LIFE STYLE | 2020/10/05

黒人以外の命は大切ではない?略奪を肯定している?BLM批判者の4つの反論に答える【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(19)

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渡辺由佳里 Yukari Watanabe Sc...

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反論①黒人以外の命は大切ではないのか?

裕福なアメリカ人が別荘を持つことで知られるナンタケット島は、人口の約90%が白人で、黒人が5.5%。その島のオーガニック農場に掲げられた大きなBLM支持の旗。これも全米に広まっているBLM運動の典型的な例である(2020年10月2日筆者撮影)。

BLMについて書いたところ、「大切なのは黒人の命だけではないだろう。全員の命が大切だ」と私に反論してきた日本人がいた。それは根本的な部分を理解していない意見だ。BLMは、「黒人の命も、本人にとっては(アメリカの特権階級である白人と同様に)貴重なものなのだ」「黒人だからといって、簡単に殺さないでくれ。命を粗末にしないでくれ」という悲痛な願いをこめた人権運動のスローガンであり、警察による黒人に対する暴力への抗議運動なのである。

初期の運動については、拙著『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』に収めた「白人が作った「自由と平等の国」で黒人として生きるということ」「アメリカで黒人の子供たちがたたき込まれる警官への接し方」などにも書いているのでぜひ読んでほしい。

BLMの初期の抗議運動の参加者の大部分は黒人(アフリカ系アメリカ人)だった。だが、それを大きく変えたのが、2020年5月25日にアメリカのミネソタ州ミネアポリスで、白人警官が武器を持っていない黒人男性ジョージ・フロイドの首を膝で抑えつけて圧迫死させる事件だった。これをきっかけに全米に広まったBLMの抗議運動には、白人を含むあらゆる人種のアメリカ人が参加している。

偽の20ドル札でタバコを買った疑惑や、薬物依存症だった疑惑を理由に「フロイドは警察官に殺されて当然」と主張する人がいる。だが、たとえそれが事実であっても警察官による殺人を正当化する理由にはならない。司法に「推定無罪(いかなる人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される)」の原則があるし、そもそも警察官には、人を裁く権利も、死刑を執行する権利もないのだ。「殺される者が悪い」という人は、警察官が勝手に人を裁くことが許される社会で安心して生きられるのだろうか?「自分だけは、そんな扱いはされない」と思っている特権階級(と思っている人も含む)に特有の無責任な発言だと私は思っている。

BLMは、単なる肌の色の違いによる人種差別への反対運動ではない。この運動を理解するためには、残酷なアメリカの歴史を知る必要がある。

15世紀末にクリストファー・コロンブスがアメリカ大陸周辺の島にたどり着いた時から、ヨーロッパ諸国はアメリカ大陸で侵略と剥奪を行ってきた。現在のアメリカ合衆国にあたる地域では、まず先住民が土地を奪われ、故郷から追い払われ、殺害された。アフリカで囚われた黒人を奴隷として使うようになったのは、17世紀初期の南部のイギリス植民地だった。その前には、貧しいヨーロッパ人を「年季奉公人」として労働力に使っていたのだが、それよりも黒人奴隷を使ったほうが「経済的」だったのだ。18世紀に綿繰り機(コットン・ジン)が発明されたこともあり、南部は奴隷の労働力に頼るプランテーション農業で富を築いていった。

奴隷の所有者は、黒人奴隷を「人間」ではなく「家畜」と同様の所有物として扱った。建国の父たちは「すべての人間の平等」を唱えたが、黒人はそれには含まれていなかったのだ。奴隷所有者は、逃亡を試みた奴隷を見せしめとして拷問したうえで虐殺したが、それは「殺人」とはみなされなかった。奴隷同士で家族のような形態を持つことはあったが、所有者は気が向くままに夫婦や子どもを引き離して、売り払った。

南部の白人のすべてが奴隷を所有していたわけではないが、奴隷を所有できない貧しい白人であっても、「黒人奴隷に比べたら、自分は優れている」と思うことができたのだ。その「カースト制度」の心理について、イザベル・ウィルカーソンが『Caste』という本で詳しく説明している。

1861年に南北戦争が始まり、1863年にリンカーン大統領が最終的な奴隷解放宣言を発布したが、それによって黒人が白人と同じ人権を得たわけではなかった。特に南部の州では、1876年から1964年にかけて「ジム・クロウ法」と呼ばれる黒人を白人から隔離する人種差別的な法律があり、黒人を弾圧し続けた。黒人の少年が白人の少女にバレンタインカードを送っただけで白人の集団からリンチされて殺害されるような事件は珍しいものではなく、加害者が罪に問われないという慣習も続いた。ビリー・ホリディの『奇妙な果実(Strange Fruit)』という有名な歌があるが、それは、白人からリンチにあって殺された黒人の死体が、見せしめのために木に吊るされて腐っていく情景を描写したものだ。

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