CULTURE | 2020/06/17

コロナと戦うデータサイエンスと“その先”の展望 宮田裕章(慶應義塾大学医学部教授) 【連載】テック×カルチャー 異能なる星々(14)

加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち...

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LINEによる感染調査プロジェクトと、民主主義の問題

ーー その取り組みにおけるツールとして、LINEを活用することになった理由は何でしょうか?

宮田:神奈川県で顧問を務めている友人が、LINEがインストールされた2千台のiPhoneを「ダイヤモンド・プリンセス号」の乗客に提供し、専用アカウントによる情報発信やオンライン相談を提供する取り組みに関わっていたのです。その友人に今後の市中感染に向けた対策について尋ねたところ、手が回っていないことがわかり、引き続きLINEを感染状況の情報収集に活用してはどうかと提案しました。そこからLINEとアマゾン(AWS)のクラウドを連携するべく両社と掛け合い、行政や我々アカデミアの人間も含めた無償の協力者たちの力を得て、プロジェクトを走らせてきた形です。

厚生労働省によるLINEを用いた全国調査(3月31日〜4月1日に実施の第1回)で設定された、職業・職種別の6グループ

ーー 最初は神奈川県、次に全国の8300万人のユーザーを対象に実施されてきたLINEの健康調査アンケートですが、この5月中旬の時点で感じている手応えがあれば、教えてください。

宮田:この取り組みの役割は、行政の効果的な対策につなげるべく、根拠となるデータを提供することにありました。様々な分析のうち、最初に行われたのが職業・職種と発熱者の関係性についての分析です。アンケート結果をグーグルから提供された行動データと付き合わせ、クラスター対策班と一緒に分析を進めていきました。そこから浮かび上がってきた傾向としては、日本における“自粛”は台風や地震のイメージが強く、多くの人が休日の外出や遊びを我慢する一方で、仕事には変わらず出掛けていること。さらに夜の繁華街の人出が木・金曜日に増えている、つまり仕事帰りに飲みに行く人が多いこと。こうした点などから、営業職や飲食業、長時間の接客を伴う業種の発熱リスクの高さが見えてきました。

厚生労働省によるLINEを用いた全国調査(3月31日〜4月1日に実施の第1回)の分析結果より、職業・職種別グループ1の発熱リスクの高さを表したグラフ。人と接触する頻度が高い「長時間の接客を伴う対人サービス業や、外回りの営業職」は、他の職種よりも高い割合でリスクが上昇していることがわかる

ーー スマートフォンのアプリや位置情報を使った施策としては、台湾や韓国が先行例として知られています。これらと比較して、日本の現状と今後の展望をどう見ていますか。

宮田:日本の課題は、感染の実態をまだ正確に把握できていないことです。陽性者数にしても、少なく見積もって今まで把握できている数の10倍以上がいる、あるいは、いたかもしれない。さらなる政策を打ち出すためには、この部分を明らかにすることがとても大事です。抗体検査などを実施しながら感染実態を把握し、第二波をどう迎えるのかを考えなければなりません。具体的な感染の経路追跡の方法としては、中国、台湾、香港、韓国は携帯のGPSの位置情報を利用しています。よりプライバシーに配慮した手法として、シンガポールは感染者との接触機会を検出するためにコンタクトトレーシング(接触追跡)のアプリを制作し、端末内にユーザー同士の接近記録を保存、感染者にそれを提出してもらう形を採用しています。しかしこの方法はアプリの普及率が57パーセント以下ではそれほど効果がありません。アプリの普及前にシンガポールでは感染拡大が発生してしまいました。

何故、国によって施策がバラバラなのかといえば、この問題は民主主義のあり方の議論につながるからです。GPSを例に上げれば、フランスは個人の自由の侵害になるとして位置情報の取得を拒否しており、台湾はプロセスを徹底的にオープンにして国民の理解を得ながら利用するスタンスです。イギリスも利用する方向ですが、GAFAの関与を嫌がってNHS(国民保険サービス/National Health Service)が純正アプリを作り、国がデータを管理しようとしています。これはいわばテクノロジーと民主主義に関する問題であり、正解はありません。そして、日本ではまだその議論が十分にできていない。今回の事態の中で、我々が考える自由や公益、人権をどう形作るのかが、今まさに問われているのではないでしょうか。

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