EVENT | 2022/10/26

自律飛行ドローンによる飲食テイクアウト実験が開始、裏では多くのエンジニアが現地サポート。利用して感じたイノベーションに必要な泥臭さ

【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(28)

高須正和
Nico-Tech Shenzhen ...

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【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(28)

高須正和

Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Business Development

テクノロジー愛好家を中心に中国広東省の深圳でNico-Tech Shenzhenコミュニティを立ち上げ(2014年)。以後、経済研究者・投資家・起業家、そして中国側のインキュベータなどが参加する、複数の専門性が共同して問題を解くコミュニティとして活動している。
早稲田ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」担当非常勤講師。
著書に「メイカーズのエコシステム」(2016年)訳書に「ハードウェアハッカー」(2018年)
共著に「東アジアのイノベーション」(2019年)など
Twitter:@tks

先日、中国・深圳で行われた「ドローンによる飲食店のテイクアウト品配送サービスの実証実験」を試す機会があったので、今回はその体験レポート記事をお届けする。

「ドローンが食べ物を運んだ」と聞けば、「もうそんな時代が来るのか」と、期待や不安を抱いてしまうが、生活に浸透するまでの「イノベーション」となる道のりは実のところ私たちが想像するよりもずっと長い。

社会の中で実際に機能させるための技術的な実験と、「この技術は社会を変えてくれそうだ」と誰もが想像できるような「イメージづくり」の両立は必須だ。ビジネスとして採算を取るための算段も立てる必要だってある。この「ドローンによる飲食テイクアウト実験」もそんな泥臭い試行錯誤の渦中にあった。

スマホアプリで注文、ドローンが食事を配送

2022年9月、深圳で美団グループがドローンによる配送実験を開始した。北京に本社を置く美団は、デリバリー、店舗情報、シェアリング自転車などさまざまなサービスを運営している。年間の利用回数が5億回規模の、中国を代表するメガベンチャーのひとつだ。

今回の実証実験では、美団のスマホアプリで「ドローン配送」と検索し、対応している数件の店から注文をすると、配送ステーションまでドローンが食事や飲み物などを持ってきてくれる。

配送ステーションに、食べ物を積んだドローンが飛んでくる

配送ステーションとドローンは、どちらも美団が自前で用意しているものだ。ステーションの場所は深圳の中心部ではないが、地下鉄駅のすぐそばでそれなりに人通りがあり、筆者が見ている間にも何人も飲み物を受け取りに来る人が現れた。

ドローンを使った配送は誰でも思いつくサービスであり、こうした実験は日本含め世界各地で何年も前から行われている。CGによるコンセプトムービーや、特定の条件で試した映像もYouTubeなどで多数見つかるが、不特定多数の顧客からお金を取って提供した事例は少ない。「ドローン配送用に作られたわけではない、普通の飲食店のテイクアウト品を、アプリ内で一般客が注文できる」という実際のサービスにかなり近いシチュエーションは筆者にとっては初めての体験になった。

配送センターのそばで待機するサポートスタッフ。6台のプロポ(ドローンのコントローラ/送信機)があるが、筆者が見てる間は操作しておらず、自律飛行が難しくなった際のリカバリー用だと思われる

配送ステーションのそばには、多くのコントローラの前で待機しているサポート係員が2名いて、たびたびトランシーバで連絡を取っていた。いくらドローンが自動運転できるようになったといっても、現状では採算の合うサービスからかなり距離があり、まだ技術的な部分で課題が多いことがうかがえる。

実際は多くのサポートスタッフが投入された2点間配送

配送ステーションはアプリ内の地図上に3つ確認でき、対応している飲食店は5〜6ある。どうやって飲食店が発送しているのかに興味がわいたので調べてみたところ、対応している店はすべて同じショッピングモールに入っている。

そのためショッピングモール内のどこかに配送センターがあるのではないかと考え探したところ、モールの屋上にセンターができていた。

ショッピングモール屋上の配送センター。何機ものドローンとエンジニアたちが働いていた

注文すると、この屋上配送センターで働いている従業員が飲食店まで食べ物を取りに行き、配送用のボックスに入れ、重量を測ってドローンにセットする。ドローンが戻ってくれば毎回バッテリーを抜いて充電済みのものと交換する。

荷物の重量を測るスタッフ。別のエンジニアはプロポの前で待機している(操作はしていなかった)

食べ物を運んできてから配送開始までの手順

配送センターから宅配ボックスまでの距離はせいぜい500mほど。ドローンが配送ボックスに着陸して荷物を格納し、戻ってくるまでは自律飛行で人間の手は入っていないが、実際は短い2箇所の間をやりとりしている。短時間で複数の注文が入った場合など、続けてドローンが飛び立つこともあるが、飛行している様子を見ていると「山手線のように環状のルートをつくって、前がつかえたら待つ」というシンプルな方法で運営されているようだった。

つまり、アプリで注文して着荷するステーションだけを見ている限り、明日にも正式版サービスが始まりそうに見えるが、出荷側含めて周りで働くサポートスタッフの人数や仕事ぶりを見ていると、実際に採算が合って商売になるまでにはかなり遠いことがうかがえる。

実証実験やコンセプトムービーの重要性と功罪

新技術がどういうサービスを可能にするかを直感的にわかることは重要だ。それが多くの人の興味を惹いてフィードバックが寄せられることで、可能性はさらに広がる。その意味で一回限りのデモやCG混じりのコンセプトムービーには意味がある。

スタートアップはどの会社も注目されることが価値になり、時価総額を引き上げるから、最大限「盛った」発表をしてくることは、対峙する人すべてが織り込んでおくべきだ。盛るのとウソは違う。

プレスリリースやメディア発表、お手盛り取材などで、こうした裏面が触れられることは少ないが、人目を引くために作られた部分だけに注目しているとロクな意思決定ができない。

一回で複数の注文をした時に、重さが偏らないような仕切り板。仕切り板の切り方などから、現場合わせした様子がうかがえる

技術開発だけの視点でみても、こうした実証実験は意味がある。

常にローターを回して飛び続けるクアッドコプターはエネルギー効率が悪いし、モノを運ぶとなると重心の確保や、落ちた場合や落ちただけでなくロストした場合の対処、夜や悪天候時にどうするかなど、課題はいくらでもある。今回の実験では美団が自社開発したドローンを使っていたが、自社開発した理由の一つは取れるデータをすべて取るためだろう。

高高度(遠距離)から近づいても読み続けられるQRコード

QRコードや配送ステーション、商品を入れる箱などそれぞれに、実証実験に至るまでの細かい改善がなされていることがうかがえる。美団は今回の実験でいくつも特許を取得しているという。

「明日からこのサービスが利益を生む」と考えるのは間違いだが、実験のたびにどういう問題が発生・解決しているのかを理解するのは大事だ。

また、実際にサービスに触れる人を増やすという意味で、今回のように大規模な実証実験を行うことは意味がある。

深圳のような人口密集地で実験を行うことで、一般人が参加できる機会も増え、そうした「仕込み」ではない参加者がどう感じたかを観察する機会も増える。

今回の実験では1〜2カ月ほどかけてデータを取り、また改善プロセスに移行するらしい。お金を取ってサービスしているので商用化とは言えるし、注文回数や金額などをピックアップして、まるで利益が出ているように読めるプレスリリースが出るかもしれない。だがそれはスタートアップにとって大事なプロセスだし、実際にこれまでより前進したという意味では良いことだ。

だが、同時に具体的に何が行われ、どういう仕組で動いていたのかに注目することは、我々が未来に何か掴むための大事なプロセスでもある。


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