文:児島宏明
世界トップレベルの研究シーズを保有する研究拠点
成瀬一郎氏
名古屋大学 未来材料・システム研究所(IMaSS)は、環境調和型で持続発展可能な社会の実現への寄与を目的として、同大学の複数のセンター等を統合するかたちで2015年に設立された。
「具体的にはナノ材料、省エネルギー材料、窒化ガリウム(GaN:ガリウムナイトライド)などの次世代半導体デバイスの創製、関連する材料やデバイスを解析・評価する高度計測技術の開発、社会実装のためのシステム技術の創成などを手掛けており、代表的なシーズとしては2014年にノーベル物理学賞を受賞した、天野浩教授のGaNの研究・開発が挙げられる」(同研究所所長 成瀬一郎教授)
会話もできウイルスも不活性化させる「卓上エアカーテン」はいかに生まれたか
同研究所では研究者同士の連携に注力しており、直近で社会実装にもっとも近づいているのが、優れた空間遮断力と新型コロナウイルスの不活化機能を持つ「卓上型エアカーテン装置」の開発である。コロナ対策として飲食店やオフィスなどのテーブルにプラスチックのパーティションが置かれている光景は珍しくないが、「対面行為(医療行為など)を妨げるし会話も遮ってしまう」「そもそもウイルスが除去できていない」といった問題を解決すべく本装置は開発された。
内山知実氏
本プロジェクトは、空気や水といった流体の制御・解析・予測を専門とする内山知実教授が有する「持続距離が長い噴流を作る技術」と、発光ダイオードやパワーデバイスに関する優れた知見を持つ天野浩教授の「深紫外線LEDによるウイルス不活化」をかけ合わせた連携研究として結実したもので、JST(科学技術振興機構)からの支援も受けつつ、 2022年に試作品が完成した。
装置はエアカーテン装置とウイルス不活化装置の2つで構成されている。上部ノズルから出た気流が下部の吸込み口に吸い込まれる構造で、装置の空間部分にエアカーテンを形成している。上部ノズルに切断翼と呼ばれる技術を採用することで、持続距離が長く強度の高い空気壁を実現した。エアロゾルを利用した遮へい効果の検証実験では、エアカーテンに衝突したエアロゾルは下方に向きを変え、下部の吸い込み口に吸い込まれる。また、エアカーテンに腕を通しても空気壁が破れたり乱れたりすることはなく、採血などのシーンでも優れた空間遮断効果が得られる。
エアカーテン装置から吸い込まれた気流は、ウイルス不活化装置を経由して清浄化され、上部ノズルから拭きだされる。装置には12個の深紫外線LEDが内蔵されており、ウイルスが含まれた気流を照射することで不活化できる。新型コロナウイルスSARS-CoV-2を用いた不活化実験では、検出限界(99.91%)まで不活化できることを確認した。
このような新しいアイデアによるウイルスの捕集・不活化は、実証実験を経て社会実装の可能性が高い。名古屋大学医学部付属病院の採血室での実証実験では、患者・医療従事者両方から好意的な意見が寄せられている。また、LEDによる照射でウイルスを不活化できるため、空気清浄機のようなフィルタは不要となる。LEDの寿命は約2万時間と長いため、メンテナンスの手間が必要ないのもポイントである。
しかし、本格的な実用化のためには、ひとつだけ課題が残されていると内山氏は語る。
「現在私たちが取り組んでいるのはウイルス不活化装置の小型化と、卓上エアカーテンとの一体化です。試作品のウイルス不活化装置は重量が80kgもあるため、これを小型化して、卓上エアカーテンの内部に組み込むことができれば、本格的な実用化が見えてきます。2023年の12月に改良版の試作品が完成予定で、JSTから指定された期限である25年3月を目途に医療現場での実用化を目指しています」(内山氏)
企業ニーズに応じた改良版も開発中
小型化・一体化の研究・開発と合わせて、実用化に欠かせないのが製造・販売のための企業との連携である。内山氏によると、現在国内外の複数の企業と同時並行で交渉を進めているという。その中で「卓上」以外での社会実装の可能性が高いことも明らかになってきた。
「例えば建物の玄関や車両の扉などでエアカーテンを使いたいなど、こちらが当初想定していなかった用途の需要もありました。要望に応じて個別要素としての社会実装も前向きに検討しています」(内山氏)
同研究所では、この他にも「GaNのパワーエレクトロニクス領域での活用」「世界最高レベルの電子顕微鏡技術の普及・提供」といった研究が進められており、今後も名古屋大学が保有する研究シーズを活かした最先端の活動を進めていく。