。
そしてエネルギー自給率も世界最低レベルで、その恵まれない状況の中でなんとか安定的なエネルギー環境を作ろうと努力してきた、先人たちの血のにじむような努力の上に今の私たちの生活はあるのだということを忘れてはいけません。
ドイツなら、理想を信じてある程度リスクを取って、さっきの「沢山再エネを作れば均されて問題なくなるのです!」レベルのフワッとした話で突っ込んでいっても、例えば「数年間で合計1週間ぐらい電力が全く足りない」状況になったとしても何の問題もないわけです。
「いやぁ運が悪かったね」と言って、まわりの国から電力を輸入すればいいだけです。というか「輸入している時期がある」ということ自体が、既にそういう運用になっていることを表している。
こういう時に、「ドイツにできて日本にできないのは、自民党政府がクズだからだ!」的な押し込み方をすると、余計に警戒されて保守的な見積もりに引きこもらざるを得なくなるのがわかりますか?
日本で1週間ぐらい電力が絶対的に足りない状態になったら、病院などで生命維持に電力が必要な人には命の危機ですし、そもそも産業立国が根底から崩れ去ります。
だからこそ、「安定供給のためのバックアップ」については、再エネ推進派の方から「最も保守的な見積もり」に一緒に参加するぐらいでないと、日本は大胆な再エネ投資もできないのです。
逆に言えば、「例えば再エネが巨大台風でぶっ飛んでしまっても耐えられるバックアップを維持する」費用を“皆で負担する合意”ができれば、日本社会はむしろ最速で再エネ投資も徹底してやれる国になるでしょう。
日本は合意形成に非常に時間がかかりますが、納得できる合意形成さえ作れればそこからはスルスルとスムーズに、むしろやりすぎるぐらい物事を進められる国です。
今溢れている
・原子力ムラの陰謀だ!
的なレベルの話を
・再エネの変動安定化費用を誰にどの程度負担してもらいながら進めるのがフェアなのか
…というレベルの大人の議論に置き換えていけば、そこに「どちらの派閥の人も納得できる」答えが見えてくるはずです。
繰り返すようですが、エネルギー関連技術は日進月歩で、現時点での試算で全てを決めない方が良いと私は思います。
とりあえず「第6次エネ基」を目指して「原発も再エネも」をそれぞれ全力でやっていけば、その先でむしろ「最適」な新エネルギーミックスは見えてくると私は考えます。
例えば現時点で風力に全振りするより、3年後とかの時点で進んだ技術で風力に投資した方がよほど良い可能性もある。
現時点で太陽光や風力や小規模新型原子力や核融合や…をどれも完全に排除せず、全方位に目配せしながら、徐々に技術の発展と国土とのフィットを見ながら選んでいくのが理想であるはずです。
3:「アマチュアの理想」も「プロの発想」も両方取り入れられるように
『日本と再生』は、ここまで書いてきたような現時点から見た問題点は色々とありますが、そこで描かれる理想主義の気持ちは大事ですし、特に「自立分散型電源を開発したいという強い情熱」には意味があります。
今後の日本では、「山間部の過疎地の電力をどう確保するか」が非常に難しい問題になりますから、既存の巨大グリッドを前提としない自立分散型電源を無数に開発することは意義のある重要なチャレンジです。
そして、無理やり山地を切り開くようなメガソーラーの問題が顕在化していることもあり、また日本では大きな可能性があるとされつつなかなか進められていない地熱発電や小水力発電においても、地元の合意形成がネックになっていることが多いことから、巨大な電力会社の主導ではなく「ローカルの人びとの自発的な動き」によって電力を作り出す試みが無数に必要とされているのは間違いない。
ただし『日本と再生』に熱中しているタイプの理想家肌の読者の方に知っておいてほしいのは、
「旧一電」などの「プロ」の人でも、今やそういう自立分散型電源の重要性を否定する人などほとんど皆無と言っていいぐらいになっている
…ということです。
もちろん、電力が余った時に既存のグリッドにつないで電力会社に買ってもらいたいなら、そのグリッドを維持する費用を払う必要はあります。
「その費用はどの程度であるべきか?」という議論において完全に言い値を飲むべきという話ではありませんが、そういうコストが発生することを全部「原子力ムラの陰謀」であるかのように考える発想は、そろそろ卒業するべき時が来ていると言えるでしょう。
また、私は経営コンサル業のかたわら、「文通」を通じて色々な個人の人生を考える仕事もしていて、その中には色んな世代の男女ビジネスパーソンやら特殊な自営業の人やベンチャー起業家や時には主婦の人などがいるのですが(ご興味があればこちらから)、そのクライアントで東電の社員だった人が、先日東電の子会社ベンチャーを起業しました。
そのアジャイルエナジーX社は、再エネが「余った」時にその電力を買い取ってビットコインのマイニングなどを行う需要を柔軟に創出する会社で、既に全国の再エネ事業者や、金融関係者から熱い注目を浴びているそうです。
先述したように、ドイツは他国とグリッドがつながっているので「電力が余ったら他国に売ればいいし、足りなければ他国から買えばいい」という点が日本と全然違う条件となっています。
「日本は電力が足りなくても他国から買えない」問題の方が素人的にはイメージしやすいですが、現実には「余っても売れない」の部分も決定的な条件の違いになっているんですね。
だからドイツと同じように理想だけを信じてアクセルを踏み込むことは決してできない。
そこでアジャイルエナジーXが目指しているのはその「余ったら売ればいい」状況を人工的に作り出す(需要を創出する)ことで、今まで以上に再エネの投資がしやすくなる環境を整備することにあります。
アジャイルエナジーXは今のところ東電の子会社ですが、要するにいわゆる「旧一電」のような「プロ」の視点からも色々な新しい「再エネ促進策」が出てきている時代になっていることがこのことからもわかるでしょう。
アマチュアの情熱もプロの視点も、「両方」総動員しないと、大きな困難は乗り越えられません。
「宗教家(思想家)」や「革命家」の時代は終わり、「実務家」に譲り渡していくべき時が来ているのです。
4:無益な罵り合いは終わりにしよう
映画『日本と再生』に熱中するようなタイプの人の理想主義の熱い気持ちや、「自立分散型電源」のロマンも大事です。
そして同時に同じぐらい、そのバラバラな個々人のチャレンジを全体として破綻させないようにする「プロの視点」による補完も当然大事です。
「ドイツにできて日本にできないのは日本政府がクズだから!」
…というような暴論を、
「なるほど、確かにドイツと違って他の国とグリッドがつながってないから、日本では電力が一瞬でも余るのも足りないのも強烈な問題になりますよね。だから安易にドイツにできるんだから日本もできる!とは言えないのはわかります。しかしちゃんと安定性も重視した形で、一歩一歩進めていくことはできますよね?その方法を一緒に考えましょう」
…という理性的な議論に置き換えていくことこそが、今必要なことなのです。
長い連続記事をここまで読んでいただいてありがとうございます。
よほど専門的にこの話題を追っている人でなければ、最近の日本の電力の不安定さや電気料金の高騰がどういう理由でもたらされているのかを正確に理解していることはマレだったと思います。
そして、「理由」がよくわからないから、再エネ推進派は「すべて原発推進派のせい」だと考え、原発推進派は「すべて再エネ推進派のせい」だと考える暴論についつい飲み込まれていってしまう。
そうやって「なんとなく“敵”が全部悪いことにしてしまう議論」が社会に溢れているので、毎年どんどん変わっていく技術動向を的確にフォローしつつ、日本の国土や電力需要の特性にあった最適なプランを適切に選択していくような議論が吹き飛んでしまう。
連続記事でここまで見てきたように、世界のトレンドは明確に「原発も再エネも」に向かっており、それにはそれなりの理由があります。その理由について、ここまでお読みになったあなたなら理解できるかと思います。
SNSで「敵」を攻撃することだけが生きがいで、実際の日本がどうなろうとどうでもいいような「すべてが右か左か」で見えるビョーキの人たちから「現実の支配権を取り戻す戦い」をはじめていきましょう。
その「第一歩」となる記事になれば幸いです。
(お知らせ)
電力関連に限らず、あらゆる問題を20世紀型イデオロギーの空理空論でオモチャにせずに、現実的な課題の解決に人々の注意を振り向けていく方法について、中小企業コンサルティングで過去10年に平均給与を150万円引き上げられた成功例から、大きな社会問題についての分析に段階的に広げて理解する本を出版しました。
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