LIFE STYLE | 2023/02/17

そして戦争は世界中の日常に溶け込む ウクライナと「総動員」とその後の世界

「だえん問答」FINDERS特別編

若林恵

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元WIRED日本版編集長、現在は黒鳥社主宰の若林恵さんによる、架空インタビュー形式の名物連載「だえん問答」がまさかのFINDERSで(一回限りの)復活。

昨年2月以降、ロシアによるウクライナ侵攻を受けた論考(若林さんいわく「自由研究」)が多数掲載され、無料公開された「#93 ウクライナの「脱ナチ化」」、「#97 前編「ロシアのプロパガンダ」のプロパガンダ」などの回は、ロシア=悪/ウクライナ=善という二元論的な図式では説明しきれない、そして日本語メディアではあまり言及されていない、複雑極まりない世界情勢の一端を示したことで、多くの反響を呼びました。

今回の「自由研究」では、ウクライナの極右→1930年代の技術論と「総動員」概念→サイバーセキュリティとハイブリッド戦争→中国の軍人が記した名著『超限戦』→ウクライナで「戦後」に起ころうとしていること、といった流れで話が展開されていきます。この戦争を通じて何が起ころうとしているのか、世界はどのようにかたちを変えつつあるのか。短くはない文章ですが、じっくり味わっていただければと思います。

若林恵

黒鳥社 コンテンツディレクター/自由研究員

平凡社『月刊太陽』編集部を経て2000年にフリー編集者として独立。以後、雑誌、書籍、展覧会の図録などの編集を多数手がける。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社設立。著書・編集担当に『さよなら未来』『次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』『GDX :行政府における理念と実践』『だえん問答 コロナの迷宮』『働くことの人類学【活字版】』など。「こんにちは未来」「blkswn jukebox」「音読ブラックスワン」などのポッドキャストの企画制作でも知られる。

—— 久しぶりの「だえん問答」です。

そうですね。週刊で連載を掲載してくれていた「Quartz Japan」が日本から撤退してしまいまして、しばらく休止状態になっていました。半年ほどサボっていましたので、うまくできるかだいぶ心配です。

—— ウクライナへのロシアへの侵攻が始まって、そこから熱心に情報を掘られていました。

たしか7回分ほど、ウクライナについての自由研究をムキになってやったところで、メディア自体が休止状態に入ったのですが、おかげさまで、すっかり陰謀論のおじさんになってしまいました。

—— (笑)。ウクライナの極右について熱心に調べていました。

そうなんです。その問題をつつくと、はなからロシアのプロパガンダに乗せられた情報弱者のレッテルを貼られてしまいますので、表立って話したりはしないようにしているのですが、とはいえ、それで自由研究を終えてしまうのも癪なので、どこかに出口ないかなと、この間ちょぼちょぼ本を読んだりしていたわけです。

—— どこに興味の焦点があったんですか?

ウクライナの極右について調べていると、よくあがってくる名前として、エルネスト・ユンガーという人がいるんですね。20世紀初頭から半ばにかけて活動した元軍人で思想家で変わったSF小説のようなものを書いていたりする人で、おそらく最も知られている『労働者:支配と形態』という本は、それこそ極右のバイブルになっている感じだったので、読んでみたところ、まあ、面白い本なんですね。

「市民的秩序」なんていうものがいかに欺瞞的か、それこそもうコテンパンにやっつけるわけです。軍国主義の色彩が濃く、それに一部の人たちが強く反応するのも、さもありなんという感じなのですが、ユンガーはそれと連動するかたちで、ユニークな「技術論」を展開した人でもあって、その技術論はハイデガーの技術論にも影響を及ぼしたとも言われています。

—— ほう。技術論。

いくつかの国が大きくファシズム方面へと振れていくことになった1930年代は、「技術」というものをめぐる議論が大きく転回した時期だと言われていまして、ドイツ、アメリカ、イタリア、そして日本でも、それまでの「道具主義的」な技術観を脱却して、新たな技術観をもって、国家なりを統治していくことが目指されたとされています。ファシズムは、その基底に「技術」の問題があったというわけです。

—— へえ。そうなんですね。

ファシズムってなんなんだって聞かれてもちゃんと答えられませんから、それこそハンナ・アーレントの『全体主義の起源』をはじめ、色々と買って読んでみたのですが、そうしたなか『「大東亜」を建設する:帝国日本の技術とイデオロギー』『帝国の計画とファシズム: 革新官僚、満洲国と戦時下の日本国家』という2冊のアメリカ人研究者の著作をみつけて読んでみたところ、「えっ」と驚くような話が書かれていたんです。

—— どういう内容でしょう。

わたしたちがこれまで受けた教育ですと、日本のファシズムっていうのは、熱血が高じて狂信にいたった高校野球の監督みたいな印象の軍国おじさんがつくりあげたようなイメージですが、これらの本は、それとはまったく違う歴史を描いていまして、ファシズムの絵図を描いたのは、技術畑の革新官僚と呼ばれる人たちで、そこに新興財閥と呼ばれる人たちが深く関与し、そこでは技術が中心的なテーマとしてあったというんです。『「大東亜」を建設する:帝国日本の技術とイデオロギー』の概要欄には、こうあります。

アジア・太平洋戦争期、帝国日本の戦時動員のため「技術」という言葉が広範に使用されていた。それは単に科学技術だけではなく、社会全体の統治にもかかわるイデオロギーであった。狂信的な言説が吹き荒れたと思われる時代は、実は科学的・技術的な言説が力を持った時代でもあったのだ。

—— これは、たしかに、従来のファシズム、軍国・日本のイメージとは違いますね。

そうなんです。『帝国の計画とファシズム』の著者ジャニス・ミムラは、そのありようを「テクノファシズム」と呼んでいます。

—— ちなみに、革新官僚と新興財閥って、誰のことを指しているんですか?

革新官僚では、星野直樹、椎名悦三郎、美濃部洋次、迫水久常、毛利英於菟、奥村喜和男といった名前が挙げられていました、彼らのリーダーと目されていたのが岸信介だとされています。また、財閥に関していえば、鮎川義介の日産、森矗昶の森コンツェルン、野口遵の日窒(日本窒素肥料)、中野友禮の日曹(日本曹達)、大河内正敏の理研(理化学研究所)といった重化学工業の担い手たちだったとされています。

—— なんというか、聞いたこともない、かつ思ってもみなかったプレイヤーたちですね。

そうなんです。で、その彼らが描いていたビジョンを、ジャニス・ミムラはこう説明しています。

ファシズムは、資本主義の危機を乗り越え、近代産業社会における階級闘争と権威の問題を解決する手段を提示した。「第三の道」、つまり資本主義や共産主義にもまさる、近代へといたる別の経路にして、近代の技術的挑戦に対処するのに、最適の経路とみなされた。

—— 技術に、資本主義でも、共産主義でもないオルタナティブが託された、というのは興味深いですね。

いずれにせよ、ファシズムとテクノロジーには強い連関があることが分かってきましたので、そこで哲学を専門されている岡本裕一朗先生にお会いする機会があったことから、「ユンガー面白くないですか」「ファシズムの基盤って技術論なんですね」なんていうお話をランダムにしましたところ、先生も興味を持ってくださって、それで昨年、クローズドでこっそりと「総動員の哲学:1930年代の技術論」という勉強会をやったんです。

—— へえ。いいですね。

岡本先生には講義が進むたびに、関連する話題などを拾い上げていただき、結果的にはものすごく面白い内容になりました。それこそテイラー主義、フォード主義から、ユンガー、ハイデガー、カール・シュミット、三木清、西谷啓治、さらにはウィーナーやマクルーハン、そしてドゥルーズ、ユク・ホイまでと、これまであまり語られてこなかった20世紀の技術論の展望を、仮説として岡本先生に提示していただいたわけです。

そこから明確に分かったのは、1930年代の技術論において起きた転回が、やはり極めて重要だということでして、ここで冒頭のユンガーの話に戻りますと、ユンガーはテクノロジーというものの本質を「総動員」ということばで捉えたんですね。そして、それが、ハイデガーの概念として知られる「ゲシュテル」(総駆り立て)につながっていくのですが、「総動員」ということばが、技術をめぐる概念だったというのは、やっぱり注目すべきことのように思います。

—— 「総動員」は英語でいうと「Total Mobilization」、つまり「全面的にモバイル化する」ということですもんね。現代にもそのままつながっていきそうな話です。

全6回の講義のなかでは、ハイデガーが最晩年にサイバネティクスに強い興味を示していたことや、アメリカの自動車王ヘンリー・フォードがナチスのシンパだったこと、あるいはほんの些細なことかもしれませんが、ドゥルーズの本にユンガーを参照している箇所が見つかったことなど、面白いディテールもたくさんあったんですが、これはなんとか今年中には冊子としてまとめたいなと思っております。

—— いいですね。現代とつながりそうな話で言いますと、さっきの日本のファシズムのところに出てきた「新興財閥」ということばは面白いですね。いまのことばでいうと、これって「オリガルヒ」ですよね。しかも、権力に近いところにいるとわたしたちが思ってしまいがちな、いわゆる「財閥」とは、まったく違う顔ぶれであるのも興味深いです。

オリガルヒというとまずはソ連邦解体のどさくさに紛れて濡れ手に粟を手にしたロシアのお金持ちが思い浮かぶわけですが、最近では欧米でも、このことばはかなり拡大して使われるようになっていまして、それこそ政府や軍と近い関係にあるとされる、アルファベットのエリック・シュミットやアマゾンのジェフ・ベゾス、テスラのイーロン・マスク、メタのマーク・ザッカーバーグなどは、批判的に「オリガルヒ」と呼ばれたりもしています。

The Big Tech Oligarchy Calls Out for Trustbusters(The Wall Street Journal)
https://www.wsj.com/articles/the-big-tech-oligarchy-calls-out-for-trustbusters-11619816008

The battle between autocracy and democracy has blinded us to the A.l. oligopoly(Fortune)
https://fortune.com/2022/06/16/ethics-autocracy-democracy-blinded-tech-oligopoly-artificial-intelligence-politics-wendell-wallach/

—— テクノロジー、新興財閥、革新官僚、ファシズムといったキーワードを並べて、現代の日本や、ウクライナの状況を眺め直してみると、ちょっと違った構図も見えてきそうですね。

ウクライナに関していえば、2022年の3月に仮想通貨取引所「FTX」(同年11月に経営破綻)と暗号通貨による寄付を取りまとめるための提携をしたりしていまして、破綻後には、それがアメリカ民主党を巻き込んだ資金洗浄スキームだったんじゃないかといった陰謀論が飛び交っていましたが、マネロン疑惑はおいたとしても、FTXの政治への食い込み方を見ると、新興財閥感あるなと思ってしまいますね。

Ukraine Partners With FTX, Everstake to Launch New Crypto Donation Website(CoinDesk)
https://www.coindesk.com/policy/2022/03/14/ukraine-partners-with-ftx-everstake-to-launch-new-crypto-donation-website/

—— いま日本で、日産や森コンツェルンや日本窒素や日本曹達に該当する企業って、一体どこなんでしょうね。

興味あるところですが、よくわかりませんよね。なんにせよ、「総動員の哲学」という講座をやったおかげで、なんとなくファシズムについてわかった気になっていたところ、今度はさる方面から、「サイバーセキュリティ」に関するレポートを一緒につくりませんか、というお声がけをいただいたんです。

—— ほお。前に一回やってましたよね。

はい。サイバーセキュリティに関しては基本ど素人もいいところなのですが、それこそ日本の名だたるセキュリティ企業のトップの方々や、大手IT企業のCISO(Chief Information Security Officer)の方々とお話を聞かせていただく機会が2021年にありまして、それはそれでとても勉強になったのですが、その後、ウクライナの問題が起き、米中の対立が高まっていき、かつ、それと並行しながらユンガーやハイデガーやテクノファシズムについて学んでいたこともあって、いまウクライナで起きている戦争を抜きにサイバーセキュリティを考えることは出来なさそうだと思い、そうした観点から何かできないかと考え始めたのですが、実は、過去の技術論や戦争を踏まえた思想的なスコープから「サイバーセキュリティ」という概念を捉えたものって、実はあまり見当たらないんですね。

—— あ、そうなんですか。

もちろん、軍事専門家、企業経営の専門家、個人情報にまつわる法の専門家などなど、各ドメインではそれぞれ活発な議論はあるのですが、自分の印象では、いずれもタクティカルな議論に見えて、そもそも「サイバーセキュリティ」って誰が何のためにやるの?なぜ必要?といった根本的な部分になると、フレームとすべき考え方がほとんど見当たらず、「安全、大事でしょ」「攻め込まれたら、困るっしょ」っていう、ある意味大雑把な大前提しかないんですね。わたしが知りたいのは、どちらかというと、その言い方・考え方を支えているところの根拠なんですよね。

—— なるほど。

「サイバーセキュリティ」は、ことば通り「防衛」であるわけですが、以前セキュリティ企業の方々とお話して分かったのは、近年のサイバーアタックに対しては、もはや守っているだけでは防衛ができず、先制攻撃を仕掛けないと防衛にならないということですが、ただそうなると、日本では憲法9条が大きな足枷になってしまいます。

—— あくまでも「自衛」に専念、と。

とはいえ現実論としては、そうも言ってられんというところはあるのでしょうし、アメリカにうるさく言われたりもしているのだとすると、日本政府としても「先制攻撃もアリにしよう」という方向性にならざるを得ないのは、わからなくはない部分はあるのですが、「安全、大事っしょ」で反故にできてしまう憲法というのも、だいぶ残念な気もするんですね。

もちろん、そこは解釈の問題として解決されるのだと思いますので、そのこと自体は良くはないにしろ目をつぶったとしても、とはいえそうやって「サイバーセキュリティ」というものがひとつの抜け道のようなものとなることで、ずるずるとなし崩し的に、これまでの国家のあり方や体制を根本から変えてしまうような気配は感じるんですね。

—— 国家防衛の話が、そのまま企業、そして個人の情報管理へと、するするとつながってしまう話ですから、それこそ「総動員」の糸口にもなりますよね。

とはいえ、「サイバーセキュリティこそ監視国家への道!反対!」と言いたいわけでもなくて、要は「サイバーセキュリティって一体何の話なの?」というところが、実はピンと来てないということだったわけです。そこで、また岡本裕一朗先生に、「総動員の哲学」の流れから「サイバーセキュリティの哲学」のようなものを考察してみることってできませんか、というご相談を持ちかけてみたわけです。

そうしましたら、岡本先生は、良い意味で色んなことに興味をもってくださる方ですので、ご快諾をいただき、前回と同じように、こういう話ありますよね、ああいう話ありますよね、といったことをランダムにブレストしてみたわけです。

—— 楽しそうです。

そうしたなかで、たしか岡本先生がおっしゃったことだと記憶しているのですが、そもそも「サイバーセキュリティ」ってことばはいつから一般化したのか、という話題が出たんです。それまで「情報セキュリティ」と言っていたものが、いつの間にか「サイバーセキュリティ」ということばに変わっている、と。

—— 言われてみれば、たしかに。

で、議論をしていくうちに、これはどうも「戦争」というものと関わっていそうで、それこそカール・シュミットによる戦場の規定として、陸、海、空があったとして、20世紀後半にはそこに宇宙が加わり、20世紀末になると、そこにサイバースペースが加わったのだとすると、サイバーセキュリティという語の含意は、サイバー空間を戦争空間とみなす、ということなのではないかという仮説が出てきたわけです。ちなみに元軍事関係者の方に「サイバーセキュリティ」という語はいつ頃から浮上したものなのかお伺いしたところ、この10〜15年くらいではないかとのことで、その出元は、確証はないですが、おそらくアメリカだろう、とのことでした。

—— なるほど。面白い。

そこで、その線に沿いながら、岡本先生と一緒に「サイバーセキュリティの哲学:21世紀の『安全』のフレームワーク」というお題で、また講座をやってみたわけです。そして、そこで面白い話が出てきたんですね。

—— おお。いいですね。

「サイバー空間を戦争空間とみなすところから、サイバーセキュリティの概念は立ち上がったのかもしれない」という仮説から行きますと、お察しの通り、これはもしかすると「ハイブリッド戦争」という概念と関わるのかもしれない、という仮説が出てくるのですが、そこから「じゃあ、ハイブリッド戦争ってアイデアは、一体どこから出てきたのか」を掘ると、喬良と王湘穂という中国の軍人ふたりが1998年に刊行した『超限戦』という本に行き着くんですね。

—— それこそ昨年少し話題になった記憶がありますが、いま調べてみたら、中国叩きに使われてる感じですね。

そうなんです。英語圏で本書について検索してみると、それこそ最近話題になった「中国の風船」をして、すわ「これこそ中国の超限戦」と息巻く人たちがみつかりますし、そもそもアメリカでは、これが中国の軍事戦略を描いたものとして露骨に警戒されていますが、全然そんな内容ではなく、むしろアメリカの湾岸戦争を分析した本なんですね。そうした流れから、9.11の同時多発テロを予言した本だとも言われることにはなるのですが、軍事に興味ある方にとっては超有名だと思いますし、日本でも『超限戦:21世紀の新しい戦争』のタイトルで角川新書で2020年に復刊されていまして(最初の邦訳は2001年に共同通信社から出版されのちに絶版)、結構売れているようですので、知らなかったこちらがおおいに恥じるべきところなのだとは思いますが、なんにせよ、この本が結果的には講座の内容をかたちづくる上でのフレームの役割を果たすことになりました。

—— へえ。

岡本先生が全3回の講座の初っ端に、この本の話を持ち出されて、わたしも慌ててそこから読んだのですが、これが驚くべき内容のものでして、現代社会のありようをあまりにも正確に描き出していて驚愕しながら読みました。しかも、25年も前に書かれた本ですから、もう、なんというか、この25年、自分は何をやってきたのかと恨めしくなるほどです。

—— そんなにすごいですか。

わたしはそう思います。とはいえ、この本は、当時から一部の軍事関係者以外には知られておらず、アメリカでもいくつかの版が出ていますが、Amazonで現在読めるものを探してみますと古いものでも2015年刊です。むしろその後に複数の版元から出ていまして、列記しますと、2015年にEcho Point Books & Media、2017年には詳細不明の独立系出版社、2020年にAlbatross Publishers、2021年にU.S. Dept. of Healthから出ています。最新刊が、米国保健福祉省から刊行されていることからも、近年になり、米中の軋轢が高まるにつれ、この本に対する注目が、再び高まっている様子が伺えます。

—— それにしてもひどい表紙ですね。

そうなんですよ。上記した版は、どれも『Unrestricted Warfare: China's Master Plan to Destroy America』(無制限戦争:アメリカを破壊するための中国のマスタープラン)という同じタイトルがつけられていまして、いかにも、本書に中国の軍事戦略が書かれているような煽り方になっていますし、出版社不明の2017年の版には「Wake Up America!」(アメリカよ、目覚めよ)の惹句とともに眠りについた美女の絵が描かれていますが、これは第一次大戦の際に、子どもや女性の参戦を促すためのポスターの絵をそのまま使っているもので、かなり露骨に中国の脅威を謳ったものです。

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—— 中国の邪悪なマスタープラン。

アメリカでは本書を、破壊工作を網羅した「中国の国家的軍事戦略」が書かれていると打ち出しているわけですが、日本版を見るとそうはなっておらず、「アメリカの破壊」を目論むものであるどころか、本書が「アメリカの軍事戦略に大きな影響を与えた」と書かれています。

—— むしろアメリカ自身も参考にしたと。

一読すればわかるように、本書の主旨は明快でして、第一次湾岸戦争と、その後に起きた幾多の無差別テロの分析を主眼としているのですが、その分析の目的は、アメリカを破壊することではなく、「戦争」というものが、もはや過去の戦争とは同じものではないと明かすことにあります。「これまでの方式の戦争はもはや不可能だ」と、著者は序文で語いていますが、そうであるならば、未来の戦争は、どのようなものになるのだろうかという問いに基づいて書かれていますので、本書は、まずもって、中華人民共和国という一国家の軍事戦略を語るものではないんですね。

戦争に勝つための本ではなく、未来の軍事思想がどういったものになるのかを提示しようという試みなんです。さらに言えば、ここで語られたことは、必ずしも中国の国家軍事戦略に影響はあるにしても、直接採用されているわけでもないそうなので、これをして中国の軍事戦略と読むのはミスリーディングな可能性があります。著者はまず、こう書くことから始めます。

力をもつ者こそ正しいという時代──二〇世紀の歴史はほとんどがそうだった──であれば、問題はなかった。しかし、アメリカを多国籍軍がクウェートの砂漠地帯でこの時代に終止符を打ったことにより、新しい時代が始まったのである。

—— ふむ。

彼らは「新しい時代の戦争」の特徴を、こんなふうに解説します。戦争を規定するのが「兵器」「兵士」「戦場」の3つだとすると、新しい時代の戦争においては「兵器」「兵士」「戦場」を規定することができなくなると彼らは言います。つまり「兵器/非兵器」「兵士/非兵士」「戦場/非戦場」の区分ができなくなるということです。これは逆にいえば、「あらゆるものが兵器」となり「誰もが兵士」となり「あらゆる場所が戦場」となることを意味しますし、その結果、「平時」と「有事」の区分けさえも溶け出してしまいます。本書はこう書いています。

要は、これからの戦争は「すべての境界と限度を超え」たものとなる、と彼らは語っていまして、それをして「超限戦」(unrestricted warfare)と呼んでいます。そこでは、文字通りありとあらゆる活動が、具体的な「軍事行動」となるんですね。

デマや恫喝で相手の意志をくじく心理戦、市場を混乱させ経済秩序に打撃を与える密輸戦、視聴者を操り世論を誘導するメディア戦、他国民に災いを与えぼろ儲けをする麻薬戦、姿が見えず防ぎようのないハッカー戦、自分勝手に基準を作り専売特許を独占する技術戦、実力を誇示し敵にプレッシャーをかける仮想戦、備蓄を奪い財産を掠め取る資源戦、恩恵を施し相手をコントロールする経済援助戦、当世風を持ち込み異分子を同化させる文化戦、先手を取ってルールを作る国際法戦など、いくらでも挙げられる。

—— すごいですね。というか、これこそまさに「ハイブリッド戦争」と呼ばれているものですよね。

この本は、湾岸戦争を題材にしながら、戦争というものにおいて起きている変化を定式化しようとしたわけです。つまりその時点では、アメリカは自分たちがすでにやっていることが、戦争のありようを決定的に変えてしまっていることにちゃんと気づいておらず、なぜか中国の軍人によって、それを指摘されることになったという構図なんですね。アメリカは、そのことに大いに慌てたとも言われていますが、本書でも端々で賞賛されているようにアメリカの軍人は有能だそうですから、この本を冷静に踏まえながら、湾岸戦争において自ら開いた戦争の新時代をアメリカが自分のことばで戦略的に定義したのが、おそらくは「ハイブリッド戦争」というものなのだと思います。以下は、ハイブリッド戦争という概念を提唱したフランク・G・ホフマンのことば(リンク先PDF)ですが、言ってることは、ある意味、そのまま超限戦です。

従来型の紛争は、特にその規模において、依然として人類の紛争の中で最も危険な形態である。しかし、戦争のさまざまな方法または形態を曖昧にし、融合させてしまう敵に直面する可能性がますます高まっている。現代の戦争における最も特徴的な変化は、戦闘が曖昧化し、混ざり合ってしまうことにある。われわれが直面しているのは、異なる課題の増加ではなく、むしろそれらがハイブリッド戦争のなかへと融け出していってしまうことだ。

—— すべての境界が溶け出して「戦争」というもののなかへと融解していってしまうというビジョンはなかなかすごいですね。「総動員」の進化版、サイバネティクス化した「ゲシュテル」という感じさえします。

「技術=総動員」ということについていえば、当然『超限戦』でもハイデガーは引用されていますし、技術が、今まさに絶賛進行中の軍事革命の主要なドライバーであることも見落としてはいません。

技術の大融合は逆戻りのできないグローバル化の趨勢をもたらし、グローバル化の趨勢はまた技術の大融合を加速している。これがわれわれの時代の基本的な特徴である。

—— なるほど。

1998年に中国から「超限戦」、2006年にアメリカから「ハイブリッド戦争」の概念がそれぞれ提出されたわけですが、その後、2013年に今度はロシアから、軍事戦略のアップデートが行われることとなります。これが「ゲラシモフ・ドクトリン」と呼ばれるものでして、これをもって米中露の3国が、もはや戦争は過去と同じものにはならないということを受け入れた格好になります。

—— どういう内容でしょう。

これは、ロシア軍の参謀総長ワレリー・ゲラシモフの「予測における科学の価値」という論文が元になったものですが、ロシアを専門とする軍事アナリストの小泉悠さんは、ゲラシモフが記した論文を、2014年の記事でこう解説しています。

—— なるほど。もはや民衆のプロテストのようなものすら戦争の一形態として組み込まれていくということですね。

ここで注目したいのは、これが発表された直後に、ウクライナの首都キーウでの政権転覆デモ「ユーロマイダン」が起きたことでして、ついでロシアによるクリミア半島の接収が起きたことから、これをしてロシアの「ハイブリッド戦争化」とみなされたそうですが、おそらくロシア側は、「ユーロマイダン」におけるプロテストこそ、アメリカが仕掛けたハイブリッド戦争の一環と見ていたのでしょうから、この時点で、すでにウクライナは、相対する両者が、自分たちが「超限戦」もしくは「ハイブリッド戦争」を戦っていることを認識した上で戦う、初めての戦争の舞台となったと見ることができるのかもしれません。

—— 「ロシアのフェイクニュース」「ロシアの陰謀論」といったことばは、おそらく2016年のアメリカ大統領選を機に一般化したのだと思いますが、そうした言説の流布自体が、ロシアのハッキングやボット攻撃に対する情報戦でもあったともいえるわけですね。

だと思います。ロシアがハイブリッド戦争を仕掛けているところ、アメリカがそれをやっていないと考えるのは、むしろ不合理だと思います。ちなみに、昨年から、イーロン・マスクがTwitter社の内部情報をジャーナリストに断続的にリークしているいわゆる「ツイッター・ファイル」と呼ばれるもののなかには、まさにロシアをめぐる言説を誘導すべくアメリカ国内で行われていた情報操作の内実を暴露するものが少なからずありますが、そこから見えてくるのは、SNSが「超限戦」の時代にあって、もはや不可欠な「兵器」になっているということではないでしょうか。

—— 日本でもつい先日、内閣官房内に「戦略的コミュニケーション室」なるものを設置することが検討されているとのニュースが出ていましたが、ロシアや中国からの「偽情報」対策を当面主眼とすると書かれていました。

わたしが読んだ産経新聞には、この部門のミッションは「自国に有利な環境をつくる」とありましたが、「真の情報」が仮に「自国に不利な情報」だった場合、ここは何をするのだろうかと思ってしまったものの、「超限戦」時代にあっては、もはや真実が重視されることはないと思ってしまうのですが、心配しすぎですかね。

〈特報〉中露に対抗 「戦略的コミュニケーション室」新設へ(産経新聞)
https://www.sankei.com/article/20230124-DPPNMP2V7FLK5KUPWBCKVT5LYI/

—— どうなんでしょう。平時と有事の区分けも、戦場と非戦場の区分けも、軍人と非軍人の区分けもなくなった世界というのは、端的に、いつでもどこでもすべてが戦争状態にある世界ということでしょうから、「戦争の最初の犠牲者は『真実』である」という知られた諺に倣えば、常時戦争状態にある世界では、「真実」の分は悪そうです。

『超限戦』は本当に周到な本で、メディアについても触れられているのですが、以下の文章をゼレンスキー大統領、プーチン大統領のメディア対策と引き比べながら読むと、面白いと思います。

あまりにも主観的な色彩を帯びているため、相手や中立側に拒否されやすい戦場の宣伝と違い、メディアは客観報道という上着を巧妙にまとっているゆえに、計り知れない影響力を隠し持っている。湾岸では、アメリカ軍をはじめとする多国籍軍が軍事上でイラクの発言権を封じたのと同じように。強大な西側メディアはイラクの政治上の発言権、弁護権、ひいては同情を受ける権利、支持を受ける権利まで奪ってしまった。イラク側がブッシュを許せない「大サタン(悪魔)」だと宣伝する弱々しい声に比べ、サダム・フセインを侵略者や戦争狂だとするイメージ宣伝の方が一枚上手だった。

—— プーチン大統領とサダム・フセインの姿が重なってきます。と考えると、一枚上手なのはゼレンスキー大統領の方ですよね。ゼレンスキー大統領は、その意味でも、まさにハイブリッド戦争の申し子と言えそうです。

ウクライナが、まさにハイブリッド戦争の本格的な実験場となっていることはBBCが、ロシアの侵攻が始まったばかりの3月に報じています。これはサイバーセキュリティに関する話題でもありまして、「ウクライナは初めてのハイブリッド戦争を戦っている」(Ukraine says it is fighting first 'hybrid war')というタイトルの記事ですが、非軍人の27万〜40万人にも上るボランティアのハッカーたちが、ロシアに対するハッキング攻撃に「参戦」していることを明かしています。軍人/非軍人の境界の融解の一例で、現代の「総動員」のありようを端的に示した内容ですが、ウクライナ政府高官は、非軍人を中心とした軍事作戦の発動について、こう弁明しています。

「我々はこれをサイバーレジスタンスと呼んでいます。我々の土地とサイバー空間を守るために可能な限りのことをしているのです。わたしたちのネットワークを守り、サイバー空間とウクライナの土地における侵略者の行動を妨害するものです。参加しているサイバー戦士たちは市民をターゲットにはしません。軍事や政府をターゲットにしています」

加えて、自律分散型ハッカー組織「アノニマス」がウクライナの側に立ってロシアに攻撃を加えていることについて、こう語ってもいます。

「違法なハッキングを容認することはできないが、通常の平時のルールは適用できません。サイバー空間におけるいかなる違法行為も歓迎はしませんし、その違法行為については責任を持つべきだと考えています。しかし、2月24日を境に世界の秩序は変わったのです。ここウクライナでは戒厳令が敷かれており、敵に原則がない以上、道徳的原則に訴えても効果はないでしょう」

Ukraine says it is fighting first 'hybrid war'(BBC)
https://www.bbc.com/news/technology-60622977

—— ああ、すごいですね。世界秩序が変わったんですね。「超限戦」に基づく理解でいくと、常時戦争状態では、もはやすべての行動が、戒厳令下の特例として超法規化されてしまうということになってしまいそうです。

「法治」という概念が、こうした環境下でどのようなものになっていくのかよくわかりませんが、かつてゼレンスキー大統領は、戦後のウクライナは、あらゆるスーパーや映画館といった日常空間が、機関銃をもった警察/軍隊に守られているミリタリー国家になると宣言していまして、NATOのシンクタンクであるAtlantic Councilは、ご丁寧に、ウクライナがゼレンスキーが目指すミリタリー国家、すなわち「大きなイスラエル」になるためのロードマップを書いているのですが、そこでは「全国民による相互監視」といったことが、堂々と書かれていたりもします。

Zelenskyy wants Ukraine to be ‘a big Israel.’ Here’s a road map.(Atlantic Council)
https://www.atlanticcouncil.org/blogs/new-atlanticist/zelenskyy-wants-ukraine-to-be-a-big-israel-heres-a-road-map/

—— まさに総動員ですが、いまのことばでいうなら「全国民参加型」とでもなるのでしょうか。

「マルチステークホルダー・サーベイランス」と呼んでもいいかもしれません。いずれにせよ、国家というもののイメージも大きく変わってくることになりそうです。『超限戦』は、国家というもののあり方についても、非常に面白いことを書いています。

—— これぞ、まさに世界経済フォーラム式のマルチステークホルダー主義ですね。にしても、ここにオリンピック委員会の名前が出てくるのは、オリンピック開催で七転八倒した国としては、なかなか味わい深いものがありますね。

ちなみに、本書では、こうした「国家+超国家+多国家+非国家」が水平・垂直・交差に組み合わさった「超国家的組み合わせ」による新たなグローバルパワーシステムがもたらす戦争の一例として、90年代末に起きたアジアでの通貨危機におけるIMFの介入について語っています。

—— 韓国の新自由主義化の契機になった出来事ですね。『未成年裁判』や『シュルプ』といったドラマでお馴染みのキム・ヘスさんが主演した『DEFAULT 国家が破産する日』という映画が、まさにこれを題材にしていました。

IMFの専務理事を演じたヴァンサン・カッセルが最高でしたよね。映画でも描かれたIMFの介入は、570億ドルを融資する代わりに、市場の全面的解放、労働市場の流動化を韓国政府に迫るものでしたが、これによって「アメリカ資本は考えられないような低い価格で韓国企業を買収するチャンスをつかんだ」と本書は説明し、「アメリカをはじめとする先進国のために市場空間を開かせたり、譲歩を迫ったりするやり方は、一種の形を変えた経済的占領に近い」と結論しています。さらに註では、どことは明示せずに、東南アジアの通貨危機においては、「ある国とIMFおよびヘッジファンドの暗黙の協力が見られた」とも書いています。

—— 経済戦争はもはや比喩ではなく、戦争そのものだということですね。

さらにこうした状況のなかで、一体全体なんのために戦争が行われるようになるのかという点も『超限戦』には書かれています。

—— 国家は、それがどんな利益であれ、利益の追求だけが行動原理となって、その原理に従ってさまざまなステークホルダーと離散集合を繰り返すものとなっていくわけですね。というか、あるいはすでにそうなっているのかもしれません。

ここで語られた「面倒くさがる」感じは、ウクライナをめぐる関係国の振る舞い見ているとまさにそんな感じがします。バイデン大統領がウクライナでの戦争の目的は「プーチンを追い落とすこと」と口を滑らせてみたり、ドイツ/ロシア間のパイプラインが爆破されたことをアメリカの議員がツイッターで喜んでみたり、「ウクライナの戦争はアメリカに益をもたらす」と言ってみたり、ドイツの外務大臣が「ヨーロッパが戦っているのはロシアだ」と公の場で言い放ってみたりと、大義をもはや隠し立てするのが面倒臭いとでも言うような、子供っぽい言動が、とりわけ西側で目立つのですが、それ自体が、「ウクライナ支持」に立つ同盟が、もはや利益集団による一種の野合にすぎないことの現れなのかもしれません。

—— 民主主義と専制主義の戦い、という大義名分はありそうですが。

『超限戦』は「現代の戦争と過去の戦争との最大の区別は、公の目標と隠されている目標がいつも別」にあることだと語っていまして、湾岸戦争が、果たして石油のための戦争だったのか、世界新秩序のための戦争だったのか、あるいは侵略者を追い出すための戦争だったのか、総括することができないと語っています。ウクライナは、そのときと比べてもはるかに入り組んでいそうで、それが、この問題について何を言っても、何かが抜け落ちてしまっている感じがしてしまうのは、それが理由なのかもしれません。

本書はそれがいいとも悪いとも言っておらず、ただ、それが「新しい戦争」のありようだと語るんですね。複雑なステークホルダー群の複雑な利害を満たす上で行われるのが「超限戦」であるなら、大義はあったとしてもそれが名目上のことにすぎないのは必然でしょうし、「戦争の目的」も立場によって異なる以上、戦争をめぐるありとあらゆる言説は一部は正しいのかもしれないものの、それをもって全部を説明することはできない、ということになってしまいそうです。

—— なるほど。

『超限戦』という本の良いところは、良し悪しをめぐる価値判断を抜きにして、「これからの戦争はこうなるだろう」とフラットな読み解きをしているところでして、この本のスコープを通してウクライナの状況を見てみると、逆にスッキリするところはあるんですね。というのも、ずっとこの紛争は奇妙なものだな、とずっともやもやしていたのが、この本は、戦争というものそのものが、もはや割り切ることのできない、これまでのわたしたちの観点からすると奇妙にしか見えないものにしかならない、ということを教えてくれますので。

—— むしろ、割り切れないものを割り切ろうとしているところに、この戦争をめぐる言説の歪さがあるような気もしますので、「全部が溶け出しちゃっているんだ」という説明は、納得感があります。

ちなみにですが、昨年、なんの流れでだったか忘れたのですが、いまでは中国共産党のかなり上のランクにいる王滬寧(Wang Huning)という人が書いた『America against America』という本を読んだんです。これは、王さんが1988年にアメリカに半年間滞在して書いた調査レポートで、91年に刊行されています。アメリカが「自由」というものをどのようにガバナンスしているのかを調べる目的で書かれたものなのですが、驚くほど明快で面白く、透徹した分析眼と闊達な好奇心に感心してしまいました。しかも、これはすごいなという点については率直に賞賛するあたり、『超限戦』もそうなのですが、非常に気持ちがいいんですね。日本でも翻訳が出れば良いのにと思うのですが。

—— 面白そうです。

30年以上も前の本ですが、アメリカでは去年復刊されています。アマゾンの解説にはこう書かれていますので、興味ある方にはぜひ読んでいただきたいです。

王は中国共産党の主導的イデオローグであり、1990年代に江沢民から始まった3人の最高指導者の公式政治イデオロギーを支える主要な人物だとされている。本書が刊行された30年後の現在も、王は中国の内政と外交の最高レベルの政策立案に貢献している。

本書は、20世紀におけるアメリカの成功の理由を説明するとともに、1990年代にすでにアメリカが直面していたさまざまな構造的問題について、批判的に検証する試みである。また、なぜアメリカが衰退に向かう可能性があるのかについても簡潔な見通しを示している。本書は1991年に出版され、30年以上経過しているが、中国のトップ政治家、官僚の間ではいまだに広く読まれている。米中関係を真剣に学ぶ者にとって、中国の対米戦略思想の中核をなす本書は、大きな利益をもたらすだろう。

—— 先ほど、オリンピック委員会が出たところで思い出したのはFIFAのことでして、NetflixとApple TV+で、それぞれ『FIFAを暴く』と『スーパーリーグ:サッカーをめぐるバトル』というドキュメンタリーを観たのですが、超国家組織であるFIFAを中心、大手金融企業、新興財閥、国家、メディア等々を巻き込んで「利益集団」を形成し、ファンや選手といった資源を奪いあうさまは、まさに「国家+超国家+多国家+非国家」による戦争という感じがしました。

わたしも見ましたが、新自由主義にドライブされた剥き出しの帝国という感じでしたし、そこでは国家というものすら、ひとつのピースにすぎないといったあたりも良く描かれていたように思います。それを戦争と呼んでいいものかどうかわかりませんが、「すべてのパワーは利益のネットで結ばれ、ほんの短時間かもしれないが、非常に効果のあるものになる」という『超限戦』の一節とはしっくり響き合います。

—— 味方だと思っていた人物による裏切りとか、なかなかエグかったですよね。特にスーパーリーグ構想における融通無限で不安定な野合感は、すごかったです。スーパーリーグ側はもちろんですが、守勢に回ったUEFA側のカタールの富豪からボリス・ジョンソンまで加わった野合もなかなかでしたし、最後までつく側を決めないインファンティーノFIFA会長の抜け目なさは群を抜いていました。

そうした野合と似たような話として論じていいのかわかりませんが、昨年末に、ゼレンスキー大統領がウクライナの復興支援のパートナーとして、世界最大規模の資産運用会社Blackrockと提携することを発表しています。その後、アメリカの企業団体で行ったスピーチでは、復興支援のパートナーとしてさらに、JPモルガン、ゴールドマン・サックス、イーロン・マスクのスターリンク、ウェスティングハウスなどが名乗りをあげていまして、加えてアメリカの軍事企業の援助を得ながら、ウクライナで世界最大の軍産複合体をつくり上げる、といったことをぶち上げたりしています。そうしたビジョンを提示しながら、ウクライナには400億ドルの投資機会があるとセールスピッチをするのですが、随分とあからさまな、すごい同盟だなと思ってしまいました。

Zelensky is literally selling Ukraine to US corporations on Wall Street(Geopolitical Economy Report)
http://geopoliticaleconomy.com/2022/09/09/zelensky-selling-ukraine-wall-street/

Zelenskyy, BlackRock CEO Fink agree to coordinate Ukraine investment(CNBC)
https://www.cnbc.com/2022/12/28/zelenskyy-blackrock-ceo-fink-agree-to-coordinate-ukraine-investment.html

Speech by the President with the annual message to the Verkhovna Rada of Ukraine on the internal and external situation of Ukraine(ウクライナ大統領府)
https://www.president.gov.ua/en/news/vistup-prezidenta-zi-shorichnim-poslannyam-do-verhovnoyi-rad-80113

—— 赤裸々ですよね。

「軍産複合体」ということばを、それがいいものであるかのように使っている事例を初めて見た気がするのですが、それはいいとしても、Blackrockのような企業がウクライナを国家丸ごと金融化していこうとする一方で、ウクライナは昨年8月に労働法を変えまして、250人以下の中小企業から、組合を組織する権利を奪っちゃったりして、結果的にウクライナの労働者の7割がこの権利を失ったことになるそうです。

Ukraine’s anti-worker law comes into effect(openDemocracy)
https://www.opendemocracy.net/en/odr/ukraine-labour-law-wrecks-workers-rights/

—— あれま。

これは先にIMFが韓国でやったのと同じやり口ですが、労働者をいつでも解雇できるようにして労働市場を自由化、つまりは流動化させるんですね。結果、安定的な職を失った労働者は、他国へと流出していくことになるのですが、それこそゼレンスキー大統領とBlackrockのラリー・フィンクCEOとの提携話の前後で、IMFが「ウクライナからの800万人の難民の流出は、ヨーロッパ大陸の経済にとって益となる」というツイートを投稿していて目を疑ってしまいました。赤裸々もここまで来ると破廉恥ではないか、と思ったのですが、気にしすぎですかね。

—— わたしはヴァンサン・カッセルの顔が浮かぶばかりですが、こうしてみるとウクライナはハイブリッド戦争の実験場であり、新自由主義の実験場でもあるわけですね。ちなみに「スーパーリーグ構想」で資金を用意していたのは、JPモルガンでした。

ウクライナはユーロマイダンでの政権転覆以降、一貫して新自由主義的な政策を取ってきたそうですので、いまさら驚くことでもないかもしれませんが、そうした政策の結果、ウクライナの耕地の30%がすでに外国資本のものとなっているという報告がBRICSの情報ポータルサイトに出ていたりします。デュポン、モンサント、そして食肉大手のカーギルなどの保有になっているとされ、それらの企業のシェアホルダーとして、ここでもBlackrockの名前が挙げられています。

US corporations own around 30% of Ukrainian arable land(BRICS information portal)
https://infobrics.org/post/36302/

—— うーん。大変なことですね。

ウクライナで起きているのは、チリでピノチェトが独裁政権下で遂行した新自由主義政策以来の実験だと非難する人もいますが、振り返ってみますと、今年はピノチェトの軍事クーデターからちょうど50年なんですね。ウクライナの行方を含めて、新自由主義の道行きを考えるにはふさわしい年ではありそうです。

—— 『FIFAを暴く』でも、FIFAが大きくビジネス中心にシフトした契機が、ちょうどその頃だと語られていましたが、そのポリシー変更後の最初のワールドカップが独裁政権下のアルゼンチンで開催された1978年大会だったというのは、なにやら示唆的です。

これまで散々そうやって西側の利益に振り回されてきた南米やアフリカの国々が、アメリカを中心とした「利益集団」から距離を取ろうとする動きが目に見えて活発化しているのは、希望と呼べるのかどうかはわかりませんが、興味深いです。

—— ブラジルのルラ大統領がウクライナへの武器提供をきっぱり断ったり、アルゼンチンと新たな通貨の発行を確約したりしていますね。インドネシアのジョコ大統領も、「ASEANはどこの代理もやらない」と明言していました。マルチポーラー化(多極化)は、本当に日に日に大きな趨勢になっていますが、日本はそうしたなかにあって難しい立場ですよね。

Lula Brushes Off Germany’s Appeal for Brazil to Send Weapons to Ukraine(Bloomberg)
https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-01-31/lula-rejects-weapons-to-ukraine-plan-proposed-by-germany-s-scholz

Brazil and Argentina preparing new Latin American currency to ‘reduce reliance on US dollar’(Geopolitical Economy Report)
https://geopoliticaleconomy.com/2023/01/22/brazil-argentina-latin-american-currency-dollar/

Indonesia tells outsiders not to use ASEAN as 'proxy'(France 24)
https://www.france24.com/en/live-news/20230203-indonesia-tells-outsiders-not-to-use-asean-as-proxy

それこそ本田圭佑さんが、そのあたりツイートしてましたよね。

—— 有本香さんの激昂を買ってました。

ここのところ、バイデン大統領がウクライナの国土の20%をロシアに渡すことで手打ちにしようと言い始めているようですし、もしかしたらほどなく潮目も変わってくるのかもしれません。関係ないかもしれませんが、そういえば、アラスカ上空でアメリカ空軍が、未確認飛行物体を撃ち落としたそうですが、CNNでは、それが地球外の宇宙船である可能性がCNNで仄めかされていました。

——「限度を超えた戦い」もいよいよそこまで。

ちなみに、中国との対立について言えば、アメリカ国民の3分の2が、軍備増強するよりも対話を通じて対立を緩和すべきと考えている、という調査結果を先日見かけました。

Americans far less hawkish on North Korea and China than policy elites: poll(Responsible Statecraft)
https://responsiblestatecraft.org/2023/02/06/americans-far-less-hawkish-on-north-korea-and-china-than-policy-elites-poll/

Joe Biden Offered Vladimir Putin 20 Percent of Ukraine to End War: Report(Newsweek)
https://www.newsweek.com/joe-biden-vladimir-putin-ukraine-territory-end-war-nzz-report-1778526

—— 先ほどのサイバーセキュリティの話も、これはいずれ冊子にしたりするのでしょうか。

その予定です。

—— 総動員、サイバーセキュリティと来て、次は何を?

総動員、サイバーセキュリティと、面白いかたちでそれぞれ学ぶことができたので、次は「陰謀論」を扱えないかな、と。

—— すでに、UFOが戦争のナラティブに紛れ込んできているわけですし、そもそも 超限戦という考えからいけば、あらゆる行動が軍事的陰謀になっちゃうわけですもんね。

陰謀論の歴史を扱った、『Conspiracy Theory in America』という本を買ってパラパラ読んでいたら、レオ・シュトラウスやカール・ポパーといった名前が出てきまして、ちゃんとやったら面白いはずなんですよね。茶化して終わらせるのではなく、ちゃんと考えるべき問題だと思いますし。

—— 面白そうです。楽しみです。

どうなりますか、自分も楽しみです。