加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち。これまでの常識を打ち破る一発逆転アイデアから、壮大なる社会変革の提言まで。彼らは何故リスクを冒してまで、前例のないゲームチェンジに挑むのか。進化の大爆発のごとく多様なビジョンを開花させ、時代の先端へと躍り出た“異能なる星々”にファインダーを定め、その息吹と人間像を伝える連載インタビュー。
2020年、新型コロナウイルス感染拡大の危機を前に、一人のデータサイエンティストが立ち上がった。「ダイヤモンド・プリンセス号」寄港地の神奈川県、そして厚生労働省などとの連携により、全国8300万人ユーザーに向けたLINEによる感染調査プロジェクトが動き出す。
未曾有の災厄が社会と人々の関係を揺るがす中、なすべきことは何か。あらゆる領域でデジタルデータの活用を促進し、新しい社会に向けた提言や実践に取り組む宮田裕章。LINEのプロジェクトで見えてきたこと、コロナ後に目指すべき“新しい日常”のビジョンまでーー。緊急事態宣言下の5月14日に実施したオンラインインタビューを、増ボリュームでお届けする。
聞き手・文:深沢慶太 デザイン:大嶋二郎
宮田裕章(みやた・ひろあき)
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慶応義塾大学医学部 医療政策・管理学教授、東京大学大学院医学系研究科 医療品質評価学 特任教授。2003年に東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻 修士課程修了後、保健学博士(論文)。早稲田大学人間科学学術院助手、東京大学大学院医学系研究科 医療品質評価学講座助教を経て、09年より東京大学大学院 同講座准教授、14年より同教授(15年より非常勤)。15年より慶応義塾大学医学部 医療政策・管理学教室教授。データを活用した社会変革を、医療をはじめとする様々な分野で実践している。
データの力で新しい社会を切り拓く、領域横断型のサイエンティスト
ーー 宮田さんは今回の新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、LINEユーザー向けのアンケートのプロジェクトに携わり、厚生労働省のクラスター対策班などと連携しながらデータ分析を手がけています。その背景となるこれまでのご活動について、教えていただけますでしょうか。
宮田:私は医師ではなく科学者として大学の医学部に所属しながら、医師や行政、企業の方々とチームを組み、データやテクノロジー、科学を使った新たな社会のビジョン作りに携わってきました。例えば、大阪駅北側の貨物駅跡で進められている「(仮称)うめきた2期地区開発事業」のスマートシティ事業におけるIoTデータの活用や、「ポケモンGO」ユーザーの行動パターンと健康状態の関連を分析するプロジェクトなど、医療や健康科学を軸に様々な分野と連携し、これからの社会のデザインに統計やデータを活用すべく、実践に取り組んでいます。
厚生労働省による、LINEを用いた全国調査のアンケート画面(5月1日〜2日に実施の第4回)
ーー こうした取り組みは大きなスケールで領域横断的に実施していく必要がありますが、新型コロナウイルス感染症を巡る状況は、まさに医療と政策を分かちがたく運用することの重要性を浮き彫りにしていると感じます。
宮田:そうですね。コロナ対策のプロジェクトについてお話しする前に、領域を超えたデータ活用の必要性について別の例をご紹介しましょう。これまでの外科の手術は医師個人の技術や経験への依存度が強く、誰がどう優れているのかを明確に表す指標がありませんでした。しかし、デジタル技術によってその経験や技術を数値化できれば、名医の技術をデータとして世界中で共有し、全体のレベルを底上げしながらPDCAサイクルを回すことで、さらなる発展につなげることが可能になります。それがひいては、“患者さんにとっていい医療とは何か” “社会にとって必要な医療とは何か”ということの追求と実現につながっていくというわけです。
ーー 名医が個人的な探求で得たスキルや勘など、暗黙知の要素を解明する一方で、人々の生体情報をビッグデータとして収集する手段として、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスにも大きな期待が寄せられていますね。
宮田:はい、IoTや5Gなどの技術によってデータを収集活用することで、患者さん一人ひとりに最適化された医療を提供できるようになることが期待されています。コロナ対策でも、厚生労働省が当初設定していた「37.5℃以上が4日間以上続く場合」という相談・受診の目安が問題になりましたが、平熱は人によって大きく異なります。つまり、これまでの医療は数値を集団平均で適用してきましたが、これからは個別に最適化した方法が可能になるし、そうしたあり方が求められていくということです。