LIFE STYLE | 2020/07/21

日本人の「正解が欲しい病」を克服する「教えない」という教育方法【連載】オランダ発スロージャーナリズム(26)

最近、移転したユトレヒトの図書館。歴史のある古い建物をリノベして市民に開かれた場所にするのはオランダの最も得意とするとこ...

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ニュースを疑うオランダ人

コロナ禍において国民に向けて行動ルールを説明するルッテ首相。非常に説得力のある演説だった

さて、そうした教育環境にいたオランダ人が大人になると、どうなるのか?一つ印象深いエピソードがあります。オランダに来て2年目の時に通っていた大学院でプロジェクトリーダーと相談していた際、そのリーダーが「そのニュースが本当かどうか分からないから、まずはそのニュースを調べよう」と言いました。

今でこそ、日本でもマスコミは信じられない、TVは嘘ばっかり言っている、なんていう言説も聞かれますが、それでも基本的には「○○が××だと発言した・発表した」といったストレートニュース=真実と大半の人が捉えるのではないでしょうか? ところが、こちらでは、「まずはそのニュースが本当かどうか調べよう」というところから、プロジェクトがスタートしたのです。

こういう点が日本とは大きく違う、という印象を受けたのを鮮明に覚えています。

このような思考スタイルであるオランダは、このコロナ禍でも、まあ良くやっているほうではないか?と思います。ルッテ首相のリーダーシップは素晴らしく、確実にコロナ以前よりも支持率を上げています。実際に、医療従事者などのエッセンシャルワーカーへの配慮や補償もありますし、スピーチも国民をまとめる素晴らしいものでした。

隣国ドイツのメルケル首相も、よくまとめていたと思います。もちろん他にも台湾、ベトナム、ニュージーランドなど、素晴らしい対応を見せた国はたくさんあります。

こうしたことから鑑みるに、逆に今も感染者数の爆発が止まらない、アメリカ、ブラジルなどは、大統領のリーダーシップの問題もあるように見えますが、国民一人一人の考える力は、どうなのでしょうか?

アメリカでは、コロナパーティと称して若者自身が感染することを競うような集まりをしていたというニュースもあります。

さて、では昨今、第二波か?という声が上がっている日本はどうでしょうか。一部の都心の若者だけ、夜の街だけ、重症者数は少ないから安心、などなどの声も聞かれますが、世界から見ると、そういう差異はあまり考慮されません。日本から見た時に、外国の感染者の実情が分からず、単純に感染者数だけを見ているのと同じように。

「教えない」オランダ式教育を実践する『Serrendip』

これからの子どもたちの活躍の場は世界が舞台になるという期待をこめて、アムステルダムの街並みを俯瞰から

今回のパンデミックにおいて、世界中の人の「考える力」の差が明確になったようにも思えます。

瀧本さんと同年代である、筆者もこれからの若者の「考える力」をなんとか伸ばしたいと考えています。そのためにプロアスリートに協力してもらいながら『Serrendip』という、子ども(小学生〜高校生あたり)向けの、オンラインスポーツクラブのサービスを近々ローンチします。

このサービスはオランダ式の「教えない」ということが特徴です。日本の教育は、懇切丁寧に「教える」ことに長けており、時にそれは過保護にも見えます。日本で多く見られる「正しい答え」を「教え込む」のではなく、「自分が持っている興味関心」を「外に引き出す」ということが教育の根本思想です。保育士でもある筆者は、「教え込む」ことによって、子どもの可能性は徐々に消えてしまい、一方で「引き出す」ことによって、子どもがもともと持っていた可能性が徐々に開花していく、と考えています。つまり「教えない」ことによって、自ずと子どもは自分で考えるようになっていくのです。

『Serrendip』ではプロアスリートの協力を得て、当初は野球とサッカーのコースから開始予定です。その後順次、種目やコーチを増やしていく予定です。一回のコースは約3カ月です。

「スポーツクラブ」と銘打っていますが、コーチ役のプロアスリートも実技で直接スキルを「教える」ことはしません。しかし子どもからの質問には真剣に答え、自身で取り組んでいることに関して、真摯にアドバイスします。これがオランダ式の「教えない」教育です。コーチの持つ包括的なプロアスリートとしての経験や知識に基づく発言には、時に保護者や、学校の先生を上回る説得力や影響力があると考えています。

よく考えると、近年は子どもの成長を触発する予期せぬ「斜め上」の関係が極端に減っていることも原因かもしれません。子どもにとって、親と学校の先生以外の大人と接する機会は、非常に刺激的で、振り返ってみると、意外に多くの影響を受けていたりするのではないでしょうか? 例えば、瀧本さんの講義などは典型的なその良い例です。彼のたった一度きりの講義を聞いただけで、人生が変わった若者が続出しているのです。

なので『Serrendip』が大事にしているのは、プロアスリートのスキル以外の能力、例えば練習に臨む態度や、心構え、あるいは挫折した経験などを伝えることです。こうした経験は、子どもに非常に大きな影響を与えます。すでにテスト運営を複数人で行っていますが、「学校生活なども含め、全てに積極的になった」「自分に自信が持てるようになった」「リーダーシップを発揮するようになった」など、スキル面以外の成長が顕著です。もちろん、それに伴ってスキルも向上しています。これらは、すべて子どもが「自分で考える」ことを出発点としています。逆に親は子どもを信じて「任せる」ことが必要になります。

結果として、スポーツのスキルはもちろんのこと、子どもの「考える力」を飛躍的に向上させて、子どものもともと持っている可能性を伸ばす、ということが一番の狙いです。

子どもたちの「考える力」を向上させるためには、大人が今の教育を考えないと、そして実行力をもって変革を行わないとダメだと思います。

コロナに加えて、大雨の災害、そして夏の台風シーズンに向けてはさらなる自然災害の危険性も高いですし、さらに地震も起こる可能性があります。こうした過去に例のない状況にみんなで対応するためにも、自分で「考える力」を高めることが必要だなあと強く感じます。


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